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魔女と一目惚れ

 何がどうしてそうなったのか、頭の中がぐるぐると渦巻き絡まる。

 確かに彼は言ったのだ。妻になってほしいと。それがどういう意味なのかわからないわけではない。私だって両親から生まれた子なのだ、生まれる前の両親が夫と妻の関係だったのを知らないほど世間知らずではない。

 だけど、それとこれとはわけが違うのだ。

 初対面の男性に求婚されるなど、今までの人生でこんなことが起きるなど予測できただろうか。いや、できるわけがない。今まで人に関わらず生きてきた生活が急に一変するなんて、そんな妄想めいた予想などしているほど夢見がちではないのだから。

 結局昨日も、彼には酷いことをしてしまった。いや、こちらも突然押しかけられて何もわからず求婚されたのだから、非があるとは言い難い。

 それにしても、なぜ。

 青年と私は一昨日初めて出会った関係だというのに、彼はなぜあんなことを言うのだろう。

 そもそも最初から彼は、私にそのことを言うために訪れたというのか。だとしたら益々わからない。

 好きだという気持ちを拒んでいるつもりはない、ただ互いを知らない相手に唐突に言われることに納得いかないのだ。理由なんて必要ないのかもしれないけど、よく知らない相手の手を迷わずに取るなんて真似は無理だ。


「……クレイグ・マスグレイブ」


 確かそう名乗っていた気がする。

 もしかしたら彼は、あの王国にとってそれなりに権力のある持ち主なのかもしれない。そうだとしたらどういう理由でかはともかくとして、きっと今頃失礼な奴だなどと思われていることだろう。

 あれだけ警戒心を解こうと距離を縮めていたのだ、冗談で言った言葉ではないはずだ。

 だとしても、私の意思が変わるわけではないのだけど。

 こんな立場で、こんな状況で出会わなければ少しは気持ちも違ったのかもしれないが、ありもしないことを考えたところで何も変わらない。

 別に、これはこれで良かったのだと思う。こうしてまた、今まで通りの日常が始まるのだから。

 そう思っていた矢先、それに気づいた。


「ま、また……!」


 また声が聞こえてきたのだ。

 昨日の態度に怒っている素振りはなく、むしろ昨日と同じように優しげな声で。窓からこっそりと覗いてみれば、やはり青年は外にいた。

 何を考えているのだろう、あの青年は。

 もう会わないようにすべきだろうか。これ以上顔を合わせたところで、何か話が進展するとも思えない気がした。しかし、そんな意味のわからない青年といえど、国から森まで今日まで毎日足を運んでいるのだから、無下にするのは良心が痛む。

 本当にどうすればいいのだ、私は。

 今度こそ帰るように強く言って追い払ってしまうべきか。意を決して玄関へと向かい、遠慮がちに扉を開ける。

 少し不安げな表情を浮かべていた青年は、私が顔を出したのを見てすぐに笑顔へと変わっていった。

 その笑顔に、またしても胸がざわつく。


「やあ。昨日は突然屋敷に戻ってしまったものだから驚いたよ」

「な、何しに来たんですか……!」

「何しにって、昨日の話の続きだが」


 体が強張る。やはり諦めてなどいなかったのだ。どころか昨日よりも元気があるように見える。

 昨日の私の態度などまったく気にしていないのか、彼は陽気な声でそう言った。

 ただ、一つ違うのは、今日は彼一人でやってきたということ。周りの護衛らしき人たちの姿が見当たらない。不審に思い辺りを見渡しているのに気づいたのか、彼は説明する。


「今日は私一人だよ。どうも使用人たちは付き合いが悪くてね、まあ彼らの仕事もあることだし一人で訪れた次第さ」


 それもそうだ。昨日の求婚に綺麗に惨敗した姿を見て、毎日こんな辺境に赴くのに付き合っていられるほど彼らもお人よしではないのだろう。

 しかし、それはそうとして。これは好都合なのかもしれない。一昨日、昨日と周りに大勢の大人がいるという状況に緊張どころか心臓が飛び出しそうな勢いだったが、あるいは三日間も顔を合わせたせいか少しだけ落ち着きを取り戻していた。

 彼がどうして私に求婚などしているのか、その理由を聞き出そう。

 幸い彼は魔女だからといって怯える様子はないし、かなりのお人よしにも見える。


「あの……どうして、私なんかに?」


 昨日からろくに喋っていないせいか、声が掠れていた。とても綺麗なんて言える声じゃないが、それでも何と言っているかはちゃんと伝わっただろう。

 小さな声を聞きとった青年は、少しだけ目を丸くさせて、そしてそれを今から話に来たんだと言わんばかりに笑顔を咲かせた。


「少し長くなるかもしれないんだが……良ければ屋敷に入れてくれないだろうか?」



 屋敷に客人が訪れるのは何年振りだろうか。新鮮な景色に落ち着きはまたしても消え失せた。

 自分から招いた客人ではないが、不愛想な対応を取るわけにもいかず、台所でお茶を用意する。一昨日積んだ薬草で作ったお茶だ。中々個性的な味であるが、飲めばすぐに体がじわりと温まる。

 掃除も毎日しっかり行っているし、客を招き入れて恥ずかしいところはないはずだ。それなのに、心底興味深げに室内を見回す青年を見ていると不安で心が波立っていく。

 お茶を持ってきた私を視界に入れると、彼は一応客人として扱ってもらえていることに安心したのか、優しい表情で迎えてくれた。

 テーブルを挟んで向かい合う。

 この屋敷も古ぼけてはいないが、それでも気品漂う装いの青年に比べては霞んでしまう。

 カップを手に取り一口啜ったところで、彼は本題を切り出した。


「改めて言おう。君を私の妻として迎えたい」


 今度は二人の間に隔てる壁はない。真っ直ぐな瞳に見つめられ、鼓動が煩い。もし普通の町娘だったとしたらすぐに心が揺らいでいた。

 勿論これだけで二つ返事で応答しないとわかっている彼は、視線を逸らして手元に置かれたカップを見つめる。少し真剣な表情を初めて見た気がした。


「というのも、今に決めた話ではないんだ。ずっと昔から君と結婚しようと決めていた。本来ならもっと早くに声を掛けるべきだったと思っているが、君を守るための力がその頃の私にはなかった」

「え……ど、どういうことですか」

「私と君は一度出会っている。覚えていないか?」


 唐突にそう言われてもすぐに思い出せなどしなかった。嘘をついているとは思わないけれど、こんな綺麗な人に出会っていたなら忘れたりなどしないだろう。それどころか、ただでさえ人の訪れることがない場所なのだから。

 まったく思い出せない。いつ出会ったのか、どんな状況で遭遇したのか。

 必死に思い出そうとしている私に、彼は苦笑して「無理もないだろう」と言った。


「ずっと昔のことだ、覚えていなくても不思議ではないだろう」

「昔の、話?」

「ああ。ずっと幼かった頃の話だ。だがそのときから、君を妻にしようと決めていたんだよ。俗に言う一目惚れというものだ」


 一目惚れだなんて恥ずかしい言葉を照れることなく言ってのける彼は、まるで童話から飛び出してきた王子様のようだと思わなくもない。彼を褒め称える気はないけれど。

 とにかく、青年の話をまとめると、彼は昔一度私に会っていて、そのときに一目惚れをしてしまったということだろうか。そしてそのときから私と結婚しようと願っていた、のだろうか。

 それに対しときめくだとか、運命を感じるだとか、そんな感覚はなかった。

 あまりにも話が綺麗すぎるからだ。

 彼の言葉は嘘じゃない、そう信じたいし、そう言ってもらえるのは光栄なことだろう。だけど、そんな男女の恋愛事情だけでは済まされないこともあるのだ。

 私は魔女だ。

 彼がどんなに肩書など気にしないと言い張ったところで、私が魔女である以上結婚など叶いはしない。

 例え結婚したとしても、この先ずっと彼にはたくさんの受難が待ち受けていることだろう。魔女と結婚したせいで、人から拒まれ、たくさんの不幸が降りかかる。まだ起こりもしない未来でも、結末は少し考えればわかる。

 だから青年のためにも、この誘いを何としても断らなければいけなかった。

 少しでも、何の罪もない人が悲しむことのないように。


「やっぱり駄目です。私と結婚なんてしたら、あなたは幸せになれません……お断りさせて頂きます」


 自分で言っていて悲しくなる。否定ばかりの言葉は余計に気を滅入らせた。

 結果的には彼の幸せのためだとわかっていても、目の前で彼の希望を打ち砕くというのは心が痛まないわけがない。私自身結婚したいわけじゃないが、一人の人間の夢を潰しているという事実は払拭されるものではない。

 突き付けられた拒絶に、青年は驚いた表情を薄っすらと見せる。

 次に発せられる言葉を重い空気とともに待っていると、彼は別段悲しそうな声でもなく、ただ純粋に疑問をぶつけてきた。


「どうして君は、私の幸せなんかを考えているのかい?」

「えっと……どういうことですか?」

「つまり、ええと。こういうことだ」


 考えを言葉にするのにうまくまとまらないのか、彼はしばらくぶつぶつと声に出してまとめ始める。小さな声が断片的に聞こえてきただけで何を言っているのか理解できなかったけれど、真剣に考える素振りに私は何か変なことを言ってしまったのかと不安になる。

 しばらくして、ようやく考えがまとまってきたらしい青年が、「つまりだ」と言葉を繋げた。


「君は私からの求婚に対し、自分が受け入れるか否かではなく、私が不幸になるからという理由で断っている。どうして自分の意思を先に尊重しないのか、それが不思議で仕方ないんだ」

「……えっと」

「君が王国でどういう存在として認知されているかくらい、知っているよ。根も葉もない噂が蔓延っていることもね。だが、私は君と出会っているからわかる。君はそんな人ではないと」

「……」

「君は優しい人だ」


 初めて他人から自分を肯定する言葉を聞く。


「君と結ばれることでどんな不幸が待っているかはわからない。だが、所詮は周りの偏見だ。君は素敵な女性なのだから堂々としていればいい。例え君を良く思わぬ者が何をしてきたとしても、私がこの身を挺して君を守ってみせよう」


 まるで王子が王女に言うような台詞を迷うことなく言ってのけ、彼は椅子から立ち上がり私の脇にひざまずいた。

 あまりに歯の浮く言葉にときめいてなどいられなかったが、ただ一つ、彼が本気なのは仄かに感じ取れた。何が彼をそこまで動かすのか、一目惚れだからといってそこまでできるものなのだろうか。疑問は次から次へ浮かんでいく。

 青年が私に求婚する理由。それがわかったというのに、このすっきりしない気持ちは何なのだろう。


「だから、私の妻になってくれないだろうか」


 もう、今まで通りの日常には戻れないような気がした。


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