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雨の日に、後輩と  作者: 有沢真尋@12.8「僕にとって唯一の令嬢」アンソロ


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第2話 その親切は……

 客観的に考えて。

 スマホを置き忘れて連絡が取れなくなっている参加者がいることに気付いて、わざわざ待ち合わせ場所まで出向き。

 自分のシャツが濡れるのも厭わずに貸してくれて、車にも乗せてくれて。

 時任はかなり相当すこぶりつきの親切である。


 車に詳しくない凛から見ても、別段凝った高級車には見えない白の乗用車で、路肩に寄せて時任が開けて来たのは助手席だった。


(このびしょ濡れ状態の私を、躊躇せずそこに乗せようとしますか……!)


 せめてビニールシートでも敷いてくれればと思ったが、さすがにそんなものは都合良く常備していないだろう。


「濡れているのに、本当にごめんなさい」


 言い訳しながら乗り込んで、背を背もたれに触れないように気を付けていたらチラッと視線を向けられた。なんだろう、と見返したら、時任は凛側のヘッドボードに手をかけ、凛の身体ごしに身を乗り出してシートベルトを締めようとしてきた。


「わああ、あの、じ、じぶんで」

「そうですね。シートベルトしてくれないと発車できないので」


 さらりと言われて、それもそうだと背をシートに押し付けてシートベルトを締めた。これでもう、助手席はびしょ濡れになってしまった。


 雨がやや小降りになってきた道に滑るように車を走らせ「さて、どうしよう」と時任が独り言のように呟いた。


(どうしよう……、どうしようって何? どうしようって、帰る以外に何かあるの?)


「佐伯さん、家どっち方面ですか」

「駅はさくら野です」

「それだと、ここからなら俺の家の方が全然近いですね。服乾かしていきます?」


 えーと。


(できればまっすぐ家に送ってほしいんだけど……。時任さん的にはどうなんだろう。服乾かすまで面倒みるから、あとは自分で帰ってって感じ? それなら自分でタクシー拾った方が良くない? あ、だけど濡れたままだと乗車拒否されるかもしれないし……)


 ファーストフードやファミレスに入って乾かすにも、乾くまでは下着が透けているわけで……。


「後で埋め合わせしますので、一度それでお願いします。あ……、でもどなたか家に人がいらっしゃいますか?」


 社長が家にいたりして?

 思いついて焦って尋ねたが、ハンドルに両手をかけたまま前を見ていた時任は、ふっ、と小さく笑みを漏らして言った。


「家出てるんで。ひとりです」

「ああ……」


 良かったと思ってから、良かったのかな、一人暮らしの男の家だぞ、との考えがかすめた。


(でも時任さんのスペックを考えると、付き合う相手に困るわけがなく……。ここはむしろ彼女に迷惑をかけないかを心配する場面よね)


 そうだそうだ、自分と何かあるわけがないと思いながら凛は確認事項を口にした。


「彼女とか」

「いません」


 即答。

 それもまたそうなのかと思ってしまったが、赤信号で止まったせいか時任は顔を向けてきて、目を細めて見て来た。


「だいたい、彼女とか、の『とか』ってなんですか。彼氏とかペットとか、そういう周辺情報も含めて聞いてます? いませんけど」

「いないんだ」


 思った通りに口に出してしまったのに、一瞬時任は言葉に詰まったように見えた。しかも心なしか眉を寄せた険のある顔でにらみつけられて、凛は「別れた直後かな」などと余計なことを考えてしまう。口に出すのは、ぎりぎりのところで思いとどまった。


「佐伯さんこそ。言い訳が必要な男はいないんですか。上条さんとか、東野さんあたりと仲が良いですけど、付き合っていたりはしないんでしょうか」


 覚えのある名前を出されたが、凛は思わず苦笑して「ないない」と言ってしまった。


「東野さんは最初に仕事を教えてくれた先輩だし、上条くんは同期だから、今でも話す機会はあるけど。付き合ったり、なんて考えたこともないなー」


 時任が名前を挙げた二人は、凛から見ても仕事ができる上に容姿も良く、独身の女性社員たちに人気があるのは知っている。だが、仕事上の会話はよくするがプライベートには踏み込まないので交際関係はよくわからない。自分が鈍いせいもあるとは思っているのだが、少なくともそんな話をする間柄ではない。


「というか、時任さんは違う部署でも人間関係に詳しい? 確かにあの二人は仕事でも成果だしてるからね。将来社長の片腕になるかもと注目しているのでしょうか」

「それを言うなら佐伯さんも普通にやり手ですよね。俺、異動になったら佐伯さんの下につきたいと思っているんですけど」


 思いがけないことをさらりと言われて、凛は目を見開く。


「私?」

「社内で俺の上司になると、結構俺に、というか俺の親に気を遣うみたいなんですけど。佐伯さんはあんまり気にしなさそう。さっき、俺の名前出て来なくて考えていたくらいだし」


 バレてる。

 そんなに不自然な間をあけたつもりはなく、一瞬だったはずなのだが、考えて思い出したのが、はっきり悟られていた。鋭い。


「私の下かぁ……」


 そこまで見込まれていたというのは正直意外だった。名前と顔が一致して覚えられていただけでもすごいなと思ってしまっていたのに。


「雨弱くなってきましたね。一番ひどい時間帯に出歩いちゃったみたいですよ」


 時任はくすっと嫌味のない笑い声を立てた。

 滑るような運転で、車は駐車場に入っていく。

 タワーマンションなどではなく、ごく普通の単身者用のマンションに見えた。


(もしかしてこのひと、会社では普通の平社員スタートだけど、自分の給料だけでやりくりしているのかな)


 それなりに大きな会社なのである。社長の息子ともなれば、どこかの一等地に構えた豪邸から悠々と通勤しているイメージだったのだが、良い意味で裏切られてしまった。


 入口はオートロックだったが、階段は野ざらしでさほどセキュリティが固そうでもない。エレベーターもあったが、「三階ですけど、階段の方がいいです?」と聞かれて思わず「それで」と頷いてしまった。


(狭いエレベーターで二人きりになるのは、っていう配慮だよね)


 そこまで気が付くものなんだな、と感心しながら後に続いて階段を上っていたが、部屋の前についてふと思う。

 ……彼氏でもない一人暮らしの男性の家に、上がりこんで大丈夫なのかな?

 ここで何かあっても「同意の上」になるよなという思いが頭をかすめる。


(私のような年上に手を出しても面白くもないと思うんだけど)


 まさか監禁されたり殺されたりもないだろうし。

 そこまで考えてから、先に入って振り返って「どうぞ」と言ってきた時任に一応確認してみた。


「監禁したり殺したりしないですよね?」


 考えていたことがそのまま口から出てしまった。

 出てしまったものは仕方ない。


 * * *


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