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「いざ、序数狩りの隠れ家へ!」

 俺はジェットコースターがあんまり好きじゃない。と言っても、高いところが苦手なわけじゃない。観覧車は好きだ。

 ジェットコースターが苦手な理由はあの急降下で繰り出されるスピードだ。自分のコントロール下にない速さが苦手なんだ。他に例えるなら、二人乗り用のバイクとかかな。後ろに乗せてもらうのはありがたいけど、正直好きじゃない。自分じゃブレーキも踏めないからね。


 それだとお前はタクシーやバスにも乗れないじゃないか、というツッコミを入れたくなるでしょう。そう、そこが不思議なのです。そういう公共交通モノには恐怖を感じないのですよ。不思議だね。風が吹きつけるかつけないかの差かもしれない。


 えー、前置きが長くなりました。

 ただ今俺は、火竜と共にジェットコースターを超える速度で落下しているのです。

 スカイダイビングってのはこんな感じかね?


 耳には鋭い風の音に混じって火竜の唸り声が聞こえている。

 眼下には灰色の山肌。さらにその下には森が広がっていた。

 俺たちの体は斜めに落ち続けている。このまま行けば、剥き出しの山肌に激突するのは必至。そうなると、俺の体は潰れたトマトみたいになっちまうだろう。

 そんなの御免だ。

 とりあえず、落下コースを森に変更させなければ。


「悪いが、あんたの事までは面倒見きれねぇ」


 俺は猛り狂っている火竜に向かって叫んだ。でも、ま、聞こえてないんだろうけど。


「せいぜい死なないように頑張ってくれよ。聞きたい事があるんだからな」


 光剣を手放し、粘水捕縛を解除する。

 火竜の体から離れて体勢を立て直す。

 下を見れば、どんどん地表が迫っていた。


 ≪鬼流≫!!


 体内に魔力を流し込み、身体能力を向上させておく。

 怪物の咆哮のような風の音を意識の外に締め出し、山の岩肌から鬱蒼とした緑の森までの距離を目測する。


 上手くできるか?


 ≪風の舞踏≫!!


 自分の体にその風の魔鬼理を行使する。

 風の力で体を森まで移動させる。しかし、それを落下しながら行うのは予想以上に難しかった。


 あともう少し!


 だが、間に合わない。このままでは岩肌に叩きつけられる。


 ≪蒸気砲(スチームガン)≫!!


 斜め下に構えた魔手羅から蒸気の塊が発射され、その衝撃で俺の体は大きく森の中へと突っ込んだ。


 バキバキバキと枝が折れる音、さらに視界が緑に覆われ、やがて全身に衝撃が走る。

 気がついた時には地面に倒れ伏していた。


 生きてる?


 体を動かさそうとしたら、全身に痛みが走った。

 そんな体に鞭打って、なんとか上半身を起こした。

 周りを木々に囲まれた鬱蒼とした森だ。これだけ木が密生していたおかげで助かったな。それはいいとして、火竜の野郎はどうなったかな?


 最後に見たところ、ヤツはそのまま山肌へと落ちていっていた。

 そう、ノーヴ山の山肌だ。

 空の上の戦いで、いつの間にか結構東まで飛んでいたようだ。

 俺は立ち上がり、山の斜面へ向けて歩き始めた。


 ◆


「おい、生きてるか?」


 ノーヴ山の灰色の斜面に裸の男が横たわっていた。

 胸に赤黒い傷跡がある事からも、こいつがあの火竜で間違いないだろう。もう虫の息って感じだ。


「俺の声が聞こえるか?」


 火竜の男はその虚ろな瞳を俺に向けたが、ゼイゼイと喘ぐばかりで何も言葉を発さない。


「話せないか? だったら俺の質問に頷くか、首を振ってくれるだけでもいいぞ?」


 と言ってもヤツは何の反応も示さない。俺の事を睨みつけているだけだ。


「お前たちに序数狩りを指示していたのは、アーリルフ将軍か?」


 火竜の男は頷かない。ただ、その口許に嘲りの笑みを浮かべていた。


「ファントム将軍か?」


 反応はない。


「それとも、フェムート将軍か?」


 これまた反応はなし。


 俺はふと背後の山の頂に目を向けた。

 暗い空に溶け込み始めたその姿は、闇に君臨する怪物の王のような不気味さを感じさせる。

 そう連想してしまうのはルシアンやバロー博士から聞いた惨劇せいだろうか?


 ふと俺は、ある考えを思いついた。

 再び火竜に向き直る。


「お前たちに命令していたのは……人間か?」


 そう尋ねると、火竜の目が大きく見開かれた。その瞳には明らかに焦りの色が浮かんでいる。頷き返す事はない。だが、その反応だけで十分だ。


 これは予想外の展開じゃないか。

 彼ら序数狩りに命令していたのは、宿敵であるはずの人間……。

 そして危険な魔族を使って序数持ちを襲撃させていた人間とは一体誰なのか?


「その人間は、教会の人間か?」


 さらに質問を続ける。


「俺の事も標的にしていたのか?」


 火竜の元にしゃがみ込む。


「お前たちの隠れ家はどこにある?」


 男は咳き込んで血を吐き出した。

 その瞳からしだいに光が失われていく。


「おい――」


 さらに声を掛けようとして、ふと眉間にしわを寄せる。何か、微かにだが妙な臭いがする……。

 火竜の体からだ。俺はさらに顔を寄せようとして――。


 ふと背後に気配を感じた。

 誰かが近づいて来る。

 足音はしない。だが、確実に接近している。

 俺はゆっくりと手を地面に近づける。と、後ろの何者かが急に駆け出すのを感じた。


 ≪覇威土・壁≫!!


 俺と火竜の体を覆うように岩石の壁がせり上がる。

 しかし、その何者かはせり上がる壁を跳び越えて俺の眼前へと降り立った。

 その黒い影に俺は魔手羅槍を向け――。


「シャーナちゃん!?」


 その流れるような銀髪を認めて俺は驚きの声を上げた。


「ダ、ダーティ!?」


 ダークエルフ姉妹の妹が俺の眼の前で構えている。今にも風の刃を放とうとしていた。


「「どうしてここに?」」


 俺たちの声が重なった。

 疑問を口にしてからその答えにすぐ思い当った。

 あぁ、そうだよ。彼女たちは序数狩りの隠れ家を見つける為にこの山に向かっているって言ってたな。


「おそらく、序数狩りの連中がアンタたちの馬車を襲撃したって事じゃないかな?」


 岩壁の向こうから声がした。奴力を流し込んで壁を消し去ると、そこにはシャーナの姉、セリスが立っていた。


「ご名答。さすがセリスちゃんだ」

「他の伐士たちは?」

「大丈夫、俺だけだよ。火竜とお空で戦っているうちにここまで飛んで来てたのさ」

「それは、まぁご苦労様ね」

「いやいや、準備運動にもならなかったよ。で、ヤツらの隠れ家がここにあったんだね?」


 セリスはコクリと頷いて背後の斜面上を見やった。ソチラ側に隠れ家があるらしい。


「あいつらに追いついた私たちはずっとこの山で見張っていたの。大部分のヤツらが出払った後にも何体かの魔族が残っていたわけだけど――」


 シャーナがこれまでの経緯を話してくれた。

 彼女たちは増援を要請し、さらに見張り続けるつもりだった。しかし、この火竜が落ちて来て、それを見た隠れ家の連中は慌てて処分の準備を始めたらしい。だから、彼女たちは奇襲を掛けて制圧。さらに火竜の側に伐士の姿があったのでこれも始末しようとしたところ、この俺だったってわけだ。


「にしてもダーティ、お前1人でこの火竜を倒したわけ?」

「いや、そうじゃないよ。他の伐士たちが弱らせていたからね。それより、隠れ家の中には何があった?」


 答えたのはセリスだ。


「まだよくは調べていない。だから今から改めて見に行きましょう」


 そう言ってセリスは背を向けて斜面を登り始めた。

 その後を俺とシャーナが追う。


 いざ、序数狩りの隠れ家へ!




 


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