第3話 入鹿玲
再び風が少し強くなり、砂に埋もれた瓦礫の臭いを顔にぶつけてくる。血液を思わせる酸化鉄の臭いに、御堂は咽せそうになった。
入鹿の長髪が風に流されて顔を覆う。入鹿は、その髪を右手で梳いて視界を確保した。
「邪魔なんだから、その髪切っちゃいなさいよ。男のくせに!」
御堂は髪を短く切り詰めている。それは、彼女の「軍務に就く」との気構えのつもりでもあった。
一方の入鹿は、肩にかかる長髪で仮配属の軍務に就いている。
前時代には「男子を元服(成人)するまで女子として装わせると健康に育つ」と言う習わし(迷信?)があったらしい。子を幼いうちに失った経験をした親御が、新たな男子を授かった時には悲劇が繰り返されないよう、その習わしにちなむ例もあった、とも。
入鹿の母親は「この時代にそれを実践した」らしい……と知人が噂するのを聞いたことがある。
入鹿の肩まで伸ばした髪も、前時代の中世期に童女がしていた禿とか言う髪型だろうと言われていた。
中性的……と言うよりも女顔の入鹿なら、幼少時に女子の服装をしていても違和感はなかっただろう。
二十歳を過ぎた今現在の入鹿でも、女装させれば「高身長の女性」で通用しそうな気がする。
(二十歳を過ぎれば、前時代でも成人しているだろうに!)
噂が事実なら「いつまでも母親の言いなりになっている」感覚は、御堂には理解できない。
「ホントに付いてんの?キンタマ?」
御堂の口にした「フグリなし」のフグリとは男性器のこと。御堂は右手を伸ばして、入鹿の股間を鷲掴みにしようとする。そこにあるべきものが、本当にあるのか確かめるつもりで、だ。入鹿は、その手を後ずさりして躱した。
「髪短くして、マザコンから脱却しなさいよ。そしたら童貞卒業の相談にも乗ってあげるからさ」
入鹿の顔に一瞬だけ困惑の色が浮かぶが、すぐに能面のような無表情に戻る。
御堂が「マザコン」と言おうと「フグリなし」と言おうと「童貞」と言おうと、入鹿は自分から否定することはしない。
そう言う態度が、いちいち「覇気のなさ」だと御堂には感じられてしまう。
「新型機の慣熟のために、敵機と遭遇しないポイントをわざわざ選んで来たんです。敵機を見つけて突撃するなら、この地点を選んだ意味がありません。このGS4は試作の1号機で、まだ不確定要素も多い機体ですよ」
御堂の「髪を切れ」には答えない。GS4は、新型機の型式番号である。
「でも遭遇しちゃったんだから、戦うしかないわよね?」
「敵を後退させただけで十分な戦果です」
「あたしの撃破マークも、増やすチャンスだったんだけど?」
御堂の対重甲機兵戦での敵機撃破数はこの半年で3機。士官候補生と言う立場から、御堂や入鹿には後方支援任務が多い。敵機と交戦する機会が少ない中では突出した数であると言えるだろう。
むろん士官大学校の同期の中でも最多であり、入鹿の0機とは比べようがない実績である。
「万が一設計上の欠陥があったら、敵側の撃破マークになりますよ」
入鹿の指摘は正論である。しかし、今回の任務であるGS4の慣熟は御堂に託された任務で、入鹿は補佐役である。補佐役に命令されるのが癪に障る。
気持ちを抑えるために、御堂は小さくため息をつき呼吸を整えた。
「せめてさ、GS4じゃなくて雷鳥って呼んでよ。あたしにとっては愛機になるんだから愛情込めて欲しいわけ。わかるでしょう?」
入鹿が搭乗している従来型機が、ジークブリード型B級重甲機兵のGV4型式である。GV4型式が設計されたのはおよそ50年前で、小規模な改修を加えながら現在まで運用されてきた。
GS4型式は、主骨格にまで踏み込んで再設計された機体で、50年ぶりの本格的な新型機である。
雷鳥の呼称は、この新型機の開発コード名と言われ、御堂はその愛称が気に入っていた。
「GS4の方が誤解を招きません」
端的で合理的だがロマンのかけらもない返事に、御堂は大きなため息をついた。




