第47話 月夜見
「月夜見様とて有馬博士に嫁がれたのです。もう、母上を揶揄せずとも……」
月夜見は、かつては水蛭鹿帝の許嫁だった。
幼少時に親同士が決めた婚約だが、水蛭鹿のもとへ嫁ぐのを当然と思っていた。それが、赤椿の変……帝の血脈への粛正から逃れるために、擁帝派の導きで不死鳥京を脱出した。
水蛭鹿と月夜見は別々の地に逃れ、そして成長する。
水蛭鹿の蜂起に駆けつけ、14年ぶりの再会した時には、もう水蛭鹿の側にはあの女がいた。
月夜見の経歴が非公開とされている理由の一つだ。
「許嫁を寝取られたのだ。嫌味くらい好きに言わせろ」
射流鹿の閉口した顔を見ながら、月夜見はクスクスと笑う。
実際、月夜見と太后の関係は悪くはないと射流鹿は思っている。しかし、母である太后も月夜見を辛辣に言う。両者の毒の吐き合いには呆れているのが本心である。
「真に受けなくてもいいんですよ、大兄様」
刀自古は、射流鹿を「大兄」と呼ぶ。大兄は次の帝の候補者のことだ。
「月夜見様は、単に『自分より胸の小さい女』を帝が選ばれたのが気に入らないだけですから」
月夜見がムッとしたのを無視して、刀自古はすまし顔で紅茶を口に運ぶ。
「胸の大きさだけに惑わされず、こんな地雷女を選ばなかった帝は慧眼です」
月夜見の秘書を務めながらも、刀自古は太后派である。
「これだけは言っておく」
紅茶にミルクを多めに入れながら『地雷女呼ばわり』された月夜見はキッパリとした口調で言う。
「太后が、お前を連れてラインゴルドを訪れた時に『この女に、子を育てさせてはならない』と私は本気で思ったぞ」
水蛭鹿との婚約が解消された後、月夜見は帝国に戻らずラインゴルド領へ残っていた。
ラインゴルドは、赤椿の変で逃れた擁帝派を受け入れるだけではなく、水蛭鹿の蜂起にも支援した。両者の信頼関係は極めて強い。
「事前に『皇子を連れて行く』と聞いたのに、連れていたのは振袖姿の女子だ。聞いてみれば、故事に因んで『男子に女子の装いをさせている』と言い出す」
迷信かも知れない、前時代にあった「男子を元服(成人)するまで女子として装わせると健康に育つ」との習わしである。
「その場で、私は帝国に戻ることに決めた。お前を一人前にするためにな」
この話には、刀自古も驚きを隠せなかった。紅茶を置くのも忘れて、射流鹿の顔を凝視したままだ。
「僕の無事な成長を祈願しての、母上の思いやりですから」
射流鹿の弁明にも、刀自古はまだ動けなかった。
「地雷女は、どっちだ」
月夜見は、刀自古を見て笑った。




