第1話 極秘開発計画『プロジェクト・アトラトン』
「我々に残された国家防衛予算は、中央統合体が今年度“追加”した軍事予算の数十分の一に過ぎません」
沿岸同盟の軍事技術評議会。窓のない地下会議室に、冷たい数値データが映し出されていた。
スクリーンに示されているのは、大国「中央統合体」が建造を進める地下要塞「深層回廊」の推計データと、地球周回軌道を埋め尽くしつつある彼らのミサイル防衛衛星網の配置図だ。金に糸目をつけない圧倒的な物量と資源。それに引き換え、小国群の集まりである沿岸同盟の財政は底をつきかけていた。
評議会議長を務める老将軍が、重々しく溜息をつく。
「正面から艦隊を揃え、最新型のステルス機や大出力レーザー衛星を開発しようとすれば、破産が先に来る。だが、何もしなければ数年以内に統合体の経済圏に呑み込まれ、我々の国家は消滅する……。何か『非対称な解』はないのか?」
会議室の隅から、一人の若い物理学者が静かに立ち上がった。
彼の名はアルヴィン。同盟の軍事技術研究所で、兵器開発ではなく「エネルギー効率の極限化」を研究していた理論物理学者だった。
アルヴィンは手元の端末から、一冊の古い極秘ファイルをスクリーンの隅に呼び出した。
「1960年代、かつての旧時代の国が研究していた『指向性核爆発』の資料です。開発コードネームは『カサバ・ハウザー計画』」
「カサバ・ハウザー?」若い将校の一人が眉をひねった。「昔の宇宙兵器構想か。核爆発の熱X線でポリエチレンなどの軽元素を一瞬でプラズマ化し、宇宙空間で敵の衛星へ吹きつける……という代物だろう。歴史のゴミ箱に捨てられた技術だ」
「なぜ捨てられたか、ご存じですか?」アルヴィンが静かに問いかける。
「大気圏だよ」将校は吐き捨てるように言った。「ポリエチレンの軽いプラズマ・イオンなど、地上に向かって撃ち込んでも、大気圏上層の空気分子と激突してあっけなく一瞬で減衰・拡散してしまう。宇宙空間でしか使えない“局所兵器”であり、地上の要塞や都市を脅かす手段にはなり得ないからだ」
「その通りです」アルヴィンは微笑した。「『ポリエチレンを使えば』の話ですが」
会議室に一瞬の静寂が訪れた。
アルヴィンは画面を切り替え、同盟国内のウラン濃縮工場の敷地写真を映し出した。そこには、灰色のドラム缶が幾重にも積み上げられている。
「我が国の倉庫に山積みされ、処分費用すら払えずに放置されている『劣化ウラン』です。比重は水の約19倍。高密度で、硬く、重い。ウラン濃縮プロセスの段階で出る単なる“産業廃棄物”ですね」
アルヴィンは自らの胸ポケットから、ボールペンほどの大きさの円錐形の金属模型を取り出し、テーブルの中央に置いた。
「もし、核爆発の強大なエネルギーを一方向に束ねるノイマン効果のライナー(噴流体)として、軽元素ポリエチレンではなく、この『劣化ウラン』を使ったらどうなるか?」
「……ウランをプラズマ化して撃つだと?」
「正しくは、超高圧の力学応力で『極めて細く、超高密度なウランのプラズマジェット(重金属の針)』として形成するのです」
アルヴィンは続けた。
「地球の大気圏全層が地上に及ぼす質量(面密度)は、1平方センチメートルあたりわずか約1キログラムに過ぎません。1960年代の旧型カサバ・ハウザーは大気を“厚い壁”だと誤認していました。しかし、秒速数百キロメートルで突入する超高密度のウラン・ジェットにとって、1平方センチメートルあたり1kgという大気全層の抵抗は、ペラペラの紙1枚以下の存在です」
スクリーン上で、幾何学的なシミュレーションが動き始めた。
宇宙空間から射出されたウラン・ジェットの先頭が大気に衝突した瞬間、そのあまりの運動エネルギーによって周囲の大気分子を一瞬で完全なプラズマへと変換。自らの進行方向に「低密度のプラズマ・トンネル(ほぼ真空の穴)」を押し開けながら穿ち進んでいく。
流体力学貫通――ヒドロダイナミック・ペネトレーション。
「大気圏で減衰などしません」アルヴィンは冷徹な声で言い放った。「重金属の莫大な質量と運動エネルギーは、大気圏を力ずくで打ち破り、地表の岩盤も、統合体の重装甲コンクリートも、水のように押し開けて地下深くまで届きます」
老将軍が目を見開いた。
「……待て。そのプラズマジェットを形成するための宇宙プラットフォームには、どれほどの巨大なロケットと予算が必要だ?」
「一般家庭用の冷蔵庫サイズの小型衛星12機です」
アルヴィンは即答した。
「巨大な冷却パネルも、レーザー発振器も不要です。中身は核起爆装置と劣化ウランのコーンだけ。ロケットの相乗り打ち上げ(ピギーバック)で静かに軌道へ流し込めばいい。1機あたりの建造費は、統合体が配備している迎撃ミサイル1発の価格より安い」
会議室に、激しい衝撃が走った。
統合体が誇る数兆ドルの防衛システム。巨大な地下要塞「深層回廊」。それらすべてを、処分に困っていた「ウランのゴミ」と「使い捨ての小型衛星12機」という、圧倒的な低コストで力技で無力化できる。
「理詰めの宇宙力学と、冷徹な経済合理性……」
老将軍はテーブルの上のウランの円錐模型を見つめ、深く、静かに息を吐いた。
「大国が巨大な城を造り上げる間に、我々はその真上に『目に見えない針』をセットするわけか」
「はい。警告も、前兆も、防衛の猶予も与えません。攻撃されたことすら、彼らは結果(被害)からしか判断できないでしょう」
アルヴィンは頭を下げた。
「極秘開発計画――コードネーム『プロジェクト・アトラトル(Project ATLATL)』の承認を求めます」
アトラトル。古代の人類が、自らより遥かに巨大な獲物を仕留めるために発明した「投槍器」の名であった。
老将軍は静かにペンをとり、極秘書類の末尾に自らの署名を走らせた。
こうして、地球の上空1,200キロメートルの静かな暗闇に、死の幾何学を刻み込む12機の「針」の製造が、誰にも知られることなく開始されたのである。




