Vol.05
談話室から出ると、ちょうどザーダス……じゃない。ラディとディーラちゃんに遭遇した。
「助っ人だ」
どうやらシーリアが呼んだらしい。
ちなみに、ラディのボディは再び12歳程度の義体に入れ替えてある。
理由は……俺がロリコンだからということにしておこう。
いや、冗談だ。あのボディでは学院に通えなくなってしまうためである。
「状況はシーリアから聞いたか?」
「ああ、だいたいわかった」
「では、ついて参れ」
彼女たちに連れられて、テレポーターをくぐる。
マザーシップの密談室だ。
ラディの権限なら朝飯前だな。
「……そういうわけで、学院が余好みになりつつある」
「いや、やめてくれよ……学院で権力闘争とか」
「時間が経過すれば、ある程度は致し方あるまい……もともと貴族連中は権謀術数を好む。必要に応じて行う者もいれば、趣味でやるような者もいるがな」
ヒルデが始めなくても、時間の問題だったと言いたいのか。
「流れとしては、きのこたけのこ戦争中だった余とディーラが異変に気づいた。そして、シーリアはヒルデの不審な動きに気づき、我々で話し合った結果、まずはそなたに話を通しておこうということになってな」
「なるほど」
「余からフェイティスに伝えるのは難しいので、その点はシーリアに手伝ってもらうことにした。フェイティスの対応次第というところもあるが……できれば勇者アキヒコよ。学院のことは、余らに任せてはもらえぬか?」
「遊ぶ気じゃないだろうな」
「稚気な発想から遊興に浸ると心配しておるのか? そうではない。余なりに、そなたの手伝いをしたいと思っているのだ」
確かに、パワーゲームとなれば元魔王である彼女以上に秀でている者はいない。
本来ヒルデも軍人肌だし、軍配がどちらに上がるかは目に見えている。
「そなたの戦いは常に、勝つか負けるかではない。勝つことは決まっているが、落とし所を見つける……そうであろう?」
「見破られてるなぁ……」
聖鍵の強大さは今に始まったものではない。
その気になれば、人の尊厳を踏みにじり、操り、自分の思い通りにできる。
だが、今回のヒルデもヒュプノウェーブを使ってどうにかしたところで、土壌を変えねば意味がない。
当然のことながら、犯罪が関わっているわけでもないので聖鍵騎士団の介入もできない。
「今回のことはなんとか、勝者も敗者もないところまで持って行きたいと考えておる。そなたにもいくつか協力してもらうこともあるが、基本的には余とディーラ、シーリアに任せて貰いたい」
「ディーラちゃんも?」
「ほえ?」
よくわかっていないのか、ディーラちゃんが変な声をあげた。
「意外に思うかもしれんが、このディーラも人気があるのだぞ?」
「えっへん!」
ディーラちゃんは、よくわかっていないなりに胸を張った。
大丈夫なのだろうか。
「それでアキヒコ。全員で話し合った結果、アキヒコは学院内の権力闘争には参加しない方向で頼む。ヒルデにも、この話題は振らないでくれ。そして、できるだけ仲良くしてやってくれ」
「俺が参加するとややこしくなるのはわかるけど……仲良くっていうのは?」
シーリアへの質問に答えたのは、ラディの方だった。
「結局のところ、ヒルデは焦っておるのだ。彼女の立場は二号側室……決して良いとは言えん。身篭ってもおらんしな。対してライバル視しているリオミは正室、既に第一王位継承権を持つ子供がお腹の中におる」
「ああー……根っこはやっぱり、そこなのか」
ヒルデを娶った最初期に、寵愛を与えなかった。
今考えれば、あれが間違った気遣いだったのはわかるが……にこやかな笑みの裏で、内心では不安を隠していたのかもしれない。
お金さえあげればおとなしかったから、俺も彼女を見誤っていた感がある。
俺にとって女性と関係を持つのは恋愛感情が絡むものという先入観があるが、王族の彼女たちにとって、俺と良い関係を築くのは国を背負った使命なのだ。自分ひとりだけの問題ではない。
「そなたがヒルデを可愛がれば、多少なりとも安心するであろう。良いか、お前は彼女の敵になってはならん。無論、リオミも同様にバランスを取らねばならない……難しい役どころだが、これはそなたの役目だ」
「……善処する」
とはいったものの、どうするべきか。
一瞬、リオミとヒルデの仲を取り持つ作戦を考えようとして……嫌なビジョンが見えたのでやめる。
俺がどんな行動を取ったか、ベニーに相談すべきか? だが、彼女に依存し過ぎれば調子に乗らせてしまう。これもまた、難しいバランスだ。
フランが後宮が危ないと言っていたことを思い出す。彼女は多分、ヒルデのことにもメリーナのことにも気づいていたんだろう。
「なあ、その辺については、フランに相談しても構わないか?」
「構わんぞ」
ラディはもちろん、シーリアも頷いてくれた。
フランは、なんだかんだであの王妃組にも上手く取り入っているし、だからといってヒルデにも嫌われたりしないように立ち振舞っている。自分が愛妾という弱い立場であることを弁えているのだ。その上でリプラにやっかみが行かないよう、最新の注意を払っている。
……やっぱ、すごいわフラン。魔法も剣技も王妃組には敵わないのに、味方を作り、敵を作らないことにかけては超一流である。
同時に、俺が一番見習うべき人物でもあるんだよな。やり方も俺に似ているところがある。
彼女はこの時間だと、教団支部で保母のバイト中かな。
彼女は俺がいなくなったときや後宮にいられなくなるような将来に備えて、ちゃんとお金を貯めている。
自立してるよなぁ……。
とりあえず、バイトが終わるまでは邪魔したくないな。
「話はこんなところか。では……くれぐれも頼んだぞ」
ラディに念を押されつつ、俺は最初の目的の通りチグリに会いに行くことにした。
スマホの位置情報は……教室か。この時間だと授業は受けていないはずだが。
「ですから、わたくしと手を組みませんこと? 悪い話ではありませんわ」
「はぅぅ~……」
目的の教室まで移動すると、中からヒルデとチグリの声が聞こえた。
なんとなく嫌な予感がして、スマホで教室内のナノマシンから情報を取得。内部の様子を観察した。
だからヒルデとチグリの下着の情報はいらんっての……くっ、白と水玉か。
他にも女子生徒が何人かいる。学院のデータベースと照らし合わせる……エーデルベルト貴族と軍人の息女か。ヒルデ派閥の取り巻きだな。ええい、だからパンツやスリーサイズの情報はいらんと!
「貴女とて、お家のために頑張らなければならない立場でしょう? 側室としてはわたくしよりも上なのですし、一緒にやれば正室にだって対抗できますわ」
「で、でも、そのぅ……」
「ああ、もう。はっきりしませんのね! わたくしの味方になるか、敵になるか! はっきりなさい!」
「い、いや。敵とか味方とかじゃなくてですね、普通に仲良く……」
「……貴女、仮にも貴族ですわよね? そんな甘い考えで渡っていけると思いますの?」
「う、痛っ……」
ヒルデがチグリの犬耳を摘んだ。
お、俺のモフモフになんてことをするんだ。
「国のために頑張ろうという想いはありませんの?」
「あ、あぅ~……わ、わかりました。一緒にやりますからぁ……」
「わかれば、よろしいのですわ」
ヒルデがチグリを解放する。
チグリは涙目になりながら、必死に頷いていた。
……俺は今、迷っている。
ここでチグリを助けに入るべきか否か。
ヒルデに対して怒りもある。俺が割って入れば、ヒルデとて引き下がるだろう。
だが、この現場に立ち入ってしまうと、ヒルデとは間違いなく気まずい関係になる。
そうすれば、ラディの指示を守ることができない。
「……」
決断した。
チグリを助ける。
だが、俺は行かない。
俺はスマートフォンからセキュリティシステムを操作し、警報を鳴らした。
「なっ……火事か何かですの!?」
「うぅ~……?」
「指定避難場所に向かいますわよ。貴女もついてらっしゃいな」
俺は隣の空き教室に隠れる。
ヒルデとチグリだけではなく、授業中だった他の生徒たちも避難を始めた。
学院長には緊急避難訓練は抜き打ちで行う旨を伝えてある。
今回もそうだと説明すれば、問題はないだろう。
「それにしても、思った以上に根深いなこりゃ……」
誰もいなくなったキャンパスで、俺はひとりごちるのだった。
それとなく避難場所でチグリと合流した俺は、彼女を連れて要塞塔へ向かった。
無論、ヒルデに見咎められるようなミスはしない。
「へ、陛下……?」
「ごめんな、いきなり」
「いいいいえ! 滅相もございません!」
耳と尻尾の反応がたまらなく可愛い。
こんな愛玩側室をあんな手荒に扱うなんて、ヒルデめ。
とはいえ、彼女を追い詰めてしまったのは俺だ。責めるのはお門違いである。
だから、ヒルデにやられた分、俺がチグリを可愛がればいい。
さっき摘まれた場所をそれとなくさすってあげる。
「は、はぅ~……」
チグリが落ち着いたところで、話を切り出す。
ヒルデの話題ではない。このあたりは、フランに相談してからのほうがいい。
「チグリ、前に開発を頼んでた魔導兵器はどうなってる?」
「あ、はいぃ……まだ完成ではないですけど、途中経過をご覧になりますか……?」
「頼む」
チグリとともに、工廠へ向かう。
「えーと、まずはこれですね……ジュエルソード・システム」
彼女が見せてくれたサンプルは、宝石で形作られた剣状のアイテムだ。
「完成したのか?」
「いえ、まだですけど……並行宇宙の接続は簡単だったので、あとは供給する魔力量を調整するだけですね。理論上、これで資源と同じように、並行大宇宙ペズンから魔力を無制限に取り出せます」
「……よし」
これは、リオミ用の装備だ。
今後、瘴気の濃い場所で魔法が使えないとなると、必要になるだろうと思って造らせている。
これも空間収納装置からの剣の射出と同じように、俺の知ってる作品で登場した武器をヒントにオーバーテクノロジーで再現させた。
これをリオミが装備すれば、ダークスに魔力を食いつくされた場所や、宇宙空間や魔素のない惑星においても魔法行使が可能だ。
そういえばまだ説明していなかったが、魔法の行使にはよくMP消費が付き物であるが……実はアースフィアにその概念はない。
基本的にアースフィアの魔法は、大気中に存在する魔素から魔力を取り出して行使するため、MP切れはない。
ただ、魔法行使には精神の消耗を伴うため、やはり連発はできない。これを補助するためのアイテムや、瘴気の濃い場所でも魔法を使うために魔素を蓄えた魔石などが存在する。
ちなみにリオミは過酷な修行を耐えた結果、大気中からほぼ無限大の魔力を取り出して行使でき、ほとんど疲労もしない。チートだ。
魔法習得オプションに関しても同様である。
「他は?」
「はいぃ、アトモスフィア・フィールド発生装置が完成間近です。でも、これ何に使うんですか……?」
「ん、いずれ必要になると思ってね。出力はどの程度までいけそう?」
「は、はいぃ。ご注文通りの範囲を賄えますけど、必要ならもっと広げられます」
「やっぱり、チグリはすごいな」
「あ、あぅ~……」
素晴らしい成果だ。
ご褒美になでなでしてあげる。
「あ、あとはそうですね……量産型のグラナドですかね」
「おお、できそうか」
一番期待していなかったのに。
グラナドは、因果律逆転などのデタラメな機能が使える俺専用の人型機動兵器。
その量産型を造れないかと、ダメ元で頼んでおいたのだ。
「は、はぃ……こっちは正直、そんなに難しくなかったので……」
信じられない。
一番難しいと思うのだが。
「相当ブラックボックスがあったと思うんだけど……」
「はいぃ。その辺は敢えてノータッチです。使えそうな部分だけ拾い集めて、一から設計してみました」
「すげー……」
「ちゃんと標準型にアタッチメントパーツをつけて、剣士型、魔術師型、索敵支援型にできるようにしましたよ。あ、これは陛下のグラナドにも装備できます」
「チグリマジ天才、ういやつういやつ」
「やぁぅ~!? し、尻尾は駄目ですぅ~!」
「うーん、でもこのデータを見る限り、無人機運用は無理みたいだな」
「は、はいぃ……元々のグラナドが陛下が乗って、聖鍵を挿さないと動かないようにできているみたいですので……」
「そうか、量産型の起動にも量産型聖鍵を使うのか」
「そういうことですぅ~」
ディオコルトを罠にかけるために用意した偽聖鍵だが、結果的にあの発想が功を奏し、量産型聖鍵は聖鍵騎士団の正式装備となった。
見た目は小型化された聖鍵といったデザインで、警棒として使うのにちょうどいいぐらいのサイズだ。
俺しか使えなかったバトルアライメントチップや、ホワイト・レイ・ソードユニットを誰でも使えるようにできるのは大きい。
もちろん、俺の聖鍵ほどの権限もないし、転移などもできないし、出力もかなり落ちるが……。
今のところ、スマートフォンと連携することで、大きな問題にはなってない。
「シミュレーターもできてるのか。なら、フォーマンに連絡して何人かパイロット候補を見繕ってもらうか……」
「や、やっぱり陛下は戦争をお望みなのですか……?」
チグリが不安そうに耳を垂らす。
そんなことはない、という想いで撫でた。
「はぅ~……」
「俺は戦争はしたくない。あくまで備えあれば憂いなし、ってやつだよ」
チグリと別れた後、バイトから帰ってくるフランを先回りして捕まえた。
マザーシップの密談室へ連れ込む。
「珍しく強引だね。何の用?」
フランがちょっと期待の眼差しを向けてきた。
しかし俺が真剣な表情を作ると、指を立ててきた。
「……当ててみようか。ヒルデガルド様のことでしょ」
「そうだ」
「そうじゃなきゃメリーナ様かと思ったけど、その顔じゃそっちだよね」
やっぱり、彼女は気づいていたようだ。
俺の周囲には、どうしてかこう、有能な女性が集まってくる気がする。
パトリアーチがそうなるように調整しているのかもしれない。
「学院で派閥を作ろうとしてるみたいなんだ」
「へぇ……それはあんまり詳しくないけど、そっか。ヒルデ様……」
「何かあったのか……?」
「ああ、自分、ちょっと相談を受けたんだよ」
フランは側室のみんなと満遍なく有効的な関係を築いている。
ヒルデは後宮にこれといった仲間がいなかったので、フランとは話しやすかったのだろう。
「どんな?」
「あんまり詳しい話は彼女の名誉のために伏せるけど……リオミ様に勝てないとか、アッキーに寵愛を頂けないとか、まあいろんな悩み」
「やっぱりか……」
「でもそっか、アッキーが自分のところにちゃんと来たってことは、ひょっとして自分は頼りにされてる?」
「ああ、うん。正直、この話はフランが一番いいと思った」
「……嬉しいこと言ってくれちゃって。惚れるよ?」
「惚れてるくせに」
「心読むのずるい」
「読んでない」
「もー……」
なんかいい雰囲気になってきてしまったので、気を取り直して咳払いする。
ヒルデの相談をする前にフランと寝ました、なんて笑い話にもならん。
「ははっ、でもそっか。役に立てるんだったら、頑張っちゃおうかな」
「学院の方はラディやシーリアがなんとかしてくれる。フランにはずばり、俺とヒルデの関係をうまいこと修復してもらいたい」
「んー、まあ協力はするけど、結局アッキー次第だよ?」
「それはもちろん、わかってる」
「……ホントかなー? 言っておくけど、この問題に特効薬はないよ? もちろん聖鍵を使えば簡単になるけど、そういうことしたら軽蔑するよ?」
「ああ……うん。聖鍵は使わないつもりだ。どうしようもなくなった時の最後の手段だと思ってる」
「ん、じゃあいいよ。全力で手伝うね」
フランがいい笑顔でノッてくれた。
朴念仁の俺には、これ以上ない味方だ。
「まず、アッキーもさすがにこれは知ってるだろうけど、一緒にいるときに他の子の話をしちゃ駄目だよ」
「基本だな」
「とか言って、無意識にやっちゃってない?」
「……や、やってるかもしれない。でもヒルデがリオミの話を振ってきたりしたときは、しょうがないんじゃ?」
「まあ、正直に答えてあげたほうがいいね。あ、嘘吐くの駄目ね」
「うっ」
「アッキーは嘘の塊みたいなもんだしね~」
にへへっと笑うフラン。
何も反論できません、ハイ。
「ちゃんとヒルデ様個人と向き合ってあげること。あと、彼女の立場をわかってあげること」
「なんか、すごく普通の話だな……」
「自分がヒルデ様個人の話とかするわけにはいかないじゃん。アッキーのために言っておくけど、この普通ができてないから、こういうことになってんだからね?」
「はい……」
がっくり肩が落ちる。言葉もないとは、このことだ。
「他だと……チグリとかにも役目を与えたりしてるし、彼女にも何か仕事させたら?」
「仕事か」
それはちょっと考えてた。
パワーゲームなんて始めるぐらいだから、有り余ってるのかもしれない。
「あとは自信を持つことだね。これが一番やばいんじゃない?」
「自信かぁ……だいぶ、ついてはきてるんだけど」
これは本当だ。
聖鍵頼みなことも結構吹っ切れてきたし、自分を卑下することもなくなってきた。
「ヒルデ様だって、自分より下の人が夫だとは思いたくないよ」
「そうは言うけどさ。俺個人は、ヒルデほどやり手じゃないし」
「だから、そういうのじゃないんだって。才能とか、聖鍵とかじゃなくてさ……行動を見たいんだよ? 実際、ザーダス……じゃないラディのことについての決断は、かなり評価してたみたいだし」
「そうなのか」
確かにヒルデはあのとき、俺を試すような言動をしてたな。
「だいじょーぶだいじょーぶ、自分が太鼓判持つからさ。ヒルデ様は待ってるよー?」
「あいてっ」
ぱしーん、と背中叩かれた。
「今夜は自分の番もあったけど、いいや。ヒルデ様のためだけに使っておいでー」
「いいのか?」
「いいのいいの。それが結果的に自分の株を上げて、次のときは可愛がってもらえるでしょ?」
「それを言わなきゃいいのに」
「言ってもいいの。アッキーだから」
「そいつはどーも」
流れで出て行きかけたが、ふと気づいて振り向いた。
フランが怪訝そうに首を傾げた。
「ありがとう、フラン」
「……どういたしまして」
お礼を言われたフランは、どのモードにも該当しないように見えた。




