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第6話 快感! ステージライブ!?

 バレンタインライブは、会場である講堂を立ち見が出るほどの満員でスタートした。参加バンドは5組、雪乃達ラグナロク・ニアは3番目の演奏であった。

「凄い……っ!」

 雪乃は思わずそう声を漏らす。前のバンドの演奏をステージの袖で聞いていたのだ。

 生憎盲目なので、ステージそのものを観る事は叶わないが、演奏のテクニックや歌のパワーのようなもの。そして会場全体が一つの生き物になった様な一体感と熱気に当てられ、目眩すら覚えていた。

「くわ~、流石にうめーなマジで。奴らインディーズでCDも出してるんだぜ」

 とリッパーがため息と同時にそんな呟きを漏らした。

 CD!? それってもうプロなんじゃ……そんな人たちの後に私達の出番なんて……っ!

 雪乃の心は動揺と緊張で潰れそうになっていた。雪乃は連日の超特訓で、通しでなんとか間違えずに弾けるようになった程度だ。なのにそんなプロ同然のような人達の後の演奏なんて、ドン引きされるに決まっていると思っていた。

「いいじゃない。相手にとって不足無し! 上等よっ!」

 ララがそう言って拳を握り、口許を歪めた。そんなララの言葉に一同無言で頷くのだが、ただ一人雪乃だけはローブを深く被り下を向いていた。

 ララ……いや、マリアさん。あなたは何でそんなにも前向きで、力強くて、かっこ良いの? 何で私はこんなにも弱くて、ダメなんだろう……

 さっきから足に接地感が無い。緊張しすぎで喉がカラカラだ。雪乃は何度も自分に『大丈夫、私は弾ける』と心の中で言い聞かせるが、その度に心臓の鼓動が早くなって行く。そして、前のバンドの演奏が大きな歓声とともに終了しステージの幕が降りた。次はとうとう自分達ラグナロク・ニアの番である。雪乃緊張は最高潮に達していた。

 ステージでは、イベントスタッフによる機材のセッティングが同時に行われており、雪乃のキーボードの設置も終わったところで、雪乃は手探りでその前に置いてある椅子に腰を下ろした。

「まず初っ端エンジェルデザイアで行く。初心者バンドってフレコミだから度肝を抜いてやろうよ! その後流れでメンバー紹介。で、2曲目つー流れね」

 とララが楽屋で打ち合わせした段取りを再度確認した。一同無言で頷いた。雪乃も奥歯を噛み締めながらこくりと頷く。

 大丈夫、あんなに練習したんだ。やれる、出来る! 雪乃はそう心の中で呟きながら震える指を鍵盤に置いた。

「よし、行くよみんなっ!」

 ララの掛け声に「おうっ!」と全員で返すとゆっくりとステージの幕が上がり、それと同時にシャドウこと智哉のギターの音が流れ出した。その音にサモンのドラムとリッパーのベースが追いかける。そしていよいよスノーのパートになった。いざっ! と意気込んだ瞬間、スノーの指が鍵盤の上で固まった。

 ―――――っ!?

 頭の中が真っ白になり、半ばパニック状態のまま、薬指が鍵盤を叩くと全く違う音が出てしまった。

 きょ、曲が……っ! 音が思い出せないっ!?

 それでも必死に覚えた指使いを思い出そうと無理矢理指を鍵盤に走らせるのだが、スノーの思いとは裏腹に、まるで泥の中に両手を突っ込んでいるかのように指の動きがスローモーションになってしまい、音が全く曲に着いていかなかった。

 右に座っているサモンはそんなスノーの異常に気づき、ドラムを叩きながらチラリとスノーを見る。シャドウも肩越しにスノーを見やるが、スノーはその白い顔を青くさせ、額に大粒の汗を光らせながら慌てていた。

 やがて着いて来れないキーボードの音に、他のメンバーも演奏をやめてスノーを見た。

「あれ? ゴ、ゴメン、ナサイ……も、もう一回」

 スノーの口からかろうじてそんなつぶやきが漏れた。するとララが「よっし、オッケー!」とスノーに声を掛け、続いて観客席に向かって大きな声で叫ぶ。

「すみませ~ん! しきり直しさせてくださ~いっ!!」

 そして再び曲のイントロが始まる。スノーは『今度こそっ!』と心の中で気負いを入れて望むが、結果は先ほどと同じく指が殆ど動かなかった。

 な、なんで……なんで……!?

 会場から次々とブーイングが上がる中、スノーは必死に自分にそう問いかけていた。

 スノーは極度の緊張でパニックに陥り、一時的な記憶障害を引き起こしていた。究極の仮想世界セラフィンゲインで戦慄の異名『絶対零度の魔女』と呼ばれる日頃の彼女なら、そんな自分の置かれた状況を冷静に分析できるのだろうが、それすら今の彼女にはかなわない。あの世界で最強の『神の身技』と見まごう最強魔法を苦もなく操る彼女は、現実世界では目の見えない弱々しい一人の女の子で、緊張【アガ】って指も動かない、情けない心しか持ち合わせてはいないチキンガール……そう思ったとたん、視界の中の鍵盤がぼやけだした。

 ああ、自分は何でこんなにダメな娘なんだろう……

 ああ、なんでララ……いや、マリアさんはあんなにも強くて素敵に出来るんだろう……

 やっぱり私には元々無理だったんだよ。

 もう消えて無くなりたいよ……

 そう思うと、瞼に溜まった滴がボロボロとこぼれ落ちてきた。

「スノー……」

 隣のサモンがそう呟いた。耳のいい彼女には、その声音から、彼が自分を励まそうとする意志が感じられた。でも今はそれがとても悲しい。

 ありがとう、サンちゃん。でもね、違うよ……私はスノーじゃないよ。私は世羅浜雪乃なんだよ。

 強くてクールで、みんなを率いてどんな困難にも負けない、そんなスーパーガール『プラチナ・スノー』なんて、現実には居ないんだよ。ここにいるのは、弱虫で、目が見えなくて、好きな人の声を聞くだけで満足してるだけの、ダメな女の子なんだから……

 だからもう、私を逃げさせてください

「ははっ、やっぱり私はダメだった。アガって頭が真っ白だもん。もう弾けないよ。ごめん……ごめんなさい。もう私……帰って良い……かな」

 そう口に出すスノー、いや、雪乃の涙声は悲しいほどか細い声だった。

 とそのとき、鍵盤に置いていた雪乃の右手を誰かが掴んだ。

 ――――!?

 驚いて引っ込めようとする雪乃だったが、手首を掴む手の力は思いの外強く、雪乃はその場でよろける。そして捕まれた手がゆっくりと上がり、手のひらが何かに押しつけられた。

 トクトクトクトクトク……

 規則正しく、それでいてやたら早い間隔で脈打つ感覚。雪乃はそれが鼓動だと判断して顔を上げた。

「同じだよ、スノー」

 その声は、雪乃がこの世で誰よりも愛おしいと思う声だった。

「カゲ……シャ、ドウ……?」

「わかるだろう? めっちゃドキドキしてんの。俺もさ、すっげー緊張してるんだ。マジで逃げ出したいくらいによ」

 その言葉の通り、手のひらから伝わるシャドウの鼓動はとても早かった。そのことが雪乃の心をほんの少しだけ和らげる。だが、シャドウにはそんな緊張を跳ね返す強い勇気がある。しかし自分には……

「照れくさくて言わなかったけど、実は俺、昔一度だけステージに立った事があるんだ。今みたいに大勢の前で弾いたことが。そのときはやっぱり今のスノーみたく最初はアガって上手く弾けなかった。だからスノーの気持ちがよくわかる」

 自分の右手を胸に押しつけたまま静かに語るシャドウのの声に雪乃は耳を傾ける。

「でもどうにか弾いていくうちにさ、俺、すげー楽しくなっちゃってさぁ……知っちゃったんだよ」

「知っちゃった? な、何を?」

 雪乃は見えない瞳をシャドウの顔に向ける。目は見えなくとも、彼女の瞼の奥には自分にほほえみかけるシャドウの顔がはっきりと映っている。

「なんつーのかな? 極上の瞬間ってやつ? なんか上手く言い表せないかな……」

 シャドウは少し考えて言葉を選ぶ。

「『もう、ここで終わってもかまわない』って思える瞬間。セラフィンゲイン以外でそんなことを感じることが出来る瞬間ってあるとは思わなかった。大勢の観客を前にしたステージに立つ奏者にはさ、あるんだよ、そんな一瞬が。俺はこのメンバーなら、またあんな一瞬が味わえるんじゃないかって思える。だからやってみようって気になったんだ」

 シャドウの声が、いや言葉が、雪乃の心に染み込んでいく。そして自然に顔を上げる自分がいた。

「俺はスノーにも味わって欲しいと思うんだ。きっと凄く楽しくて、この上ないぐらいに嬉しくなる。そんな瞬間に出会えたことに……」

 シャドウはそう言って雪乃の手を放した。しかし雪乃の手のひらには先ほどのシャドウの鼓動の感触が残っていた。そしてそこから発せられる熱も……

「間違えたって良い、上手く弾こうなんて思うなよ。今この瞬間、このメンバーで、このステージで演奏できる事を楽しもう。

 満点の演奏なんて俺たちには必要ないさ。今自分が出来る100パーセントの演奏をしよう。観客は誰も評価しないかも知れない。それでも良いじゃん? この仲間と、このステージで演奏出来るって事を楽しもう」

 シャドウの一言一言が雪乃の固まってしまった体を溶かすようだった。

「シャドウ……」

 雪乃の呟きにシャドウはにっこり微笑み、肩に提げたギターの弦を鳴かせる。普段の智哉なら絶対に出来ないし、キマらない事だが、今のシャドウほど似合ったアクションはないだろう。

「スノー、あんたの指で呪文を唱えろ! あんたの音で観客に魔法を掛けろ! あんたは至高の魔女、プラチナ・スノーだろっ!!」

 少し下を向いてうつむき、溢れる涙を未だ感触が残る右手の人差し指で拭い、雪乃……いや、スノーは胸元でギュッと固く拳を握りしめた。そして再び上げた顔にはもう涙など無く、現実世界では光を写さない筈の瞳に強い晄が静かに宿る。

 そう、私はセラフィンゲインの魔女、プラチナ・スノー。

 セラフィンゲインは真の勇気が試される場所。あの世界で最強を張る為のチームのリーダーが逃げたりなんて出来るものかっ! たとえそれが現実世界であろうと、ラグナロクである以上、それは私を否定する事になってしまうっ!!

「ごめんなさいみんな……でももう私は大丈夫、どんなにヘタっちょでも逃げたりしない。最後まで弾く。だからもう一度……もう一度だけ、チャンスをちょうだい」

 スノーの言葉に、一同無言で頷く。そして客席側に振り向いたシャドウがニヤリと笑いながら言葉を漏らす。

「……にしても、我らがリーダーのデビューステージがこんな冷え切った客席じゃあ納得いかないよなぁ?」

 そう言ってシャドウは不敵な笑みを浮かべる。そして再び弦に指を走らせギターが鳴く。

「だね。なんせあたし等伝説のチームになるんだし」

 とララも笑いながらそう相槌を打つ。サモンとリッパーも頷いていた。

「ちょっと予定と違うけど、少々暖めてやろうぜ……」

 尚も上がるブーイングの客席を見ながらシャドウはギターを構える。その姿は凶暴なセラフを前にして、不敵に笑うあの世界の彼、『漆黒のシャドウ』を彷彿とさせた。

「We Will Rock You……OK?」

 シャドウは振り向き、メンバーに目配せをした。スノー以外のメンバー全員がシャドウの意を悟り無言の答えを返す。

 えっ? 何、何なの?

 一人意味がわからずアタフタしているスノーにシャドウは声をかけた。

「緊張なんて吹き飛ばしてやるよ。アガってたら『勿体無い』って思えるくらい、楽しくなるさ!」

 その言葉が終わると同時に、サモンのドラムが響き渡った。

 ドン、ドン、ダンっ! ドン、ドン、ダンっ!……

 規則正しく、そして力強いドラムの音と、それに合わせてステージが振動する。見ると音に合わせてメンバー全員が片足でステージの床を踏み鳴らしている。

 そこにララの歌声が乗っかってきた。

「Buddy you're a boy make a big noise Playin' in the street gonna be a big man some day……」

 ララの透明感と力強さがミックスした声が、会場全体を包み込んだ。

「You got mud on yo' face!

 You big disgrace!

 Kickin' your can all over the place Singin'……」

【QUEENより】

 いつしかあれ程ブーイングが激しかった客席から手拍子と同時に、床を踏み鳴らす音が沸き起こった。その音は会場全体が震えているような錯覚をスノーに与えた。

 な、何なのコレっ!!

「「We will we will rock you!!」」

 会場にいる人間全員が声を張り上げる。

「「We will we will rock you!!」」

 いつしかスノーも無意識に声を張り上げ歌っていた。ステージと客席が一つになったような一体感。その中心に自分がいる。その高揚感はスノーの感覚に電撃のような快感を与えていた。

 こんなに楽しくて、こんなに嬉しくて、なんかもう、涙が出そうっ!

 シャドウの言うとおり、アガって動けないなんて……勿体無いっ!!

 無意識に指が鍵盤を走り音を打ち鳴らす。もちろん弾いたこともない曲。奏でてる音が合ってるかなんて分かるはずもない。でも指が止まらない。気持良すぎてブレーキが掛からない。間違ったって関係ないじゃんっ!!

 やがて曲が終わり、演奏が止まっても熱気が会場全体を包み込んでいた。

「このまま行くよ、みんなっ!」

 そんなララの言葉に一同「okっ!」と勢い良く答える。スノーもさっきまであれ程強張っていた指が、今では弾きたくてウズウズしている状態だ。

 そしてシャドウのギターソロからサモンのドラム、リッパーのベースと続き、スノーが鍵盤に指を走らせた。

 正直、出だしが少し滑った。でもスノーはその事が全く気にならなかった。いや、楽しすぎて気にできないといったほうが正しいかもしれない。

 そんな快感を味わいながら、スノーはシャドウのギターの音を追い掛ける。シャドウが音で問いかけ、スノーが答える。スノーがフレーズに乗せて想いを語り、シャドウがそれに答えるかのようにギターを鳴かせる。そして曲はスノーが一番気に入っているフレーズに差し掛かった。


♪ ♪ ♪ ♪


だから、だから、前だけ向いて、振り向かないで

最後の最後の最後まで、夢見た私の騎士でいて……


きっと、絶対、本当に、あなたを好きだった

もっと、絶対、本当は、あなたを好きでいたかった

It is my desire of the real thing!

それだけは嘘じゃないよAngel's desire……


♪ ♪ ♪ ♪


 スノーはララの声に自分の声をハモらせた。

 もうここで終わっても構わない、そう思える瞬間……そのシャドウの言葉がスノーの鼓膜に蘇る。

 スノーの、いや、雪乃の想いが歌に籠る。今なら素直に自分の思いを伝える事ができるだろう。スノーは喉が痛くなるのも構わず声を出す。その声にありったけの想いを込めて……


 私は、世羅浜雪乃は、カゲチカ君が好きです! 世界中の誰よりも大好きですっ!!


『きっと、絶対、本当に、あなたを好きでいいですか?』


 雪乃は心の中でそう歌ったのだった。


初めての人は初めまして。おなじみの人は毎度どうも。鋏屋でございます。

いや〜随分と長い間放置プレイしてしまい申し訳ありませんでした。でも最近なんか妙にこのお話を書きたくなってしまい続きを書きました。

忘れてしまった人も多いでしょうが「おい鋏屋テメエイイカゲンニシロヨ!」というクレームは横に置き、生暖かい目で見守ってくれると助かります(マテコラ)

予定では次回が最終回です。はてさて、雪乃の恋の行方はどうなることでしょう? 私も興味津々でございます(オイ)

鋏屋でした。

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