Vol.15
風呂あがりは当然、フルーツ牛乳だ。
レトロなデザインの冷蔵庫から2本取り出し、片方はヤムたんに手渡す。
「いいかい、これを……」
開け方を教える。
2人で一緒にごっくんごっくん。
当然、手は腰に。
清く正しい伝統の飲み方だ。
「こんなにおいしい水、はじめて!」
飲み物イコール水らしい。
ちょっと泣けた。
「はい、バスタオル。自分で体拭けるかな?」
「んー、やってみるね」
俺も体を拭いて、浴衣に着替える。
ヤムたんはまだ手こずっていたので、手伝ってあげることにした。
「ほら、頭拭いてあげるから」
こうしていると、なんか自分に子供ができたみたいな気分だ。
お父さん気分というのだろうか。
ヤムたんは自分なりに頑張って体を拭き終わった。
彼女のサイズにあう浴衣がなかったので、ディーラちゃんサイズで我慢してもらう。
ちょっと引きずるような形になっちゃうけど。
「こんなきれいな服、着てていいの?」
いちいち泣かせることを言ってくる。
「もし欲しいなら、何枚かあげるよ」
あげるっていうと、途端に複雑そうな顔になるんだよな。
もっと欲張ってもいいんじゃないかな?
ふと思う。
プロの物乞いは、同情を引くのが仕事のようなものだ。
見窄らしい身なりをしているのにも、ちゃんと計算があると本で読んだ覚えがある。
しまった。
俺は彼女から、物乞いという職を奪ってしまったのではないか。
そこまで考えてなかった。迂闊……。
「どうしたの、お兄さん」
まあ、しばらく時間が経てばまた元に戻るだろうし、そこまで心配はないか。
あらかじめ銀貨50枚を渡してある。つましく暮らせば、多分足りる……だろう。
「いや、なんでもない」
「?」
とりあえず、風呂上がりなんだし体重計にでも乗ろう。
うーん、痩せたな。結構食べてると思ったが、案外運動しているからか。
パワードスーツを着ていても、多少反映されるのだろう。
ヤムたんは俺が降りた体重計に乗った。
今までも真似するように言ってきたから、真似したのだろう。
……うーん、明らかに痩せすぎだ。
見た目はガリガリしているわけじゃないけど、体重は俺の知る彼女の年齢の平均体重には足りない。
まあ、日本を基準にしちゃアレか。
……というか、そうだ。
子供にあげるのに、うってつけのものを作らせていたじゃないか。
「じゃあ、今度はお菓子を食べようか」
「おかし!?」
流石に知っているようだ。
目をきらきらと輝かせている。
俺は期待に応えるべく、聖鍵を取り出して生産プラントへ跳んだ。
当然、彼女に食べさせてあげるのは……。
「これ、すごくおいしい! あまーい!」
歳相応のはしゃぎように、俺はほっこりしてしまった。
ディーラちゃんも子供っぽいけど、見た目はなんだかんだで中学生ぐらいだからね。
本物のロリは一味違う。
あ、いや。
俺はロリコンじゃないよ!
「これがきのこで、これがたけのこっていうんだ」
「どっちもおいしい……でも、たけのこのほうがいいな」
やったねディーラちゃん、仲間が増えるよ!
「よかったら、持って帰ってみんなに分けてあげてもいいよ」
「ホントに!?」
ヤムたんはお金をつめていた袋に、何箱かパッケージを入れていた。
そういえば、袋は特に用意していなかったな。
今度、特別製の袋を作らせよう。
「ほんとうに、こんなによくしてくれて……なんにもおかえしできない」
心底申し訳なさそうなヤムたん。
俺は、そんな彼女の頭を撫でる。
「俺が見たいのは、ヤムたんの笑顔だよ。だから、笑ってくれたらそれだけでお返しになる」
あ、やべ。
たん、つけてもーた!
今まで心の中だけに留めてきたのにィーッ!
だけどヤムたんは呼び方を気にすることなく、俺に笑いかけてくれた。
「ありがとう、アッキー」
ズキュゥゥゥン。
ああ、俺。
もう、ロリコンでいいや。
その後も、俺とヤムたんはマザーシップを遊び倒した。
ブリッジではアースフィアを見て、めちゃめちゃはしゃいでた。
最近保護していた大人しい魔物とも戯れた。
艦内をメンテナンスするボットとも遊んだ。
仲間たちが情報集めてる間に、一体何をやっているんだろうと思いつつ、俺はやめることができなかった。
遊び疲れたヤムたんをベッドに寝かせる。
後で送り届けてやろうと思っていると、聖鍵に着信があった。
シーリアのときもそうだったが、もちろんこの通話にいちいち聖鍵を取り出す必要はない。俺が意識をするだけで念話できる。
電話をかけてきたのは。
「……もしもし、リオミか?」
「……はい」
まだ怒っているだろうか。
「今、どちらにいらっしゃるのですか?」
「ああ……ちょっと、マザーシップに戻って、休んでた」
「……そう、ですか」
「なあ、リオミ」
「はい?」
「ごめんな」
謝った。
「アキヒコ様、わたしは……」
「今からそっちに向かう」
スマートフォンのおかげで、リオミの座標には簡単に跳べる。
「きゃっ、あ、そんな……!」
「え?」
俺の目の前には、下着姿のリオミがいた。
着替え途中だった。
「ご、ごめん!」
すぐに後ろを向く。
それで気づいたが、どうやらリオミはどこかの部屋を借りていたらしい。
この作りは、町長の家だろうか。宿もなかったようだし、多分そうだろう。
「……もう、アキヒコ様ったら」
何も初めて見るというわけではない。
肌も重ね合っている仲なのだ。
でもやっぱり、こういうシチュエーションは気恥ずかしい。
「もう振り向いてくださって大丈夫です」
言われて振り向いたが、リオミは上着を羽織っただけだった。
下着の上に。
「ちょっ。その格好、やばいんですけど」
「そ、そうですか……?」
リオミは天然でやってるらしい。
まさか誘ってるのか?
「でも、今の季節ならこれで寒くはないですよ……」
「あ、そうですか」
とはいえ目の毒なので、ちゃんと着替えてもらった。
「ええと、何の話をしてたんだっけ……」
すっかり吹っ飛んでしまった。
確か、謝ったところまでだったと思うが……。
「アキヒコ様。さっきの件ですが……きちんと理由を聞いていませんでした。
わたしも少々、感情的になっていた面は否めません。
冷静に考えれば、アキヒコ様がこの国の窮状を救うことが簡単でないことは、すぐにわかりそうなものでしたのに」
リオミはもう、怒っているわけではないようだった。
「理由か」
「はい。シーリアも、アキヒコ様がそういうからには絶対なにかちゃんとした理由がある筈だと」
シーリア、グッジョブ。
あのあと、リオミに電話してくれたのか。
ちゃんと言っておいてよかった。
「……わかった。一から順番に話そう」
最初は、町長が話した内容をもう一度繰り返す。
町長が省略した部分も含めて、きちんと説明した。
そして、今のカドニア王国の現状についての説明を始める。
「なあ、リオミ。カドニア王国は今、どうやって成り立っていると思う?」
「どう、とは……?」
「グラーデンに鉄の販売は負けた。武具は他国に売れない。傭兵もはした金。これじゃあカドニア王国はとっくに滅んでないとおかしいと思わないか?」
「言われてみれば、そのとおりです。民が税を納められなくては、国は成り立ちません」
「他国はダメ。それなら、カドニアは国内で需要を作るしかない」
「ま、まさか」
「そのまさかだよ」
そう。
図らずも、カドニアにはすべてが揃っている。
戦争に必要な武具と、それを扱う兵士が。
「自国で需要さえあれば、なんとかギリギリだけど、やっていける。鉄が必要なら鉱山労働者はツルハシを振るう、武具職人は武器を作って商人に売ることができるし、商人は武器を王国や反乱側に捌いて、その利益で他国から食糧を買い上げることができる」
もちろん、そんな単純な構図というわけではない。
だが、概ねこの国で起きているサイクルはこんなところだ。
戦争物資の地産地消。この反乱の中、ひとつの経済が成立してしまったのだ。
「アキヒコ様は、カドニアの反乱が意図的に起こされているものだとおっしゃるのですか!?」
「そこまでは言わないよ。もちろん最初はカドニア王国の収益が減り、国民の生活が苦しくなって、税金が払えず、領主に反乱を起こすまで追い詰められる。その繰り返しだっただろう」
始めから浄火派というレジスタンス組織があったわけではない。
最初のうちは、本当に民の不安がいくつかの場所で噴出した、散発的なものだったのだ。
だが、いつしか誰かが反乱を起こす者に武器を与えた。武器を手にした民の反乱が領主を引きずりおろし、いつしかそれが他の土地でも起きた。
そしてこの状況に、おそらくは商人の誰かが目をつけた。
仕事にあぶれた武具職人から武器を安く買い上げ、領主から略奪した小麦や金と交換する。それをさらに相場より高値で売り、物価が高騰。その結果として収入の厳しい鉱山労働者がストライキを起こす。それを領主が鎮圧するか、逆に労働者がツルハシを手に立ち上がり、乱が成功すれば、また商人が武具を売る。
何が始まりだったかは、もはやルナベースの情報だけを見ても把握はできない。
カドニア王国で起きた反乱をひとつにまとめあげる浄火派という存在が台頭したのは、ここ最近のこと。
そこからは、国を真っ二つに割っての紛争だ。
構図はわかりやすくなり、王国と浄火派、両勢力をまたがるような形で武具と傭兵が流通する。
他国に売り込めない以上、もはやそういう形でしか国を維持できないのだ。
つまり……。
「もうわかったと思うけど、王国か浄火派、俺がどちらかについて反乱を終結させる……というのはダメなんだ。
そうすれば今度こそ国が滅びるか……いや、おそらくひとつになったカドニアは他国へ侵攻するしかなくなる」
だから、カドニア王国は詰んでいる。
何がどうなったところで、この国はもう終わっているのだ。
先々、反乱が終わったところで待っているのは、今度こそ侵略。人間同士の戦争なのだ。
「そんな……」
「だから、言ったんだ。俺ではカドニアを救うことはできないと」
俺はついに、この国を本当の意味で救う方法を見つけることができなかった。
俺というか、聖鍵の力に依存させる道ならある。
国内を賄えるだけの食糧と水を生み出せれば、少なくとも人々は飢えなくて住む。
だが、いつまでも平等な施しで人々が満足していられるとは思えない。
力づくでの奪い合いになるかもしれない。
いや、それすらも上回る生産力でみんなが満腹になれるだけの食べ物と水を用意できたとする。
だが、それはただ生かされているだけだ。
50年もその状態が続けば、鉱山労働者はツルハシの振るい方を忘れ、武具職人はその技を墓場まで持って行き、金の流通しないカドニアから商人は去るだろう。
全国民がニートとなるのだ。
いや、国民ではないな。この状態のカドニアは王国という体裁すら保てまい。
もちろん俺は、カドニアに新たな産業を生み出すというプランも考えた。
例えば、バトルオートマトンを大幅にスペックダウンしたカドニアオートマトンとでも言うべきものを量産出来る工場を誘致し、カドニアの鉄を製鉄してこれらを造るのだ。
武具職人にはこれらの作業に習熟してもらい、商人にはこのカドニアオートマトンを他国に売ってもらう。
カドニアオートマトンを街道警備、治安維持などに利用できれば、山賊や魔物の被害も減る。
当初名案だと思われたこのプランは、致命的な欠陥にぶち当たる。
工場で働く労働者に賃金が払えないのだ。
まず、今の俺に労働者を雇う金がない。
おそらく最初のうちは現物支給ということでやってもらう。
よしんばオートマトンの販売が軌道に乗ったとして、材料となる鉄を買い、工場を回すとなればやはり金がかかる。
試算した結果、とてもじゃないが販売ノルマを維持できるとは思えなかった。
売れたとしても、いつかは需要が頭打ちになる。
ぶっちゃけ俺の手を離れた瞬間、工場は自転車操業となりかねない。
だったらバトルオートマトンの工場をそのまま……と考えたら、今度は人間が入り込む余地がない。
そうすると、またカドニア総ニート化と同じ結末になってしまう。
ダメなのだ。
結局、経済学を専攻したわけでもない文学部の俺が経済危機に陥っている国を立て直すなど、どだい無理な話なのだ。
そこまで話して俺は何かが心に引っかかった気がしたのだが……なんだろう。
「お話は、よくわかりました」
「ああ、だからカドニアを助けるのは……」
「アキヒコ様はひとつ、大きな見落としをしていらっしゃいます」
「え?」
見落とし。
そうだろうか。
カドニア国内を立て直す方法は、何度も何度もシミュレートした。
だが、ロードニア王女のリオミが言うことだから、何かあるはずだ。
「聞かせてくれ、その見落としってやつを」
「アキヒコ様はカドニア国内を立て直すのは無理だとおっしゃいました。確かに、今のままでは無理でしょう。
ですが、こうは考えられませんか?
アースフィアの世界構造の仕組みそのものに手を入れればいい、と」
……なんだって?
「ごめん、何を言ってるのか、よくわからない」
「アキヒコ様。カドニアは現在、ロードニアと国交を断絶しています。
ですが、これを回復できれば、まずロードニアは食糧支援をすることが可能になります」
「え、なにそれ」
「ロードニアにだって、鉄の需要ぐらいはありますよ。最初のうちは人道的支援という見地から支援を行い、安定してから鉄を安く買えばいいのです」
「だけど、それだと鉱山労働者はともかく、武具職人が」
「だから、その前提がいけないのです。鉄だけ売って、武器が売れないから食べられない人がいる。
その構造を変えてしまいましょう。
武具職人の皆さんには農業、林業、漁業といった各分野の職業訓練を受けてもらい、それらの支援をカドニア王国が行うのです」
「でも、現政府にそんな余裕は……」
「三国連合と交渉すれば、不可能ではないと思いますよ? 他国へ奉公という形であれば職業訓練を積ませてくれる職場は紹介できるでしょうし。
要するに、武具職人ばかりという状況がそもそも異常なのです。これを解決するのは政治の役目。
それを怠っているのは、あきらかに現在の王国政府の怠慢と言えるでしょう」
……確かに。
現王国の体制は、正直言って最低だ。
この現状に対してロクな政策を打っていない。
だから、浄火派なんていうテロリストが我が物顔ではびこっているのだ。
「でも、そんなに大々的にやって大丈夫なのか……? それこそアースフィアの在り方が変わってしまって、困る人も出てくるんじゃ」
「カドニアの人々は現に困っているじゃありませんか。それを打破せずして、いずれ困る人がいるかもと語れますか?」
そ、そういうものだろうか。
「いいのですよ。民の生活を守るのは王族の義務ですが、よりよき未来のために、時には今を暮らす人々に痛みを与えることもあるのです。
わたしはたかだか一国の王女という立場ですから、大々的にカドニアの政治に対して介入することはできません。ですが……アキヒコ様なら、それができるのです」
「俺ならできる、だって……?」
「お忘れですか。アキヒコ様は予言の勇者。聖鍵の担い手。アースフィアの国家を超えて信仰される聖剣教団の……神体です。
アースフィアにおいて、貴方を超える権力者は存在しないのです」
…………。
「……なあ、リオミ」
「なんでしょう?」
「俺は政治とか、わからないぞ」
「必要なときは、どのような相談でも受けます。必要であれば相談役も増やしましょう」
「他国の利害とぶつかるかもしれないよな」
「それが如何程のことでしょう? アースフィアすべての幸せに繋がるなら、たかが一国の都合など斟酌せずともよろしいかと」
リオミって、ひょっとして……。
いや、最近そうなんじゃないかって思うことはいっぱいあったけど……。
マジで、とんでもない女の子なんじゃ……。
「俺は、今使えるこの力で、この世界を……変えてしまって、いいのか?」
「はい。存分におやりください。アキヒコ様の心の声のままに」
「本当に、いいのか? 俺なんかが」
「はい。アースフィアは貴方の庭です、アキヒコ様。貴方が思う通りに、人々を笑顔にしてあげてください」
リオミは、いつもの笑顔だ。
俺と一緒にいると、いつも幸せそうに笑いかけてくれるリオミ。
それとまったく同じ顔で、彼女はひとりの男を引き返せない道へと追い込もうとしている。
いや、そうではない。彼女はその男と同じ道を進み、その終わりまで支えるつもりなのだ。
俺はとんでもない女の子に召喚され、惚れてしまい、惚れられてしまったのかもしれない。
「……そうか、わかった。俺にどこまでできるかは、わからないけど」
先ほどまでの陰鬱とした想いは幾分吹き飛んだ。
「まずは、この街を……フォスを立て直すところから始めようか」
「……はい!」
俺とリオミの仲直りが、アースフィアすべてを巻き込む変化……”聖鍵革命”の始まりになるとは。
このとき、ルナベースの演算能力でも予測できなかったに違いない。




