違和感
紫藤の話を聞いて、玲は考えこむように顎に指を添える。
一定のリズムを人差し指でとりながら紫藤からの情報を整理する。
「ちなみに、周防さんの学生証についてですが、普段はどうしているの?」
朱音の学生証が春日井の手に握られていたという事実は、救急隊員が確認している以上、疑いようがなかった。それがそのまま、彼を犯人と警察が判断する一因にもなってしまっている。
ただ、学生証というものが、そう簡単に相手の手に握られている――その状況自体が、玲にとってはひどく不自然に思えた。
「学生証は図書館とか薬品が保管されている研究室に入る時には必須だから、大学にいる間は首からは下げてなくても、ネックストラップに入れて胸ポケットにいつもしまっているんだ。ただ、春日井さんの件の2~3日前から失くしてた。しばらく図書館にも研究室にも行く予定なかったからな。事務室には紛失届は出してないから、証明はできねぇ。......わりぃけど。」
「失くしたはずの周防さんの学生証を、なぜ春日井さんが手にしていたのか......引っかかりますね。」
「可能性としては、春日井君がたまたま拾ったか、もしくは春日井君を突き飛ばした人間が持っていて、揉み合った際にその人物が落としてしまったか、ですね。」
朱音は紫藤の言葉に思いもしなかったと瞠目する。
玲もその可能性については考えてはいた。
紫藤の言葉を反芻する。
もし、学生証が“朱音の手から”離れたのが事件当日より前だとしたら――。
春日井が朱音の学生証を”いつ拾ったのか”によって、朱音が犯人であるという警察の推測を覆すことができる。
「何はともあれ、一度春日井さんのご友人たちにお話しをききたいところですね。」
玲の言葉に朱音は気まずそうな、形容しがたい顔をする。
朱音の現状を思えば、形代や三澄に会うのは確かに気まずいだろう。玲もそう思う。
だが、朱音がいることで彼らがどんな反応を見せるのか――それも確かめたいのが、正直なところだった。
職員室での反応から、恐らく警察が他の職員に話をきいた際にでも言ってしまったのか、朱音が『鬼』であるということは、すでに広まってしまっているのだろう。
それがどこまで広がっているのかは定かではないが、少なくともここに向かうまでの間にすれ違った学生たちからは犯人と目されている朱音への好奇の視線は感じても恐れや畏怖の視線は感じなかった。
「先生、念のための確認ですが、周防さんが『鬼』であるということは、どこまで広まっていますか。」
「はっきりとはわかりませんが、職員には周知されてしまっていますね。警察が他の先生にも話を聞いた際に言ってしまったようで......。その件については僕から厳重に抗議しておきましたが、周防君には嫌な思いをさせてしまって申し訳ない。」
朱音に向かって頭を下げると、朱音は慌てふためく。
「そんな!紫藤先生が謝ることじゃねぇっす。それに、先生は俺が鬼だとわかっても態度変えなかったっすよね。俺は、それだけで......大丈夫です。」
ニッと笑って告げる朱音に紫藤も顔に笑みが浮かぶ。
紫藤以外の先生たちの態度に思うことがないと言えば嘘になるが、それよりも目の前の紫藤が態度を変えないでいてくれたこと、自分が犯人じゃないと思ってくれていることが何よりも朱音には嬉しかった。
そんな紫藤と朱音のやりとりをみて玲はほっとする。
少なくとも、紫藤という大人が朱音の味方でいてくれることは、喜ばしい限りだ。
妖怪というだけで差別の目を向ける者は多い。
まして鬼ともなれば、周囲から貼られるレッテルは大きい。
わざわざ真偽が定かではない噂を辿り、玲の探偵事務所まで相談しに来たことを思えば、朱音を疑うことはなかった。
玲は自身のスマートフォンの振動に気づき、「少し失礼。」と席を立つ。
発信元は宵守。
頼んでいた件を済ませてくれたらしく、簡潔な報告が記されていた。
内容に目を通すと、玲は笑みを深める。
「うちのものに頼んで、警察を通して三澄さんたちにお話しをきけることになりました。ちょうど警察の方でももう一度話を聞きたいと思っていたそうで、事情聴取への立ち合いを”快く”許可していただけました。」
『快く』の部分を強調して、にこりと笑顔で言い放つ玲。
だが、その瞳は少しも笑ってはいなかった。
玲の笑みを見て朱音と紫藤は顔を見合わせる。
職員室でのこともそうだが、意外と沸点が低い子なのかもしれないな、と紫藤はそんなことを考えた。
「警察がもう一度三澄さんたちに事情聴取するということですか?」
恐る恐るといった風に玲に問いかける紫藤に頷きを返す。
スマートフォンを仕舞うと、玲は元居た位置に座る。
「今回の件、警察の対応があまりにも杜撰に感じていたので、知り合いの刑事さんに連絡をしてもらったんです。実は、ここに入る前に電話をつないでリアルタイムでうちのものに話が聞こえるようにはしていたんですよね。……もちろん、今は切れてますよ? さすがに、それ以上はまずいですから。後出しになってしまってすいません」
笑顔でとんでもないことを口にする玲に、二人はただ呆気にとられるしかなかった。




