第8話 A級ペルセウス
風の臭いが変わったのを感じたのは、御堂の方が早かった。
身体を地面に伏して耳を当てる。自分たちのB級ジークフリードが発する重苦しい振動とは別の、異質な振動が混じっている。そして、その振動は近づいてくる感じだった。極めて微細な振動だが、御堂の感覚はそれを識別できた。
「機体に戻ります」
入鹿も状況の変化を察した。入鹿は従来型機へ、御堂は新型機へそれぞれ走った。
パイロットを胸部装甲の奥のコクピットへ取り込んで、二機の巨大ロボットはゆっくりと立ち上がった。戦闘モードへ移行した機体の駆動音は、重苦しいものから甲高いジェット音へ変わっていった。
御堂のGS4が、入鹿機に近づいて背中のバックパックに左手を添えた。
ZCF機関が稼動する重甲機兵の周辺は、電磁波が干渉を受けて無線通信は使用できない。機体の特定部位を物理的に接触させることで、機体同士の音声通信の回線が開かれる。
「敵は三機よ。二機で駄目だったから、一機増やしてきたみたい」
重甲機兵の頭部にある二つの機械眼球に捉えられた映像が、コクピット正面のメインモニターに転映。舞い上がる砂塵の軌跡が表示され、それが近づいて来る。
入鹿機が、背面バックパックの上面から遠距離視認用の信号弾を射出した。三条の光跡が数百メートル上空まで上がって赤く発光する。
この信号弾の閃光は、赤塵の丘からおよそ30キロメートル離れた第2戦団の前哨基地からでも視認できるはずだ。
メインモニターの中には、御堂の言った通り三機の機影が確認できた。
その三機の機体は、御堂と入鹿から600メートル程度離れた地点に停止して、こちらの様子を伺っている。二機のペルセウスは、先ほど交戦したB級機体である。
その二機の後方にいる新参機に、コクピットの管制用AIが警告を発した。
量産型のB級機体と違い、A級機体はオーダーメイドである。素材とする天然ゼナ・クリスタルの特徴に装甲形状を合わせるため、機体ごとの差違が生じる。
長い戦争の歴史の中で、それらの記録はデータベースに蓄積されている。
「まさか……A級?」
後方の機体は、前方の二機と若干装甲形状が違っていた。丸みを帯びた装甲板を纏うズングリとしたシルエットは同じだが、背中のバックパックが小さい。
重甲機兵の背面バックパックは、主推進装置としての機能の他に連絡用の信号弾射出機能が搭載される。更にB級機体なら、出力不足を補う補助動力装置が追加されるはずだが、後方のペルセウスにはそれがない。
映像を分析した管制用AIが照合結果を表示した。
『ペルセウス型A級重甲機兵機』
『PX6型式識別番号1655』
御堂は、自分の背筋が冷たくなるのを感じる。戦歴に関する記録も流れたが、それは頭には入らなかった。
「さっきの戦闘と同様、所属章はなしですね。個体識別が可能なA級機体で、協定に違反してくるとは思いませんでした」
一方の入鹿の声には恐れは微塵もない。あるのは侮蔑の感情だけだった。
「あちらは協定違反の目撃者を抹殺するつもりでしょうから、こちらもそのつもりで戦う必要がありますよ」
「……」
「貴女の強さを、新型機の性能と勘違いされたのかも知れませんね」
「……」
「貴女の腕前を褒めたつもりですが、自慢なさらないのですか?」
「……ごめん」
心臓の鼓動が、脳に響くほど大きく感じられる。入鹿の皮肉がこもった言葉も、頭に入らないほど気持ちが萎縮していた。
今の御堂は小さく一言つぶやくのが精一杯だ。
第2戦団への仮配属が叶った後、A級機体との模擬戦を行ったことはある。
対B級同士での戦闘では、不敗を連ねて高い評価を得ていた御堂も、第2戦団のA級ジークフリードには手も足も出なかった。
さすがの御堂も、A級には勝てる気がしなかった。
「A級ペルセウスが出てきた程度で怖じ気づくなら、フグリなしは貴女の方ですね」
「……最初から、ないんだけど……」
その時、入鹿の信号弾に応答する信号弾が第2戦団の前哨基地方角から打ち上がった。




