泣きババア
僕の住む町には、「泣きババア」がいる。大変有名だ。狭い町だけど。
率直な感想を言ってしまえば、僕は泣きババアが大嫌いだ。気持ち悪いし、汚いからだ。そう言うと、ママは
「そんなことを言ってはいけません」
と言う。そして、僕の頭をコツンと叩く。全然痛くはないのだけれど、僕はいつも痛い振りをして口を尖らし、ブーブー言う。
「おばあちゃん、こんにちは」
ママはやさしい声で泣きババアに挨拶をする。大人の対応だ。でも、僕にはわかる。ママだって「汚い、気持ち悪い」と思っているのだ。子供をなめるなよ! 子供に気付かれないとでも思ったか! ママの顔が引きつっていることくらい、僕だってちゃんとわかっているんだ。
「汚ばあちゃん、こんにちは」
ママの言葉を文字に起こすとこうなる。でも、これをママに言うと怒られるので、僕は黙る。大人の対応だ。
「フガフガフガフガ」
泣きババアは何か言っていたけれど、歯が一本もないからフガフガ言うだけで意味が分からない。
泣きババアはいつも目から涙をボロボロ垂れ流している。それが汚い。難しいことはわからないけど、どうやら目と鼻は繋がっていて、一部の涙は鼻から出てくるらしいのだ。化学の三竹先生が言っていたから間違いない。だから、とても汚い。だって、周りの人から見れば、それはただの鼻水にしか見えないんだから。ババアの鼻水は汚い。これ世間の常識。
泣きババアの顔は、しわくちゃだ。普通のババアよりも数段、しわくちゃだ。まるでミイラだ。僕はミイラの実物を見たことがあるから間違いない。去年の夏にパパに連れて行ってもらったツタンカーメン博でみたんだから間違いない。どうやら、涙を常に流しているから、脱水症状で肌がしわくちゃになっているらしい。理科の成績が一番良いタケル君が言っていたのだから間違いない。
しわくちゃで、顔が汁まみれで、フガフガ言っている泣きババアが、僕は大嫌いだ!
今から43年と23日前の午前9時32分のことでした。
私は息子を失いました。交通事故です。
忘れもしません。「いつか、時が忘れさせてくれる」とやさしい殿方は言っていましたが、嘘でした。43年と23日たっても忘れません。克明に覚えております。
あの日以来、毎日泣いております。悲しくて胸が詰まりました。心が悲しみでいっぱいで、心から悲しみが溢れだしました。そんな心に呼応するように、目から涙が溢れました。そして、止まりません。
「いつか涙は枯れるから」親友はそう言ってくれましたが、嘘でした。43年と23日と9時間33分経っても涙は止まりませんでした。
時は無力なのですね。何でも解決してくれると思っていた私はバカでした。
悲しみは消えないのですね。簡単に消えるものだと思っていました。私は愚かでした。
老いることは、救いではないのですね。おばあちゃんは、いつも穏やかで、やさしいと思っていました。違いました。おばあちゃんは老いに苦しんでいたのです。そんなことも知らずに、私は羨ましく思っていました。年を取ることに憧れていました。私は幼稚でした。
願いは一つです。息子に会いたい。ただそれだけです。でも叶いません。願いはかなわないのですね。神様はいないのですね。私は祈っていました。神などいないのに。私は何に祈っていたと言うのでしょうか? 私は無知でした。
私は老いました。そして、こんなことを考えながら日々生きています。人間というものは不便なもので、生きなければいけないのです。日々の生活を送らなければいけないのです。どんなに苦しくても。
こんな気持ちを私は「フガフガフガフガ」という言葉でしか表現できません。誰にも解読できない言葉です。
それでも、この町の誰かに、私の気持ちを知ってほしいから、私は今日も泣きながらフガフガ言います。
―――この町では、汚いババアの涙の理由を、誰も知らない
ババアの涙の理由を、僕は知らないのだなぁ。
そう思いました。
それが良いことなのか悪いことなのか、僕にはわかりません。
ただ、何かが心に引っ掛かりました。
だから書きました。
泣きババアをいう作品を書きました。
これは答えではありません。
ですが、僕はこれを答えにします。
そうしなければ、この心の引っ掛かりが消えないから。
何かが心に引っ掛かったまま生きるのはつらいから。
人間とは不便なもので、生きねばならぬのです。心に何かが引っ掛かったままでは生きられないのです。それでも生きねばならぬのです。全く、めんどくさい生き物です。




