Vol.08
ただの説明回にならないように、できるだけ頑張りましたが長くなってしまいました。
ままならないものです。
あれから2日。事態は収拾に向かっている。
カーラスは、ディーラちゃんにあっさり再起不能にされていたダークライネルともども、オクヒュカートに引き渡した。
さらにスティンガーに詳しいチグリ本体に頼んで、例のラボに運んで調べてもらっている。
身重なので少し心苦しかったが、彼女は喜んで引き受けてくれた。
ノブリスハイネスのプロジェクトの進捗を遅らせることになるが、問題はない。
むしろ大義名分ができて好都合だ。
彼らとは、いずれぶつかることになるだろうから。
それらの調査も一段落つき、ラディが報告を待っているはずのマザーシップ密談室に転移する。
「うっ……?」
足を踏み入れた瞬間、淀んだ臭気が俺を襲う。
思わずたたらを踏んでしまった。
これは覚えがある……酒だ。
アルコールの臭いが部屋に充満している。
……よりにもよって。
辛抱できないわけではないが、不快な気分にさせられる。
「ようやく来たか。遅いぞ」
「ああ……すまない。って」
俺を出迎えたのはラディとディーラちゃんだったわけだが。
「なんで、そっちのボディなんだ?」
ラディは懐かしさすら覚える幼女体に戻っていた。
殺戮王が見たら、跳んで喜ぶに違いないが……うむ、記憶同期しておいてやろう。
「しかも、こんな真っ昼間から飲んで……」
「なんでもいいであろう。さ、早くわかったことを話すのだ」
ため息交じりのラディが、だらしない仕草でグラスにワインを注いだ。
ふと、部屋の中を見回すとワインの空瓶が散乱している。
「……ディーラちゃん。今ので何杯目だった?」
「お兄ちゃんは毎日食べるパンの枚数をいちいち覚えないでしょ?」
ディーラちゃんが俺が随分昔に教えたセリフを使ってくれている。
意味はもちろん『多すぎてわかんない』である。
人間としての感情が薄れていなければ、感動のひとつでも覚えたかもしれない。
「余をこれ以上待たせるでない!」
「ああ、わかった。わかったよ」
幼女がグラスを投げつけてきそうな勢いだったので、ひとまず追求は後回しにする。
俺、何かしたか……?
何故か知らないが、ラディの機嫌が悪い。
「……でも部屋の空気ぐらい、ちゃんと綺麗にしておけよ。ディーラちゃんも、この臭い……気にならないのか?」
「うん。あたしは竜だから、このぐらいの臭いじゃ全然酔わないし……必要に応じて、超感覚もシャットダウンできるから」
「ああ、もう……」
これだから人外は……いくら俺が聖鍵の担い手といっても、中身は普通の人間。
俺が来ることはわかっているのだし、エチケットには気を遣ってほしいものだ。
コンソールを操作して部屋の空気を浄化しながら、俺は報告を開始する。
「結論から言うと、カーラスは何も知らなかった」
浄化装置はすぐに効果が出て、空気中のアルコール臭は中和された。
ふぅ……助かった。
メシアスの技術力に感謝だな。
「案の定だな。空振りか?」
ラディが予想通りとばかりに嘆息する。
幸いカーラスは精神分裂タイプだったので、魂はジョンと同一。
つまり、ピース・スティンガーによる忠実化は問題なく成功したので嘘を付かれる心配はない。
だから尋問そのものは順調だったのだが……彼女を満足させる答えではなかったようだ。
一応、彼女の返事を否定すべく、俺は事務的に報告を続ける。
「そうでもない。マインドハッキングでダークライネルを調査したんだが……彼が関係したダークス事件についてはある程度特定できた」
「ほーう」
ちなみにダークライネルというのは、こっちの世界のライネルとごっちゃにしないための仮称だ。
「カーラスを乗っ取ろうとしたのも、この世界で活動するためのボディ確保だったことがはっきりした」
「そりゃあまた、シンプルな理由だの……」
「カーラスはダークライネルの世界でも強大な力をもつ呪術師だった。
呪術師だからダークスの力を使えるけど、ダークスじゃない……人間だ。
だから使徒が瘴気を集めてボディにするには最適だし、うまくやれば人格のひとつとして擬態できる」
「……フン」
ラディが小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
気持ちはわかる。このあたり、俺も少々裏を考え過ぎだったかもしれない。
「……それで? 首尾よく乗っ取ったとして、彼奴は収容所からどのように脱出するつもりだったのだ?」
「その辺は力づくだな。どうも、ダークライネルも本来なら収容所そのものを破壊するぐらいの力を持っていたらしい」
「ハッ! それで、あのザマか?」
言いたいことはわかるが、さすがに辛口の感想だ。
ダークライネルの力を封殺したのは俺なので、彼は精一杯頑張ったと言えなくもない。
むしろ、あんな状態でディーラちゃん相手に10秒保ったことを褒めてやるべきだろう。
「……まあよい、続きを聞かせよ」
「セキュリティを突破した後、囚人たちともども《影跳躍》で脱出、こっちの世界で軍団を作るつもりだったらしい」
「フン……随分と行き当たりばったりな計画ではないか」
それについては同意するしかない。
彼がやったのは、自分が負けることを一切考慮しない力押し。
敵の能力について分析するということを完全に怠っている。
ベネディクトが無条件で俺の情報を売り渡していたわけではないとしても、だ。
情報提供者がいたのにあの体たらくでは、ラディが呆れるのも無理はない。
ダークライネルと話して感じたことでもあるが、やはり今回のクラッキングはほとんど彼の暴走だった。
先の見通しが甘い。
「ああ、駄目だ駄目。つまらん。話にならんぞ!」」
ラディは烈火の如く怒りだしたかと思うと、グラスを一気に嚥下する。
今……フラついたが。どれだけ飲んでいるんだ?
スマートフォンで彼女の血中アルコール濃度を測る。
アルコール中毒にならないか心配な数値だ。
久々の幼女ボディ……わざわざ肝機能が未発達な義体に入ってまで酔いたかったということか?
ディーラちゃんが心配そうに彼女の体を支える。
「お姉ちゃん、飲み過ぎはよくないよ」
「これが飲まずにいられるか。並行世界からマインドクラッキングを仕掛けられ、いざこれから何か面白い事が始まると思った矢先、こんなオチか!
これならまだ、毎回突っ込みどころ満載の人類征服計画を練るオーバル星人と自治区支配権を争ってた方がマシだったわ。
そもそも余が力を発揮する場面もほとんどなく、そなたがおいしいところを全部持って行った挙句……ヤツの無軌道さときたら! もっと計画性と慎重さをもって事に当たれというのだ!」
これはいかん。
ついに敵にダメ出しを始めてしまった。
やがて、その矛先は俺へと向かう。
「お前もお前だ、勇者。相手を罠に嵌めるまでは良いが、完全に無力化してどうする!」
「……それが一番安全で、確実だ。敵を舐めると痛い目に遭う」
「ええい、迂闊なお前らしくもない!」
「……らしくもない?」
そんなことはない。迂闊なのは確かだが……元から三好明彦という人間は石橋を叩いて渡らないぐらい、無謀な挑戦をしない性質だ。
勝負をしないから、本来なら大成できないタイプの人間である。
賭けという不確実な要素にその身を晒すのは、本当に追い詰められたときだけだ。
基本的に動かず、確実に勝てるタイミングで最適解通りに行動する。
そう見えないのは、単に俺という人間がスペック不足だからであって。
今回はうまいこと作戦が嵌ったのだ。更に言うなら、敵が俺以上の阿呆だった。それだけのこと。
「陰謀はどこだ! 隠された謎は? 裏で手を引いている黒幕は何をしている! もっと余を愉しませよ!!」
だが、彼女にそんなことを言っても意味はあるまい。
彼女は俺にあたっているはいるが、俺に怒っているわけではない。
今回の一件、やけに首を突っ込んでくると思ったが……自分好みのトラブルを期待していたようだ。
それが期待ハズレだったから、こうして発奮しているのだろう。
ラディは元魔王。
しかもレベル1の勇者を新芽のうちに摘み取らず、適当に育て上げてから自分を討伐させに来るのが好きなタイプの魔王だ。
ディーラちゃんが助けを求めるような目でこちらを見ている。
仕方ない、止めるか。
「もう、それぐらいにしておけ。義体の肝機能が限界だぞ」
「ええい、不味い酒だ! 忌々しい!」
彼女は酔うとこうも管を巻くのか……もっと静かに飲むタイプだと思っていたが。
ここは少し、彼女の期待に添えそうな情報も渡しておこう。
「確かにアズーナンのテロ事件を引き起こしたのはダークライネルで間違いない。ただ……彼以外にも使徒が動いているらしいこともわかった」
「む……」
少しだけど目の色が変わった。
彼女は少し考えこむ素振りをした後。
「……それは、使徒同士で連携を取っていたということか?」
自分がもっとも興味を持っているであろう質問をしてきた。
「そうだ。連携といっても、あくまで互いに利用し合っていたんだろうけどな。他にも使徒が関係していそうな事件で、ダークライネルが身に覚えがないって言ってるのがあるんだよ」
「確かに、余が統率せねば彼奴らは破壊を振りまくばかりであったからな……使徒も同じか」
魔王ザーダスにより、魔物=ダークスはある程度制御されていた。
ザーダスがいなくなった後、暴走し始めた魔物などが多かったことからも理解できる。
無軌道、欲望最優先。造物主の使徒も同じなのだ。
「ダークライネルは、ベネディクトから手に入れたメシアスの技術を他の使徒とシェアして、いろいろと試していたみたいだ」
「……それを主導していた存在は別にいるだろうな。ダークライネルのアイデアとも思えん」
「そうだな。まだ終わりじゃない」
そう、終わりじゃない……筈なのだが。
魔物が暴走した件を使徒に照らし合わせると……ダークライネルをコントロールしていた存在がいなくなったのではないかということでもある。
俺たちは何かを見落としてるのだろうか。
その割に嫌な予感はしないのだが……。
ともあれ、ラディの興味は酒から使徒へ向かった。
これ以上荒れられても困るからな。
「ねえねえ、ちょっと~……」
と、そこで。
ちょっとげんなりした様子のディーラちゃんが挙手をした。
「どうした、ディーラちゃん」
「いや、なんかさっきから全然話についていけないんだけど! 結局、使徒ってなんなの? 言われるままにやっつけちゃったけど……」
俺とラディは互いに顔を見合わせる。
そういえば、俺達は使徒について理解している前提で話してるけど、間で聞いてるディーラちゃんは何も知らない。
チンプンカンプンだったか。
さっきまでは姉貴分の愚痴を聞かされながら介抱し、いざ俺が来れば自分に理解できない言葉の応酬。
さすがのディーラちゃんも辛抱できなかったのだろう。
「ふむ。余が説明するか?」
「いや……俺とラディとで知識に齟齬があるかもしれない。俺が入手してる情報と食い違いがあったら指摘してくれ。ここで全部すり合わせておこう」
「お願いだから、わかりやすくね!」
果たして、ディーラちゃんの要望に応えることができるかどうか。
ダークスの深遠に関わる秘密はあんまり知らない方がいいから適当にぼかしつつ……。
「ディーラちゃん、造物主はわかるよね?」
「うん。この世界を何度もつくりなおして救世主に殺された神様だよね」
その救世主が俺かもしれないわけだが。
まだ、パトリアーチの予言を確定した運命にするつもりはない。
「簡単に言うと、使徒っていうのは造物主の手駒のことだ」
「えっと、死んだ神様なのに?」
「確かに、造物主の肉体は死んでいる。央虚界に浮かぶ大地はダークスを生み出す温床ではあるけど、アレ自体はもう造物主の遺骸でしかない」
「ほえー……あれがそうだったんだ。大きいんだね」
そうなんだ、と話を続けようとしたところ。
「待て! 央虚界の大地が造物主の遺骸……だと!?」
ラディから鋭い指摘が入った。
……あれ。
「話してなかったっけ?」
「初耳だぞ! ええぃ、このおおうつけが!」
むう。
また機嫌を損ねてしまった。
そういえば、あの情報はベネディクトに話しただけで、他のみんなには伝えていなかったか?
ルナベースの記憶ログを閲覧、検索する。
……うん、話してない。
やってしまったか。
「うーん、全部を話したつもりになっていた」
「まったく、そなたはそうやって無意識に情報を秘匿するからな……」
ラディがやれやれと肩を竦めるが、これは流石に言い訳できない。
そういえば、ベネディクトも土を調べるまでは知らなかったようだし……。
というか、ラディはとっくに知ってると思い込んでいた。
オクヒュカートも知らないとかいうオチはなかろうな。
いや、彼は俺が造物主破壊を目論む手前で登場している。
あのときのタイミングからして、ベネディクトと俺の会話を盗み聞いていたかもしれない。
なんで央虚界を破壊しようとしていたかまで聞いてたかは微妙か。あとで一応言っておこう。
「他に話していないことはないだろうな?」
「多分。話せないことはあるけど」
「なんだと……?」
しまった、馬鹿正直に。
ライアーをインストールしておけばよかった。
精神遮蔽オプションを常備しているラディに記憶操作は行えない。
どうにもならないな。
「どういうことだ?」
「……話せないものは話せない」
「勇者、貴様……!」
……これまでか?
今の状態で彼女の絆を手放せば、俺も自分がどうなるかわからないのだが……。
いよいよダメかと思ったとき。
「えっと……お姉ちゃん、今はよそう?」
ディーラちゃんが助け舟を出してくれた。
これは……予想外だ。
「しかしな……」
「お兄ちゃんだって……聞かれたくないことぐらいあるよ。言えるときが来たら、ちゃんと話してくれるって。そうだよね、お兄ちゃん?」
「あ、ああ……」
ディーラちゃんは優しげな……とても優しい瞳で俺を見つめている。
俺はただ頷くことしかできなかった。
なんだろう。
忘れかけたメモリーの中に確か似たようなことがあったな……。
あれは、いつのことだったか……。
「……仕方ない」
ラディは不承不承と言った様子だが、この場は納めてくれるようだ。
今は昔のことを思い出している場合ではないな。
なんとか話を戻そう。
「……とにかく、造物主は物理的に死んでいるけれど、存在は消滅していない。例えば造物主の魂の方は宇宙全体に遍く広がっていて……概念存在の一種になっている」
「ち、ちょっと! じゃあ、今この場所にもいるの!?」
ガタっと席から立ち上がったディーラちゃんが、しきりにキョロキョロとあたりを見回し始める。
自慢の超知覚で探そうとしているのだろうか。
俺たちが会話しているのは、マザーシップの密談室なわけで。
整数次元に存在するモノであれば、生き物だろうと幽霊だろうと情報電子生命体だろうとこの会話を盗み聞くことはできない……が。
「いるといえばいるし、いないといえばいない。概念存在は非整数次元に在るからね」
「????」
「ああ、ごめん。なんて説明すればいいのか……俺達が造物主という存在がいたと認識していること自体が造物主というか、ダークスの首魁であると捉えることが、そもそも無意味というべきか……」
「ううう……???」
「ディーラ、こう考えよ。とにかく、とんでもないやつなのだ」
「そうなんだ」
うーむ、このあたりディーラちゃんの扱いはラディの方が手馴れてるな。
「勇者よ、ディーラは竜族。理ではなく感で世界を読み取る。長ったらしい説明は不要だ」
俺の考えを読み取ったのか、ラディが指を立てて言った。
確かに、ここぞというときで誰も気づかないことをサラっと指摘してきたり、ディーラちゃんは鋭いところがある。
フランの演説のときもディオコルトの違和感に唯一気づいていた。
しかし、俺の話についてくるラディも流石……。
「ちなみに、その説明では余もわからん」
「さいですか」
ザーダス、お前もか。
「なら、今度も結論だけ先に言う……造物主の魂は俺達の会話を知覚してはいるが、情報を活かすことはない」
「……なんで?」
「魂が霊体と分離されてるからだ。今の造物主の魂は聞くことができても理解はできない。その頭がない」
「魂と霊って違うの?」
「その話は後にしよう。そうだな……例えば、ディーラちゃんはアスタロト星系の宇宙人が言ってること、翻訳機を通さないとわからないだろう?」
「うん、何言ってるのか……さっぱりわかんない。そもそも言葉をしゃべらないで、ボディランゲージで会話したり、お互いを捕食してコミュニケーションするなんていうのもいるし……」
そんなのもいるのか。
モノを食べるときは誰にも邪魔されず、救われてなきゃ駄目だと言う宇宙人がいるんだろうか。
ともかく、ディーラちゃんの共感を得られてるし、微妙にニュアンスも違うが……この路線で説明してしまおう。
「造物主にしてみれば、俺達は理解不能だ。そもそも言葉とか会話とか他者を理解するとか、そういうことがすっぽり抜け落ちた状態だから」
「あっ、なるほど! じゃあ、造物主はあたし達の会話を聞いてもわかんないんだ!」
「そもそも、俺達と同じ方法で”聴いて”いるわけではないし」
ラディに視線を向けると、首を縦に振る。
特に訂正するほどの間違いもなかったようだ。
あるいは、今の説明でわかったという意味の頷きか。
「更に言うと、彼の魂は純粋にエネルギーを生み出すモノ……俺たちの役に立つものを生み出してくれている可能性がある」
「どういうこと?」
「メシアスの情報には、造物主の魂が魔素の源だという説がある。確定ではないけど」
「じゃあ、みんなが使う魔法とかは、造物主の力を借りてるの?」
「仮説が合っている前提だけど……どっちかというと、分泌物を勝手に使ってると表現する方が正しい。魂そのものを使ってるわけではないから」
この説は、ダークスという存在が魔素を食って活性化することなどから関連が疑われている程度のレベルだ。
魔素がどこから来るのかという話への解答にはなる。
「そういうわけで、神格としての造物主は現状で滅びていると考えていい」
「アレ? じゃあ、さっきの使徒はどうなっちゃうの?」
「そこで、造物主の霊体の話に戻る。魂と霊体は違うのかというさっきの質問だけど……答えはイエスだ。
俺たちの場合もそうだけど、魂というのはいわばエネルギーのことだ。生きているだけでも減ったり増えたりする。燃料みたいなものだと思えばいい」
「うんうん……あ、大丈夫。わかるから続けて」
「一方で霊体は不変不滅の意思とでもいうべきか。呪術で召喚される死霊は、放置すれば生前の意思や残留思念に従って行動する」
「へー、そうだったんだ。 じゃあ、じっちゃが使ってたユーレイとかがそうなんだね」
「じっちゃ?」
「八鬼候第六位オーカードのことだ、勇者よ」
また懐かしい名前を聞いたな。
確かロードニアに呪いをかけて、大人を赤ん坊にしてたヤツだ。
じっちゃ、ね。
結構、仲良かったのか。
光の中に消し去ってしまったんだけど、よかったんだろうか。
「お兄ちゃん、それでそれで?」
ディーラちゃんが身を乗り出してきた。
そんなに楽しい話でもないと思うが……。
「……普通は霊も魂も一緒……霊魂として存在する。これが普通の人が連想する魂だ。俺がクローンを操作するときも、霊魂を分割してるんだ」
「ひゃー……なんかわかんないけど、すごい」
「だけど魂なしの霊体だけだと……思考することができない。自分のやることについて振り返ったりすることは決してない」
「どうして?」
「己を省みる……思考のベクトルを変更するには魂のエネルギーを使うからだ。霊体は生前の最後の願いや恨みに突き動かされ続ける」
「なんか、かわいそうだね。それって」
「そうだな。ガフの部屋に魂だけ回収されて現世をさまよい続ける霊が、いわゆるゴーストだ……現世に対して強い未練があると、こういう悲しい事故が起こる」
実際、この話はアースフィアに限った話ではなく、地球でもそうなのだ。
ファンタジー世界であるアースフィアだけの特殊な例というわけではない。
「そして、ゴーストが瘴気に当てられて魔物化するとレイスやスペクターになる」
「じゃあ、造物主の霊体って魔物なの?」
「うん。造物主の霊は……まあ、有り体に言って大悪霊だな。途方も無い悪意によって世界を闇で蝕もうとしているけど、そこには妄念しかない。思考し、計画して俺たちを追い詰めようとしているわけではない。魂の概念存在や、物理的に顕現していた神格に比べると最下級もいいところだ」
ややこしいが、使徒関連を理解してもらうための前提の話である。
わかってくれているといいのだが。
「えっと……魂は共通のコミュニケーション能力がなくって、霊の方は考えない。これでいいのかな?」
「それで合ってる」
「なんか、わかってきたかも。魂の方はもう関係なくて、造物主の霊の方が使徒を増やしてるんでしょ?」
「ディーラちゃんは一度理解すると早いな」
そこまで来れば、後は簡単だ。
造物主の霊が世界に憎悪を抱く者に「力が欲しいか?」と囁いて、央虚界へのゲートを開く。
そこから使徒となった者にダークスを吸収させて、自分の操り人形、手駒とするというわけだ。
「でも、それだったらさっきから言ってる黒幕って造物主の霊じゃないの?」
「それは……多分、違う。さっきも説明したように、魂と分離された造物主の霊にとって、使徒が何をするとかしないとかはどうでもいい。世界に悪意と破壊を振りまいて、すべての宇宙に闇を広げること。最終的には宇宙すべてをダークスで包み込み、復活しようとしているだけだ」
「とんでもないヤツなんだね」
「だから造物主は力を求める者にダークスを仲介して、ソレで終わり。事件を主導した黒幕自体は別にいるだろうっていうのが、俺とラディの共通の意見だ」
だが、それも少々怪しくなってはきている。
単に暴走し始めたのがダークライネルだけで、使徒たちは平常運転なのかもしれない。
「でも、使徒がいっぱい作れるなら……今頃、世界は真っ暗なんじゃ?」
「造物主の霊が活動出来る範囲は限定されている。まず、魔素の濃い場所でなければいけないし、霊を召喚しようとする者、あるいは霊を呼び寄せるに足る心の闇を持つ者がいないといけない。しかも、その時点ではダークスになっていてはいけない」
「え、なんで? ダークスは造物主の手先なんでしょ?」
「ディーラよ、思い出せ。ダークスはダークスに干渉できんのだ。造物主と言えど例外ではない」
「あっ、そういえばそうだったね……」
「だから、カーラスはダークライネルにとっていいカモだという話だったんだ」
「ややこしい……」
ディーラちゃんが自分のこめかみをグリグリしている。
俺の話はやや理屈っぽいかもしれない。
ラディに説明を引き継いでもらうべくアイコンタクトを送ると、彼女は頷いて了承してくれた。
「造物主の霊は不変不滅ではあるが、存在としてはとてもあやふやで……有り体に言ってしまえば弱いのだ。だからこそ、強い意思や確固たる手法を用いれば彼奴の思惑を跳ね返すことができる。余やオクヒュカートがそうであったようにな」
「そっか。確か、ふたりとも魔人なんだよね」
魔性転生、あるいは魔人転生。
オクヒュカートは技術だと言っていたが、言ってしまえばアレも悪魔の契約をおいしいところだけ総取りする方法だ。
造物主の走狗になった者が使徒、そうならなかったものを魔人と思えばいい。
広義でも、どちらも魔人ではあるし……ベネディクトは使徒ではあるが魔人ではなかったわけなので、この分類もかなり怪しいが。
むしろ魔人世界についても、使徒世界と呼称すべきだったか? いや、もうあれは終わったことだし、どうでもいいか。
俺が思考する間も、ラディの解説は続いていた。
「厄介なのは条件さえ揃えば造物主は誰の前にも現れるという点だ。余は並行世界の成り立ちについては詳しくないが……次元を超えて現れるという話はそういうことであろうな」
「へー、俺以前にも似たような情報に行き着いたヤツがいたんだな」
「さっきも話に出たが、オーカードだ。彼奴は闇の秘術に取り憑かれておったからな」
うーむ。相当深いところまで足を突っ込んでいたんだな、オーカード。
『闇の転移術法』といい、オクヒュカートがいない次元ではコイツが魔王ザーダスに大きく貢献していたに違いない。
でも、生存の可能性はないんだよな。他の世界でもすべからく消滅してるし、魂も漂白された履歴があるから……。
ああ、でも待った。霊体なら呼び出せるかもしれないな……問題は知識はあっても思考がないから、こっちがうまく質問しないと無意味という点だが……。
ま、いいか。
「ひとまず、話はここまでで。大丈夫かな?」
「うん……なんか、すごく楽しかった! お兄ちゃんといっぱい話せて」
「……そうか?」
面白いとか、そういう話題ではなかったと思うのだが。
そもそも、話したといっても俺が一方的に説明して、ディーラちゃんはひたすら聞き手に回っていただけだ。
まあ……ディーラちゃんも竜とはいえ女の子だし、会話そのものを楽しんだという意味かもしれない。
「とりあえず……そのうち別の使徒の攻撃があるだろうから、今は備えよう」
「そうだな。ひとまず、アスタロト星系へ戻って……」
「ねぇねぇ、あたしいいこと思いついたよ!」
なんだろう。
ディーラちゃん……このタイミングだと嫌な予感しかしない。
「造物主の霊を呼び出して、やっつけちゃおうよ! そうすれば万事解決だよね!」
なんと。
その発想はなかったというか、最初から捨てていたな。
「ディーラちゃん……話は聞いてた? 霊体は不変不滅なんだ。祓うことができたとしても、完全に消えてなくなるわけじゃない。倒すなんて不可能だ」
「そんなの、やってみなきゃわかんないよ。うまく言えないけど、頑張ればなんとかなる気がするの!」
うーん、そうは言ってもな。
さすがの聖鍵も造物主の霊体だけを滅ぼすのは……。
除霊自体はそう難しくはないだろけど、念がある限りいずれ形を変えて戻ってくるだけだしな。
一時凌ぎにはいいのか? うーん。
「ふむ……勇者よ。ディーラがそういうのであれば、本当に何か方法があるのかもしれん」
「……そうなのか?」
「ディーラは竜の中でも勘……というより、感が良い。あるいは我々が思いもしない方法があるのかもしれん」
ラディまでそんなことを。
でも、確かに固定観念に囚われるのはよくないな。
何しろ、こちらには常識破りの聖鍵がある。
むしろ、言われてみればとっくに答えは見えているような……。
「うまく言えなくてゴメンね……」
ディーラちゃんには、それがわかるのか。
言語化できないだけで。
「わかった……少し考えてみよう」
どちらにせよ造物主の悪意を残したまま、過去に遡行するわけにはいかない。
宿題を残したままでは、過去の造物主を殺しても安心できないからな。
「さて……飲み直すとするか」
「お姉ちゃん、まだ飲むの!?」
「無論だ! 勇者よ、お前も付き合え」
「いや、遠慮しておくよ……俺、今は酒が飲めないから」
「ふむ、そうか? 仕方ない、誰か別の者を捕まえるとするか」
「もうやめて、お姉ちゃん! 今の義体のライフはゼロだよ!」
造物主の霊体を倒す方法。
まあ……簡単ですよね。




