Vol.08
……剣聖アラム。
どうして思い出せなかったのだろう。
バトルアライメントチップの選択の時に、データをチラっと見ただけとはいえ。短い髪と名前だけを見て男だと思い、それきり本人の来歴には関心を失っていた。ただ最強の戦士のデータとして取り扱っていた。
俺の戦闘力のコピー元が今、目の前にいる。
会おうと思えば検索一発で居所を特定し、瞬間転移するだけでいい。だが、もともとそんな気はさらさらなかった。必要がなければ、一生会おうなどとはしなかっただろう。
だけど、俺はアラムに出会った。なにかの運命を感じずにはいられない。
「……驚かれないのですね」
「え? ああ、はい」
一発芸を外したような顔してるギルド長。
いや、驚いてはいるけど。
どっちかというと、ぽかーんとしてたわ。
「さっすが勇者様! 剣聖アラムの名を聞けば、どんな冒険者でもサインを求めずにはいられないのにッ!」
「まあ、この世界に来て間もないですから。リオミは知ってる?」
「はい。まさか、ロードニアに来ているとは知りませんでしたが……」
ギルド長が暑苦しいので、リオミと和む。
この子がおらんかったら、目の前の2人相手に心がもたなかったかもしれん。
ありがとう、ありがとう。エデンは、ここにあったんだね。
「いやあ、実はですね。彼女は……」
「オーキンスさん!」
なにか言いかけたギルド長に横槍を入れたのは、アラムだった。
オーキンスって、ギルド長のことか? 心底どうでもいい。
「もういい。終わったことです」
すべてを諦めた、そんな表情だった。
「……そうだね」
ギルド長もそれきり、続きを話そうとはしなかった。
なにか只ならぬ事情があるようだが。
詮索してもなんだし、こっちから本題を切り出そう。
「依頼の話をお願いします」
「ああ、そうでした。依頼というのはですね、一言でいうと……」
ギルド長は無駄に間をためる。
気持ちは、わからないでもない。
すぐにSランクにして依頼を受けさせようと言うのだから、情報どおりであれば間違いなく俺に回ってくるはずの仕事。
その内容は当然。
「ドラゴン退治です」
……やはりな。
「そうですか」
「やはり、驚かれないのですね」
「ええ、まあ」
「さーっすが勇者様! ドラゴンと聞けばどんな冒険者でも震え上がるというのにッ!!」
「それはもうえーっちゅーねん!」
俺はアンタと漫才をしにきたのではない!
断じてだ!
「俄には信じがたいですね。タート=ロードニアにドラゴンがいるだなんて……」
リオミの疑念も無理はない。
今更ドラゴンの説明なんて必要ないとは思うが、いわゆるファンタジー世界で最強扱いされる魔物である。爬虫類に羽根を生やした幻想種。アースフィアのドラゴンも、概ねその認識で間違っていない。
本来ドラゴンは人里離れた場所に巣を作る。縄張りに入らなければ襲われることはないが、邪悪な竜ならば敢えて人を喰らいに村々を襲うこともある。
魔王の支配下ではドラゴンも他の魔物と同じく、邪悪な魔物として君臨していた。主に魔王城付近に巣を作り、人間側の反攻を暴虐なる力でもってねじ伏せていた。
だから、タート=ロードニアにドラゴンはいない。
魔王が消える前までは。
「見間違いならいいのですがね。依頼元はメイラ村なのですが、狩人が空を飛ぶ大きなトカゲを目撃したと」
「……ワイバーンでなければ、間違いなさそうですね」
リオミの言うワイバーンは、亜竜とでもいうべき魔物だ。ドラゴンとは違う。
さて、念のため確認しておくとするかな。
「ドラゴンの色は、わかっていますか?」
「ええ。赤だったそうです」
まあ、そうだよな。
前後の情報を鑑みれば、それしか有り得ない。
ドラゴンは魔王城近辺に生息していた。本来ならロードニアにドラゴンはいない。
だが、魔王城はどうなったか。今更語るまでもない。
俺はあのとき、魔王城を飛び去る赤い影についての報告を受けた。その後も監視を続けたが、そいつがタート=ロードニアに入ったあたりで、衛星画像から姿を消した。
それまでの画像を検証したところ――
「レッドドラゴンの可能性が高い」
俺の懸念を、アラムが引き継いだ。
レッドドラゴンは、邪悪な竜の中では最も凶悪で、強欲で、そして強い。
リオミの顔が、みるみる青ざめる。
「それが本当だとしたら、一刻も早く向かわねば! いや、それより村々の避難を……」
「今のところ、被害は出ておりません。レッドドラゴンであるなら、それを確認する必要もあります」
「しかし、そんな悠長なことを言っていては! 被害が出てからでは遅いのですよ!」
「だからこそ、アラムに依頼をするところだったのです」
「あっ……」
ドローンの報告をもとに分析した結果、ロードニアの冒険者ギルド支部にドラゴン退治の依頼が舞い込んでくることは予想していた。
メイラ村からの連絡が届くのが、ちょうど今日。そこに俺が向かえば、ドラゴンへの対応を求められるのは火を見るよりも明らかだった。
冒険者としてのランクをコネと特例で上げ、ドラゴン退治を成功させることで報酬を得る。報酬だけが目的ではないが、それが俺の今回の計画だった。
俺にとっての唯一のイレギュラー。
予期せぬ先客。
それが、剣聖アラムだった。
俺が到着したタイミングは最速だったにも関わらず、剣聖アラムが俺より先に依頼を受けようとしていた。いくら最強の剣聖とはいえ、早耳が過ぎる。
まだ情報が足りないのでなんとも言えないが、アラムは別件でギルドに来ていたのではないか。先ほどのギルド長とのやりとりを思い出す。なにか違う仕事の予定があったが、失敗したか、あるいは仕事そのものがキャンセルとなったのか。本人たちに聞き出すのが難しい以上、調べるなら聖鍵を使うのが手っ取り早い。
しかし、依頼そのものは受けることができたわけだし、アラムの事情を深く詮索する理由もない。
言いたくないことを、わざわざ掘り出す必要はないだろう。
「そういうわけでして、ぜひ勇者アキヒコ殿にはアラムとともにドラゴン討伐に乗り出して頂きたく」
まあ、そうなってしまうか。
うーん、別に問題はないかな? むしろ本物のアラムの戦いっぷりを見られるかもしれないわけだし。
実のところ、ちょっと後ろめたさは感じているんだよな。モノマネをしていたら、ご本人さん登場みたいな。
「その場合だと報酬は?」
お金は当面、地上での経済活動がそこそこ出来る程度あればいいから、折半でもいいかな。
「村から出せるお金は殆ど無いとの事だったんですが、今回は緊急ということもありまして。ギルドのほうから積立金も出して……」
そろばんを弾くギルド長。
俺は出された茶をするる。
「アラムと勇者殿、それぞれ400万円といったところですな」
「ぶふーッ!」
茶を吹く。ギルド長の顔に直撃。
「え、え、えん、え」
「いやー、さすが勇者様。お茶を吹くタイミングも大変ツボを掴んでおりますなぁ! まあ、白金貨4枚は大金でしょうからなあ」
いやいや、金額じゃなくてさ。金額もだけど。
あー、そうなんだー。
通貨単位は円なのかー。
わっかりやすくてたすかるわー。
いきなり現実に引き戻された気分だったわー。
通貨単位とか、わざわざググってなかったわー。
アースフィアさん、まじ日本贔屓ぱない。
「もちろん、本当にドラゴンだったらの話ですからね。もし違った場合は、調査費用のみということでもう少々引かせてもらいます」
十中八九ドラゴンであることはわかっている。問題はない。
もっとも、赤いっていうだけでレッドドラゴンかどうかは確認を取れていないのだが。
「アラムさんのほうは、俺とパーティを組むことについて問題はないんで?」
「……ああ、大丈夫だ」
アラムの笑みにぞわっときた。目が全然笑ってない。
不服なのではなく、望むところだと。そんな雰囲気だった。
ひょっとして俺、デスフラグ立ってません?
「よろしく頼む」
「は、はいッ!」
アラムが握手を求めてきた。
俺の声、うわずってるよう。
助けて、助けて僕のリオミたーん。
「……アキヒコ様のばか」
え、ひょっとして味方はいないの?
エデンは幻だったんや。
天は我を見放した。
神は死んだ。
結局依頼を受けて、俺達は冒険者ギルドを出た。
アラムが宿に荷物をとりに行くというので、彼女の準備が終わるまでリオミと食堂で一息つこうと思ったのだが。
「アキヒコ様、あんなに鼻の下を伸ばして。勇者とあろうものが、だらしのない!」
「どうしてこうなった!?」
ふたりっきりになった途端、憤懣やるかたないといった様子のリオミ。
俺はずっとアラムに戦々恐々だったんですが。
「誤解だ!」
「だって、ずっとアラムさんのことを見てたじゃないですか。オーキンスさんがお話してる最中も、ずっと!」
「うっ。いや、あれはアラムをどこかで見たことがあるなぁ~と」
「まだアースフィアに来て数日のアキヒコ様が、どうしてアラムさんのことを知ってるんですか?」
俺の言葉なら無条件で信じてくれたリオミは、もういない。
それは、むしろいい傾向だと思う。あの一件から、リオミが想いを吐き出したり、俺も思ったことをちゃんと伝えるようにしたので、互いの距離は縮まった。ちゃんと人間として対等になったと思うのだ。
だが、リオミは元来思い込みが激しい気質だ。自分がこうだと思ったら、それがどんどん自分の中で膨らんでいく。俺に対する憧れがどんどん高まっていったのも、そういうことだろう。
今回も同じケースだ。ベクトルは全然違うけど。
「それは後でちゃんと話すから!」
「むーっ」
「そんな風に思われると、俺も悲しいよ」
「むー……でも、アラムさんもアキヒコ様のこと見てた」
「ありゃガンつけられてたんだよ……」
リオミの中では、俺とアラムが見つめ合って恋に落ちてるようにでも見えてたんだろうか。
まずいな、そうだとしたらアラムと一緒の道中、針のむしろになるぞ。
「アラムさんが美人だからって……」
「んー?」
確かに、美人だと思う。
リオミと同格ってぐらいじゃないだろうか。
そう言われてみれば、相当なレベルの容貌だな。
でも、なんかもうね。そういう目で見たら殺されそうだったからね。
最初からヤバい感じだったし、異性として意識するのは無理だった。
「その点では、リオミは最初から優しかったし、笑顔だったしな」
「……ゃぁ」
うーん、しかし思った以上にリオミがヤキモチやきだった。こりゃ、さっさと依頼を終わらせないと。
今回はホワイト・レイはもちろんだが、プラズマグレネイダーなどの大規模破壊兵器を使う訳にはいかない。ドラゴンを倒した証として、鱗を持っていかねばならないからだ。跡形もなく消し去るのはNGである。
現状の地上戦力でも、ドラゴンを相手取るとなると消耗戦になってしまうだろうし。
やはり絨毯爆撃で炙りだしたところを、対空ミサイルで確実に撃ち落とすか。
あるいは強制転送で宇宙空間に放り出し、くたばったところで遺骸を回収するか。
いやいや、目的を見失うな。
「リオミ。今回俺は、聖鍵の力をセーブする」
「え? でも、敵はドラゴンなんですよ。手加減してなんとかなるような魔物では……」
「リオミはよくわかってると思うけど、聖鍵の力は強力過ぎるんだよ。周辺の環境にも配慮しなくちゃいけないし、魔王を倒したときのように周囲がどうなってもいいって状況は、今後ほとんどないと思う。だから、リオミにも頼ることになる」
「アキヒコ様が、わたしを……」
「できるだけ、リオミが楽できるようにするから。援護とかをお願いできるかな?」
「は、はい! 任せてください。そのためについてきたんですから!」
聖鍵で操れる兵器は確かに強力なのだが、小規模な戦闘では使いにくくて仕方がない。超宇宙文明は基本的に量産、大軍、制圧がモットーなのだ。必要以上の破壊を撒き散らすことになる。
俺は戦争をするつもりはない。
何より、ドラゴンを殺してしまっては元も子もない。
「待たせたな」
アラムが帰ってきたか。
被害が出る可能性もあるのだし、早めに終わらせるのはもちろんいいことだ。さくさくいこうじゃないか。
「馬小屋で馬を借りていくが、そちらに用意はあるか」
ん? アラムがおかしなことを言ってくる。
違った。アラムは普通の事を言っている。
「メイラ村までは、馬を使っても3日はかかる。できるだけ急いだほうがいい」
「馬は必要ない。もっと早く行ける方法がある」
「何?」
俺は聖鍵を取り出した。
アラムの殺気が膨れ上がる。
「……こんなところで剣を抜くとは、なんのつもりだ?」
「これが剣に見えるのか?」
「…………」
「まあ、見てなよ」
――聖鍵、起動。
――対象、俺、リオミ、アラムの3名。
――転移先、メイラ村の入り口。王都に近い方。
到着。炊煙たなびく村が見える。
驚くアラムを尻目に、俺はリオミと村の方へ歩き出す。
「何をぼやっとしてる、急いだほうがいいんだろ?」




