第103話 『朱雀』医務室
戦艦『朱雀』の医務室にあるベッドのひとつを御堂が占有している。艦医の診断では、刀自古に蹴られた膝は数日固定しておけば全快すると言う。
ベッドを跨ぐ両脚型オーバーベッドテーブルの天板には御菓子の類いが広げられている。
ベッドから上半身を起こす御堂と側で椅子に座る青柳は、天板の御菓子を囲んで和んでいた。その緊張感のない様子に、刀自古は呆れる。
「医務室でオヤツを楽しまないで下さい!」
「ええぇ?」
「青柳少尉、トイレ掃除は貴女の担当です。行ってきなさい!」
「あうぅ……」
青柳を医務室から追い出し、刀自古はベッドの脇に立って御堂を見下ろした。
軍人として格闘術も訓練している御堂としては、まさか事務職の行政官に遅れを取ったのはショックである。ベッドから刀自古を見上げる視線が恨めしい。
「護身術くらいは身につけてますよ」
だが……御堂が刀自古に向ける視線には、別の意図がありそうだった。
「何か、言いたいことがあるのですか?」
「あたしのせいだって、言いましたよね?」
「いいえ」
刀自古は、御堂の問いを当然のように否定した。
「第3戦団のスパイなら、いい仕事でした……と褒めて差し上げたんですよ」
刀自古の胸座へ向かって右手を伸ばしたが、オーバーベッドテーブルに胸元が引っかかる。御堂の右手は、刀自古には届かなかった。
「あら、胸の余分な駄肉がなければ届いたかも知れませんよ。ダイエットなさったら?」
しれっとした顔で、御堂を挑発するように笑う。
(いや、わかってる)
(本気で、スパイと思われてるわけじゃないんだ)
むしろ、刀自古の立場で最大限に「庇って」くれている。
「羨まれても、あげられません。ごめんなさいね」
刀自古の声で、小さく「ふん」と聞こえた。刀自古にとって「胸が大き」く「面倒くさい女」は天敵である。
ルージュピークを放棄した『朱雀』と『胡蝶』は、帝国を連絡する機甲路を移動している。2艦の目的地は、ナーガオウ州の州都である。
ルージュピークの工廠施設で逃がした6機の重甲機兵は、おそらく州都で再び戦うことになる。
「玲がいればGV3Xはそのまま投入できたんです。1機でも多く重甲機兵が必要な時に、玲を異動させちゃうなんて行政官もやってることが矛盾してます!」
御堂は刀自古に噛みつく。御堂には、入鹿がルージュピーク遠征部隊から別任務で異動したことになっている。
「まさか、本当は安全保障局に逮捕……?」
「違います!」
思わず、刀自古は強い口調で否定してしまった。




