第97話 トイレ掃除?
整備班の興田主任が、簡易製本された紙の束を振っている。GV3Xの左腕に装着する凧型盾用アタッチメントのマニュアルである。それを受け取るために青柳はその場を離れる。
半べその顔のまま向かったで、興田主任にも「御堂が虐めた」と誤解されるかも知れない。
青柳が興田とマニュアルを確認している間。刀自古は、周囲を確認してから御堂の顔の側で小声で囁いた。
「次の戦闘は、重甲機兵との戦いとは限りません。ナーガオウ州議会との交渉が決裂すれば、市街地を焼き払うことにもなります。それでも出撃しますか?」
「……」
改めて「市街地を焼き払う」ことをできるかと問われて、御堂は返事に詰まる。
ジークフリード型重甲機兵は、肩部装甲の下部に地上掃射用のレーザー砲が標準仕様で取り付けられている。命令が出れば即座に地上掃射を行わなければならない。
「トイレ掃除の方がよくない?」
「そっちですか!」
刀自古の問いかけを一瞬でも真面目に受け取ったことを後悔する。
「もう……この戦いに、判断ミスは許されませんよ」
「皇太子様が出陣なさったそうで!」
皇太子の面子に命を賭けるのは馬鹿馬鹿しい!……との思いもある。それに、刀自古が「おちょくりに来てる」と思った御堂は、わざとぶっきら棒な言い方をした。
「全部、貴女が招いたことです」
「え?」
「工廠施設で第3戦団のジークフリード6機を戦闘不能にしていれば、機体数の不利は深刻な問題ではありませんでした。そのままルージュピークで二正面戦闘も可能だったんです」
「……」
「ルージュピークを放棄し、議事堂包囲の市街地戦に変更せざるを得なかったのは、工廠施設で第3戦団の戦力を削ることに失敗したからです」
「あたしのせいだって言いたいんですか?」
「いいえ」
刀自古はニッコリと、だが冷たく笑う。
「第3戦団のスパイなら、いい仕事でした……と褒めてるんです」
御堂の頭に血が上る。反射的に右手が刀自古の左頬へ飛ぶ。しかし、御堂の右手は、刀自古の左腕に止められていた。そして、左膝の皿部分に激痛が走り、御堂は倒れ込んでしまう。
刀自古の足蹴りが御堂の膝に炸裂していた。
「再びミスを重ねたら、安全保障局本部でスパイ容疑の拷問を受けることになります。おとなしく医務室で寝ていなさい」
刀自古の指示で、中央デッキに医務室からストレッチャーが呼び出された。
膝を痛めて歩けなくなった御堂は、ストレッチャーに乗せられて医務室へ運ばれる。




