序章2
ああ、やっぱり城だった。
俺は今、馬車に揺られている。窓から見える景色に、思わず唸ってしまう。
馬車の通った石畳の方には、大きなお城。中世暗黒時代のリアルな土を盛って堀を作っただけの城ではなく、ファンタジーのゲームかなんかで想像するような方の城だ。
カタコトと上品な車輪の音を立てながら、王族御用達の馬車が城下町を往く。
うーん、いろんな種族の人がいるな。エルフにドワーフ、猫耳とか犬耳もいる。ひょっとして、あのオヤジ顔の子供は小人族かな? ホビットだかハーフリングだろう。
町の人たちは王族の馬車を遠巻きに見ている。特にひれ伏したりはしていないが、失礼のないよう頭を下げている人たちがいる。
「アキヒコ様、何か変わったものでも?」
リオミ王女は俺の向かい側に座っている。ニコニコ笑顔だ。まぶしい。
「ああ。俺の世界には、ああいう耳の長い人とかはいなかったからね」
「そうなのですか?」
心底意外そうに口に手を当てるリオミ王女。
彼女は地球に来てたけど、多分時間制限とかがあってあんまり見て回れなかったんだろう。
ローマの休日ならぬ、高田馬場の休憩か。
「聖剣の件が終わりましたら、一度街を案内させて頂きますね。多くのことがアキヒコ様にとっては初めてでしょうから」
あかん王女、それフラグやで。
まさかとは思うが、アキヒコはアキヒコでも、俺ではなくて別人のアキヒコかもしれないのだ。
聖剣が抜けなくて人違いでした! だったら目も当てられない。
そんな具合で王女と親睦を深めていると、30分ほど経過しただろうか。馬車が止まった。
既に城下町からは出ていて、壮大な平野が地平まで続いているのが見える。
こんなところに聖剣が?
「足元に気をつけてくださいね、アキヒコ様」
リオミ王女が従者に促され、馬車を降りる。本当に終着点らしい。案外近いんだな。
だが、そんな安易な感想はあっさりと覆される。
「え、これって……」
馬車を降り、王女たちが歩いて行く方向を見て絶句した。
草原にぽっかりと開いた、大穴。
すり鉢状の巨大な穴。大隕石でも落ちてきたかのような……そう、クレーターだ。
俺達の目の前にはクレーターとしか形容できない大地の傷跡があった。
「アキヒコ様、お手を」
唖然としていた俺は、半ば無意識に差し出された手をとっていた。
「《我らが身は泡のごとく。レビテイト》」
リオミ王女は呪文を唱えた。浮遊の魔法のようだ。
俺たちはとふわりと宙に浮き、クレーターの内部へゆっくり落ちていく。
俺はこのとき、声もなく興奮していた。宇宙飛行士にでもならなければ経験できなかったであろう無重力体験だ。子供の頃、遊園地で擬似無重力を体験できるコーナーがあったけど、俺はやらなかったんだっけ……などと、全く関係ないことを思い出す。
思っていたよりクレーターは浅かったようだ。底に降り立つと、魔法の効果も切れる。
あれ、てっきりおつきの人も来るのかと思っていたが、俺とリオミ王女だけ、ふたりっきりで降りたのか。ああ、よくないな。妙に意識してしまう。上から見てますよ、皆さんが。
「アキヒコ様。あれが聖剣です」
リオミ王女の指し示した方向には、確かに何か棒状のモノが地面に突き刺さっていた。
クレーターの、紛れもなく中心だ。
聖剣らしきものを中心に線が広がっている。
「まさか、このクレーターって」
「はい。聖剣は天から光とともに降ってきたのです。この穴はそのときに」
空から落ちてきた剣が、このクレーターを作った。
いや、剣の質量落下でこれだけのクレーターができるもんかね、普通。
つーか聖剣、壊れているんじゃないだろうか。
「あの聖剣を引き抜けた者は、アースフィア史上において存在しません。また、落下した後も破損はないらしく、不壊の聖剣とも呼ばれています」
壊れていないらしい。さすがは聖剣といったところか。
確かに予言詩でも天からの贈り物、という一節があった。これが聖剣と伝えられるものに間違いないだろう。
「さあ、アキヒコ様。聖剣の下へ」
あれ、リオミ王女は一緒に聖剣のところへ行かないのか。
「あの聖剣が抜けないのは、大地から引き抜く力が足りないからではありません。あの聖剣の周囲には結界のようなものがあり、誰も近づけなかったのです」
怪訝な顔をした俺の意図を察したのだろう、リオミ王女が付け加える。
詳しく調査しようにも、それじゃあ無理だよな。
「ここで俺が近づけなかったら、大変な事になるな」
「大丈夫です、アキヒコ様。わたしは信じております」
ああ、その無条件の信頼が痛いです王女さま。
だが、その信頼には応えねばなるまい、漢なら。
やってやる、やってやるぞ!
おそるおそる聖剣へと近づいた……その時!
「な、なんだこれ!」
大地が揺れる。地震だ。
地震? こんなすり鉢状のクレーターの中で地震だと!?
おい、これやばいんじゃないか。俺も王女も聖剣とともに生き埋めになってオダブツというオチではないのか?
「アキヒコ様、あぶない!!」
俺が揺れで一歩も動けない中、リオミ王女は咄嗟に先ほどの浮遊の魔法を唱え、俺の手を掴んだ。
揺れがなくなる。いや、地震は続いているんだが、俺とリオミ王女が地面から避難したのだ。
だが、それで安心はできなかった。
「ぬぅぅん!!」
聞いたことのない野太い声が響き、大地が爆ぜた。
今まで俺が立っていた地面だ。
土煙の向こう側に巨躯がちらりと見える。
「あ、あれは……!」
リオミ王女が叫ぶ。
「知っているのか雷電!?」
「ら、らいでん?」
いかん、緊急事態だというのに王女まで混乱させてどうするんだ。ヲタ脳、死すべし。慈悲はない。
土煙が晴れた先には、こちらを見上げる巨人が立っていた。
不敵な笑みを浮かべ、肩に担いだ巨大な戟を構える。
「待ちわびたぞ、聖剣の勇者よ。このゴズガルドと尋常に勝負するがいい!!」