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「あぁ、すみません。えっと、あのペリカン君が――」

 団子鼻が吹っ飛んで倒れ伏すまでの間、なぜかスローモーションに見えた。

 その間に俺が考えていた事は、アウラ王女のペットが食べているオレンジについてだった。

 なぜそんなモノが気になったのかはわからない。ただ、突然の出来事に思考が付いていけていないので、たまたま目に付いたそのオレンジに意識が向いたのかもしれん。


 そう言えば、ホームズの物語でオレンジの種の謎を扱った話があったな。俺はあの結末は好きじゃない。


 などと、考えてしまう始末である。


「ペリフォ!?」


 と、ローウェインが叫ぶ声がしてやっと我に帰った。

 そして、


「え?」


 と、思わず声を上げてしまった。

 なぜなら、瞬きしたほんの一瞬の内に、中庭のあらゆる所に紫色のジャケットを身に付けた王剣器隊の隊員たちが現れたのだ。

 特に王女の側にはフォースと4、5人の隊員たちが庇うように立っている。

 そして王女の顔を見やれば、彼女は目を大きく見開いて驚いていていた。

 そこで俺は、とんでもない事をしでかしたのかもと気付いた。

 いや、だが待ってほしい。本当にあの団子鼻もといペリフォという男をぶっ飛ばしたのは俺の力なのか?


「あ……あぁ……ああぁ」


 と、不意に奇怪な声が耳に入る。

 何だ、と音源に目を向けると、ペリフォが虚ろな目をひん剥いてガタガタ震えている。


「ああああああぁぁ……」


 鼻血を滴らせながら、耳障りな呻き声を上げる。


「ペ、ペリフォ」

「あああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 呻き声が絶叫へと変わった。

 ペリフォはまるで見えない怪物を前にしているかのように恐れ慄いている。


「"狂数症"だ! 早く治癒師を!」


 王剣器隊の隊員の1人が叫んだ。

 そこからはもう騒然とした状況よ。


 アウラ王女は護衛の隊員たちを伴って避難。その間も彼女は呆然とコチラを見やっていた。

 そして、他の娘たちもどうすれば良いのかわからず立ち尽くすなり、右往左往するなりで混乱している。それはこっちの円形テーブル側でも同じだ。各街の伐士見習いたちは何が起こったのかわからず不安げな視線を辺りに向けている。


 治癒師はすぐに駆け付けて来た。

 しゃがみ込んで、今だに絶叫を上げ続けているペリフォを観察し、すぐに運び出すよう指示する。

 

 運ばれていくペリフォ。

 その絶叫の合間合間に、


「あぁ……黒い、黒い……一つ目の……化け物ッ!!」


 と震える声で喋っていた。


 黒い一つ目の化け物……?

 その一言で連想する御方を俺は知っているぞ。


 運び出されるペリフォを眺めながら物思いに耽っていると、不意に自分の名(アルゴン・クリプトンの方ね)を呼ばれた。

 そちらを見やれば、怒りに顔を歪ませたローウェインが俺に指を突きつけている。


「こいつが、こいつがやったんだ!!」


 突然の糾弾に周りにいた連中の視線が俺に集まる。

 参ったね。否定しようにも、実際に俺がやったように思うんだよなぁ。

 しかし、俺がやったなんていう証拠はどこにも無い。とりあえず否定しようと口を開きかけたら別の声。


「アルゴンじゃないですよ。奴ウ力を使った形跡もないでしょう?」


 なんとジーンキララが俺を庇ってくれた。


「それはお前が気づかなかっただけだろうが。少し優しくしてやったからって調子に乗るんじゃない」


 彼女を睨みつけながら、脅すような口調で言うローウェイン。


 うわぁ、引くわー。

 自分の思い通りにならないからって、すぐ女に対して高圧的な態度を取るヤツじゃん。嫌いなタイプの男だ。

 少しはこのアーティ様の紳士的な態度ってのを学んで欲しいもんだね、まったく。


「ジーンちゃん、いいから、いいから」


 そう彼女に言って、改めて怒れるローウェインに向き直る。


「シックスさん、僕は奴ウ力を使ってませんよ。ってか、あの団子鼻……失礼、あのペリー君が――」

「ペリフォだ」

「あぁ、すみません。えっと、あのペリカン君が――」

「ペリフォだッ!!」

「おぉ、すみません。ま、とにかくその彼がこのルシアンに対して奴ウ力を行使してましたよね? 実に言いにくいのですが、彼が自爆した可能性が高いんじゃないかなぁ、なんて」


 俺の指摘をローウェインは一笑に付した。


「ペリフォは奴ウ力の使い手として優秀だった。君なんかよりよっぽどな」


 と嘲りの笑みを浮かべる。

 まぁ、そうなのかもしれないけどね。だからって俺がやったなんて暴論じゃん。

 コイツもしかして大げさに騒いで俺に悪いレッテル貼らせようとしてないか? そうだとしたら面倒だな。


 どう上手く収めようかと考えていると、


「確かに彼は奴ウ力を行使していないよ。それは間違いないぜ?」


 と、知らない男の声。

 振り返ると、紫色のジャケットを身に着けたパーマ頭が特徴的な男が立っていた。

 身なりからして彼は王剣器隊の隊員なのだろうか?

 なぜ疑問形なのかと言えば、それは彼の体格が他の隊員たちに比べて細っちいからだ。いや、誤解のないように言うと、彼の体格も中々なモノなんだよ。俺と変わらないくらいだと思う。だけど、アメフト選手の集まりの中にいると細くみえちまうのさ。


 そんな風に観察している間にその隊員は俺たちの間に立った。


「それにな。狂数症を発症させる奴ウ力なんて聞いた事ないぜ、なぁ?」


 と、同意を求められてもね。狂数症なんて俺知らないし。

 そんな戸惑う俺を気にする事なく隊員はさらに言葉を続ける。


「そして彼の言う通り、奴ウ力を使っていたのはあのバカ野郎だ」


 と、厳しい言葉をローウェインに投げかける。ヤツは何の反論も出来ずに黙りこくっている。思わぬ敵の登場に狼狽えているようだ。


「アウラ様の前で奴ウ力を行使するとは、随分と非常識な事をしてくれたもんだ。速やかに処理されてもおかしくはないんだぜ?」


 うん、まったくその通りと同意しておく。


「それでも俺たちがコイツの首を飛ばさなかったのは何でだと思う? それはアイツの奴ウ力があまりにお粗末だったからだ。あれじゃアウラ様の髪の毛一本も吹き飛ばせんぜ」


 おう、もっと言ってやれ。


「で、あれが奴ウ力の使い手として優秀だったって? シックス坊やの笑いのセンスは中々だな」


 うん、これぞまさにシックスセンスだ!……なんちゃって。


「まぁ、なんだ。俺たちの仲間になりたきゃ、まずは最低限の常識を身に着ける事だな」


 と彼が言い切ったところで、中庭の入り口のアーチに下にいる隊員が彼の名を呼ぶ。


「おい、イーザウ! 油売ってないで早く来い!」


 イーザウは大義そうに手を振ると、俺たちに視線を向ける。


「んじゃ、ま、お互い頑張って。楽しみにしているよ」


 そう言って彼は踵を返した。そんな彼の方を憎々しげに睨み付けてローウェインは、


「……序数も持っていないくせに、この僕を――」


 と言いかけたのだが、俺の横を流れるような金髪か横切った。


「いい加減にしなさいっ!」


 バシンッ!


 なんと、いきなり駆け寄って来たエヴァ嬢がローウェインの頬を打ったのだ。痛そう!


「なっ――」


 思わぬ攻撃にローウェインは言葉を失ったようだ。そんなヤツに対してエヴァ嬢はさらに畳み掛ける。


「仮にも栄誉ある伐士隊を目指す者が、そんな稚拙なプライドに拘るなんて恥を知りなさい!」


 関心したように口笛を吹くイーザウ。

 俺と目が合うと、ウィンクして立ち去って行った。なんか、不思議な男だ。


「格下が……」


 怒りに震える声。

 振り返れば、ローウェインが拳を震わせながらエヴァ嬢を睨みつけている。ちとヤバイな。

 俺は彼女の前に庇うように立った。


 対峙する俺とローウェイン。

 が、ヤツはすぐに踵を返し、俺たちの前から足早に去って行く。

 俺はホッと肩の力を抜き、まだ怒りに震えているその後ろ姿を見送った。


 とてもじゃないが、お茶会どころではない。

 フィフス夫人が早口に形式ばった挨拶を述べている。おそらく、自分も早くこの場から立ち去りたい欲求とこれまで続いた伝統ある行事をせめて形だけでも最後までやり遂げたい責任感のせめぎ合いがそのようなチグハグの挨拶を生み出したのだろう。ちょっと同情してしまう。


 こうして序数持ちのお茶会は、とても中途半端な形でお開きとなっちまったのさ。


 


 

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