Vol.01
「ここが、本当に魔王城があった場所なんですか……?」
「ああ、この座標で間違いないよ。とはいえ……景色は随分変わっただろうけどね」
リオミの呟きに、俺は頷いた。
魔王城跡地は見事に何もない。見える範囲はまっ平らな焦土が続くばかりで、周辺に生息していた魔物も光の中に消えている。
ホワイト・レイ照射完了後、俺はすぐに偵察用ドローンを魔王城のあった座標に派遣し、状況を確認させた。
瘴気も綺麗に吹っ飛んでおり、安全も確認できたので、リオミたちとともにテレポートしてきたのだ。
理由はふたつある。
ひとつは、魔王の消滅を確認すること。
もうひとつは、この周辺に二度と魔王の配下や魔物を近づけないための布石を打つことだ。
現在、魔王城跡地に無数のバトルオートマトンを転送している。こいつらはメンテナンスフリーだし、可動用のエネルギーはマザーシップから無尽蔵に供給可能なので半永久的に展開できる。魔物の類を攻撃対象にするよう設定しておけば隊伍を組んで包囲、殲滅するはずだ。
いずれここには要塞モジュールを投下して、生き残りの魔物どもを駆逐する拠点を構築しよう。そうすれば、より強力な地上用兵器の運用も可能になる。
「《しめおろす星よ、我が地を照らせ。マッピング》」
リオミが魔法を唱えた。
やっぱり綺麗な声だと思う。詠唱は歌の次ぐらいに素晴らしいな。
「たしかに、ここは魔王城のあった場所のようです……!」
俺の言葉に半信半疑だった護衛兵たちが、リオミの言葉には「おお!」と歓声を上げる。
ですよねー。
「本当に、魔王は斃れたのですね!」
「うん、間違いない」
調査によれば、この周辺に生命反応はない。
マザーシップから観測した情報でも、魔王がテレポートした反応は確認できなかった。
ドローンから気になる報告があった。赤い影が南に飛んでいったというのだ。あわてて魔王のデータと照合したところ一致しなかったので、追跡を打ち切り衛星による監視をつけた。
魔王は消えたのだ。予言詩に唄われるとおりに。
「アキヒコ様!」
うぉっし、ばっちこーい!
流石に今回は予想してたので、押し倒されることはなかったぞ!
「今日はなんだかもう、感動しっぱなしで……胸がいっぱいです」
護衛兵たちも口々に俺を讃えてくる。
別に自分の力というわけではない。アイテムが優秀なだけ。正直フクザツな気分だ。
あまりにもあっけなく事が運び過ぎて、実感もほとんどない。
「その……アキヒコ様。今すぐ城に飛べますか?」
「でででできるけど」
「魔王が本当に斃れたのなら、きっと……」
俺の胸のなかで上目遣いとか、マジやめれ。
リオミのリクエストに答えて、俺達はタート=ロードニアに帰還した。
何やらリオミがそわそわしているので何かと思ったけど、理由はすぐにわかった。
「リオミ!」
「お父様! お母様!」
城の謁見の間。
王と王妃と思われるふたりがリオミと抱き合って喜ぶ。どういうことだろう?
って、ふたりとも若いな! 二十代そこそこにしか見えないぞ。王妃に至っては、リオミのお姉さんにしか見えん。
驚いていると、王と王妃が大らかな微笑みを俺に向ける。
「そなたが……アキヒコか。魔王を倒してくれたのだな」
「は、はい」
「おかげで私達にかけられた石化の呪いも、解けたようです。どのような言葉で感謝を伝えればいいのかわかりません」
なんだってー!?
そんなの全然聞いてなかった。
そうか、王様たちが俺の召喚時に現れなかった理由って……。
要するに、リオミは両親の無事を一刻も早く確認したかったんだ。
そうと知ってれば魔王城跡なんか連れて行かず、城に直行したのに。
ともあれ、魔王の滅びは石化の解呪でいよいよ確定だ。
「今宵は宴だ。民にも余の姿を見せ、魔王が滅びた事を伝えねばな」
「はい、お父様!」
「ですが貴方。今はリオミとの再会を喜びましょう」
「……お父様、お母様……わたし、頑張りました。おふたりが石になってしまってから10年、アキヒコ様を呼び出せる魔法使いになるために、頑張って、頑張って、頑張りました。だから……ぐすっ……」
リオミ……。
俺はなんかもう、それ以上見てられなくて、謁見の間からひっそり出ようと試みる。
家臣たちは、親子の再会にもらい泣き。誰も俺を気に留めない。
あ、メイドさんが気を遣って、扉を開けてくれたぞ。
と思ったら、俺と一緒に通路についてきた。
「王女は、自分が予言詩に登場する『魔を極めし王女』になるために、政務をこなしながら血の滲むような努力をされてきました。すべてはこの日のために」
「ああ……うん。よくわかったよ」
……。
……。
……何で逃げたんだろ、俺。
……。
……よく、わかんねぇ。
「一介の侍女に過ぎないわたしですが、ずっと王女の補佐をして参りました。わたしからも、お礼をさせてください」
メイドさんに引っ張られていく。
全然思考が回らない。
それからのことは、よく覚えてない。
気づいた時、俺はベッドで目覚めた。
メイドさんはいなかった。
疲れているように見えた俺を休ませてくれたのだろうか。
脱いだ覚えもないのに、服を着ていなかった。
なんか、だるい。
「何してるんだろうな、俺……」
呼ばれて、魔王を倒して、リオミは親と再会できて。
別に何も悪いことないじゃん。
なのに、なんで逃げてるんだよ。
本当にわからない。ただ、あそこにいちゃいけない気がした。
俺にはそんな資格はないって気がしたんだ。
無性に、自分が恥ずかしくて恥ずかしくて仕方なかった。
何故そんなふうに感じたのかの理由。
それがわかったら、今度こそ俺は俺でいられなくなる。
……よそう。今は、考えないほうがいい。
「お目覚めになられましたか」
メイドさんだ。
「着替えはそちらに置いておきました。着てらした服は洗濯しておきますので」
「……ありがとうございます。今、何時ぐらいですか」
「夕方の七時です。もうじき宴も始まりますよ」
こっちでも一日は二十四時間なのかな……。
リオミは最初から日本語を話していたし、アースフィアは地球と結構つながりがあるのかもしれないな。
ん、ちょっと思考力も回復してきた。
「着替え終わったら行きます」
「お手伝いしましょうか?」
「いえ、ひとりでやります」
メイドさんは頭を下げて退室する。
着替えはアースフィアの礼服だったが、手こずるほどの違いはなかった。
聖鍵は机の上に置かれていた。一応、持って行こう。空間に収納しておけば、手ぶらになれるし。
思えば、こちらの世界に来てからは、ずっとリオミと一緒だった。
こうしてひとりになると、改めて自分が異世界に来ているんだということを思い出す。
俺はアースフィアを救った。救ったと言っていいはずだ。
もう、この世界にいる理由はない。俺の役目は終わった。リオミは念願叶って両親を元通りにした。水入らずの時間を増やしたいだろう。帰れば、もう彼女が俺の隣に来ることはない。それは寂しいけど、仕方のない事だ。一緒にいた時間はそれほど長いものではないけれど。リオミの声がもう聞けないのは、残念だな……。
俺はどうしたいんだろう。
帰りたくないと言えば、嘘になる。
俺はまだこの世界のことを何も知らないに等しい。
魔王を倒した俺が、この世界にいていいのかどうかもわからない。
それに……聖鍵。
俺がいなくなったあとの聖鍵はどうなるのか。
「この世界なら、地球と違って俺には聖鍵がある……」
地球にも持ち込めるかもしれないが。
帰るにせよ帰らないにせよ、聖鍵のことなしに判断はできない。
……今は保留するか。
「顔を出さないわけにはいかないしな」
俺は扉の外で待機していたメイドさんに、宴の会場へ案内してもらった。
もう始まっていたが、問題ないらしい。
俺はVIP且つスペシャルゲスト的な扱いらしく、リオミに呼ばれたら顔見世をするという流れなんだそうだ。
会場から拍手が聞こえてくる。
「どうぞ、アキヒコ様。絨毯に沿って歩いて、そのままリオミ王女のいる壇上に上がってください」
メイドさんに促され、俺は会場に入った。
歓声と拍手が一斉に大きくなる。
両サイドには貴族と思しき身なりの男女が列席し、俺に熱い視線を送ってくる。
まだテンションの戻りきらない俺は、なんとか笑顔を作りながらリオミの待つ壇上へと向かった。
リオミの姿を見ただけで、なんだか安心してしまった。同時に元気が湧いてくる。
「アキヒコ様!」
リオミの笑顔は、これまで見た中でも最高だった。
その笑顔を向けてくれるのが俺であることが、とても嬉しく、誇らしかった。
壇上に上がり、彼女の隣に立った。
「あ……」
俺は気づいた。
人々が俺に向けてくる笑顔が、リオミの笑顔と同じものだと。
魔王に苦しめられていたのは、リオミだけではない。
ここにいる人たちも、魔王の存在によって大きな苦しみを抱えていたのだろう。
俺がどれだけ自分を卑下したところで、彼らが送る感謝に貴賎はない。
俺はあなた達から羨望を送られるような人間じゃない、と言ったところで謙虚とはならない。
「アキヒコ様。アースフィアの民はみな、ここにいる人たちと同じぐらいアキヒコ様に感謝しています」
それはリオミの一意見に過ぎないかもしれない。
でも。自分のしたことが、これほど人々に喜びを与えることになるなんて、少し前の自分には想像できなかった。
喜んでもらえることが、こんなにも……こんなにも嬉しいことだったなんて。
「ア、アキヒコ様!?」
会場に動揺が走る。
はは……、俺泣いてら。
ひょっとしたら、段取りとかあるかもしれないけど、俺はもう我慢できなかった。
叫ぶ。
「皆さん! アースフィアにはもう、魔王はいません!
ですが、世界にはまだ魔王の行為によって傷つけられた人たちがいると思います。
俺はその人達を助けたい!
俺は、俺自身はみなさんと同じ、只の人間です。
でも、聖鍵が使えます。聖鍵の力を皆さんのために役立てたい!!」
空間から聖鍵を取り出し、掲げる。
「魔王亡き後、俺はただの厄介者かもしれません。
ですがどうか、今しばしアースフィアに留まることを許していただきたい!」
俺がひとしきり叫ぶと、会場は水を打ったように静まり返ってしまった。
沈黙を破ったのは、
「アキヒコ様!」
この強烈な抱きつきは、何度目だったろう。
もう馴染みのスキンシップだ。
「本当に残ってくださるというのなら、いつまでもいてください! わたしたちは大歓迎です!」
「「「アキヒコ様万歳! リオミ王女様万歳!」」」
会場は熱狂に包まれ、拍手が鳴り止まない。
自分は全然なっちゃいない。
俺は……まだ帰れない。
この人達の感謝の笑顔に、素直な笑顔で返せるまでは。