序章3
拝啓、お母さん。
展開についていけません。
聖剣を抜こうと思ったら、地面が割れて巨人が現れました。
どう見ても友好的には見えないわけで。
まだ聖剣を抜いてもいないというのに、強敵の予感です。
残念、勇者アキヒコの冒険はここで終わってしまうようです。
「ゴズガルド!? ザーダス八鬼侯のひとりが何故ここに!」
「グアッハッハッハ! 魔王様のご命令により、聖剣を抜くという勇者とやらを拝みに来たのよ」
やり取りを聞く限り、どうやら魔王軍のなんか凄い強い幹部のようだ。
きっと軍団か何かを任せられている奴に違いない。
見た感じ武人肌っぽい。クロ○ダイン枠という単語が浮かんだ。以後、内心ではそう呼称しよう。
「アキヒコ様、まずいです」
「さ、流石に事態は把握できてると思う」
「考えておくべきでした。魔王とて予言は知っている筈。聖剣を抜く前に刺客を送ってくる可能性も想定していましたが、まさかここで……しかも、よりによってゴズガルドとは」
「やっぱり有名な奴なのか」
「オイ、お前が勇者か?」
巨人が、俺を見ている。
あ、あれはいけない、獲物を品定めする目だ。いや、そんな目で見られたことはないけど。ブルっときてるから、きっとそうだ。
漏れませんように。死力を尽くせ、我が膀胱。
「降りてこい、勇者の。ワシはお前と戦うのを心待ちにしておったのよ。ブラキニスの錆としてくれる」
「え、遠慮します」
冗談ではない。あの戟で攻撃されたら、俺の身体など粉微塵であろう。
クロコ○イン枠の見た目はワニではない。普通の人間っぽく見える。
だが体格は確実にワニのおっさん以上だ。7~8mぐらいだろうか。その肉体美を惜しげもなくさらしていて、腰に巻いた金属の板みたいなのが申し訳程度の防具だ。全身は筋肉で引き締まっており、鋼鉄よりも頑丈でありながら、しなやかに動きそうだ。魅せ筋じゃない。
だが、何よりやばそうなのはエモノのほうだ。
戟であってると思う。あるいはハルバードだろうか。斧と槍の両方の特徴を備えた凶悪な兵器だ。もちろん普通の人間の扱うサイズではない。専用の、通常の倍はありそうな戟。
ブラキニスと言っていたか? あれは食らってはならない大出力兵器だ。
「ふん、こんな青ビョウタンが本当に勇者か? 魔王様も心配性であらせられるな」
つまらなそうに鼻息を荒くしてらっしゃる。
俺達が浮いてる場所は、決して奴の武器が届かない間合いではないのに。
ふむ、すぐには襲ってこない……のか?
「魔王は俺のことをなんて言ってたんだ」
ギロリと睨み返される。コ、コワイ。
「興の乗らぬ仕事よ。お前が聖剣を抜く前に摘み取れ、とな。エモノも持たぬ勇者を討ち取った所で、なんの自慢にもならぬのに」
「そ、そうだな」
どうやらコイツ、この仕事に乗り気じゃないっぽいな。
こちらの出方を伺っている?
「もし俺が聖剣を抜かないで逃げるって言ったらどうする?」
「アキヒコ様!?」
ああ、そんな「滅茶滅茶ショックです!」みたいな目で見ないでくれ!
探りを入れてるだけなんだ!
泣かないで、後生ですから。
「その時は、お主以外の者を皆殺しにするだけの話よ」
うん。逃げる、の手はなしだな。
さて、どうする。
感じるんじゃない、考えるんだ。
こういう脳内だけのシミュレーションは幾度と無くやってきたじゃないか。
コイツは勇者との尋常なる勝負を望んでいる。そこに隙がある。
魔王はコイツになんて命令したんだっけ? 聖剣を抜く前に俺を倒せ、か。
コイツにとって面白くないのは……聖剣を抜いた俺と勝負できない事か? いや、違うな。
俺が魔王のことを言った時、睨んできた。あれは怒りだ。主君の侮辱を許さないという怒りだろう。
強さを重んじるク○コダイン枠、俺が聖剣を抜く前に倒せと言われた、面白くはないが魔王の命令は絶対、だがコイツはすぐに襲い掛かってくる様子はない、逃げるなら問答無用で皆殺し、そうできるだけの実力を自負している。
……そうか、わかったぞ。
「魔王はお前を随分安く見たようだな」
「……なんだと?」
「何故、魔王が聖剣を抜く前に俺を殺せと命令したか、お前はもうわかっているんじゃないのか?」
俺の挑発に、意外なほど顕著な反応があった。
怒り。屈辱。だがそこに、わずかな狼狽が。
「魔王様を侮辱するか、貴様!」
「否。侮辱されているのはお前のほうだ。そして、侮辱してるのは俺じゃない」
充分なヒントがあった。導き出される答えはひとつしかない。
奴は怒りに震えているが、挑発しただけで直情的に攻撃してくるタイプではないと見た。
そういった行為は誇りある武人にとって、窘められべき行動の筈。
なら、俺がここで退く訳にはいかない。
「貴様に何がわかるというのだ……!」
「お前は魔王に、こう思われている。『お前では、聖剣を抜いた俺には勝てない』と」
恥辱に顔を赤くするクロコダイ○枠。
ここまで言われても攻撃してこないのは……奴も薄々感じていたからだろう。自身の誇る武を、魔王に軽く見られていると。
ひょっとしたら、魔王は試しているのかもしれない。武人としての甘さを捨てきれるかどうか。下した勅命と、武人としての誇りを天秤にかけ、忠誠をとるか否かを。
なんとも悪辣な上司だと思うが、これを利用しない手はない!
「証明する機会が欲しくはないか? お前ほどの忠臣なら、主の勘違いを……時には窘めることも必要じゃあないか?」
あくまで俺は、魔王とコイツを貶めるのではなく。
持ち上げた上で、なおかつ魔王による嘲りを指摘する。
奴が感じていた不満を、他ならぬ、奴が戦いたいと切望している勇者の言葉で自覚させる。
これは、俺にとっても賭けになる。
「戦ってやる。俺が聖剣を抜いたら、な」
挑発に乗ってこない可能性もある。魔王の命令を優先し、俺を殺すという選択肢を取った場合が最悪だ。
そもそも聖剣を俺が抜けるか否か。
抜けたとして、その力でもって幹部クラスに、勝てるのか。
俺はもうコインをベットした。
あとは奴が伸るか、反るかだ。
「……貴様の挑発に乗ってやろう、勇者」
想像とは、違った。
俺は、ヤツが怒り狂って聖剣を抜けと叫ぶんじゃないかと思っていた。
だけど奴は静かに。ただ静かに……地の底から響いてくるような声で、俺を凝視した。
「だが、勘違いするな。魔王様の命令に逆らうのでは、ない。不遜な言葉を吐く貴様の全力を砕き、魔王様への供物とするためだ。ワシはしかる後、如何なる誹りでも受けよう」
そんなのは詭弁だ。
コイツは、魔王を侮辱した俺を万全にした上で倒す……大義名分を見出したのだ。
自身の武を示す機会、その誘惑に。コイツは抗えなかった。
だが、それがいい。意外と冷静なおかげで助かった。
もしコイツが武人としての自分をかなぐり捨てて、あるいは俺の言葉をただの侮辱と解釈して戟を振るってきたら、俺もリオミも命はなかっただろう。
「アキヒコ様」
リオミ王女が心配そうに俺を見る。笑い返してあげた。
「降ろして、リオミ。行くよ」
自然とリオミ、と呼び捨てにしていた。
彼女は頷いて、俺をクレーターの底に導いた。
行こうとして、つんのめりそうになる。リオミが俺の袖を掴んでいたのだ。
「……アキヒコ様。どうか、ご無事で」
……ああ、うん。
そうだよな。俺が……俺が守らなきゃいけないよな。
頼んだぜ、聖剣。本当に俺が予言の勇者だっていうなら、応えてくれよな……。
俺はリオミに微笑んだ。名残惜しそうに、リオミは俺の袖を解放する。
「……」
慎重に、巨人を注視しながら、聖剣の方へ向かう。
奴は……動かない。俺が聖剣を抜いて構えるまでは手を出さない、そう目で訴えていた。
とことん目で語ってくるなあ。
程なくして俺は聖剣に触れられる距離まで近づいた。リオミを振り返る。頷かれた。よし、結界は超えたみたいだな。
なら、あとは抜くだけだ。
「すぅ……」
深呼吸する。
これほど緊張したのは、小学生の時……初恋の先生に告白する時以来だ。
あのときは散々だった。やなトラウマを思い出してしまった。
今回は、どうだろう。うまくいくだろうか。いや……やらないといけない。
俺だけのことじゃない。後ろで俺を信じてくれているリオミや、まだそんなによく知らないけど、魔王に苦しめられてる人たちの希望が……俺の双肩にかかっている。
自分の意外な一面を自覚しながら、俺は聖剣に触れた。
「ぐ、う……ッ!?」
なんだ、これは。
なんだ、これ!
とてつもない情報量。脳を圧迫する0と1の羅列。聖剣の正体、そして機能。付随するあらゆる情報が俺の中になだれ込んできた。
永遠に近い時間が経過したように思えたが、一瞬の事だったはずだ。
肩で息をしながら、俺は聖剣を握り、地面から引き抜いた。実にあっさりと、だ。
リオミの喜ぶ声、巨人の笑い声が聞こえたが……俺に一切の感動はない。
『これが地面から抜けるのは、もうわかっていたことだ』からだ。
そして、振り返る。事態を分析する。
これは、まずい……!
この聖剣じゃあ、戦えない!




