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誠顛末録  作者: 史燕
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土方歳三

「話は変わりますが、副長のことです」


市村が話題を変え、話し始めた。

市村は土方から佐藤彦五郎の元へ向かうよう命令され、五稜郭落城の数日前に箱館を去っていた。

佐藤彦五郎というのは、武州多摩の名主であり、土方歳三の義兄でもある。

また、土方・沖田・永倉など新撰組を支えた面々が所属していた、近藤勇の天然理心流道場試衛館の後援者でもあった。

この関係は新撰組結成後も続き、土方は彦五郎に自分の遺品を渡すように市村に言い含め、最後の命令としていた。

市村が佐藤家を訪れてからずいぶん経つのだが、土方と最期に会ったときの話をしていなかったことに気づき、この場で話すことにしたのだ。




運命のその日、市村は突如土方の呼び出しを受けた。

土方の肩書はもはや新撰組副長土方歳三ではなく、蝦夷共和国陸軍奉行並に変わってから久しいのだが、未だに市村を側で用い続けていたのだ。


「市村、お前に命令がある」

「なんでしょうか?」

「この中には、俺の遺品と、ここから武州までの路銀が入っている。この荷物を義兄の佐藤彦五郎に届けてくれ」


突然の命令に、市村は混乱していた。


「なぜですか!? 私は役立たずだと言いたいのですか!!」


市村は必死に言い募った。


「違うっ」


土方はそんな市村を一喝した。


「市村。死ぬのはな、俺一人でいいんだ」


土方は、市村に己の本音を語った。


「しかし……」

「勘違いするな、俺は無駄死にするつもりも、させるつもりもない」


なおも言い縋る市村を、土方は一蹴した。


「貫くんだ、俺の、俺たちの“誠”をな」

「“誠”、ですか……」

「そうだ」


普段は論理的な土方の口から、“誠”などという観念的なものが出てきた理由を、市村は掴みかねていた。


「市村、お前は京で募集した際に入隊したのだったな」

「ええ、京にいたのは一年足らずですが、それがどうかしましたか?」


自分の経歴など、ここで何の意味があるのか、市村は土方の言葉を訝しんだ。


「俺たち新撰組は、京で暴れまわったからな。そりゃ、薩長の連中も目の敵にしてやがる」


そう言う土方に市村は何も口を挟めなかった。

それが事実であることは、降伏した近藤の流山での斬首で痛いほど知っていたからだ。


「まあ、要するにだ」


土方は窓へ向かって歩きながら言った。

この部屋の窓からは、箱館湾や箱館山、それに今もなお土方に付き従ってきた新撰組隊士が籠る弁天台場といった要地が一望できた。


「要るんだよな、首が」


誰の、とは市村も問わない。

間違いなく、土方の首のことだ。


「近藤さんも、沖田も、山南も、源さんも、みーんな逝っちまった」


土方が挙げたのは、新撰組の最高幹部として、土方と共に戦ってきた鬼籍に入った者たちだった。


「市村、今の俺は何だと思う?」


何、と聞かれて、市村は困った。


「蝦夷共和国陸軍奉行並、土方歳三閣下です」


市村はそう答えつつも、これは正解ではないと勘付いていた。


「たしかに肩書きはそうだな」


土方は、市村の勘に反して、一応はその答えが正解であることを認めた。


「だがな」


その上で、土方は本当の答えを提示した。


「俺は、いつまでたっても、徹頭徹尾、新撰組副長土方歳三なんだよ」


その声は、今まで市村が聞いたどの声よりも、力強く、生き生きとしていた。


「俺ァ、いつまでたっても新撰組副長だ。だったらよ、鬼の副長土方歳三が新撰組の悪名、ぜーんぶひっくるめてあの世に抱え込んで逝ってやろうと思うんだ」


だからこそ逆に、市村には生き残れ、というのだろう。


「市村、餞別だ」


そう言って土方は、洋装に改めてもなお携え続けた差料である、和泉守兼定を渡した。


「副長、これは」


市村の呼び方も、いつの間にか副長に戻っていた。


「俺には秀国(大和守秀国)と国広(堀河国広)がある。そいつぁ呉れてやるよ」


「その代わり、わかっているな」そう、土方の目は訊ねていた。


「わかりました。たしかに拝命いたします。そして――」


市村も、土方の問いかけに答えるように言った。


「私の『“誠”を貫かせて』いただきます」


その後、彦五郎のもとへ行き無事命令を果たした後は、しばらく佐藤家の厄介になり、西南戦争を戦い抜き、現在は故郷の大垣で暮らしているのだという。




「流石に、このご時世に刀は差せませんが、これはいつも肌身離さず持っているんですよ」


そう言って、おもむろに市村が取り出したのは“誠”の一字が書かれている、新撰組の隊章だった。


「それなら某も」


そう言って島田が取り出したのも、市村と同じ新撰組の隊章だった。


「何だお主らもか」

「俺もだぞ」


そう言って斉藤と永倉も同じ隊章を取り出した。

四人とも肌身離さず持ち歩いていたらしい。


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