Vol.27 Riomi side
今までの情報まとめ&新説。
これを読んだ上で第四部のVol.21~24を読むと……。
「むー」
「どうしたの、ヒルデちゃん?」
「こういうお預けは、あんまり好きではありませんわ」
ヒルデちゃんとわたしは、ブリッジの艦長席と副艦長席に座っている。
さあ、いよいよアキヒコ様のことを話すぞーっというときに、ベニーちゃんがアキヒコ様に呼ばれて姿を消してしまったのだ。
「陛下はいつになったら空気が読めるようになってくれるんですの?」
まだ1分も経ってないというのに、ヒルデちゃんはカンカンだ。
待たされるのが嫌というより、絶妙なタイミングでアキヒコ様が阻止してきたことが腹立たしいみたいだ。
それにしても……。
わたしは、横目でヒルデちゃんのむすーっとした顔を観察する。
あーうー……どうしてこう、 ヒルデちゃんは怒った顔がかわいいのかな~?
アキヒコ様も彼女をわざと怒らせたりしてるけど、その気持ちがわかる。
わかっちゃいますよ~ぅ。
「……なんですの? 変な顔して」
「なんでもないよっ」
「???」
ヒルデちゃんに気づかれちゃった。
あんまりからかい過ぎると本当に怒らせてしまいそうなので、気を付けなきゃ。
でも、ヒルデちゃんはいいなぁ……。
わたしなんて、アキヒコ様に「怒らせたら魔神ッ!」とか言われるのに……。
むむっ、思い出したら腹が立ってきた!
『ママ、おこってる? おこってる?』
「あ、ごめんねー。大丈夫でちゅよ~」
お腹の子が端末を介して心配してきた。
赤ちゃん語はあくまでこの子の感情とか不安を仮翻訳しているだけなので、実際にこういうふうに喋ってるわけではないらしいのだけど。おおまかな指針にはなる。
わたしは聖鍵の力で一番、これが好きだ。
本当に赤ちゃんと会話できてるみたいで、とってもすてきだと思う。
「いいですわね。ああ~、わたくしも本体で来るんでしたわ」
「ヒルデちゃんも艦隊任務から開放されてからは、毎日のように話しかけてたしね」
アキヒコ様に対しては思うところがあるようだけど、ヒルデちゃんの子供に対する愛情は本物だ。
お金が大好きな彼女でも自分の子供をひとやまいくらで売却するなんてこと、絶対にしないだろう。
……うん、しないよね?
「ええ。ですから、とっとと終わらせて帰りますわ。だって、あんなにかわいいんですもの」
「そうだよね~、ほんっとにかわいいもんね!」
しかもアキヒコ様の子供だし、幸せすぎるなあ……。
やだ、わたしったらまた頭がお花畑に。
『……っと、おまたせしましたー』
「あっ、おかえりなさい。早かったですね」
ちょっぴり妄想に浸っていると、ベニーちゃんが光を伴って出現した。
ヒルデちゃんはすっかりおかんむりのご様子で、ふんと鼻を鳴らして腕組みしている。
「ささ、話すならさっさと話してくださいまし」
『は~い、では今度こそ……っといいたいところですが、その前に。ていっ』
ベニーちゃんが可愛らしくステッキを出現させたかと思うと、勢い良く振った。
すると、周囲の景色がみるみるうちに変わっていく。
なんだかよくわからないけど、可愛らしい装飾の施された部屋にやってきた。
バッカスでアキヒコ様とデートしたときに入った喫茶店があったけど、あそこの個室にそっくり。
『ここは、私のプライベートフレームです。陛下が電脳世界で活動してますので、のんびり会話してたら終わってしまいますからね。ちょっと私達も電脳世界に仮ログインしておいたほうがいいかと』
電脳世界?
なんだか、また自分の知らない世界に連れて来られたみたい。
まあいいか、なんだかわからないけど大丈夫だよね。
『陛下の超加速みたいなものですの?』
『いや、あんなハチャメチャが押し寄せてきそうな力じゃありませんよ! とにかくここなら、時間を気にせずお話できると思ってください!』
『まあ、本来ならあと数分で会敵ですものね……』
そういうわけで、ベニーちゃんのアキヒコ様講座が始まった。
わたしはもう何度か聞いてる話だけど、未だに理解出来ていない部分が多い。
アキヒコ様だからいいかと、思考停止していた感は否めなかった。
『まあ、順を追っておさらいしましょうか。まず、今回の陛下……おふたりにとっては元となった陛下ですね。彼のことを仮に《アキヒコ》と呼びます。あ、敬称略でいきますね』
ベニーちゃんが指を立てながら解説してくれるが、ヒルデちゃんは微妙な顔をしている。
うん、早速話の方向が理解不能な領域に行ってしまいそうだよね……。
『《アキヒコ》は、リオミ様によって召喚されました。もう、この時点で《アキヒコ》の中には5兆4852億4363万5357人分のループ経験が並列思考として同居していたと思われます』
『並列思考……たびたびアキヒコ様が口にしていましたね。わたしは「アキヒコ様の中にはいろいろなアキヒコ様がいるんだなあ」と捉えていましたけど』
『厳密には多重人格ではなく、経験ですけどね。そこを解説したらまた脱線しちゃいますから又の機会に。とにかく、《アキヒコ》の中にはいっぱい陛下がいて、その中でも人格を形成する上で影響力を持っていた並列思考があったわけです』
今のアキヒコ様という人格ができあがる上で、大きな影響を与えた経験の塊。
たしかアキヒコ様がそんなことをおっしゃっていた。
なんていったっけ……。
「それが、ノブリスハイネス陛下とライアー……ですのね」
『いえ、主力構成要素は3つです』
『3つですの?』
主力構成要素……!
『それです! アキヒコ様が言っていました。ノブリスハイネス、ライアー、そして私達への絆を継承した自分が主力構成要素であると』
『……じゃあ、今戦っているノブリスハイネス陛下も、ライアーも、出撃された陛下も……今までの陛下の大部分を占めていたということですの?』
いっぱいいるけど、結局のところ3つ……3人のアキヒコ様が人格とか性格に大きな影響を与えているということらしい。
主力構成要素って、そういうことなんだ。
『……私の意見はちょっと違います。主力構成要素は、その3つではありません』
『え?』
『ノブリスハイネスとライアーについてはそうですが、あの陛下に関しては違うと思います』
あの陛下というのは、わたしの言った……絆を継承したアキヒコ様のことだろう。
アキヒコ様自身が告白していたことなのに、ベニーちゃんは違う考えを持っているの?
「じゃあ、もうひとりは誰ですの?」
ヒルデちゃんの問いに、ベニーちゃんは重々しく口を開いた。
『……オリジンです』
『えっ?』
わたしは思わず固まってしまった。
ヒルデちゃんも同様だ。
『……オリジンって、もともとのアキヒコ様なんですよね?』
『オリジンって……オリジナルって意味だと思っていたのですけど』
ベニーちゃんはわたしたちの疑問に、ウンウンと頷く。
『そうですね。少なくともオリジンはそういう意味で使っていたと思います。ただ、あの方はどっちかっていうと、概念存在としての側面が分裂した結果ですから……おそらく、並列思考のひとつ……しかもコアだったのではないかと、私は考えてます』
どうやら、ベニーちゃんの中でも結論が出ていないことのようだ。
しきりに考えこむ仕草を繰り返している。
『並列思考は無数にありました。そんな中でもオリジン、ノブリスハイネス、ライアー……この3人が主軸となって、今回の《アキヒコ》を形成していたんです』
オリジンのアキヒコ様が主力構成要素なのかどうかはともかく、アキヒコ様の成り立ちについてはシンプルに3人と考えればいいみたいだ。
オクヒュカート様とか、ロリコン様は関係ないみたい。
『続きです。私はパトリアーチの画策で、陛下にクローン同時操作を持ちかけました。なにぶん初めてのケースでしたし、いろいろやってもらいたかったですね。いかんせん規格外過ぎて、私もパトリアーチもオリジン陛下に消されちゃったわけですけど……』
『また脱線してますわよー』
『あっ、すいません。とにかく、陛下はクローンの同時操作に成功し、並列思考が各クローンに分配されるようになりました』
『ああ、そういえばあの時期のアキヒコ様はずっとわたしと一緒にいてくれましたね……』
『そうですねぇ……』
わたしがポーっとしながら当時のことを思い出していると、ベニーちゃんがわたしを見ながら目を細めた。
なんだろう。ヤキモチかな?
『分配された並列思考は、それぞれの担当を決めて活動するようになりました。この時期は陛下自ら全員を統率していたので、違う場所で同時に出現しているという表現が一番的確でしょうかね。
後にノブリスハイネスとなるクローンは、聖鍵王としてフェイティスとともにアズーナンでのテロ事件などに当たりました。自我を持ったのは、グラーデン王国で毒を飲み、死亡を偽装したときです』
『そんなことをしたんですの!? そういえば、あの時期のチグリは様子がおかしかったですけど……』
わたしも初めて聞いた。
ヒルデちゃんも心当たりがあるみたいだ。
わたしたちの知らないところで、そういう無茶をして……。
まあ、いつものことだし。もう怒るのも疲れちゃった。
『ライアーはフェーダ星系でヒルデ様と一緒に活動してたクローンですね』
『あんにゃろう、よくもわたくしを殺してくれやがりまして』
殺された時のことを思い出したのか、ヒルデちゃんの口調がおかしくなった。
さすがにアキヒコ様といえど、ヒルデちゃんを殺すのは許せない。
とはいえ、わたしも少し責任を感じるのだ。
『……ライアーのアキヒコ様……確か、わたしが好きにやっちゃっていいですよって言われたのが自我覚醒のきっかけでしたっけ?』
そう、確かそういう話だったと思う。
わたしの言った一言がアキヒコ様のクローンを通して他のアキヒコ様にも伝わって……。
『突然、方針を変えたりし始めたから何事かと思いましたわよ』
肩をすくめるヒルデちゃん。
わたしの気持ちに気づいてるのか、追求はない。
ううー、余計に申し訳ない気になる。
『まあ、ライアー陛下のことだから実はとっくの昔に自我が芽生えていて、その瞬間まで隠していたって不思議じゃないですけどねー』
ベニーちゃんまでフォローしてくれた。
ふたりとも、いい子だなあ。
『で、オリジン陛下なんですけど』
『『…………』』
わたしもヒルデちゃんも、無言になる。
さっきの話によると、オリジンのアキヒコ様はもともとのアキヒコ様ではないということになるのだが。
『オリジンは、特定の陛下が覚醒した存在ではないと思います。敢えて言うなら、リオミ様と一緒にいたクローンが元になっている可能性が高いですが』
『どういうこと?』
わたしと一緒にいたアキヒコ様……たしかに、分身を操作できるようになってから、ずっと一緒にいてくれた。
あの時期はわたしの魂が減退していたせいで、特にそこまで感動はなかったけれど……。
あのとき、そういえばアキヒコ様は……「人間じゃなくなってもわたしを助ける」って言ってくれたっけ。
そのことが関係あるのかと思ったけど、ベニーちゃんは全く違う話を持ちだした。
『実はですね、さっきの密談室にザーダス様との会話ログが残ってたんですが……』
『そんなものまで残ってますの!? せっかく秘密を話し合うためのスペースですのに……』
『密談室なのに、密談に使えないなんて……』
『えへへ、秘密を知るのって楽しいんですよ』
うん、アキヒコ様とあの部屋でイチャイチャするのはやめよう。
そんなことを思っていると、ベニーちゃんが唐突に話題を変えた。
『陛下って、お酒好きですよね』
『あー……そうですね。かなり好きだと思います』
『酒に逃げたりもしますわね』
アキヒコ様の悪い癖。
嫌なことがあると、すぐお酒を飲む。
わたしも何度もお酌したけど、そういえば、ヒドイときがあったなあ……。
『ところで、リオミ様。陛下にお酒について苦言を申し上げたりしませんでした?』
っと。
まるでわたしが思い出すのを計ったようなタイミングでベニーちゃんに話をふられた。
『そうですね……ちょっとお酒を飲み過ぎるときがあったので、やめてくださいってお願いしました。そしたら……』
『肝機能を調整して、アルコールに嫌悪感を抱くように自分を調整した……ですよね?』
この分だと、イチャイチャも全部見られてたみたい……。
ううっ、恥ずかしいなあ……。
『自分の意志で禁酒しないあたり、いかにも陛下ですわね』
『まったくですね。クローンの肉体なら健康に気を使う必要はあんまりないからでしょうけど……でも、肝機能調整したクローンって、リオミ様とご一緒のクローンだけなんですよ』
『えっ、そうだったんですか?』
それは知らなかった。
ということは、わたしの前でだけお酒を飲まないようにしてたってこと?
むーっ……。
『さて、ここでさっきの密談室会話ログの話です。これをちょっと聞いてもらえます?』
ベニーちゃんが指をパチンとならすと、部屋の中に聞き慣れた声が。
―「さて……飲み直すとするか」
―「お姉ちゃん、まだ飲むの!?」
『これ、ラディちゃんとディーラちゃん?』
『このあとです。陛下のセリフに注目ですよ』
―「無論だ! 勇者よ、お前も付き合え」
―「いや、遠慮しておくよ……俺、今は酒が飲めないから」
―「ふむ、そうか? 仕方ない、誰か別の者を捕まえるとするか」
―「もうやめて、お姉ちゃん! 今の義体のライフはゼロだよ!」
『陛下、お酒が飲めないっておっしゃってますわね……』
ヒルデちゃんがぼそりとつぶやく。
でも、これだけで……?
『これって……アキヒコ様が、わたしの注意を守っただけという可能性はないんですか?』
『いえ。バイタルチェックのログによると、このときの陛下は部屋の中のアルコール臭に反応して、ノルアドレナリンが分泌されています』
『ノル……?』
『要するに、不快に感じていたということです。肝機能調整によって発生した嫌悪感の正体がノルアドレナリンというわけですよ』
『オリジン陛下がたまたま分身を操作していただけではありませんこと……?』
『いいえ、このときの陛下の空間装置装備欄に聖鍵があります。遠隔操作されたクローンではありません』
それは、つまり……。
『オリジンのアキヒコ様が、クローン……』
『オリジンが元々の肉体を使っておらず、クローンの肉体をメインに使っていたという証拠があるだけです。だから、オリジン陛下が並列思考だというのはあくまで仮説です。しかし、そう考えることによっていくつかの疑問が解消できるんですよ。どうして陛下はあんなにもループを止めることに拘っていたか、今回のループが今までと違う展開になったのか』
『経験……主力構成要素に引っ張られたということではありませんの?』
『最初はそうだったんでしょうね。だけど、何かがきっかけで並列思考だったアキヒコの中の救世主……造物主様を倒すために造られた神殺しの概念……すなわち、宇宙すべてを救うという願いそのものが……自我を持った』
とてもじゃないけど、信じられない。
アキヒコ様の中で、そんなことが起こっていたなんて……。
『怪しいのは、4ヶ月ほど前。わたしと陛下が決別した……あのとき。陛下が内面が変わったと言っていたときには、既に入れ替わりがあったんじゃないかと思います』
『入れ替わり……』
『要するに、ほんとうの意味で"最初に叛乱を起こしたクローンは誰なのか"っていうことなんです。私はそれが、オリジンだと踏んでいます』
クローンの叛乱はつい最近始まったのではなく。
4ヶ月前、既に発生していた……?
『オリジンは《アキヒコ》と入れ替わり、お互いの記憶を調整した。自分がオリジナル……すなわちオリジンだと思いこむようになった』
『……どうして、そんなことを?』
『さあ? あくまで仮説ですし、本人も知らないでしょうからね。わかんないですよ』
『……とても、おそろしい話です。そうだとしたら、本当のアキヒコ様は今……』
『あ、大丈夫です。たぶん本当のオリジナルが、今の陛下だと思います』
『へ……?』
『これはデータ的に何の確証もないんですけどね。オリジンが不在となり、主導権は本当のオリジナル陛下に戻っていると思います』
……?
あ、でも、言われてみると、なんとなくわかる気がする。
別荘に迎えに来てくださったアキヒコ様は、間違いなくアキヒコ様だったもの。
『……それで。いつになったらその、今の陛下のお話になりますの?』
黙って聞いていたヒルデちゃんが痺れを切らし、話の続きを催促した。
『それはですね……っと。ちょっと失礼』
一瞬、耳に手を当てて何かを聞いている様子のベニーちゃん。
アキヒコ様から連絡があったのかな?
『……陛下がノブリスハイネスに勝利しました。どうやら、この話はここまでですね』
『『え?』』
……勝利、した?
ノブリスハイネスのアキヒコ様に?
『……おかしいですわね。わたくしたち、ジャ・アークの艦隊から撤退するための戦いの真っ最中だったかと思いますけど』
『不思議ですねー。なんでこうなっちゃうんですかねー』
ヒルデちゃんは呆れ、ベニーちゃんは笑った。
わたしは、どう反応していいかわからない。
なんだか、とても悲しくなってしまったから。
アキヒコ様が一足飛びに物事を解決してしまう。
それは、いつものことだ。
でも……そっか……。
アキヒコ様……約束、守ってくれなかったのかな……。
第五部の章題は「クローン叛乱篇」




