Vol.03
狂乱の宴の後、俺はメイドさんに連れられて部屋に戻った。
メイドさんは、なかなか部屋を出て行こうとしない。
何か指示を待っていたようだが、やんわり出て行くように伝えると退室した。
なんで残念そうな顔をしてるんだろう。チップが必要だったんだろうか。
この世界の文化も謎が多い。勉強しないと。
明日は、リオミが王都を案内してくれることになっている。
さっさと寝ようと思うのだが、今日は一度眠ってしまったためか、なかなか寝付けない。
今日一日で、いろんなことがあった。
リオミと出会って、アースフィアに召喚され、クロコ○イン枠と一悶着あって、聖鍵を抜いて、魔王を消し飛ばして、さっきの宴だ。
怒涛のイベントラッシュだったわけだが、リオミ視点で考えると、召喚当日に魔王が消えて両親が助かった最速のハッピーエンドという事になる。
正直、魔王を速攻で倒すことで何らかの弊害があるんじゃないかと危惧していたのだが、リオミが幸せなら他は大した問題ではあるまい。
なにしろ好感度マックスのヒロインなのだ。大事にせねばなるまい、うん。
その日は夢を見た。
勇壮な帝国マーチが流れる中、俺は漆黒の生命維持装置つきスーツを着てしゅこーしゅこーと呼吸している。
マザーシップにリオミを囚えて、あーんなことやこーんなことをする。
そこに何故かクロ○ダイン枠が乗り込んできて、俺は光の剣を抜き……。
といったところで目が覚めた。
メイドさんの洗濯してくれた服が置いてある。いそいそ着替え、洗顔、歯磨きを済ませた。
なんの違和感もなく使っていたが、水道施設はもちろん、歯ブラシも完備されていた。
やはり、現代日本の文明の利器が活躍している。トイレも水洗で紙もあったが、もはや驚くに値しない。
中世風の世界を装っているが、文明レベルは極めて高いようだ。タート=ロードニア以外の国はどうなんだろう?
メイドさんの案内で朝食の場へ向かう。
俺はどうやら王族筆頭と同じ扱いらしく、王様、王妃、リオミと一緒に食事を摂った。
会話は普通の雑談で、まるで俺を家族のように扱ってくれる。
リオミが女王になっても、跡継ぎは安泰だとか言い出す王様。リオミが赤面しているが、話の流れがさっぱりわからん。
ひょっとしたら婿養子の候補でも決まったのかもしれない。
「お父様のおっしゃっていたこと、気にしないでくださいね!」
「お、おう……」
城下町に出たリオミは何やら必死に弁解していたが、俺はこくこくと頷くしか無い。
先日クレーターに向かったときと同じ馬車に揺られる。あの時一緒に転送しておいたから、破壊されずに済んだんだっけ。
リオミは、甲斐甲斐しく王都の設備や観光スポットについて話してくれた。
馬車を降りて、王族御用達のお店でショッピングしたりもした。
おつきの人や護衛の人は最低限いるんだけど、これって普通にデートだなぁ。
昨日よそよそしかった護衛の人たちは、今日は俺に対して最敬礼してくる。やはり王族扱いだ。
さすがにここまで続くと、鈍い俺でも気づく。
あの王様、俺を囲い込むつもりだ。
きっと朝のうちに指示を出しておいたんだろう。
なにしろ俺は、魔王を倒した勇者だ。国に取り込むメリットは計り知れない。
これはいずれ、リオミと俺が婚約すると民たちの間で噂が流れ、退路を塞がれるだろう。
なし崩し的に結婚、俺はゆくゆく王配となる。
リオミと結婚するのは吝かじゃないけど、正直政治の道具にされるのはなぁ……。
石化してたおかげで王様は若い。治世は長く続くだろう。
甘い汁を吸わせてもらえるかもしれないが、俺が権力を握るのは随分先のことになるんじゃなかろうか。
どっちにせよ政治は専門外だ。何か先に手を打っておかないと、動きが取りづらくなる。
いつまでもこの国にいるわけには、いかないな。
「アキヒコ様……あまり、楽しくないですか?」
「あ、いや、そんなことないよ。ちょっと考え事をしてただけ」
「…………」
しまった。リオミの話を聞いてなかった。
な、何かフォローしないと。
「リオミのことを考えてたんだ」
「わ、わたしのことを……?」
嘘というわけじゃない。
ごめんよ、リオミ。俺はサイテーだ。
「実は……旅に出ようと思ってる」
「えっ」
咄嗟に出た言葉だが、これは普通にありだろう。
俺の力は一国に所有させるべきものじゃない。
俺は、いつまでも同じところに留まっていてはいけないのだ。
「そうすると、リオミとは別れることになるね」
心を鬼にしなければならない。
リオミの隣は居心地がいいけど、恋とは違う気がするんだ。
妹っていうのとも違うけど、大切にしたい人だと思う。
彼女はもっと、両親と多くの時間を過ごすべきだ。
「……この国に留まってはくれないのですか」
リオミ必殺の上目遣いだが、今回ばっかりは袖にしないといけない。
俺は背を向けて回避する。
「聖鍵の力は大きすぎる。やがて、この国に災厄を呼び込むかもしれない」
これも、やはり無いとは言い切れないだろう。
聖鍵のマニュアルの限りじゃ、俺がやらかさない限りは大丈夫みたいだが、知らない情報が秘匿されてる可能性はある。
昨晩の宴で俺が操作をミスる事があると、図らずも証明してしまったしな。それがホワイト・レイ誤射とかだったら、目も当てられない。
「……いかないで」
背中にぴっとりと寄り添ってくる。
リオミのぬくもりに、心が揺れる。
彼女から向けられる無垢な好意に、頭がクラクラしてくる。
ゼンだ。ゼンの心を思い出すのだ、三好明彦よ。
暗黒面に囚われてはならぬ。
「大丈夫。リオミのところには、いつでも会いにいけるから」
ああ見えるぞ、俺にも時が見える。
これ以上、後ろ髪引かれる想いに耐えられない。
俺はリオミを振り切って、前に歩き出す。
振り返ると、リオミが胸の前で手を合わせ、潤んだ瞳で俺を見つめていた。
王都を真っ二つに横切る大河の橋の上で、俺達は見つめ合った。
「王様と王妃様によろしく。リオミ、キミとの時間はとても楽しかった。どうか達者で」
リオミが目を見開いて、俺の方へ駆けて来る。
俺の意図に気づいたのだ。
「アキヒコ様、だめ!」
俺は手を上げ、リオミに微笑んだ。
――聖鍵、起動。
対象、三好明彦。
転移先、マザーシップ中枢。
空気が変わる。
アースフィア独特の、心地良い大気が二酸化炭素として排出され。
無菌洗浄されたマザーシップの無味乾燥な酸素が、俺の肺に取り込まれる。
この空気は、好きじゃない。
「うっ、く……」
中枢ミラーボールの輝きの前で、俺は跪く。
結構、きつい。
転移酔いじゃないよな、これは。
胸が、締め付けられる。ぽっかりと穴が空いたみたいだ。
隣が決定的に足りない。たった一日だというのに。あの笑顔が恋しくて、懐かしくて仕方ない。
首を振った。
つらい気持ちを振り切って、俺は聖鍵をミラーボール前の台座スリットに差し込む。
マザーシップの情報管制システムは、ルナベースに直結している。アースフィアすべての情報を保存するには、容量が足りないからだ。
どういう目的なのかは不明だが、マザーシップは観測した情報のすべてを月のデータベースに蓄積しているのだ。
聖鍵にはマニュアルがインストールされていたが、搭載されている情報検索能力がデフォルトだとオフラインになっている。
これを、設定変更する。
ルナベースに蓄積された情報をすべて取り込むのは自殺行為だ。俺の脳が焼き切れる。
だから、必要に応じて情報を検索し、調査可能なように聖鍵を時空オンラインに接続する。
聖鍵はこれによって本来のスペックを獲得できる。
アースフィアについて気になったことを、ルナベースに蓄えられた情報の宝庫から調べることができる。マザーシップ中枢をサーバーとして経由して。
つまり、アースフィアについてググることができるようになるのだ。
リオミから基礎的な知識はある程度教えてもらった。あとはそれを取っ掛かりに、自力で調べることにする。
まずは、魔王がいなくなったあとのアースフィアについて情報を集めなくてはならない。
――調査ドローンをアースフィア全土に派遣。魔物に関する情報を調査、報告せよ。
マザーシップによる観測だけではなく、実際にドローンを派遣して生で見た情報も加える。
早速報告されてくるデータを吟味し、目を通していく。
この作業に没頭すれば、すべて忘れられる気がして、夢中になって情報を集めた。
俺は、親父が言っていたことを思い出していた。
仕事をしている間は、嫌なことを忘れられる。
俺は信じていなかった。仕事なんて、つまらないものだと。働かないことが至高だと。
今は親父の言葉はこういうことだったんだと実感しながら、自分を情報のプールに埋没させていく。




