Vol.17
教団支部に行くと、何故かディーラちゃんとドナさんが一緒にいた。
「あっ、お兄ちゃん!」
「やあ」
「こらっ、こんなところで油売って。リオ姉にちゃんと謝ったの?」
「うん、おかげで仲直りしたよ」
ディーラちゃんの頭を撫でる。
「むむむ……っ」
うーん、この分だとまだ怒ってるなぁ。
だがな、この明彦。おぬしの弱点は知り尽くしておるのよ!
「ほい、シップからたけのこ持ってきたぞ」
「え、ホント!? お兄ちゃん大好き!」
ちょろいわー。
ドラゴンって一応、人間よりも知性のある種族だっていうのに、子供だとこんなもんなのか。
「……もう喧嘩はダメだよ?」
それでも、ちゃんと釘は刺してきた。
「喧嘩するほど仲がいいってことわざもあるんだよ?」
「なにそれ、嘘だ!」
「いやいや、本当に俺の世界にはそういうのがあってだね」
「またそうやって騙そうとして~」
「現に今、ディーラちゃんと俺は喧嘩してるけど、仲はいいだろ?」
「むぅ……」
「ほい、たけのこもう一箱」
「お兄ちゃん、そうやって食べ物で釣って……ずるい!」
涙目になりながら、飛んではしゃぐドラゴン娘。
本能に勝てないようでは、まだまだだの。
あんまり苛めても可哀想なので、ひとつ朗報を伝えよう。
「そういえば、たけのこ派閥にひとり、仲間が加わったぞ」
「えっ、ほんとう? んもー、お兄ちゃんもようやく、たけのこの良さがわかったのね?」
「いや、俺じゃないけどね。もうすぐ会えるよ」
「そっかー。でも、ようやくたけのこを語り合える仲間ができるんだっ」
うきうき気分のディーラちゃん。
ん?
意味不明のやりとりをしている俺達を、ドナさんが見てる。
「ああ、すいませんドナさん。俺たちいつもこんな感じなんです」
「そ、そうなんですか」
「それでですね、ドナさん。実は聖剣教団支部をお借りして、炊き出しをしようかと思っているんですが」
「えっ、ここでやるんですか? でも……」
「あ、大丈夫。ここの偉い人の上司、俺なんで」
「そ、それもそうですよね。予言の勇者様ですもんね」
「ちょっと準備してきますので。ディーラちゃんも手伝って」
「ほーい」
俺は早速、支部の奥に入る。
うん、まあこれぐらいのスペースがあれば大丈夫だろう。
当然だが、ここには調理器具はもちろん食料の蓄えなどもない。
「お兄ちゃん、これで……どうするの?」
「簡単だ。食堂で出す料理を、ここに運ぶ。その代わり出すのはスープと芋のサラダだけにする。ひとりあたりの量も制限する」
「え、なんで? いくらでも出てくるのに」
「無限に近いけど、無限というわけじゃないからね。あと、あげすぎも良くないんだ」
働かなくても好きなだけ食べられる状態が続くと、人間は堕落する。
実家ぐらしの俺が、その証明だ。
「うーん、よくわからないけど……お兄ちゃんがいうからには、ちゃんと意味があって、考えてるんだよね」
妙に信頼されている。
そんなに株を上げた覚えはないんだが。
「じゃあ、テレポーターを設置して向こうと繋ぐから。今日のところは食堂で作らせた料理を、直接こっちに運んでもらおう」
こちらで全部を賄う施設の建造にも、もちろんとりかかるが。それはちゃんと場所を決めてやらないとな。
そういうわけで、しばらくは単純作業を繰り返す。
テーブルや椅子などもある程度、支部に運び込んで。ありったけのスープを入れた鍋を並べていく。
ちなみにこの鍋に入れてるスープは絶対に冷めない。火をかけてなくても、鍋の表面が勝手に温めてくれるようにできているのだ。外側から触っても全然熱くないので、やけどの心配もない。こういった細かい所でも、超宇宙文明の凄さを感じる。
俺もディーラちゃんも鍋の重さをものともしない力を使えるので、用意は10分もかからなかった。
サラダも用意し、食器も配膳した。これで準備は完了だ。
「もしもし、シーリア。そろそろ戻ってきてもらってもいいか?」
「ああ、ちょうどよかった。転移を頼む」
シーリアを直接支部に呼び戻す。
「む、なんだこれは」
「今日の晩御飯。まあ、いろいろあって炊き出し」
「ああ……そういえば、リオミが言ってたな」
さりげに今、リオミのこと呼び捨てにしてたな。
やっぱりフェイティスの話題で打ち解けたのだろう。
あ。
「そういや、シーリアがびっくりするゲストも呼ぶことになったぞ」
「む? 誰のことだ」
「まあ、お楽しみに」
こういうのはサプライズがあったほうがいいだろう。
不審げに俺を見るシーリアをスルーし、俺はリオミに電話する。
「リオミ、そっちの首尾はどうだ?」
「ええ、お父様とお母様には話をつけました。死ぬほど反対されましたが、押し切りました。大丈夫です」
「おいおい」
なんでメイドひとり連れて行くぐらいで、そんな大事になるんだ。
「ブランクのある父と母は、フェイティスに頼る部分も多かったようですし。アキヒコ様にカドニアのことを忠告するように助言したのも、フェイティスだったんですよ。元に戻ったばかりだというのに、お父様がカドニアについて詳しすぎるとは思いませんでした?」
「あのタヌキめ……」
偉そうにとうとうと語っておきながら、フェイティスの受け売りかよ。
「フェイティスが引き継ぎを無事に済ませてくれたので、大丈夫です。今、お父様とお母様がひいひい言っていますが、知ったことではありません」
リオミ、ちょ、おま。
「今そうやって切り捨てたお父様とお母様のために、10年間頑張ってきたんじゃなかったっけ?」
「甘やかすためではありませんよ」
「俺は、あの感動の再会シーンに新たな解釈を加えられそうだよ」
「それはひどいです! お父様とお母様のことは本当に……!」
「あ、ごめん! もちろん疑ってるってわけじゃなくて、裏表があるんだなってこと」
「んもう。アキヒコ様は、そうやって、すぐにわたしをいじめるんです」
最近のリオミはなんというか、活き活きとしている。
元からこうだったのか、俺と出会ってしまって、本性が出てきたのかはわからない。
できれば、俺に気を許した結果、緩んできているんだと思いたい。
本当、いい性格してるよ。
「転移はどうする?」
「《マステレポート》でフェイティスと戻ります。町長さんに借りた部屋をポイントに設定していますので」
「ああ、そうか。俺の転移だと、一度そっちに行ってメイドさんを転移の射程に入れないといけないか」
フェイティスにも、あとでスマホを渡さないと。
「今どちらに?」
「教団支部で炊き出しの準備が終わったところ。シーリアももういるよ」
「すぐに向かいますね。では」
通話を終えると、シーリアが声をかけてきた。
「待て、ここは教団支部なのか?」
「あっ」
そういえば、シーリアは教団に苦手意識があるんだった。
「支部といっても小さいし、アンダーソンもいなかったよ。大丈夫」
「ふむ……まあいい。それでリオミはなんと?」
「すぐ戻るってさ」
「いえ、そうではなく……」
ん?
「喧嘩をしていただろう。ちゃんと仲直りはできたのか?」
「ああ、そうだった。うん、シーリアのおかげでちゃんと話せたよ。ありがとう」
「そうか……じゃあ、相談はもういらないか?」
「あー……それはまたの機会に。たぶん、これからも同じようなことあるだろうしね。頼める?」
「も、もちろんだ。私で良ければ力になろう」
そう言いながらも、シーリアの表情はどんどん強張っていく。
「はぁ……ライバルを助けてどうする……だが、リオミは友だし………」
何やらブツブツとつぶやき始めるが、よく聞き取れない。
ちょっと心配になってきたので声をかける。
「どうしたんだ……?」
「い、いやなんでもない。ところで、さっき聞こえたメイドさんというのは……?」
「例のゲストだよ」
腕を組んで首を傾げるシーリア。
堂に入った姿だな。
結構ヒントは出したけど……。
「うーむ、さっぱり思い当たらない」
シーリアは、フェイティスとメイドを結び付けられないのだろう。
奉公に出る前の彼女しか知らないらしいからな。
リオミが連れてくるメイドさんで、シーリアが驚く人物って、正解も同然だと思うんだけど。
「お兄ちゃん、そういえば、もう街の人には炊き出しのこと知らせたの?」
「あっと」
そういえば、まだだった。
なんてこった、このままだとヤムたんたちしか来ないぞ。
「ドナさん、何かいい方法はありませんかね」
「それでしたら、支部の放送施設が使えるはずですが」
「そんなものまでついてるのか」
「支部では標準装備だそうですよ。使われることは、ほとんどないですけど」
そういえば、支部は基地なんだ。それぐらいはあるか。
「じゃあ、使わせてもらいますね」
案内された放送室は、かなり本格的なミキシングの機械があった。
これ、放送室っていうよりは音響施設だな。
結構埃を被ってるかと思ったけど、空気は綺麗に保たれている。
支部もマザーシップもそうだけど、超宇宙文明は用意がいいよな。
まるで、こうして俺が使うのを予想してたかのようだ。
いや、まさかね。
「フォスに住んでいるすべての人にお知らせします。これより、聖剣教団支部におきまして、炊き出しを行います。どなたにも温かいスープとサラダをお出しします。どうぞご参加ください」
とりあえず適当に考えた文面を読み上げた。
ちゃんと放送されたんだろうか。
外に出る。
「大丈夫、ちゃんと聞こえてたよ! すごいおっきな声だった!」
「教団め。王族ですら所有していない面妖な装置を……」
ディーラちゃんが何やら興奮している。シーリアは教団に愚痴っていた。
よく見ると、なにげにふたりは並んでいる。
まだそんなに話してるところは見かけないけど、少しずつ彼女たちも互いに心を開き始めているのかも。
「アキヒコ様、お待たせしました」
「ん、おかえり」
リオミが、町長宅のほうから帰ってきた。
ちゃんとメイドさんもついてきている。両手いっぱいに荷物を持って、背中には登山用かと突っ込みたくなる大きなバッグ。私物にしてはやけに多い。
それにしても……。
「本当に連れてきちゃったんだな」
「冗談なわけないじゃないですか。改めて紹介するのは初めてでしたね。さあ、フェイティス」
リオミに促されて、メイドさんが口を開いた。
「このような格好で失礼します、勇者様。フェイティス・オーキンスと申します。お辞儀のひとつもできない非礼をお詫びします」
荷物が動きを制限しているので、フェイティスの挨拶は目の動きと簡単な所作だけだ。なのに、こちらを敬おうとする意志を素人の俺にさえ理解させる。完璧に訓練された礼儀作法だ。
シーリアは俺の後ろにいるのでどんな顔をしてるか見えないが、息を呑む気配は伝わってきた。どんな顔するか見たかったのに。
「フェイティスには必要なこと、アキヒコ様が望んでいること、魔物の件についてなどをひと通り説明しておきました。今日から彼女の主人はアキヒコ様です」
そうか。
遂に俺も専属のメイド付きに。
特別メイド属性が好きだったわけではない俺でも、込み上げる喜びを噛み締めずにはいられない。
これぞ男のロマン、まさにメイド・イン・アースフィア。
「よ、よろしく。ええと、フェイティス」
「よろしくお願いします、ご主人様」
はい、ご主人様いただきましたぁ!
今日から俺は、ロリコンメイドスキーと改名すべきかもしれない。
「コホン!」
リオミの咳払い。
「アキヒコ様、喜びすぎです」
しまった、顔に出ていた。
リオミの冷たい目。効果は抜群だ。
振り返るとディーラちゃんも同じ目だった。
シーリアは心ここにあらず。
どう声をかけていいのか、わからないっぽい。
「ご主人様、シーリアとは子供の頃に姉妹として育てられました。挨拶をしてもよろしいですか?」
「え? そりゃもちろん」
いちいち許可なんて取らなくてもいいのに。
俺の許しを得たフェイティスは、親しげな口調でシーリアに語りかけた。
「久しぶりね、シーリア。活躍は聞いているわ」
「え、あ、うん。姉さん」
「貴女がご主人様の為に剣を振るっているのも、何かの縁でしょうね。またよろしくね」
「え、ええと」
「返事は?」
「……は、はい!」
「よろしい」
今まで見たことのないシーリアだ。
元とはいえ、剣聖アラムがタジタジである。
フェイティスが俺に向き直った。
「ご主人様のお時間を取らせてしまい、恐縮です。以後は用事を申し付け頂くまで黙っておりますので、ご安心ください」
「あ、ああ……」
フェイティスの紹介が終わったところで、支部にぽつぽつと人が集まり始めた。
そろそろだな。
「ほ、本当だ。いいにおいがする」
人々が待ちきれない様子で支部を見ている。
これ以上待たせては、かわいそうだ。
「じゃあ、みんな。これから炊き出しを始めるから手伝ってくれ!」
俺達は支部の中へ、みんなを招き入れた。
手早くスープ担当、サラダ担当、整列担当などを決める。
俺も誘導担当をしようと思ったのだが、フェイティスがいきなり口を挟んできた。
「ご主人様が、そのような振る舞いをされる必要はありません。わたくしにお申し付けください」
「え、でも」
「ご主人様はそちらで一番最初に食事を。他の者に示しがつきません」
えー。
俺いつから、そんなポジションに?
ていうか、用事があるまで黙ってるって言ってたのに。
「で、でもリオミにだってやらせるんだぞ。それはいいのか」
「王女へは、ご主人様が命令を下しましたから」
フェイティスは、ヒエラルキーにうるさいタイプのようだ。
その後もしつこく食い下がったが、全て無駄だった。
お、俺のほうが主人なのに。
「フェイティス、アキヒコ様がしたいと言っているのですから」
リオミが助けてくれた。
「しかし……」
「アキヒコ様を縛ってはいけません。この方は王族というわけではないのですから」
「……かしこまりました。差し出がましいことを致しまして、申し訳ありませんでした」
ようやく折れてくれた。
どうしよう、今まで一番厄介な子かも。




