第27話 怪しい契約?
「ぜっったい! ちがぁぁう!」
絶対、違う……感情が高まって、思わず入鹿の胸元に右手が伸びていた。
「今、決めた! あたしは出世して近衛軍の幹部になるから。だから、玲はあたしに協力しなさい!」
「……はい?」
何を言ってるのかわからない……妙なテンションの気合いは感じながらも、入鹿はただ困惑する。
「近衛軍は、帝国民を守るためにあるの!違うって言っても、そうなるのよ。絶対に、そうなるの。あたしが近衛軍の幹部になって、内側から近衛軍を変えてあげるから!」
入鹿の胸座を掴んでいる御堂の右手に力が入る。
「はい……まあ、頑張って下さい」
返答に困った入鹿は、取り敢えず当たり障りのない言葉を選ぶ。入鹿には、御堂の言っている意味が理解できていなかった。
「何、他人事にしてるのよ。協力しなさい、って言ってるんでしょう!」
胸座を掴んでいる御堂の右手に、入鹿も右手を被せた。御堂の指を1本ずつほどこうとしたが、意外に力がこもっている。
「OKかしら? 契約成立の証ってことで、キスしてくれてもいいわよ」
入鹿の胸座を、右手で更に引き寄せる。御堂自身も上半身を乗り出して、入鹿の顔に自身の顔を近づけた。
「母から、怪しい契約には乗らないように言われてます」
御堂の揶揄いを逆手にとり、「母」を理由に話をはぐらかす。
入鹿は御堂の右手の指をほどいて、顔を御堂の顔から離した。入鹿は、見かけによらず怪力である。その入鹿が、痛くさせないよう気をつかいながら指をほどいたことに御堂は少し満足する。
「大体……貴女は幹部に出世できればいいでしょうが、僕には何のメリットもない話ではないですか?」
「あたしが玲を守ってあげる。弱っちいあなたが戦場で死なないように、あたしがあなたの盾と剣になって戦うわ。悪くないでしょう?」
胸の前で腕を組んで、御堂はにっこりと微笑んだ。反対に、入鹿の顔には疲労に近い色が浮かぶ。
御堂の顔から視線を外して、冷めてしまったココアのカップを回しながら……入鹿は小さな声で呟いた。
「はっきりと言っておく。そう言うあなたが今夜、鶏が鳴く前に3度私を知らないと言うだろう」(*1)
「ん……何、それ?」
何かの書物の引用だとは気付いたが、何の引用かは思い出せない。
「前時代の宗教の聖典の一節ですが、別に意味はありませんよ。ただ、思い出しただけです」
ふーん……と思いながらも、御堂はその言葉を聞き流した。
(*1)『マタイの福音書』26章34節




