調査-3.5(回想1)
あの日の出来事ははっきりと覚えている。
謂れのない自身へのレッテルと、種族への偏見、被害者である春日井が倒れ伏し、頭から血を流している姿。
自身が妖怪種族検査で鬼だと、しかも危険度が一番高い赤判定をされたその日から、周囲から朱音への態度は一変した。
昨日までは仲良くしていた友人も、一緒に遊んでいたクラスメイトも、先生や実の親でさえも朱音に怯えたような、得体の知れない者をみる目を向けて朱音のことを避けた。
小学生のみではとどまらず、中学や高校でも似たようなものだった。
最初は仲良くしていても、どこからか朱音が鬼だと、赤判定だとわかると人は離れていく。
そうして過ごしていく内に、初めから親しい者を作らなければいいと気付いたのは中学生3年制の頃だったか。
期待したところで、どうせ自身の妖怪種族検査の結果を知ればどうせ離れていくのだ。
それなら、最初から独りでいい。
大学に入ってすぐの頃、朱音は3号館の非常階段の使用率が少ないことに気が付いた。
あまり日の光が入ってこないからか階段内は薄暗く、手すりも少しさび付いている。
『夜な夜なすすり泣くような声が聞こえてくる』、『怪しい物の取引場所として使われている』、といった噂も耳にしたが、朱音が使いだしてから特に異変はない。
屋上につながる非常階段となると、もう少し人がいることも想定していたので少し拍子抜けした。
風に吹かれて揺れる葉の音や少しばかり遠くきこえる学生たちの声、薄暗くて少し涼しくもあるため春先や夏場はとても過ごしやすく、秋や冬は寒さを感じるが、朱音にとっては少ない心休まる場所になっていた。
そうして事件当日、朱音はいつものように3号館の非常階段、五階から屋上へとつながる階段に座っていた。
春先の少し肌寒い風から身を守るように羽織っているパーカーの裾を少し伸ばす。
膝上にノートパソコンをのせ、すぐに誰かがきてもわかるように少し音量を下げながら聴きなれた音楽を再生する。
課題に必要なものを頭に思い浮かべつつ、レポートを進めていく。
きりのいいところまでレポートを進めたところで、ふと遠くから怒声が聞こえた気がして朱音はノートパソコンに向けていた顔をあげ、眉をひそめならも辺りを見回す。
右耳だけイヤホンを外し、周囲の音に耳を澄ませるとやはり言い争うような声が階下から聞こえてきた。
朱音はそのまま右耳にイヤホン戻すと、他人の喧嘩に巻き込まれるなんてまっぴらごめんだと、手早く荷物をまとめて立ち上がる。
そのまま五階の通路へと繋がるドアに手をかけた、その瞬間だった。
言い争うような声が止んだとおもった一瞬の静寂。
その直後、ドンッ! 何かが地面に叩きつけられるような、重く鈍い衝撃音が朱音の耳を打った。
思わず息を呑み、朱音の足はその場に凍ったように固まった。




