調査-3.5(回想3)
「黒藤さんにはそのまま事務局に行くように伝えてあります。周防くんが救急車を呼んでくれているので、救急車が到着するまで待ちましょう。」
紫藤はちらりと朱音の顔を見たが、すぐに日葵たちに向き直る。
「せ、先生、新大丈夫かな......。」
日葵は顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくりながらすがるように紫藤をみつめる。
紫藤は顔を曇らせると、新の口元に手を近づけた。
「先生は医者ではありませんから、春日井くんの状態については大丈夫って断言することはできません。でも、今春日井くんの呼吸は止まっていない。みたところ、頭を強く打ちつけているようだから、素人が動かすのは危険です。今は、救急車を待つしか......すみません。」
紫藤の言葉に日葵は嗚咽を漏らしながら新の体にすがりつく。
日葵の様子に朱音は俯き、佑介は顔をそむける。
日葵の嗚咽だけが響く階段の踊り場に、かすかに遠くから音が聞こえたような気がして朱音はばっと顔を上げる。耳をすますと、かすかに救急車のサイレンが徐々に近づいてきている。
朱音がサイレンの音に気づいたすぐ後、紫藤も小さく息をのんだ。
「……救急車が来ましたね。すぐここまで来てくれるはずです。」
日葵は涙で濡れた顔を上げ、かすかな希望を求めるように階段下の方へ視線を向けた。
「きゅ、救急車!よかった……新……助かるよね……?」
紫藤は逡巡したが、日葵を安心させるように微笑み、力強い声で答える。
「救急隊の方が来れば、もっと正確な処置ができます。彼らに任せましょう。」
その時、階下から複数の足音が一気に駆け上がってきた。
朱音たちはその場を空けるよう指示される。
そのまま新のそばに膝をつくと、体を隅々まで確認していく。
「春日井新さんですね? 頭部外傷あり、呼吸あり……担架準備!」
素早く状況を確認していく救急隊員たちの動きに、場の空気が一気に引き締まった。
日葵は新の名前を呼びながら必死に彼の手を握っていたが、救急隊員に優しく肩を押される。
「搬送のため、少し離れていてください。」
「……っ、はい……!」
日葵はこぼれる嗚咽を押し殺しながら立ち上がる。
肩を震わせる彼女の横で、霞が息を切らしながら駆け戻ってきた。
「し、紫藤先生!事務局にも伝えてきました……! 救急箱も……!」
「ありがとう、黒藤さん。もう救急隊の方が来ています。落ち着いて。」
霞は胸に手を当て、息を整えながらもほっとしたのかそのままへたり込んだ。
佑介は唇を強く噛みしめたまま、救急隊員の邪魔にならないように霞の近くに移動し、新が担架へ移されていく様子を凝視している。
しかし、その視線の先には不安だけではなく、明らかな疑念が混じっていた。
その目が合った朱音は、逃げるように再び下を向く。
紫藤はその一瞬の空気の揺らぎを見逃さず、
ちらりと朱音を見てから、すぐに佑介の肩へ手を置いた。
「形代くん。今は春日井くんのことだけを考えましょう。話は、あとでできますから。」
落ち着いた低い声だった。
佑介はハッとしたように目を瞬かせ、悔しそうに睨みを解く。
救急隊員が新を担架に固定し、階段を慎重に降りていく。
そんな新を日葵は祈るように両手を組んで見送る。
救急隊員の背中が見えなくなると、場にはまた静けさが戻った。
サイレンの余韻だけが、まだ遠くで鳴っていた。




