Vol.06
転移先に選んだのは城の前。
城下町から歩いてこようかとも思ったのだが、いざ踏ん切りがつかずに引き返してしまいかねない。背水の陣だ。
リオミのところに直接転移するのは、いろんな意味で論外である。
「リオミ王女に、お目通り願いたい」
「……は、ただちに!」
門兵は幽霊でも見るかのような顔で俺を見ていたが、声をかけると役目を思い出して他の兵士を呼んだ。
そこからは何事もなく、応接間に通された。リオミはいない。まあ、最初から待つつもりだったから問題はない。
謁見の間に通された場合、王と王妃に会うことも想定していた。黙って出て行ったことを咎められることも覚悟していたのだが。
俺がやってきたことを王に報告しないはずがない。となると、リオミ王女に会いに来たという俺の意を汲んでくれたのか。
好都合。そうだとしたら、ありがたい。
深呼吸する。
やることは決まっている。
まずは別れ際のことを謝る。
そこからは近況を話して、それから……なんだっけ。
くそ、また頭が回らなくなってきやがった。
いつもそうだ。肝心なときに。
……思い出した。アレが本題のはずだ。忘れてどうする。
俺が意識してないだけで、本題が建前だとでも言うのか? 馬鹿な。
「リオミ王女がお見えになりました」
ノックと同時に、聞き覚えのあるメイドさんの声。
扉が開くと、そこには……。
……。
「リオミ」
「アキヒコ様」
俺は席から立ち上がる。
……。
リオミは少し驚いていた。
呼吸するのが難しい。
頭が真っ白になる。
リオミが入室し、メイドさんが外から扉を閉める。
ふたりっきりに。
……。
「お座りください、アキヒコ様」
「あ、ああ……」
着席する。リオミも座った。
リオミに笑顔はない。怒っているのか。
無表情だ。俺の目を見てはいない。顔をうつむかせ、視線が安定していない。
リオミは、何も言ってこない。
胸がむかむかしてくる。
リオミにむかむかしているのではない。何にだ、何にむかむかするのだ。
リオミは話さない。
俺も話さない。
何か言わねば。
何を言おうとしていたんだ。何かあったはずだ、言え!
思い出せない。だったら、今思っていることを言え!
「……会いたかった、リオミ」
思ったことを言った。
確かに嘘じゃない、嘘じゃないが、今言わなきゃいけないことはそれじゃなかったはずだろ!
なんで思い出せないんだ。
リオミは一瞬、肩を震わせたが、まだ俺の目を見てくれない。
いや、それ以前に俺も彼女をまっすぐ見ていないことに今更ながら気づいた。
何をやっているんだ。計画を履行しろ。
謝罪だ。そうだ、思い出したぞ。
開口一番、謝るのだと決めておいたのだ。
まだ間に合う、謝れ!
「わたしもです、アキヒコ様」
「そうか、それはよかった」
うつむいたままのリオミに、俺は気のない返事をする。
想定していた流れじゃなくなってきているぞ。さあ、謝れ。
謝罪だ。謝罪を要求する。
謝れ。絶対に許さない。
……。
ごめんなさい。
「……ごめんなさい」
……俺じゃない。リオミだ。
先に謝られてしまった。
違う、リオミに謝罪を要求してたんじゃない。
「俺の方こそ、ごめん」
俺も言えた。先手はとられたが、問題はないはずだ。
さて、次はなんだっけ? ああ、雑談だ。近況報告だ。
待て待て、リオミはなんで謝ったんだ?
よし、この流れに乗ろう。
「リオミ、なんで俺に謝るんだ?」
リオミは何も悪くないはずだ。
さっきから何かおかしい、リオミもおかしいし、俺もおかしい。
俺じゃない感情が流れ込んできているような、そんな感覚だ。混乱する。
馬鹿な、俺は何を言っている?
リオミの悲しいという感情が流れ込んでくる気がする。
謝罪の気持ちが理解できる。彼女は本気で何か悪いことをしたと思っている。
それが何かはわからないが。
???
なんで、そんなことがわかるんだ?
やっぱりおかしい。俺はどうにかなってしまったんじゃないのか?
アキヒコ様にとって、わたしは……
「アキヒコ様にとって、わたしは……」
迷惑ではありませんでしたか?
「いや、迷惑だなんて、そんなことはないよ」
リオミが驚いている。
何を驚くことがある? リオミが迷惑だったわけがない。
「あの……」
わたしの言おうとしたこと、どうしてわかったのかな……?
「わかるも何も……」
いや、待て。
やっぱりだ。流れこんできている。
リオミの感情、表層思考が俺の中に流れ込んできている!
なんでそんなことが起きる? いや、可能性はひとつしかない!
俺は空間から聖鍵を取り出した。
「きゃあっ!? ア、アキヒコ様?」
リオミの驚きが俺に流れ込んでくる。
さっきよりも、はっきりと。
やはり、間違いない。こいつのせいだ。
聖鍵が、リオミの感情や表層思考をリサーチしていていやがる!!
時空オンライン直結したせいで、近くにいる人間の考えていることや感情を、ルナベースに報告しているんだ。
そのせいで、俺に逐一リオミの思考が報告される。
ふざけるな。人の気持ちをなんだと思っていやがる。
リオミの気持ちを勝手に読むなんて。
しかも俺に読ませるなんて。
これ以上、俺にリオミを貶めさせるな!
怒り混じりにオフラインにしてやる。これで大丈夫だ。聖鍵をしまう。
「ごめん、ちょっとね。それで……」
ようやく頭がクリアになる。冷静になった。
さっきから、俺自身、奇妙な心のざわめきを感じていたが、あれはリオミの感情が混線していたせいだったようだ。
彼女は自分を責めていた。自分のせいで俺がいなくなったのではないかと。
まずは、その誤解を解いておこう。
「俺は、リオミを迷惑だなんて思ったことは一度もない。誓ってだ。だから、顔を見せて」
はっきりと、リオミのほうを見て言う。
リオミが俺の言葉に顔を上げてくれた。ああ、やっぱり綺麗だ。でも、まだ表情が冴えない。
聖鍵がやらかしたことについては、まだ腹が立つ。だが、それは俺が聖鍵のリサーチ能力とオンライン化したことによる弊害を理解していなかったせいだ。自業自得とも言える。
そんな俺にも腹が立つ。
でも。
おかげで、リオミがどれだけ追い詰められていたか。俺が追い詰めてしまっていたか、よくわかった。
怪我の功名だ。
「あんなふうに別れたら、そりゃ怒るよね。俺もそこまで考えが回ってなかった。リオミの気持ちも考えずに動いて、ほんとにごめん」
しっかりと、頭を下げる。
きちんと謝っておく。これは最初から決めていたことだ。
「ア、アキヒコ様……」
頭を上げると、いろんな感情がない混ぜになった声でリオミが涙を堪えていた。
ネットワークを切ってなかったら、とんでもないことになってた気がする。
多感な女性の感情の動きはとんでもなく目まぐるしく、俺の想像をはるかに超えていた。
女を泣かせるのは、罪。その重さを実感として噛み締めてしまった。
「この世界にいる間は、俺は何度でもリオミに会いに来るよ。約束する。だから、泣かないでくれ」
ここに来る前のうすっぺらい覚悟など、吹っ飛んでしまった。
あんなものは邪魔なだけだ。リオミに対する侮辱でしかない。
俺は最初から、彼女とまっすぐに向き合うべきだったのだ。
聖鍵に教えられなければ気付けなかった。つくづく、俺は聖鍵頼みの男だ。
だが、もう聖鍵がなくても、どうすべきかはわかっている。
彼女と過ごした時間は短くても、短いなりにふれあいを重ねてきたのだ。
俺は席を立ち、リオミの横に移動した。
両手を広げる。
「アキヒコ様!!」
飛び込んできたリオミを迎え入れる。
パワードスーツで強化された人工筋肉は、しっかりとリオミを受け止めた。
迷うことなく抱き締める。
あやすように、背中を撫でてあげた。
リオミは泣き続けた。わんわん泣き続けた。
俺の胸の中で、すべての想いを吐露するように。
ごめんなさいと、別れを告げられて悲しかったと、思う限りのことをひたすら叫び続けた。
俺はただ、安心していいのだと。そばにいるからと伝えた。
リオミが上目遣いで俺を見る。
俺は微笑んで促す。
「アキヒコ様、お願いがあります」
「うん」
「わたしも、一緒に連れて行ってください!」
「うん。……え?」
え?
「アキヒコ様が旅に出るというのなら、わたしも連れて行ってください」
「で、でもそれは」
「わたしは待ち続けられるほど、堪え性のあるほうではありません。一緒に行きます」
「いやしかし」
「これでも魔法の腕には少し自信があります。足手まといにはなりません」
「魔を極めし王女がご謙遜を」
「お父様とお母様の許可も取ってあります」
「まじですか」
「まじです」
「だからって」
「公務ならばお父様とお母様が復活した以上、問題ありません」
「そうじゃなくて、親子水入らずの」
「アキヒコ様の力を借りれば、いつでも会いに行けます!」
これはダメだ。
何を言おうとしても先手をとられる。
聖鍵を取り出そうとして、うわっ! 聖鍵取られた!?
こちとら動体視力強化してるし、パワードスーツ着てるんだぞ!? どんな動きだよ。
「一緒に連れて行ってくれると言うまで返しません!」
「と、とにかく返し」
「返したら、また消えるのですね?」
「そんなことは」
「その汗! その汗は、嘘をついている汗です!」
「うぎぎ」
汗を舐めるマフィア幹部か、お前は。
「またわたしに同じ想いを味わわせるおつもりですか?」
にっこりスマイル。
この笑顔はまだ見たことのない笑顔だ。こええ。女こええ。
無理だ、これは勝てない。降参のポーズ。
「わたし、ほんとうにすっごくすっごく辛かったんですからね!
もう、会いに来てくれないんじゃないかって!
アースフィアに残ってくれるって話のあとだったから、余計にショックだったんですよ!
どうしてくれるんですか!?」
矢継ぎ早に繰り出される言葉の数々。
正座で拝聴つかまつる。
「……今回のことは許してあげます! でも、今度同じことをしたら……」
「はい! 本当に申し訳ございませんでしたぁ!」
土下座である。
それはもう、見事なorz。
「……お母様。わたしは待つより追いかけるほうがいいです」
つぶやきが聞こえる。
床に頭を押し付けている俺には、そのときのリオミがどんな顔をしているか見えなかった。




