Vol.13
予約投稿ミスってたっぽいです
この辺からついていけなくなる人がいそうで心配
央虚界への対策、アズーナンでのカウンターテロの準備、すべて整った。
できることはすべてやったので、あとは待つだけ。
とはいえ、座して待っているわけにもいかない。
俺には、やるべきことがたくさんある。
最近はコピーボットに頼ることなく、精力的に公務に従事し、夜は愛妻たちと時を過ごす。
妊婦になった王妃組やリプラへのケアも忘れない。
だが、やはり物理的に俺がひとりである以上、限界はある。
『聖鍵陛下~。並列思考ができるなら、クローンの操作も複数行えるのでは?』
だからベニーのその言葉を聞いたとき、背に稲妻が走り抜けたような衝撃を受けた。
今でもクローン操作を頻繁に行ない、充分に精神力は養っている。
確かに、2人ぐらいは同時に操れそうだが……。
「そうか……俺は普通の人間じゃないんだからできるのか」
『ですねぇ、陛下かパトリアーチでないと無理だと思います~』
あいつはできるのか!
まあ、演算能力が人間の比ではないから、当然か。
「よし、じゃあ試してみるか……」
早速予備ボディのクローンを2人分揃え、実験を行なう。
いつものように聖鍵に念じ、魂を自分から切り離す。
今回はクローン1人分に全部を入れるのではなく、ふたつに分けて2人にそれぞれ入るイメージを思い浮かべる。
「……どうだ?」
「うまくいったか?」
『わあ、陛下! すごいです! いきなり成功です!』
一発目でうまくいってしまった。
自分がもうひとりいるというのは変な気分ではあるが、不思議と他人という気はしない。
「よう、俺」
「やあ、俺」
「お前の名前は? 俺は三好明彦だ」
「俺も三好明彦だ」
並列思考と言っても、本当の意味で人格が複数あるわけではない。
仮にベニーの仮説が正しくて、過去ループの俺の経験が俺の中にあるのだとしても、それはあくまで経験の塊のようなものだ。
記憶もなければ自我もない。
この感覚を持たざる者に伝えるのは難しいな……。
「「ベニー、うまくいったみたいだ。でもこれ、精神力の消費が半端ないことにならないか?」」
『いえいえ、消費する精神力は同じで済むはずですよ? いわば並列はデュアルコアCPUがそれぞれ稼働してるような状態ですから、普段から陛下やってらっしゃるんでしょう?』
「「それは確かに。何人までいけるか試してみるか……」」
俺の予備ボディは現在、150体用意してある。
自身への負担を考え、数日間に分けて少しずつ数を増やしてみることにした。
「「「「「「「「「「10人でも余裕か」」」」」」」」」」
『陛下、お願いですから喋るときは1人だけにしてください。うるさいです~』
「ああ、すまん」
どうやら俺の思考迷宮を突破した並列思考はガチらしい。
高校生の頃に封印する以前でも、せいぜいアニメを観ながら宿題ができる程度だったのに。
100人ほど同時に操れることを確認した段階で、結論した。
「うん。多分これ、過去ループの人数だけいける。全然平気だ」
『ちょっと、自分で提案しておいてなんですけど……本当に凄いです』
「ちなみにループって何人ぐらい?」
『聞きたいですか? 今までで9万9882人』
「何……?」
とんでもない数だ。
それにしても、ここでトレー○閣下の名言が飛び出してくるとは。
これもパトリアーチの仕込みなのか。
『嘘で~す。そんなわけないじゃないですかぁ』
「ああ、びっくりした」
『5兆4852億4363万5357人です~』
「そ、そうか」
ケタが違った。
地球総人口をはるかに超えてるじゃないか。
ということは、理論上5兆4852億4363万5357体のクローンを操ることができると。
完全に化け物だ。ひとり旅団どころの騒ぎじゃない。
それほどの回数をこなさなければ、シーリアとザーダスの問題を突破できなかったというのか。
どうにもあの件に関しては、他の俺が思いつかなかったという点に違和感を禁じえない。俺だけが特殊なのだろうか。
『これなら、陛下が女性の皆さん全員の相手をすることもできるんじゃないですか?』
「そうだなぁ……」
できることはできるが、同時不倫をしてるみたいで妻たちにも失礼じゃないか?
……っと、何か忘れているような。なんだ?
「そんなことより、央虚界探索に俺のクローンを使うべきだろ」
「おお、そういうことか!」
クローンの思考に割かれていた俺が、普通に気づいてくれていた。
いつも頭の中でやってることが外部出力されると、なんか新鮮だ。
『陛下……やっぱり、不気味です~……』
などと言われはしたものの。
この日を境に俺の生活……いや、人生は。
劇的に、変化することとなる。
むしろ、今までが予行演習で、ここからが本番だったのかもしれない……。
「アキヒコ様……よろしいのですか? ずっとわたしと一緒にいるなんて」
「いいの、いいの。公務も他の子の相手も全部、同時にやれるようになったから。これからは、リオミに寂しい想いをさせずに済むよ」
「嬉しいですけど……なんというか、久しぶりにすごいって思いました、アキヒコ様……」
苦笑するリオミは、ちょっぴり引いていた。
傷つくけど、我ながらかなり人外な真似事をしていると思う。
「マンパワーの問題も一気にケリがついた。央虚界の探索も順調だよ」
あの後、俺のクローンは大量生産された。
現在、5兆体程度が央虚界探索に投入されている。
俺の精神負担もあるため、ずっと活動し続けるわけにはいかないのが難点ではあるが。
このあたりの補助装置をチグリに開発させれば、無限稼働も夢ではない。
そんなわけで、俺は心置きなく日常を謳歌する余裕を取り戻した。
「アキヒコ様。前から気になっていたんですが、どうしてそこまで央虚界の捜索を急ぐのですか?」
「……それは」
リオミには、まだ伝えていない。
彼女の魂が少しずつ削られているということを。
タリウスのじっちゃんの予言で、央虚界に赴き、リオミを救う方法を探していることを。
当然、初ルートだから……彼女に話すべきかどうか、分岐ビジョンは見えない。
だが、これまでもリオミに隠して正解だったことはほとんどない。
「実は……」
俺は意を決して、リオミにすべてを話した。
彼女は驚いてはいたものの、真剣に聞いてくれた。
「そうでしたか……道理で最近、心が冷ややかになっていくような感じがしてました。でも、身篭っているから精神的に不安定になっているせいだとばっかり……」
「それなら、スマートフォンのメディカルチェックが異常を探知してくれるはずだろう」
「そうですよね。だから、何か別の理由があるんだろうなっていうのは、なんとなくわかってました。
そういうことであれば、はっきりと言っておきます。
アキヒコ様。わたし、実はもう……あなたへの恋は冷めてしまっているんです」
「…………」
薄々感じていた。
フェイティスに告白した際の情熱的な恋をする少女は、もういない。
好きになった理由も忘れてしまったと、彼女は言っていた。
「家族としては愛しています。でも、もう恋人気分で浮かれる気にはなれませんし、あなたって呼ぶこともほとんど抵抗がなくなりました。
でも、これが普通だと思っていました。恋はいつか冷めるものですから……それでも、早いなとは思っていたんです」
改めて語られるリオミの心中に、俺は……自分でも驚くべきことに何も感じていなかった。
彼女の口から聞けばショックを受けるかもしれないと思っていたのに、心は至って平静だった。
「……これからひょっとして、アキヒコ様のことも忘れるかもしれないんですか?」
「ああ……その可能性が高い」
「そのときわたしは……どうなってしまうんでしょうか」
「わからない。あるいは、リオミ自身がリオミでなくなるかもしれない」
そう、わからないのだ。
このままでは、リオミの身に何が起きても不思議ではない。
「……困りましたね。自分が自分でなくなってしまうかもしれないのに、何の悲しみも湧いてこないなんて……」
「…………」
「できれば、この子だけは……産んであげたい。わたしが、わたしでなくなってしまう前に……」
そう呟くリオミの姿は、とても儚く。
今にも消えてしまいそうだった。
「……大丈夫だ」
「アキヒコ様?」
そんな彼女を抱きしめる。
今ここにある実体を、はっきりと胸に刻み込む。
「リオミが人間として消えていくのを座して待つくらいなら、俺は人間をやめてでもキミを助けてみせる。約束する」
耳元でそう囁いたところで、今のリオミが喜びを感じることはない。
ただ、「そうですか」と吐息を漏らすのみ。
だけど、彼女の手は確かに俺の背中を、強く強く求めるように力を込めてきた。
「いっぱい話そう。今までのこと。忘れても、また思い出せるように」
「……はい」
俺とリオミは、いつまでもいつまでも話し続けた。
同時刻。
聖鍵王を担当するクローンに入っていた俺は、執務室でフェイティスの報告に耳を傾けていた。
「……じゃあ、交渉は決裂か」
「ええ。残念ながら、海賊とは一戦交えるより他にありません」
「海の上にいたんじゃ、ピースフィアの風聞なんて信じられるわけがないか」
海賊に対してピースフィアは妥協する必要がない。
フェイティスが提示した案は事実上の全面降伏であったし、海賊側が受け入れられないのも無理はない。
だが、魔王ザーダスを城ごと消し去ったホワイト・レイを始め、聖鍵の力は示してきたつもりだ。
結局のところ、海賊は聖鍵王国を舐めているのだろう。
新興に過ぎぬ国家が、うまいこと立ち回っているとしか……見ていないのである。
「破壊工作の準備は?」
「整っております。主だった海賊船の船底には、既に爆薬を仕掛けてあります」
チグリにも話したとおり、船を使えなくなった海賊はほとんど何もできない。
海戦になることはないのだ。
アズーナン大公都に潜伏していると思われる連中の仲間も、騎士団によって捕縛されるだろう。
非活性ダークスの発生に備え、準備も整えてある。問題はないはずだ。
「ふむ……」
「ご主人様、この作戦は確かに血をほとんど流さずに勝利出来る方法ですが……」
「ああ、お前の言いたいことはわかってる。これだと、また同じ馬鹿をやってくる連中が現れる可能性が高いと言うんだろう?」
「そのとおりです」
「それは、俺も感じていた」
海賊はこのような負け方をして、果たして納得するだろうか?
血を一滴も流さずに敗北したところで、こちらに従うだろうか?
連中は魔王軍さえも煮え湯を飲まされた生粋の荒くれ者たちだ。
不完全燃焼の負け方では、またいずれ燻る。
いや、海賊どもはまだいい。
大公国になった国々はもちろん、グラーデンやエーデルベルトはどうだ?
現在のピースフィアのやり方は目立たないところで効果を上げるため、周囲には伝わりにくいというのは、確かにある。
犯罪者の家族に対しては記憶処理をしてしまうため、ピースフィアが心すら操る恐ろしい存在だというイメージも薄い。
ジャ・アークの脅威をほんとうの意味で実感したクラリッサはともかく、他国ではピースフィアの軍事力をイメージしづらい。
要するに、ナメられている。
言い方は悪いが、ここいらで見せしめが必要なのは確かだ。
「……チグリを呼んでくれ」
「かしこまりました」
ほどなくして、別の星系で宇宙艦隊に従事していたチグリが執務室にやってきた。
ピースフィアに、距離の概念はない。例え100万光年だろうと無関係である。
「チグリ。作戦を変更する……コルベット艦とフリゲート艦、グラディア隊を率いて、海賊を海戦で仕留めろ」
「ほほほほんとにいいんですかぁ~!?」
一度は諦めた海戦ができると知ったチグリの目が輝く。
そして頭の中に広がるイメージ……久しぶりのビジョンだ。
チグリが、泣いている。
戦いで死者を出してしまったことを悔いる彼女の姿が見える。
ああ、そうか……彼女はまだ人間同士の実戦を経験したことがないんだ。
俺の方針と、不殺エンチャントのおかげで人を殺さずに戦争ができると思っている。
でも、チグリ……それはいくらなんでも、ムシが良すぎるんじゃないか。
これは戦争だ。戦争すれば、人は死ぬ。
その事をわからせるべきではないか。
だが、ビジョンを意図的に無視するリスクはどの程度だろう。
チグリはもちろんだが、俺も相当後悔する可能性が高い。
葛藤は一瞬、並列思考を用い0.3秒で自分の中の議論を終えた。
「指揮には、俺も出る。今回は海賊だけでなく、他国にピースフィアの軍事力を見せつけるのが目的だ。とはいえ人死には、できるだけ出さないようにしろよ」
「もちろんですぅ!」
チグリは喜び勇んで出て行った。
尻尾が、ものすんごいことになってた。
出て行くチグリはお尻まで振っちゃってて、ちょいエロだった。
「……指示はあれだけでよろしかったのですか? ドリッパーで船に穴を開けるようにとか、火炎放射器で船上を炙れとか、いろいろあると思うのですが」
「ああ、いいんだ」
目尻を押さえ、頭痛を堪える。
ビジョンを無視してそのまま進めるのは今回が初めてだ。
その代償に、何を払うことになるか。
「彼女の好きなようにやらせる。そして、俺はその結果を受け入れる」
クーデターは予定通り発生した。
ベニーの言ったとおり、非活性ダークスがアズーナン大公国を覆う。
すぐにホワイト・レイ・フィールドを展開し、大公都との連絡が繋がる。
「こちらリオル司令部。少佐、応答願う」
「こちらソリッド・ステイト。連中が潜伏していると思しき地下は、すべてマークしてある。どこから出てきても対応できるわよ」
「ドローンも問題なく稼働した。この司令部を中継して、大公都とマザーシップ他、基地施設との連携を取る」
俺は現在、港町リオルに設置された臨時司令部に詰めている。
そう、いつか街道旅をしてたとき、バッカスへ船で移動するために行く予定だった港町である。懐かしい。
位置的に非活性ダークスに覆われる範囲から微妙に外れているのと、一番大きなホワイト・レイ・フィールド発生装置を守るのに適した場所にあったから司令部を置いたのだが……よもや、このような縁で訪れることになるとは思いもしなかった。
「チグリ。海賊の動きはどうだ?」
「は、はいぃ。港町を制圧するべく、南海に集結してるんだと思いますぅ」
「よし。海上艦隊転移、進水開始」
海賊側と同数程度のフリゲート艦が、海賊の集結する海の近くへ転移する。
「……同じ土俵で叩きのめしてやれ」
「かしこまりましたぁ!」
チグリは本物の戦争ができるためか、テンションが高い。
地下帝国のときはドリッパーを投入しただけだから、何気に地上では初実戦か。
宇宙での艦隊運用とは違うと思うけど、多分チグリに抜かりはないだろう。
「おいおい、陛下! ちょっと聞いてた話とは違うぜ」
「どうした、フランケン?」
フランケンは今回、聖鍵軍を率いてフィールドの警備に当たっている。
その彼が、かなり慌てた様子で通信を開いてきた。
「ジャ・アークだ。黒闇騎士が現れやがった!」
「は?」
ジャ・アークだって?
そんな馬鹿な。
「今回も自演なのか? 勘弁してくれよ」
「いや、ジャ・アークはもう使わない方向でフェイティスには話がついてる。俺は何も聞いてない」
「じゃあ、なんでアイツはホワイト・レイ・フィールドを破壊して回ってるんだ!?」
回された映像では確かに、黒闇騎士が剣を振り上げて装置を破壊していた。
……しかもダーク・シーリアス卿だった。
執務室で公務をこなしているクローンを介して、フェイティスに問いただす。
「今回の戦いに、ジャ・アークは使ってないよな?」
「え? はい、もちろんです。残念ではありますが、流石にもうご主人様に無断で使ったりはしません」
さらに、シーリアと過ごしていたクローンも口を開く。
「シーリアは今、ここにいるもんな……」
「なんだ? 何かあったのか、アキヒコ」
シーリア本人は今、別の俺とともに学院の講義を受けている。
つまり、あれは。
「フランケン、そのダーク・シーリアスは偽物だ。フェイティスもジャ・アークを使うという指示は出していないし、シーリア本人も学院にいる」
「そいつは、本当か!?」
「間違いない。そいつは、今回のクーデターの黒幕に繋がってる可能性が高い。捕獲できるか?」
「ああ、問題ないぜ。バトルアライメントチップの使用は許可してもらえるよな?」
「もちろんだ。全員、『剣聖アラム』のチップの使用を許可する。偽ダーク・シーリアスを捕縛しろ!」
「聞いたか野郎ども! ヤツに目に物見せてやれ!」
まさか、剣聖アラムになった聖鍵軍が束になっても叶わないなんてことはないだろう。
偽物については、フランケンに任せる。
ベニーの話に、偽のジャ・アークが現れるなんて話は出てきていなかった。
これもまたルート開拓の成果かもしれない。
しかし、偽物のジャ・アーク……しかも、ダーク・シーリアス卿となると……。
「……今回の黒幕は、俺たちのことをよく知っている誰かということになりそうだな」
俺たちの中に裏切り者がいる……? 考えたくはないが。
誰かがメシアスの技術を漏らした……?
しかも、聖鍵の管理の行き届かないところで、その技術が使われている?
「今回の黒幕はダークスとメシアスの技術持ちってわけか……もしそうなら、手強いが」
だが、リオミを助けるためだ。
何者であろうとも、容赦はしない。
誰の嫁に手を出したか、思い知らせてやるぞ……。




