Vol.02
宴をするだけの回です。
宴の食事はうまかった。
コンビニ弁当メインの俺には少々味が薄めだったけれど、バイキング形式で出てくる食材は、地味に地球で食べられるものが多い。
「って。これ、寿司じゃないか……?」
コメの上に生魚の切り身が乗ってる。わさびもちゃんと入っていた。これを食べてると、日本に帰ったような気分になる。
俺のところへ挨拶に来る貴族の人たちも流暢な日本語を話してたし、日本と何らかの関わりを匂わせるものがあるな。
外見は皆さん日本人離れしてらっしゃるのにね。なんとも奇妙な和洋折衷だなぁ。
「しかし、寿司があるってことは俺以外にも日本人が召喚されたりしてんのかな?」
俺が召喚されてる以上、他に誰か来ててもおかしくない。
きっとそういう人が過去にいたのだろうが……。
酒も日本酒っぽいものを見かけたけど、あんまり人気がない。
俺もどっちかというと洋酒のほうがイケる口なので、ウィスキーを氷で割って頂いた。
夜風にあたろうと、バルコニーに出る。
この時間だと電気もない王都はまっ暗かと思いきや、街もすっかりお祭りムードでどんちゃんやっている。
どこかで聞き覚えのある祭り囃子のフレーズが、ますます俺を懐かしい記憶へと誘う。
いわゆる異世界召喚モノというジャンルにおいて、ストーリー進行上ブチ当たる問題に、言語や衣食住、文化の違いがある。
駆け込めば助けてくれる警察機構は存在ないことが多いし、最近だと奴隷制度のある世界に飛ばされるノベルもよく見かける。
言語なんかは世界の魔法による同時翻訳、何故か英語が通じるなどで解決する事も多いが、そもそも言語の違いに触れないという回避方法もある。
ところがアースフィアは、誂えたように日本の要素を多く含んでいる。人々は当たり前のように日本語を公用語としているし、文化がどの程度まで取り込まれてるのかはわからないが、寿司、日本酒といった食文化にまで食い込んでるとなると偶然では片付けられない。
まるで誰かが作為的に日本の要素をアースフィアに取り入れているかのようだ。
「はは、まさかな……」
SFじゃあるまいし。
いくら聖鍵のテクノロジーが使えるからといっても、アースフィアはファンタジー世界。
もし俺が主役の物語が描かれるとすれば、ジャンルはファンタジーで鉄板だ。そうでなければジャンル詐欺だろう。
もちろん、日本との明確な違いもある。
この世界に来てすぐに感じたのは、空気がうまいということだ。
東京から地方の山とかに登ると、空気の味の違いをはっきりと感じるんだが、それとも違う。
この世界にしばらく残りたいと思わせる要素のひとつだった。
「アキヒコ様、こちらにいらっしゃいましたか」
「……リオミ」
衣装変えをしてきたのだろう。肩の出るちょっと大人びたドレスを纏い、ガウンのようなものを羽織っている。
確かにちょっと寒いかも。
今のリオミの姿は前のドレスよりも艶があり、蠱惑的な雰囲気を醸し出している。
なのに、今の俺は賢者のごとく冷静だ。
何故だ?
「魔王討伐と順番が逆になっちゃいましたけど、明日は街を案内しますね」
「ああ、頼む」
俺は世界について何も知らないまま、最短コースで魔王を消した。
それでイコール平和に繋がるというわけではないことは、理解している。
ただ勇者に救われただけの世界がどうなるか。
人間同士の争いが始まるかもしれないし、魔王を失った魔物たちが今までより暴れるかもしれない。
戦争経済の恩恵を失ったことで、食い扶持を失った失業者が大量に出る可能性だってある。
役目を終えた俺に何ができるのかは、まだわからないが……。
「……先ほどは、驚きました。アキヒコ様があんなことを言い出すなんて」
「迷惑だったかな?」
「とんでもありません! むしろ、わたしはアキヒコ様がすぐに帰ってしまうんじゃないかと思っていたんです」
「まあ、普通に考えて。俺は用済みだしね」
「そんな風に言わないでください!」
びっくりした。
「リオミ……怒ってるのか?」
「当たり前です! 用済みとか……軽はずみに言わないでください。
他の者がどう考えていようと、わたしがそのように思うことは決してありません。
そんな風に言う者は、リオミ=ルド=ロードニアの名にかけて……絶対に許しません。
だから……貴方が自分で自分のことを用済みなんて、言わないでください」
彼女にとって、予言に登場するアキヒコという存在は絶対の救世主。
両親を救う唯一の希望。
10年……だったか。まだ子供だったろうに、ずっと予言を信じて、頑張ってきたんだもんな。
それを当のアキヒコに否定されたんじゃ、怒るに決まってる。失言だった。
「……ごめん」
「いえ……すいません。わたしも言い過ぎました……」
よほど俺が落ち込んでるように見えたんだろうか、彼女も顔を伏せる。
「アキヒコ様がこの世界に残ると言ってくれた時……安心しました」
「……ったんだ」
「はい?」
俺の言葉は風に消されて届かなかった。
「初めてだったんだ。誰かに、喜んでもらえたこと」
「…………」
まずい。ムードがますます暗くなっていく。
俺もそろそろ今を脱却しないとダメだ。
ここからの景色を見てたら、ちょっと思いついたことがある。実行しよう。
「見てて」
俺は聖鍵を取り出し、いくつかの命令を送信した。
リオミに街のほうを眺めるよう促す。
「何をされたんですか?」
「すぐにわかるよ」
そう言って、バルコニーにもたれかかり、俺も背中越しに街のほうを見上げた。
……お、きたきた。
城壁に沿って、哨戒ドローンが次々に転送されてくる。
警邏に使うための兵器だが、今回は本来の用途とは違う運用だ。
哨戒ドローンは王都を囲う城壁の上で等間隔に整列し、王都内側に向けて45度角度上方へサーチライトを照らす。
情緒もへったくれもない大光量ライトだが、空に伸びるいくつもの光条は、王都を昼と同じ明るさにするのに充分だった。
「わあ……」
リオミが感嘆の息を漏らす。
さらにドローンはライトを左右ランダムに振って、遊園地のアトラクションのように、王都の空を演出した。
王都の人々も不思議そうに空を見上げているが、俺の出した指令はこれだけに留まらない。
――時間だ。
地平の向こう側から、煙を引いた輝きが空へと登っていく。
星々の闇の間に吸い込まれたかと思うと、次の瞬間。
花開いた。数秒遅れて爆音と振動が王都を揺らす。
プラズマグレネイダー。本来は間接砲撃用で、着弾と同時に半径100m以内の敵を融解する兵器だが、今回は着弾地点調整用の推進装置を全開バーストして、上空で爆発するようタイマーを調整させた。花火代わりである。もちろん進路及び範囲内に有機生命体が存在しないことは確認済みだ。
時間を置いて何発か発射させた。人々がパニックにならない程度に間隔を置く。
何事かと窓やバルコニーに集まる貴族の皆さんに向かって、俺は自分がやらせている旨を伝えた。
「話には聞いていたが、随分と出鱈目な力なのだな」
王様だ。あ、ちょっと怒ってる。
「勝手に始めてしまって、すいません」
「いや、よい。今から民にも敵の攻撃ではないと伝える」
王様は隣の魔術師と思しきローブの人に何事か伝えると、自分に何らかの魔法をかけさせた。
リオミと違って、詠唱を歌ったりはしないみたいだ。仕組みが違うのかもしれない。
「我が民よ」
王様の声が大音響で聞こえた。
なるほど、こうして王都中の人々に声を聞かせるのか。
「今宵は聖鍵の勇者殿の計らいで、そなたたちが見たこともないような魔法の数々を披露してくださるとのことだ。存分に楽しむがよい」
こうして王様のお墨付きをもらった後、俺はいろいろ試してみた。
敵性設定を省いたバトルオートマトンを広場でグルグルと回転させて踊らせたり、圏内戦闘機にアクロバット飛行をさせたり、マザーシップからヒュプノウェーブブラスターを照射して人々に陽気な幻を御覧頂いた。
戦略爆撃機でお菓子を降らせようと思ったが、あいにくとマザーシップ生産プラントは稼働させていなかったので用意できなかった。これを機に動かしておこう。
「アキヒコ様!」
ふんぬ、と腹の下、丹田に力を込める。
彼女のハグは気合を入れないと、バルコニーから転落しかねない。
「素敵な日にしてくれて、本当にありがとう。お礼です」
ちゅっ。
はう。ほっぺにキスされた。
俺の中で賢者が「馬鹿な!」と叫んで憤死したのがわかった。
「……続きは今度、ね?」
らめえええええ!
続きがあるとか言っちゃらめえええ!
不潔です。フシダラです。不純異性交遊です。
お兄さんは許しませんよ。
お父さんもきっと許さないよ。
え、王様どうしてそんな悪い笑顔をしてるの。
王妃様も王様にしなだれかかって「今夜はわたくしたちも」なんてのたまってらっしゃるの。
あ、ヒュプノウェーブブラスターの照射位置ずれた。
俺達は全員催眠状態になって、長い夜を何も考えずに楽しく過ごした。
アキヒコはあのように言ってますが、この小説のジャンルはSFで正解です。
詐欺ではありません。
日本食や、あとで出てきますが通貨とかにも理由があるのです。
詐欺じゃないんだってば。




