第76話 はい、あーん?
唐突に司令官室に飛び込んできた御堂は、入鹿の前に並べられた食事を見咎める。
刀自古が、士官候補生を監理する立場で報告を受けるのは承知している。しかし、食事の用意をする関係とは?
(やっぱり、相楽行政官が玲の幼馴染みの婚約者では?)
……報告を受ける、と言いつつ2人きりになりたがる。
……入鹿に何かあると、やたらと自分への風当たりが強い。
そう考えると、パズルのピースが全て嵌まるような気がした。この時『玲には年上がいいよ』と応援した記憶は失われている。
入鹿の隣に座って、うな重弁当を開ける。一緒に食べるつもりだったので、まだ手をつけていない。
仕方なく、刀自古は御堂の分も紅茶を用意した。
「はい、あーん」
うなぎの一片を箸で持ち上げて、入鹿の方へ運ぶ。
「駄目です。毒が混入されてるかも知れません!」
刀自古が強い口調で御堂を止める。『毒が混入』の言に御堂は確信した。
(玲は、この女に騙されてる!)
根拠はなくとも信じることに差し支えない。
「じゃあ、あたしがスタミナつけとくわ。玲は下で寝てればいいからね」
刀自古の双眸に不快の色が浮かぶ。しかし今の御堂は、刀自古と目を合わせても全く動じていない。この台詞も、入鹿よりも刀自古への挑発のつもりだった。
「今ならピル飲んでるから、ナマでもいいよ」
戦闘配備中の女性兵が、月経周期をずらすためにピルを服用することはある。この台詞は入鹿に向けたものだ。
「……」
入鹿は聞こえないフリをして返事をしない。男性には魅力的なエサをぶら下げたつもりだが、反応が薄いのに納得しきれない御堂。
「そっか。童貞だから、まだナマの気持ちよさを知らないのか」
うっぷ!!
刀自古が思わず紅茶を吹き出し、噎せ込んでしまう。洗面所へ急いで、気管に入ってしまった紅茶を吐き出そうとした。
うな重弁当を食べ終わると、御堂は急にウトウトし始めてそのまま眠ってしまった。
実は……入鹿が知るよりも御堂の飲酒量はかなり多かった。
御堂と仲の良い山根エリカ軍曹は、今夜の夜勤からは外れている。御堂が『朱雀』に戻ったと聞いたエリカは、入鹿と別れた後の御堂と会い、2人でカクテルで盛り上がっていたのである。
眠ってしまった御堂を、入鹿が抱き上げて月夜見のベッドへ運んだ。刀自古が着替えをさせて、ウエットティッシュで口腔ケアをして寝付かせた。
「では、御堂准尉はお預かりしますので御安心を」
「僕が預けるわけではありません」
入鹿は、キッパリとした口調で否定する。刀自古は、その口調が面白いと思ってしまう




