聖書超解釈『放蕩息子、の、兄。』
その日の夕の食卓に弟の姿が無かった。弟の茶わんに飯をよそっている父さんに、声を掛ける。
「あいつは?」
コツはさもなんでもないように聞くことだ。
「⋯出掛けたよぉ。」
は? こんな時間に? 金も無いのに? ⋯いつも夜中コンビニに行くだけなのに? また父さんが渡したのか。思わずため息が出そうになる。冷蔵庫にビールがあったはずだ。
夕飯を食べ終える頃になっても、弟が帰る気配はなかった。まだクチャクチャと飯を頬張っている父さんの、口の周りの飯粒が今日は四つ。
尋問がしたかったわけではなかった。状況をやっと把握した頃には、父さんの顔は今にも泣きそうな子どもみたいになってた。怒られたように感じてしまうのも今日は無理もないだろう。あいつは、なんと父さんの遺産を先に貰って家を出たというのだ。なんでも東京へ行って、ラッパーになるとかなんとかうそぶいていたらしい。父さんも父さんだ。遺産をくれなんて、さすがに死ねと言われたようなもんじゃないか。違うんだ、違うんだよ父さん。そのラップじゃない。そのラップを巻く係の人とかじゃないよ。
さすがに怒り新党⋯あのアナウンサー、マブかったなあ、僕は少し酔いの回ってきた頭で考え直した。てことはー、あいつの顔もう見なくて済むってことだろ? 通帳を見ても本当に奴の取り分しか渡していないみたいだし。親父グッジョブ。あんな奴どこかで野垂れ死のうが、僕は構わない。むしろ⋯いや、さすがに自重しておこう。
しばらくは穏やかな日々が続いた。父さんは時々間違えて飯を三合炊いてしまうけど、それくらい。
日曜日の夕食の後だった。毎週のことながら終わってしまう休日に名残惜しさを感じつつ、YouTubeを観ていると階下が騒がしい。イヤホンを片耳外す。バカみたいに大きな声。嘘だろ。まだ一ヶ月も経ってないじゃないか。弟が帰ってきたようだった。父さんと二人でおいおい泣いている。窓の外に目をやった。ああ。暗くなるのが、早くなったな。
ほどなく泣き止んだ様子のおっさん二人はリビングで何やら談笑しているようだ。そういえば今日、父さんは間違えて三合炊いたっけ。あ。僕は階下へ急いだ。
………嗚呼。さっきお隣の老夫婦がお裾分けしてくれた蟹。その時はもうほとんど夕食を食べ終えてしまう頃だったから、明日食べようねって。ねえ。父さん…! チラシを折って作られたゴミ箱に高々と積み上げられた赤色。兄がニタニタしながら指をチュパチュパやっていた。それをニコニコしながら見ている父さんの口の周りにも、残骸。
冷蔵庫からビールを取り出し音を立てて扉を閉めた。こっち見んな。
―――月曜日。今日からまた一週間が始まる。朝飯を食べないで出たのには特に深い意味も思慮もない。いつもより少し遅く起きただけ。
昨日はス○モを見すぎた。
『ルカによる福音書15章11〜32節』