邂逅-2
玲のからかうような口調に朱音は力強く否定する。朱音にはまったく身に覚えのないことだった。
朱音の激高した様子に玲は紅茶を一口飲むと、首を傾げた。
「今の君の話だと、君が疑われる要素はあるかもしれないけれど、警察が君を第一容疑者としている理由がよくわからないな。もう少し詳細を教えてくれる?」
「その日、俺は確かに先輩が落ちた階段の2階分くらい上の階段の踊り場にいた。けど、先輩が落ちた瞬間は見ていない。誰かが言い争っているような声は聞こえたが、それが先輩だったのかもわからねぇ。悲鳴と、でけぇ音がしたから下に駆け寄ってみた時には先輩はもう、下で倒れていたんだ。」
そこまで言い切ると朱音は俯いてしまった。
朱音の語尾はかすかに震え、彼の胸の奥でこみ上げる不安と苛立ちが顔に表れていた。
彼が嘘をついているようには思えず、玲は静かに紅茶を口に運び、まぶたをひとつ閉じた。
「なるほど。それで、僕にどうしてほしいの?」
「本当に、俺は犯人じゃないって証明したい。警察も周りの連中も、親でさえ聞く耳を持ってくれない。誰も、俺の言葉を信じようとしない。」
朱音の声には切実さが滲みでている。
玲はしばらく黙って朱音を見つめていたが、やがてふっと小さく息をついた。
「それは、君の種族のせいかな?」
玲の言葉に朱音が顔を勢いよくあげる。
その顔は驚き、怒り、恐れといった複数の感情が入り混じった複雑なものだった。
「あんた、なんでそれを。」
「まぁ、今の話しを聞いて警察が君に対してそこまで疑いを深める理由がない。君の表情も、言葉の選び方も、警戒の仕方も、ただの“人間”として育ったものじゃない。それに、わざわざ探偵事務所に来るってことは”そう”なんじゃないかってね。」
朱音は口をつぐんだまま、膝の上でぎゅっと固く握られている。
あまりに強く握っているのか、皮膚が張りつめて白く浮き上がっていた。
「俺は、鬼だ。それも赤判定された、鬼。両親は人間で、父親が“赤鬼”の一族だった。俺が第一容疑者として疑われているのはそういうことだ。ただ、俺は誰にも種族のことは話したことはない。」
「小学生の時に種族検査をしただろう? 種族が妖怪と判定されたらデータベースに登録される。」
「あぁ。だから、余計に“俺ならやりかねない”って思われたんだ。力の強さも普通の人間とは違うし、カッとなると手が出るんじゃないかって。先輩に喧嘩を売られてそのまま突き飛ばしたんだろうって。」
朱音の声は低く、苦しげだった。
玲は視線を朱音から外し、わずかに目を伏せた。テーブルの上のティーカップが、小さく揺れている。
沈黙がふたりの間を流れる。
玲が宵守に視線をやると、宵守は頷き、ソファの近くにある机の引き出しから一枚の紙を取り出し、朱音の前に置いた。
「とりあえず、ここに署名を。君の事件について、僕が正式に調査するには、依頼という形を取らないといけないからね。」
朱音は驚いたように玲を見上げた。
「依頼、受けてくれるのか?」
「そのために来たんだろう?ほら、内容を確認してここにサインして。」
玲が指さした紙には契約書、と書かれていた。




