「靴をお磨きしましょう、邪神様! え? 靴は履いてない?」
俺の名は長田究極。
究極と書いて、アルティメットって読むんだ。いかしてるだろ?
両親は俺が何か1つの事を極めた男になれるよう、その名を付けたらしい。
まぁ、そんな事はどうでもいいや。それよりも、俺は数分前に雷に打たれて死んじまった。生涯たった20年でその幕を降ろしちまった。ひどいよな……。
ちなみに、雷に打たれて死ぬ確率って、宝くじで1等が当たる確率よりも低いらしいぜ。なぜ、運は悪い方に働いてしまうのだろう? 人生ってのは上手くいかないものだね……。
そして今、俺はなぜか裸で漆黒の闇の中に浮かんでいた。
ここはどこだろうか? 死後の世界というやつだろうか?
いや、待てよ……。
これ、もしかしてあれか? あの有名な転生イベントってやつ? 神の手違いで死んじまったってか?
そんな事を考えていると、背後に何やらとてつもない気配を感じた。
来たのか! カモが!! ……失礼。来たのか! 神が!!
ここからは俺の交渉力が試される。何とか有利に進めて、いい条件で第2の人生を迎えたい。そのためには最初が肝心だ。
俺は勢い良く振り向いた。
「おらあああぁぁぁぁ!! なに勝手に殺してくれとんじゃい! どうせ不手際か何かなんだろ? だが、安心しな。寛大な俺様はお前を許してやる。ただし、タダではないがな。そうだな、まずは土下座でもしてみるか? ど・げ・ざ!! その次は、俺を美少女だらけの異世界に転生しろよ。もちろんチートスキルもヨコセヨ!! あ、あとイケメンで頼むわ。って事で、わかったか? ……あれ、返事が聞こえないなぁ? わかったかな? ……おい! 返事しろや、このボケ――あれ?」
俺の目にまず飛び込んできたのはとてつもなく大きな目玉であった。
「……ん?」
闇の中で無慈悲に輝く金色の瞳。その瞳が俺をジッと見つめている。
他の体の部分は薄暗くてよく見えないが、何となくその異形な体躯を感じた。とにかくデカい、まじデカい。もう、嫌だなぁ。これは夢かな? 夢だといいなぁ!!
「※√#↓@:」
怪物が何か金切り声のようなモノを上げる。
不思議と俺にはその声の意味がわかった。
翻訳すると、この怪物はンパという名前の神様らしい。全く、何が神様だ!! こんなグロテスクな神様がいてたまるか!! たとえ神だとしてもコイツは邪神に違いない。
邪神ンパはさらに金切り声を上げた。
なるほど、なるほど。
邪神の話を要約してみよう。
運悪く死んでしまった俺の魂は放っておくと、無に帰すところだったらしい。だが、この邪神がその前に俺の魂を保護してくれたのだった。
それはもちろん善意によるモノではない。
邪神は自分に忠誠を誓い、僕になれと言っていた。
まぁ、助けてもらった恩もあるわけだし、考えない事もないが……って絶対嫌だわ! こんなグロテスクの僕とか絶対に嫌だ!!
そんな俺の考えを察したのか、邪神はさらに金切り声を挙げた。少し苛立っているようだ。
『お前の意思など関係ない。拒否すると言うのなら、罰を受けろ』って言ってる。やだ、怖い……。
ンパは再び、金切り声を挙げた。
すると、周りの暗闇から何本もの触手が俺に襲いかかってきた。
俺の肢体に絡みつく触手。ヌメヌメしていて気持ち悪い。
「しょ、触手ううううぅぅう!! いやあああああぁぁぁぁ!! とろ、とろ、とろけちゃううううぅぅぅ!!!!」
「#@*! &%$#!」
忠誠を誓うよう催促してくる邪神。
そんな邪神に俺は勇敢にも立ち向かう……訳もなく。
「はい! なります、なります!! 私はあなたの僕でごぜぇます!! あなたの僕でごぜえましゅ――」
あっさりと僕になる事を認めた。
ンパ様は満足下に唸った。
やった! これで触手から解放される! って思うじゃん?
「あ、あれ? ンパ様? 触手がまだ? え、触手、えええええ!? まだ、しょおくしゅぅぅぅぅぅぅ!?」
なぜか、まだ触手責めを受ける俺。
ンパ様は金切り声を挙げた。
どうやら、最初の俺の無礼な言動に対して罰を与えているらしい。
「いやああああぁぁぁぁぁ!!」
ンパ様による触手責めは体感的に1時間ぶっ通しで行われた。
「……ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」
疲労困憊している俺。何か大切なモノを失ってしまった気がする。
そんな俺に、ンパ様はちゃんと反省しているのか問うてきた。
「ご、ご無礼をお許しください!! ンパ様さま!」
ンパ様はその大きな瞳で俺をじっと見つめている。
「私はあなたに忠誠を誓います。何でもします!! まずは何をしましょう? 靴でも磨きましょうか? あ、靴は履いてない? え、異世界に行けと?」
早くも媚びを売る俺にンパ様は異世界に行けと言う。
「な、なぜです?」
困惑する俺を見て、ンパ様は笑い声のようなモノを上げた。
『異世界に転生したいと言ったのはお前だろう? 願いを叶えてやる。私の為に異世界で動いてもらう。その変わり、ちゃんと強大な力も授けてやるからな』とンパ様は言っていた。
マジか……でも、何をさせられるのだろう?
まだ困惑している俺にンパ様は苛立たしげに唸った。
「す、すみません! 行きます! 転生します!!」
俺の返事を聞いたところで、ンパ様は触手を俺の腰回りに巻き付けた。また罰を受けるのかと身構えたが、そのつもりではないらしい。
「▽▼△@#%&」
ンパ様は、『転生後に詳しい説明と指示を与える』と言った。
そして、俺は暗闇の底へ思い切り投げ捨てられた。
「ぎょええええええええ!!!!」
奇声を上げる俺。下は暗闇で何も見えない。いつ固い地面に衝突するのかと不安に駆られる。
次の瞬間、俺は固い地面ではなく、生温かい水中に飛び込んでいた。
人の常温くらいだろうか? めちゃくちゃ気持ちいい。
不思議な事に俺の身体は浮き上がる事なく、どんどん沈んでいく。息苦しくなることは全く無い。
底に沈む程、周りは明るくなっていく。
そして、底の底には、まばゆい光を放つ穴が見えた。
その光によって、身体の様子をハッキリと見る事ができた。思わず、悲鳴を上げそうになる。
なんと、俺の身体はこの水中に溶けだしていた。
皮膚が、筋肉が、内臓が、骨が溶けて無くなった。
俺は陽炎のような存在となり、底の穴へと沈んでいく。
穴を潜ると、その下には世界が広がっていた。高高度から見下ろしている形で俺はその世界を見渡した。
真ん中に大きな大陸が1つ、その周りに別の大陸が5つ、真ん中の大陸を囲むように存在していた。それぞれの大陸の間は海で隔てられており、上から見ると五芒星を形成している事がわかる。
そして、五芒大陸群の右上の方に、他に比べて小さな三日月形の大陸があった。
俺は五芒大陸群の一番上の大陸へと落ちていく。
その大陸にある1つの国へと落ちていく。
その国内の、ある村へと落ちていく。
その村の1つの家へと落ちていく。
その家のある部屋へと落ちていく。
その部屋のベッドで眠る女性へと落ちて行き、
俺はその女性の身体に宿った。
こうして俺は、邪神ンパ様に命じられて異世界へと転生する事になった。