第57話 入鹿の憂鬱
Sユニットから立ち上がったままの御堂の頬を、血の臭いのする風が撫でる。前時代の建築物に使われている、鉄が酸化した臭いだ。
「ありがとう」
ヘッドセットのマイクが、風を受けないように両の掌で被いながら呟いた。抑揚のない入鹿の声が、耳当て部分から聞こえた。
「間もなく後方待機していた僚機が到着します。けれど……貴女の呼びかけに応じた投降者です。その前に、貴女が地表へ降りて確保すべきではありませんか?」
「……うん」
入鹿の言葉に従い地表に降りる。投降した州軍兵は、御堂を見ると自ら両手を差し出した。
「ありがとうございました」
手錠をかけられながら、州軍兵は御堂に感謝の言葉を伝えた。
それから数分後、2機のGV4は白兵戦部隊を連れて到着する。
州軍兵によると……3機のGV4で歩哨任務についていたが、第2戦団の重甲機兵が接近するのを知って撤退した。しかし、新兵だった彼は撤退途中で機体との同調不良を起こして動けなくなる。
他の2機は、彼を置き去りにしたそうだ。
太陽が西に傾いた頃、GV3Xは『朱雀』へ帰艦した。2機目を鹵獲した、御堂のお手柄に中央デッキも興奮気味だった。
(戦わないですんで良かった)
戦闘で勝利した時のような爽快感はない。しかし、何かホッとする充実感を御堂は感じていた。整備班の山根エリカからは「お腹壊してて、戦えなかっただけでしょう?」と揶揄われたりした。
ふと……現実に戻って御堂は、入鹿の姿を探した。
「ねえ、玲はどこ?」
「え? ……さあ、その辺にいませんか?」
中央デッキを見回してみたが、入鹿の姿は見つけられなかった。
中央デッキへ繋がる通路の先。居住区へ繋がるホールの一角で、入鹿は司令官秘書の刀自古と一緒にいた。
「GV3Xの戦闘記録を提出します」
GV3XのSユニットでの戦闘記録を保存したメディアを、刀自古に手渡す。
一樹教官の逮捕により、一樹が指導していた士官候補生2名は安全保障局の監視下に置かれている。
一時的とは言え、刀自古が入鹿と御堂の監督的な立場である。
「3軍合同演習での襲撃事件に関して確定したことがあります。御堂准尉と共に、司令官室へお越し下さい」
「僕も……一緒に、ですか?」
「あら?」
口答え……と言うほどでもないが、指示に反発する言葉を、入鹿が返えすのは珍しい。刀自古は思わず、目を見開いて入鹿の顔を凝視してしまう。
「僕は、後で行きますから」
入鹿の少し困ったような顔を見ながら、面白そうに刀自古は念押しする。
「では、伝言だけは伝えて下さいね」




