Vol.34
央虚界ルートのダイジェスト。
アキヒコが行かなかったのでお蔵入りになったルートです。
別視点サイドで書こうかと思ったけど、異常に長くなるので書くとしたら外伝ですね……。
ダイジェストなので、わかりにくいかもしれませんがご容赦ください。
今までのラディやオクヒュカートの発言からヒントを得られないか、考えてみよう。
ラディは「もうダメかと思った」と言っていた。
つまり、彼女は何がしかのトラブルに巻き込まれている。
オクヒュカートが怒っている理由に関係しているかもしれない。
オクヒュカートの「オレをハメたわけじゃないなら」という発言。
彼は俺に嵌められた、あるいは裏切られたと考えていたようだ。
いきなり殺しにかからなかったあたり、俺が意図していなかった可能性も考慮している。
あるいは、ラディにその可能性を予め指摘されていたからか。
とにかく、俺がオクヒュカートに情報を渡さなかったことで事件が発生したのは間違いなさそうだ。
「何をしたか、を考えてるみたいだけどな。逆だよ。お前はオレに、すべきことをしなかった」
長考を見かねてか、呆れたようなオクヒュカートの指摘。
うーむ、やっぱり情報提示をしなかったことが問題のようだ。
「しかし、こうまでくると我ながら天然だなぁ」
「だから、余やフェイティスが参謀として必要だと常日頃から……」
俺が本気で悩んでいる様子を見て、元魔王と幹部が愚痴り始めた。
先ほどまでの緊迫がだんだん歓談ムードになってきたせいか、リオミも苦笑いしている。
うーん、当たり前のことを見落としているって話なんだけど。
……駄目だ、まったくわからん。
自分がオリジナルであるという結論はスルっと頭から出てきたのに、こういう灯台下暗しなのはホント苦手なんだよな……。
「じゃあ、ヒントだ。数日前のオレがしたであろう質問をしよう」
「……数日前?」
ヘラヘラと笑いながら、わざとらしく偉ぶるオクヒュカート。
さっき腕を捻られた仕返しのつもりか。
「なあ、さっきお前が言ってたオリジンってなんだ?」
「……は?」
「ノブリスハイネス? ライアー? いったい、何の話だ」
「お前、何を今更…………あれ?」
言いかけて、俺はようやく気づいた。
オクヒュカートが何を言わんとしているのか。
「そうだよ。ついこの間まで、オレはクローンが自我に目覚めてたことすら、知らなかったんだぜ?」
「でも、同期が…………あああああッ!!」
そうだ。
オクヒュカートは並行世界の三好明彦であって、クローンじゃない。
つまり、同期なんてしちゃいない。
オリジンのフリも何も……オクヒュカートにとって、三好明彦は唯一、俺でしかない。
なんて、思い違いを……。
「情報共有できているつもりだった……というわけか。なるほど。そなたにとって記憶同期が当たり前だからこその見落としだな」
俺の失態の原因に納得し、鷹揚に頷くラディ。
表情を厳しくして、更に俺を詰めにかかる。
「なら、そなたが根本的に悪い。そもそもオリジンのフリが、同期しているクローンに通用するはずがない。なのにオクヒュカートも自分と同期しているような気がしていた……その矛盾に気づかなかった、と」
「た、確かに俺が悪いけど……それが何のリスクになるんだ?」
「まだ気づかんのか!?」
ラディはいよいよ天然記念物でも見つけたかのように目を見開き、オクヒュカートに至ってはゲラゲラと笑い出す始末。
くっそ……。
「よいか。オクヒュカートにとって、三好明彦は全員がお前だったのだぞ。自我を持って、各々の思惑で動き始めているなどとは知らん。ましてや叛乱を起こしているなどと、どうすれば発想できる?」
「……まさか」
「そうだよ」
俺の予感を肯定するように、オクヒュカートは肩を竦めた。
「お前が帰ったあと、三好明彦が来たのさ」
……そうだ。
俺はそもそも、ラボを立ち去るときにも『オリジンが今にも来るかもしれない』と警戒していたはずなのに。
叛乱の発生がわかったあと、慌てすぎて『何の情報もないオクヒュカートのところに、叛乱クローンがやってくる可能性』を完全に失念していた……!
「オリジン、ノブリスハイネス、ライアー……自我持ちクローンのコードネームも、さっきザーダスから聞いたけどよ。オレのところに来たクローンは、そのいずれでもなかったぜ」
「すまん! そっちまで頭が回らなかった……!」
「あー……もういい。ケアレスミスは、オレもよくやらかすからな。三好明彦に完璧を求めるほど、オレだって子供じゃない」
己を皮肉るような冗談だったが、誰もオクヒュカートのセリフを笑わなかった。
笑えなかった。
オクヒュカートの身の上に起こったことをかいつまんで説明すると、以下のようになる。
俺が去った後、オクヒュカートの元に三好明彦のクローンがやってきた。
隠しラボのことはオクヒュカートと連れて来られた俺、そしてクローンたちなら座標を知っている。
MPポーションを使用してハイになっていた俺が、記憶同期したからだ。
当然、自我クローンのことを知らないオクヒュカートは、俺が戻ってきたと思って話をした。
魔人の気配を感じなかったことから、クローンを使いに寄越したと思ったらしい。
魔人化によって起きた不備などを聞いたところ、そのクローンは答えられなかった。
当時は俺がオフラインだったこともあるが、同期自体がダウンしていた関係で、情報に齟齬が生まれたためだ。
怪しまれ始めたクローンは、背後から襲いかかってきたという。
「……あのときは、かなりヤバかった」
というのがオクヒュカートの談。
あのときはゲートも封鎖していなかったし、量産鍵を抜いたクローンは魂魄認証AAランクの実力をフルに使ってきたらしい。
……ようやく理解した。
これは確かに殴られても……いや、殺されても文句は言えない。
うっかりミスで殺されては、たまったものではないだろう。
「不意打ちだったんだろ。よく勝てたな……」
「オレだって自衛手段をいくつか持ってる。不意を打たれたぐらいで即死しちゃいられんさ」
まあ、俺でさえ心臓は4つある身だ。
聖鍵を持たないオクヒュカートが自身の強化に妥協するはずがないか。
「だが勇者よ」
俺が顎に手を当てながら考え込んでいると、ラディが口を挟んできた。
「余を央虚界へ避難させ、自我クローンについて明かしたことについてだけは評価するぞ。それがなければ、オクヒュカートは殺されていたやもしれん」
「どういうことだ?」
「余は八鬼候が危機に陥っていた際、その気配を感知することができる」
「……そうか、力を分け与えてるんだっけか」
ラディは央虚界に避難してきていたおかげで、オクヒュカートの危機を知ることができた。
状況が何かしら動いたと判断したラディは避難所から動くかどうか迷ったらしいが、ディーラちゃんが「助けに行こう!」と迷わず即決したので、《テレポート》を何度も使って駆けつけたのだという。
「そのおかげで、クローンは撃退できたんだけどよ……状況はすぐさま最悪に傾いちまった」
オクヒュカートは頭を掻きつつため息をついた。
倒したクローンは尖兵に過ぎなかった。
気づいた時には、無数の叛乱クローン群に隠しラボを包囲されてしまったのだ。
連中は強引にオクヒュカートを制圧しようとはせず、交渉を持ちかけてきた。
クローンたちの目的は、オクヒュカートが央虚界に隠し持っている施設や兵器だったのだ。
「あいつら、よりにもよってリオミを人質にとりやがったんだ!」
「わたし……あ、いや。アナザーちゃんですか」
そう、オクヒュカートの本来のアジトの方にもクローンの手が回っていた。
いよいよ詰みかと思われた、そのとき。
なんと、シーリアが増援を引き連れて駆けつけてきたというのだ。
「あのときほど、余はシーリアが頼もしく見えたことはなかったぞ」
「でも、増援って?」
「うむ、それはな……余も聞いただけなのだが」
俺が派遣したシーリアは避難所にラディたちがいないことを見て、すぐに異変を察知した。
オクヒュカートに助けを求めるか迷ったシーリアは、そこである人物たちから連絡を受ける。
「叛乱に与しなかったクローン……?」
「叛乱側よりも数が多かったおかげでもあるが、陽動がうまくいってな。シーリアがアナザーリオミを助けだしてくれたのだ」
人質がいなくなり、その頃にはゲート封鎖で量産鍵すら使えなくなっていたクローンたち。
だが、それでも脅威は去らない。
彼らはオフラインでも魔法修得オプションが使えるし、義体化しているクローンならバトルアライメントチップだって使える。
叛乱側と反叛乱側……総数約1兆人のバトル。
そんなことになれば、巻き込まれるラディたちも只では済まない。
「だが、結果的にそれが最大の光明となった。余の危機も八鬼候に伝わるからな」
「でも、オクヒュカートは側にいたんだろ? 何の意味が……」
「忘れておるかもしれんがな……この央虚界には、八鬼候があと2人おるのだぞ。そもそも、5兆人ものクローンを派遣したのはそれが理由であろうに」
「…………来たのか!?」
八鬼候の一位と二位。
ディアスとエミリア……シーリアの両親が、土壇場になって現れた。
さぞ、シーリアは驚いただろう。
ラディは続ける。
「ディアスはともかくとして、エミリアの登場が大きかった。彼奴とオクヒュカートが揃うことで、自我を持っているクローンを止める切り札が手に入ったのだ」
「切り札?」
俺の疑問に、オクヒュカートが自慢気に鼻をならした。
「《マインドベンダー》……オレの固有能力さ。自我のある相手なら、どんなやつだろうと、何人いようと俺の精神的奴隷にできる。《マインドハッキング》や《マインドクラッキング》同様、精神遮蔽の指輪じゃ防げない」
まさに一発逆転。
1兆人のクローン同士による戦争は、オクヒュカートの《マインドベンダー》によって回避されたのだ。
「……お前、そんな能力があるならどうして降伏なんて……」
「使いたくても使えなかったのさ。まあ、使えたところで自我のないクローンを操ってたお前に通用したとは思えないけどな」
それでも、本体である俺には通用したんじゃなかろうか。
いや、当時の俺は救世主に囚われ始めていた……多分、効かないか。
「でも、どうしてエミリアが来ると《マインドベンダー》が使えるんだ? 連携技とか?」
「いや、そうではない。余が『闇の転移術法』をはじめとして、均衡を崩しかねない力の使用を禁じていたことは知っていよう。《マインドベンダー》も明らかに強力過ぎるので、オクヒュカートには使用を禁じていた」
「まあ、確かに無茶苦茶な効果だよな……」
ラディの言葉には同意するしかない。
《オーソーン・キルダイヤル》の不殺版、しかも相手を無力化するどころか操れるとか、酷すぎだろ。
「とはいえ、あくまで口約束。オクヒュカートを信用していなかったわけではないが、余はエミリアが魔人化した後、その能力に目をつけたのだ」
「エミリアの能力?」
俺のオウム返しに、オクヒュカートが忌々しそうに説明を引き継ぐ。
「《 異能封印 》。対象1体の能力、魔法などを能力解除まで永続封印する。ただし、封印している間は他の力を封じることができない。オレの《マインドベンダー》を封じられてたんだ」
「結果的に、貴様は離反したからな。余の判断は正解だった……オクヒュカートが《マインドベンダー》を使えるままだったら、今の状況はなかっただろう」
確かに、オリジン化していた俺には通じなくても、他のみんなは違う。
オクヒュカートはああ言ったが、あっさり降伏することはなかったに違いない。
「でも、そうか。エミリアが合流したなら、能力の封印を解除すれば……」
「ここに入る前に寝てるクローンどもを見たろ? つまり、そういうことさ」
1兆人のクローンを奴隷化したことで、事態は無事に終結した。
隠しラボは元々が移動要塞だったので、クローンたちの整備施設と合体し、叛乱を起こした連中をカプセルに収容したのだそうだ。
1兆人を収容できる施設を取り込めるって、どんだけデカいんだろうか。
あるいは、マザーシップのように空間を内部圧縮しているのか。
とにかく、その後はラボでゲートも取り込んで俺を待ち受け、避難所にはテレポーターを繋いだ。
非活性ダークスの自動浄化が進んでるから、転移ルートを確保するのはそんなに難しくなかったらしい。
「アナザーちゃんは、どうしたんですか?」
話が一段落ついたのを見越して、リオミが口を開く。
もうひとりの自分の無事が気になっていたようだ。
「すっかり、クローンたちのアイドルさ。リオミに関する記憶がどんどん蘇って大変みたいだけどな」
「それは、アナザーが危ない目に遭うんじゃないか?」
オクヒュカートは気楽そうに言うが、俺の懸念は的を射ているはずだ。
叛乱クローンと違って能力がないとはいえ、味方になってくれたクローンも強力なユニットのはずだ。
何かの間違いで発情した三好明彦が、アナザーリオミを押し倒さないとも限らないのでは……。
「大丈夫。味方だろうと俺の《マインドベンダー》には関係ない」
「…………」
「どうした?」
……そりゃそうだよな。
こいつが、アナザーリオミに近づく奴らに首輪をつけないわけがない。
ピース・スティンガーから解放されたのも束の間、今度はオクヒュカートの奴隷か。
あいつらも、どこかいい場所があれば解放してやりたいが……。
「というか、お前。その能力なら、俺に勝てるんじゃないか?」
「《マインドベンダー》は例の能力と違って、あくまでダークスの固有能力を発展させたもんだ。魔人になったお前にゃ効かねーよ」
「能力じゃないのか……」
わざわざ固有能力なんていい方をしてると思ったら、そういうことなのか。
イマイチ違いがわからない。
「シーリアが取り込み中なのは、ご両親と会ってるからですか?」
「家族同士、積もる話もあろうからな」
俺とオクヒュカートが話している間に、リオミとラディがシーリアのことを話していた。
そういうことなら、しばらく放っておいてあげたほうがいいだろう。
「さて、今度はそなたの番だ。オリジンとの顛末はどうなった?」
「ああ、それは……そうだよな。ちゃんと全部話すよ」
俺の話は長くなった。
ノブリスハイネスやライアーとの顛末はもちろん、俺がオリジナルであったことなどもすべて話す必要があったからだ。
「ふん。そんなことだろうと思っておったわ」
ラディはつまらなそうに呟いた。
彼女は「俺が元に戻ったように思える」とコメントしていたし、なんとなく予想がついていたのだろう。
「しっかしクローンの叛乱ね……オレと接触していたオリジン……か。そいつがオレの能力を知っていたら、お前に協力するよう状況を操作したんじゃないか? 使徒フラビリスには無理だが、ブラッドフラットや叛乱クローンならオレの《マインドベンダー》で攻略可能だったわけだし」
「ああ、多分そうだな」
「え? ああ、そうか……そうですよね」
オリジンの目的は、今となっては明確だ。
クローン叛乱において、俺を勝たせること。
それ意外、考えられない。
「あいつは、俺を勝たせるために殺戮王を使ったからな」
……そう、シーリアがついに最後までわからなかった、オリジンの悪辣な手。
オリジンは命令に従う必要のなくなった殺戮王に、敢えて俺の殺害命令を出したのだ。
俺が叛乱の首謀者だとさまざまな矛盾があるから、殺戮王は俺を調べる。
最終的に、俺の味方につくと想定……いや、そうなるよう望んだに違いない。
殺戮王の死、ライアーとの休戦までオリジンの望み通りなのかは、わからないが。
「要するに――」
退屈そうに、それでも静かに聞いていたラディの口調が、変わった。
冷たく、抑揚のない声に。
「今回の事件はすべてそなたが元凶……というわけだな」
残酷な、刃物のような鋭さを帯びていたその言葉は。
俺の胸を、まっすぐ串刺しにした。
この辺の話、ストレスがマッハですよ……。
爽快感のある話を書きたい。




