Vol.36
あれから、さらに1週間。
あの放送で、すべての人がフランを許すなんてことは、もちろんなかった。
浄火派の残党と結託した暴徒の一部は、カドニアの各地で騒ぎを起こしている。
それでも、かなり局地的な活動になったのは確かだ。
フランを聖鍵派に戻したり、聖女にしたり、もちろん女王に即位するなんてことも起きなかった。
だけど、彼女を受け入れてくれる場所は確かにあった。
「いやあ、彼女が来てくれてから、街が明るくなりましたよ」
「そうですか」
俺は、町長の言葉に頷いた。
フランは、フォスで暮らすことになったのだ。
フランは子供たちを世話する保母さんみたいな役どころとして、ドナさんと共に教団支部で働いている。
もちろん、その中にはヤムたんもいるわけで。特にリプラさんとは過酷な境遇が共通しているためか、意気投合していた。
フランの謝罪はともかく、ヤムたんの言葉が結構響いたようで、あの子こそ聖女だなんて言い出す輩まで出てきた。同志が増えて何よりだ。処女厨はロリコンになる才能があるのだろうか。
ちなみに俺はヤムコンだが処女厨じゃない。
「これからの自分は、罪を背負って生きていく。たとえ許されなくても、この子たちが笑って暮らせる場所をつくりたい」
フランは笑顔でそんなことを言っていた。
「そっか……ヴェルガードのことは、もういいのか」
「もう、どうでもいいよ。そっちで煮るなり焼くなり、好きにしちゃって」
「ん、わかった。じゃあ、宇宙漂流刑にでもしておくよ」
「たまに、そっちにも遊びに行くネ……☆」
「うん、いつでも来てよ」
ん、今ちょっと娼婦モードじゃなかったか? いや、気のせいだ。
とにかく、俺の支持が厚いこの街なら彼女に石が投げられることもない。
フォスにはバッカスや、ロードニア王都、クラリッサ王都と繋がったテレポーターから観光客や巡礼者、そして商人がやってくるようになった。
そういった人々のなかには心ない者も確かにいたが、そういうヤツらはすぐにドロイドトルーパーやアンダーソン君によって懲らしめられた。
「アキヒコ殿、キャンプシップの代金です」
「……こんなに!?」
トランさんは、てっきりバッカスに商会を構えるのかとおもいきや、フォスを拠点にすることを決めたようだ。
彼から受け取った代金はなんと白金貨50枚。円に換算すると5000万円。信じがたい大金だ。
「つきましては、追加のキャンプシップを20機ほど注文したいのですが」
「貴方、どこまで手を広げる気ですか!?」
なんてやりとりがありつつ、トランさんは本格的にキャンプシップを使った商売を進めるようだ。
行商だけではなく、バスみたいなこともやるらしい。実に手広い。
「ご主人様、浄火派残党への反発が強まり、カドニアの結束が強まっているという報告が届いています」
実際問題、何が毒で何が薬になるかわからないものだ。
ディオコルトにしてやられたが、結果的に暴発連中に対する怒りは国内で高まった。
もともと武具が豊富だったカドニアでは、民衆が浄火派残党を追い払うようなこともあったらしい。
「そういう人たちには、聖鍵派の名前でどんどんトルーパーやアンダーソン君を増援に送っちゃって」
「かしこまりました」
三国連合やロードニアとの貿易が、フォスを通して始まり、そしてそれらの物資がトランさんの商会を通してカドニア中に輸送されるようになった。
まだまだ始まったばかりだけど、今度こそカドニアは良くなっていくと思う。
フォス以外の街を見まわったときの人々の顔に、笑顔が浮かんでいたからだ。
国を良くしていこうという大きな流れができつつあるのだ。
「……一時はどうなるかと思ったけど、結構なんとかなったなぁ」
「アキヒコ様ならやり遂げると、わたしは最初から信じてましたよ」
俺達は今、カドニアの空を飛んでいる。
リオミの《ハイフライト》だ。今回は俺もフリーバードに乗り込まず、自分の体で飛行している。
普通に会話すると舌を噛むので、マインドリサーチを利用した双方向通話を行なっている。
ここはバッカスの空とは違う。連なる山々がどこまでも続いていた。
「ねーねー! あそこ、虹が出てるよ!」
「おお、本当だ」
ディーラちゃんがドラゴン形態でウキウキしながら飛んでいき、その背にはシーリアが。
少し前なら絶対に有り得なかった光景だ。
別に人は分かり合えるんだ、なんてことを言うつもりはないが……人と魔物の融和も、個人単位なら結構なんとかなるのではなかろうか。
「こうして、アキヒコ様と空を飛んで……どこまでも行きたいです」
「奇遇だね、俺もだ」
リオミと手を繋ぎ、どこまでもどこまでも高く飛んでいく。空が嫌いだと言ってた彼女も俺が一緒だと、景色が違って見えるらしい。
渡り鳥の群れに遭遇したので手を振った。人を怖がるでもなく、彼らもまた旅を続ける。
途中、空気の読めないワイバーンが襲いかかってきたので叩き落としたりしたが。
「次はどこへ行かれるのですか?」
「……ヤツに借りを返す」
今回は、正直言って負けだ。
カドニア王国をなんとかすることはできそうだが、ヤツを愉しませてしまった以上、勝利には程遠い。
「無理はしないでくださいね」
「……ああ、大丈夫」
俺を握る手に力が込められる。
握り返した。
「あー、またお兄ちゃんとリオ姉がラブラブしてるっ」
「くっ、羨ましくなんか……やっぱり羨ましい! リオミ、どうか私にもちょっとだけアキヒコを分けてくれ!」
俺は元○玉じゃねーぞ。
「それはいくらシーリアの頼みでも聞けませんっ」
「そこをどうか……っ!」
最近すっかり恒例となったやりとりだ。
「アキヒコ様!」
「アキヒコ!」
「「どっちを選ぶ!」」
「リオミだろ常考」
よくある修羅場系の選択肢だが、俺が迷うわけない。
「ですよねーっ! アキヒコ様♪」
「ぐぬぬ……いつか私も姉さんと同じように……ハッ」
シーリアが何か思いついたようだ。
どうせロクな事じゃないんだろうな。
ニヤリと不敵な笑みを浮かべている。むむむ……。
「そういえば、ディオコルトを追うんでしょ?」
何気なくディーラちゃんが聞いてくる。
「聞こえてたのか」
「アテはあるの?」
「正直、まったくない」
「そっかー……」
ん? ディーラちゃんは何を言いたいんだろう?
「ひょっとして、わかるの?」
「ううん、無理だよ。でも、知ってそうな人ならリオ姉が」
「え、そうなのか?」
「え? いや、わたしは……」
首を振るリオミ。
「ほら、前に話してくれたお師匠様。すごい占術の使い手なんでしょ? その人なら、ヒントぐらいくれるかもよ」
「……それは」
リオミの表情が曇る。
確か……。
「タリウスって言ったっけ? エロジジイとか」
「そうなんですよっ! 聞いてください、アキヒコ様!」
厳しい修行とセクハラの数々を訴えるリオミに、俺はひたすら頷くしか無い。
何があったのかは……彼女の名誉のために伏せよう。
「でも、そのタリウスって人ならわかるかもしれない、と」
「うう~っ、会いに行かなきゃダメですかぁ、アキヒコ様ぁ」
「まあ、リオミの紹介がないとアレだし……」
「ふえ~ん」
それに、セクハラされるリオミというのを見るのも……フフフ。
いやいや、この発想はいくらなんでも変態だ。俺が守らねばな、うん。
「ああ、でもその前に……ちょっと様子を見に行きたいところがあるんだよな」
「どこです?」
「今は秘密。まあ、あとのお楽しみってことで……」
言いかけたとき。
俺の頭の中に警報が鳴ったような気がした。
ルナベースじゃない、聖鍵だ。この反応……。
「……ごめん、みんな。ちょっと先に帰っててくれ」
「え?」
俺は問答無用で彼女たちをマザーシップへ送り返した。
まるでそれを待っていたかのように、空中に漆黒の瘴気が集まり、人の形をとった。
「僕をお探しみたいだからね、こちらから来てあげたよ?」
「……テメェ……」
金髪の美形、その風貌からすれば地味目のローブ。
もう忘れようもない。
「何しにきやがった、ディオコルト……!」
「はは、そう邪険にしないでくれないかなぁ? 今日は改めて挨拶しに来ただけなんだからさ」
「俺はテメェと喋ることなんてない」
「まあまあ、そう言わず。今回は正直、やられたと思ってるんだよ。
本当なら、フランは魔女裁判にかけられて無念のうちに死ぬはずだったんだ。
そのときの絶望と諦観をたっぷりと味わった後で、その魂を心ゆくまで愛でるつもりだったんだけど……」
白光が、ヤツの腕を斬り飛ばした。
だが案の定、悲鳴のひとつもあげやしない。
「生憎と僕は、痛みに無縁でね。どれだけ傷めつけられても平気なんだよ」
「ああ、そうらしいな……」
「別にそれで気が晴れるなら、いくらでもサンドバックにしてくれて構わないよ?」
ニヤニヤと、いけ好かない笑みを浮かべるディオコルト。
俺は舌打ちして、ホワイト・レイ・ソードユニットをオフにする。
「とにかく、今回はそこそこ楽しめたけど、最後のいいところはキミに邪魔されちゃった」
「そうかそうか、お前の邪魔ができて良かったよ」
「そういうわけなんで……キミの連れてる女の子、誰かくれない?」
迷わずディスインテグレイターの引き金を引いた。
ヤツの全身が原子分解したが、すぐに瘴気が戻ってきて、元通りになる。
「いいじゃないか、あんなにいるんだし。ひとりぐらい分けてくれてもバチは当たらないと思うけど?」
「俺はお前のような下衆野郎が一番嫌いなんだよ」
「そうかい? 僕はキミみたいに屈折した人間は好きだけどねぇ?」
「お前に好かれたって、少しも嬉しくねぇよ」
「ツレナイなあ。まあ、くれないっていうなら、ちょっと強引な手を使ってでももらっていくけどね」
「……テメェ、マジで消すぞ」
「…………いいねぇ、今の顔はすごくいいよ。たまらないね」
ヤツの体が黒い霧に変わっていく。
俺が何かしたわけではなく、ヤツが去るつもりなのだ。
「せいぜいハーレムを楽しんでおくんだね。彼女たちがキミの子供を生むか、僕の子供を生むか、競争しようよ」
「このクソチン○野郎がァァァッ!!!」
俺は逃げるヤツに構うことなく、フリーバードの編隊を召喚し、バルカンとミサイルの掃射を食らわせてやった。
だが、瘴気化したヤツには物理的攻撃手段は効かないらしく、すべて素通りしてしまった。
「フフッ、冗談さ。じゃあ、また会う日まで……元気でね」
今度こそ、ディオコルトは消えた。
「……次に会う日を、テメェの命日にしてやるよ……」
俺は決意も新たに、ヤツの消えた空を睨みつけていた。
Episode02 St. Revolution Key ~FIN~
Episode02「カドニア革命篇」完結です。
Episode03「咎人ザーダス篇」へ続きます。




