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プロローグ(1度目の終わり)

3章構成がほぼ決定している事と字数が微妙なため長編で投稿していますがコンパクトに書き切れれば短編として書き直す予定です。

今年最後の仕事を終え、階段を上る。

少年時代には夢があった、青年時代には理想があった。

働き始めてからはそういった事の何もかもを忘れ自分が何をしたいのか見失っていた。

否、生きる理由を今この時まで見つけることができなかったというべきか。

今日、私は飛び降りる。

私が半生を捧げたこの会社から。

社内で話題に上ることもなく、世間からは認識すらされていなかった自分だが終わりぐらいは目立たせてもらおう。

だが電車への飛び込みてめーはダメだ。

どれだけの人の時間を奪っているのか分かってない。

これまで何度人身事故のせいでお叱りをもらったことか...

「人に迷惑かけんなら相応の侘びを用意して逝けってんだ」

コツコツと響いていた足音は感情に呼応してか少々荒々しいものに変わる。



早い段階でこの世に未練は無かった。

ただ親に育ててもらった恩だけは返そうと思っていた。

別段仲が良かった訳でもないし、特別感謝していたわけでもない。

受けた恩があるなら返さなければ何をするにも気後れする、それだけのことだった。

しかし父はもう6年前に、母も今年死んだ。

生きる意味を見つけられなかった自分はとうとう生き続ける必要性すら失ったのである。



気持ちの整理もついたところでいよいよ屋上の扉前の踊り場にたどり着くと、扉の向こう側からは何やら怒声が聞こえた。

はて、この時間基本的に屋上に人はいないはずだがと思いつつ立ち止まる。

男の怒声と女の嗜めるような声、聞こえてきた「約束」「あの男」といった単語から痴話喧嘩か何かだろうと検討をつける。

さすがに同じ場に人がいる状況では身投げなどできない。

困ったなと思いつつも碌に異性と関わることもなかった人生だったのだ、

若い男女の痴話喧嘩を冥土の土産にするのも一興かと思い直し耳を傾けていると雲行きが怪しくなってきた。

「俺を騙していたんだな」「馬鹿にしやがって」

と会話の体裁はもはや失われ、男が一方的に罵声を浴びせ始めたのだ。

「もうどうにでもなれだ、お前を殺して終わりにしてやる」

搾り出したかのような男の声がいつしか執着から憎悪に変わっているのを感じ思わずその場に飛び込んだ。

飛び込んだはいいが......どうすればいいんだ、生憎修羅場を巧みな舌捌きで回避するようなスキルは持ち合わせていない。

女の方を見ると幼さの残る整った顔を怯えたように歪めている、背を向けている男の方は気づいていないようだ。

とりあえず男を抑えようでないと危険だ、そうしよう。

近づいていき「少し落ち着け」と声をかけながら肩に手をかける。

「うるせぇ!」

振り向きざまにもはや聞きなれた怒声、手が振り払われた。

瞬間、首に痛みがはしる。殴られた?

いやそんなレベルの痛みじゃない。

目が自然と男の右手を追う、刃物だ、斬られた。

首を押さえるとドロリとした生暖かい感触。

「は?」という率直な気持ちを口は紡ぐことなく、コヒュと空気だけが漏れた。

認識した途端とてつもない痛みが襲ってきて、全身から力が抜ける。

痛みはそう長く続かなかった。

段々と小さく、いや意識そのものが朦朧としてきている。

「違う、知らない、俺は知らないぞ......俺のせいじゃない!」

男が後ずさり、逃げるように走り去って行く。

皮肉にもこれまでに聞いた中で一番弱々しい声だった。

少しは罪悪感でも覚えたのだろうか。

男が去っていくと、「救急車を」とか言いながら女が近づいてきた。

深刻そうな顔をしている。

そりゃそうか、自分が巻き込んだようなものだ。

それぐらいはしてもらわなきゃ割に合わない。

いや、元々死ぬ予定ではあった。

痛みと引き換えにではあったが死の間際を美人の女に看取って貰えるなら儲けものかもな。

薄れゆく意識の中でそう思った。

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