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第2話 仰天! 美由紀の変身!?

 次の日の放課後、雪乃は智哉、マリアを伴いサムから紹介された御茶ノ水にあるスタジオに向かった。昨日セラフィンゲインの帰り、サムが早速知り合いに連絡を付け予約を入れてくれたのだった。

 智哉は一端実家に戻り、自分のギターを持ってくると言うので、御茶ノ水駅にて待ち合わせをし、それから3人でスタジオに向かったのだった。

「でもサムって顔広いんだね、この業界」

 スタジオに向かう途中、マリアが感心したように呟いた。

「本当に…… 昨日の今日で予約入れられると思ってませんでした。しかも本番までずっと使い放題なんて……」

 雪乃もそのマリアの言葉に同意して応えた。

 何でもサムはそのスタジオのオーナーと親戚だとかで、6つあるスタジオの内、倉庫として使っていた部屋を格安で借りれるよう話を付けてくれたらしい。しかも中の置いてある機材は去年すっかり処分したらしく、本当なら今年からスタジオとして貸し出す予定だったそうだ。そこにタイミング良くサムから話しが来たとのことだった。短期間だけど気兼ねなく使えるというのが思いっきり初心者の雪乃にはありがたい限りである。

「しっかし、あんたがギターケース持ってるのは似合わないわね~」

 マリアが後ろから付いてくる智哉を振り返り言った。

「お、お、大きな、お、おお、お世話だ」

 そう言う智哉の声を聞きながら、雪乃は頭の中でギターを手にしたシャドウを思い浮かべる。真っ黒な鎧姿に同色のマントで、さらに同じく漆黒のギターを下げる姿が雪乃の

頭の中に浮かび上がっていた。

 リアルのカゲチカ君ってシャドウの時とはギャップが激しいって聞いたけど、どんな感じなのかな……

「あ、あそこ! サンちゃんとリッパーだ。お~い!」

 とララが正面に見える雑居ビルの前にいる小柄な男と法衣姿のお坊さんに手を振った。「ど、どうでも、い、いい、けど…… サ、サ、サンちゃん、あ、あ、あの姿で、ド、ド、ドラム、た、叩くのか?」

 そうどもりながら智哉が呟いた。だが、お坊さんの姿を見たことがない雪乃は、その姿が想像できなかった。

「2人とも、もう来てたんだ」

「さっき着いたところだよ。サモンのところでドラムセット乗せて車でな」

 マリアの質問にリッパーはそう答えて後ろに路上駐車してある軽のバンを指さした。しかしその軽バンの後ろには何も乗っていなかった。そしてポケットから鍵を取り出し、ララに見せる。

「さっきサムが来て鍵をくれたんだ。俺達は一足先にサモンのドラムセットを入れさせて貰ったよ」

「ふ~ん、で、サムは?」

「なんかこれから仕事があるつーんで鍵渡したら行っちまったぜ? それにしてもリアルのあいつってスゲーカッコしてんだもん、さっさと帰ってくれて逆に良かったよ。鍵貰ってるときなんかも、なんか非合法のドラックの受け取りと疑われるんじゃないかって思ってさ」

 リッパーがそう言って肩をすくめる。

 一体どんなカッコだったんだろう……

 雪乃はそんなリッパーの言葉を聞きながらそう思った。他の人はリアルで会うときの、その人のギャップを見ることが出来るのだが、リアルでは盲目である自分は当然見ることが出来ず、少し寂しく思えるのだった。

 そんなことを考えていると、ララから声が掛かった。

「あれ? 雪乃そういや楽器は結局どうすることにしたの?」

「ああ、私は美由紀さんに頼みました。彼女昔ピアノやシンセの教室で講師をやっていたことがあるんですって。相談したら私の特別講師役を買って出てくれました。今日折戸さんと御茶ノ水でキーボードを買って、そのままここに持ってきてくれるそうなんですが……」

 そう言う雪乃の耳に、聞き慣れたなじみのエンジン音が聞こえてきた。

「あ、どうやら来たみたいですね」

 目が見えない代わりに、雪乃の聴力は並はずれた物がある。集中して注意深く聞けば、知り合いなら足音だけでその人物を8割方当てられるほどだ。加えて記憶力も抜群で一度聞いた声なら絶対忘れないという特技もある。

 その雪乃の耳と記憶力を証明するかのように、タイミング良く雪乃の専用車である『バンプラ』が通りの向こうから現れ、雪乃達の前に停車した。そしてその助手席からジーンズにボタンダウンシャツ、そしてハーフコートといったラフな姿の女性が、長い黒髪をなびかせながら降り立ち、雪乃にお辞儀をした。

「お待たせいたしました、雪乃様」

 世羅浜家の使用人であり、雪乃専属のお世話係である疾手美由紀【ハヤテ ミユキ】だった。

「あ、美由紀ちゃんだ、久しぶり~!」

 とその美由紀にマリアがそう声を掛けた。流石に呼び捨てではない物の、本日でまだ2回目の顔あわせにもかかわらず、本人に了解も取らぬままファーストネームでちゃん付けするマリアだった。流石は完全自分中心主義、ビジュアル系悪魔だった。

「これはこれはマリア様、それにカゲチカ様も…… 先日は大したおもてなしも出来ませんで、申し訳ありませんでした」

 マリアに負けず劣らない高身長がすらりと伸びたジーンズを引き立てる。長い黒髪に切れ長の目元が、まるで日本人形のような顔を演出している。恐らく智哉達とそれほど変わらない年齢であるにもかかわらず、やはり良家に仕える使用人という事が影響しているのか、落ち着いた雰囲気で実年齢より1,2歳上に見え、またその雰囲気が『出来る女性』というか、キャリアウーマン的な印象を醸し出していた。

 口元に上品な笑みを浮かべつつ、美由紀はそう言いながらマリアと智哉に頭を下げた。

 そうこうしている内に、運転席から降りた折戸は後部座席から段ボールに梱包されたキーボードを降ろしていた。

「とりあえず私の独断と偏見で選びました。一応鍵盤には点字を付けてあります。もし使いづらいようであるなら明日また別の物をご用意いたします」

 そう言う美由紀に雪乃は微笑みながらこう答えた。

「私は善し悪しとかわかりませんし、美由紀さんが選んだ物だったら大丈夫でしょう。無理言って済みませんでした。折戸さんもありがとうございます」

「いえいえ、滅相もございません。それで、どちらにお運びいたしましょう?」

 折戸はその雪乃のその言葉に、人の良さそうな笑顔でそう聞いた。

「ああ、こっちだ。地下なんだ。案内するぜ」

 そう言ってリッパーとサンちゃんが、目の前の雑居ビルの横手にある階段を下りて案内する。智哉達他のメンバーもその後に続いて階段を下りていった。

 階段を下りると、少しひんやりした空気が肌を触り、若干カビ臭い感じがするが、それほど気にならなかった。階段の目の前にアルミの扉があり、その向こうにはPタイルが張られた廊下があって、壁に3つの扉が並んでいた。リッパーはその一番奥の扉を開き皆を招き入れた。

「わぁ…… 案外広いじゃない♪」

 とマリアが率直な感想を漏らした。部屋にはすでに照明が点灯していて地下とは思えないぐらい明るかった。畳15畳ほどのスペースで、一面に薄いグレーの直塗り壁に同じ色の天井、正面の壁には一面に鏡が貼られ、そしてその隅に先ほど運び入れたというサモンのドラムセットが鎮座していた。その奥にはアンプやスピーカー、マイクやエフェクター類が数台並んでいる。

「あ、あ、あの、アンプとかって?」

 智哉がその機械類をさして聞いた。

「いや、サムが急遽用意してくれたみたいだぜ。俺も自分のベース用のを持ってきたんだけど、こっちの方がイコが多くて良さそうだから使わさせて貰おうと思って降ろすの止めたんだよ」

 とリッパーが智哉に説明した。智哉は「ふ~ん」と呟き、自分のギターケースを置いてジッパーを開いた。

 一方折戸は部屋の隅の方に持ってきたキーボードの段ボールを置き、雪乃に声を掛けた。

「それでは雪乃様、疾手さん、また帰られる頃ご連絡下さい。私はこれで一端戻ります」

「あ、はい。ありがとうございます」

 雪乃はそう言って折戸を見送った。その傍らで美由紀もお辞儀を返すと、早速キーボードを段ボールから出し、一緒に持ってきた箱からスタンドの部品を取り出し組立始めた。

「一応ローランドをチョイスしてみたのですが…… アンプ類もローランドみたいです、相性良いかもしれませんね、雪乃様」

 美由紀はキーボードスタンドを組立ながら部屋の奥の機器類を見てそう言った。しかし雪乃には、何の事だかさっぱりわからなかった。

「私、楽器のことさっぱりで…… それにだんだん不安になってきました……」

 美由紀の傍らで雪乃がそう不安そうに呟いた。

「大丈夫です雪乃様、その為に私がおります。ただ、後3週間しかないので、不肖ながらこの疾手美由紀、必ずや雪乃様が、世羅浜家の名に恥じない演奏が出来るよう、心を鬼にしてビシビシ指導いたしますからそのおつもりで」

 スタンドを組み立て終え、その上に新品のキーボードをセッティングした美由紀はそう雪乃に宣言した。

「は、はあ……」

 美由紀さん、普段は優しいんだけど本気になると恐いんだよなぁ…… 妥協を許さないと言うか、中途半端とか嫌いだし……

 そう思うと、どんどんげんなりした気分になっていった。するとその時、そんな雪乃の心の内を見抜いたかのように、美由紀が雪乃に耳打ちしてきた。

(雪乃様、これは雪乃様の想いを伝える、いわばチャンス…… 頑張って弾けるようになれば、雪乃様の想いは、必ずやカゲチカ様に届くはずですよ)

 その美由紀の言葉に雪乃はビックリして顔を赤らめた。

「み、美由紀さん、何を言って……!?」

 雪乃は周りに聞こえるんじゃないかと冷や冷やして美由紀に言った。

(その想いを曲に込めて弾くんです。カゲチカ様のこと、お慕いしておられるのでしょう?)

「そ、それはその…… もちろんですけど……」

(なら大丈夫、雪乃様なら出来ます。それに本番はバレンタインデー…… 殿方を恋の魔法に掛けるにはまたとない機会。女の子にとっては奇跡には事欠かない日じゃないですか!)

「でも、私超初心者だし、想いを込めて弾くなんて……! かといって告白も絶対出来ないチキンガールだし……」

(初めからそれでは成る物も成りませんよ! 雪乃様、音楽は時として言葉を越えます。言葉で伝えることが難しくても、音楽ならそれ以上の想いを伝えることが出来る…… 昔私が先生から聞いた言葉を、雪乃様に贈ります)

 音楽は言葉を越える…… そんな物なのだろうか…… いまいちピンと来ないんだけど……

 だが、雪乃はその美由紀の言葉に、胸を支配していた不安が少し和らいだ様な気がした。

「頑張ってみようかな…… 私」

「その意気ですよ、雪乃様」

 嬉しそうに言う美由紀の声に、雪乃も自然に笑みがこぼれた。そしてふと思ったことがあった。

「美由紀さんも、今の私と同じように、言えない気持ちを音楽にして誰かに伝えるなんて事があったんですか?」

 雪乃の質問に、美由紀は一瞬考え、そして苦笑しながらこう続けた。

「昔の話ですよ……」

 やっぱり! 

 少ししか違わないはずなのに、自分よりもずいぶんと大人びた印象を受ける美由紀だったが、今は凄く近い存在に感じて嬉しくなった。

「私の場合、結果は聞かないでくださいな」

 美由紀はそう言って、少し照れたように笑った。雪乃はその表情は見えなかったが、その声で美由紀がどんな表情をしているのか目に見えるようだった。

「でも、私の想いは届いた…… そう信じています」

 そう言う美由紀の声は、雪乃はどこか誇らしげに聞こえていた。そんな美由紀を雪乃は凄く可愛いと思った。

 すると部屋の隅のスピーカーから、「キュィーン」とギターの弦を弾く音が流れてきた。智哉が持ってきた自分のギターを繋いでチューニングを始めていた。

「ストラトキャスターか……」

 リッパーが智哉の黒塗りのギターを見てそう言った。

「レ、レ、レスポール、よ、より、キ、キ、キャスター、の方が、ぼ、僕に、あ、あってるん、で、です」

 クロマチックチューナーを睨みながらペグを巻きつつ智哉は数回弦を鳴らして音を確かめる。正月休みに実家に行ったときに久々に、弦を張り替えて合ったのでとりあえず弦の張り替えはし無くて良さそうだった。

 フィンガーボードに指を走らせ、音の流れを試して智哉は久々に感じる楽器の感触を味わった。

「ねえ、カゲチカ、なんか弾いてみてよ」

 その様子を見ていたマリアが智哉にそう声を掛けた。

「え、ええ? な、なんで……」

「良いじゃ~ん あんたのそんな姿初めて見るんだもん、かる~くで良いからさぁ」

 尚も渋る智哉に、マリアは尚も催促する。

「雪乃も聞いてみたいよね? カゲチカのキターね~」

 カゲチカ君の弾くギターの音…… 確かに聞きたい♪ でもかじった程度って言ってたけどどのぐらい弾けるんだろう?

「ええ、私もちょっと聞いてみたいですぅ♪」

 雪乃もそう智哉に言った。智哉は少し困ったような顔で答えた。

「ブ、ブ、ブランク、ある、か、ら、あ、あまり、う、う、まく、弾けない、かも、し、しれないけど……」

 そう言って智哉はピックを弦に滑らした。スピーカーから猫の鳴き声の様な音が漏れる。

「じ、じゃあ、軽く、か、か、肩ならしに、お、お、オールデイズ、か、から……」

 そう言って智哉は足で軽くリズムを刻むとフィンガーボードの指が弦の上を走り、右手のピックが弦の上で弾けた。

 スピーカーから軽快なアップテンポのメロディーが流れだし、智哉のギターの音が、スタジオ全体を狂おしいまでに振るわせる。

 すご……っ!!

 音がまるで自分に向かって飛び込んでくるような感覚に襲われ、雪乃は言葉を失った。

 智哉の指がフィンガーボードの上を踊るたびに紡がれるメロディーに、雪乃は心をわしづかみにされる思いだった。

 その曲は雪乃も知っている、50年代のアメリカロックシーンを代表するチャックベリーの名曲『Johnny B. Goode』と言う曲だった。

 凄い上手いっ! っていうか上手いなんてモンじゃないよっ! これがかじった程度なんて絶対うそ――――――っ!!

 素人である雪乃でさえ、確実に上手いとわかる智哉のギターソロプレイ。元の曲を所々自分なりにアレンジして、時にはコミカルに、時には力強く、時には繊細にとその音色を変化させていく。しかも雪乃はエレキギターの演奏自体、こんな近くで、しかも生で聞くことなど生まれて初めての経験で、その迫力に雷に打たれたような衝撃を受けた。しかもそれを演奏するのは、誰でもない雪乃の想い人、智哉なのだ。もう雪乃の頭の中には、黒い鎧姿のシャドウが、真っ黒なギターを格好良く演奏するイメージであふれかえっている。

 ふと気が付くと、隣にいる美由紀が足を叩いてリズムを取っている気配が伝わってきた。

 すると突然、そこにドラムの音が響いてくる。サモンが智哉に触発されドラムを叩きだしたのだ。すると間髪入れずにリッパーもベースで追走し始めた。智哉のギターの音が、それに呼応するかのようにさらにリズムカルにはね回る。すると……


「―――――Where lived a country boy name of Johnny B. Goode !He never ever learned to read or write so well ~♪」

『チャックベリー Johnny B. Goodeより』


 突然マリアがマイクを手に歌い出した。元々ハーフで、しかも幼い頃から横須賀基地で育っただけに英語が堪能なマリアはよどむことなく自然に歌を曲に乗せていく。そしてその歌声は、確かに自分で言うだけのことはあり、透き通るような透明感と彼女らしい力強さとがミックスされた天声だった。

 智哉のギターの音が弾み、リッパーのベースがそれを押し上げ、サモンのドラムがそれを加速させ、マリアの歌声が全ての音を昇華させていく……

 智哉のギターソロから始まり、いつしかそれはみんなのセッションを誘発し、雪乃と美由紀だけの贅沢なミニライブと化していた。

 音が曲という波に乗り、歌が陽光となって輝き弾けていく。雪乃は初めて超間近に聞く生の楽器の音と歌の競演に酔いしれた。

 みんな、凄すぎるっ! そしてなんて楽しそうなんだろうっ!! もうさいこーっ!!

 気が付くと自然に体が揺れ、足が床にリズムを刻み、曲に合わせて両手が手拍子を弾けさせていた。そんな自分に驚きつつも、雪乃はそれが楽しくて仕方がなかった。

 そして曲が終わり、再びスタジオ内に静けさが戻ったが、雪乃はしばらくその余韻から抜け出せずにいた。

「ふ~っ! 気持ちよかった~! さいこーっ!! カゲチカ、あんたすっごい上手いじゃない! ちょっとビックリっ!!」

 マリアがそう智哉に声を掛けた。すると雪乃の隣に立つ美由紀も頷いて言った。

「確かに…… 失礼ですが、こんな場所でこれほどの演奏が聴けるとは思っておりませんでした、雪乃様」

 ほんとだよ~! マリアさんの歌声も、リッパーとサンちゃんの演奏も、それになんと言ってもカゲチカ君超上手い! うわ~っ、もう惚れ直しちゃうよ~っ!!

「おお、マジでビビったぜ、思わず乗せられちまったよ。俺が昔組んでたバンドのギターの奴よか上手いぜきっと!!」

 とリッパーも驚いたように智哉に言う。智哉は少し照れたように頭を掻きながら言った。「こ、高校の、とき、け、軽音部の、し、知り合いに、た、た頼まれて、む、無理矢理、やらされて、ま、ま、毎日、やってたら、お、お、面白く、な、なって…… さ、3年間、か、欠かさず、ひ、ひ、弾いてたら、こ、こう、なった、んだ」

「へ~、あんた軽音部だったんだ?」

「あ、い、いや、り、臨時の、だ、代役で…… け、結局、バンドは、ビ、ビジュアル、じ、重視、だ、だったから、ぼ、ぼ僕が、ス、スス、ステージに、立つ、こ、こ、事は、な、なかった、け、けどね」

 マリアの問いに智哉は「はは……」と照れ笑いをしながら答えた。

「それだけのテクがありゃ、他のバンドでも十分やってけるぜ。他から誘いとかって無かったのかよ?」

 リッパーは不思議そうにそう聞いた。

「ひ、ひ人前で、ひ、弾いた事、な、な、ななかったし、そ、そもそも、そ、そそ、そんな、ど、ど、度胸も、な、なな、なかったから」

「もったいねーな、それだけの腕があって…… でも、本番は大学の講堂でみんなの前でやるんだぜ? 大丈夫かよ?」

「い、い、言わないで、ほ、ほ、欲しい。き、き、緊張、す、するから」

 とそこへマリアが口を挟んだ。

「出来るか出来ないかじゃないわ、リッパー。『やるしかない』のっ! 元々カゲチカには拒否権無いから。あんた、死ぬ気でやんなさいよ!」

 元来人を追い込むことに掛けては非凡な才能を発揮するマリアである。そしてそれは、ただ単に『面白いから』という理由だけで動いている場合がほとんどで、それが智哉がマリアを『ビジュアル系悪魔』と恐れる所以である。

 そのマリアの言葉を聞いて智哉はため息を吐いた。その声を聞きながら、雪乃は智哉を巻き込んで本当に済まないと思った。

「で、でも、こ、こ、このメンバー、だ、だったら、だ、だ、大丈夫、かも、し、しれない。そ、それに、ほ、ほ、他ならぬ、リ、リ、リーダーの、た、た、頼み、だ、だ、だし」

「カゲチカ君……」

 カゲチカ君はやっぱり優しい~っ! なんかもう嬉しくて倒れそう……

 智哉の言葉に雪乃の頭は、暴走気味でピンク色に染まり、ほとんどショート寸前であった。とそんな雪乃に冷や水を掛けるかのごとく、美由紀が耳打ちする。

(これほどとは正直思っておりませんでしたが、皆様と同格とまでは行かないにしろ、雪乃様には恥ずかしく無い演奏をして頂かなくてはなりません。仕方ありませんね…… 『猛特訓』どころでは追いつきませんので、『超特訓』で行きましょう!)

 はい――――――っ!?

(私もなんだか燃えてきました。爪が割れ、指の関節が悲鳴を上げようと鍵盤を叩き続けたあの日々が懐かしい…… その先に見える感動…… 雪乃様にも是非とも味わって頂きたいですっ!!)

 どんな練習よそれ―――――!!

「雪乃様、少々お待ちを……」

 そう言って美由紀は持ってきた自分の鞄をごそごそとまさぐり、眼鏡ケースを取り出した。そして眼鏡を掛けた後、シュシュでその長い黒髪を後ろ手にまとめ上げ、続いて取り出した小豆色のジャージの上着に袖を通す。そしてその手にはいつの間にか竹刀が握られていた。その様子を見ていたリッパーがぽつりと呟いた。

「なあ、あの人どっから竹刀出したんだ?」

 竹刀っ? なに竹刀ってっ!?

「あ、あの、み、美由紀さん?」

 と雪乃が恐る恐る声を掛けると美由紀は振り返った。赤いフレームの細い眼鏡の奥に、キラリと光る瞳が、異様な光を帯びている。雪乃はただならぬ気配を察知し、背筋が寒くなった。なまじ見えない方が怖さを増幅するようだ。

「やはり昔から何でも『形から入れば上達も早い』と申します…… 用意してきて正解でした」

 いえ、聞いたことがありません! てか上達しなければならないのは私の方で、美由紀さんが変身する理由がわかりませんっ!!

「教師と言えば眼鏡、特訓と言えば竹刀、そして師弟愛の象徴である小豆ジャージは外せません…… これは絶対的かつ普遍的な法則であり何人たりとも逆らえません。たとえ、雪乃様であっても」

 眼鏡? ジャージ!?

 い、意味わかりません! 全く持って何一つわかりませんからその法則っ!!

「雪乃様の不安はわかるつもりです。ですがご安心下さい。

 星飛雄馬に星一徹が居るように

 岡ひろみに宗方仁が居るように

 鮎原こずえに本郷俊介が居るように…… 

 雪乃様には私、疾手美由紀がおります。万事お任せ下さいっ!」

 全部スポコンじゃないですか―――――っ!? 逆に不安倍増ですよっ!! 美由紀さん私に何教える気ですかっ!?

「あ、あの美由紀さん? キ、キャラが……」

 そう言い掛ける雪乃を美由紀は制してこう言った。

「今から私のことは美由紀ではなく『コーチ』とお呼び下さい。私も敬称を略し、『雪乃』と呼ばせて頂きます」

 ダメだっ! つっこめる雰囲気じゃないっ! てか美由紀さんってスポコンヲタクだったんだ……

「み、美由紀さん、なんかちょっとちが……」

「コーチですっ!!」

 その言葉と同時に美由紀は手にした竹刀で床をドンっと突いた。雪乃は反射的に直立不動でその場に凍り付いた。

「カ、カッコイイ……」

 その美由紀の姿を見て、マリアがぽつりと呟いた。その呟きに智哉以下男子3人が反応して、少し距離を取ってマリアを見る。

 一方雪乃は心の中でマリアに文句を言っていた。

 マリアさん! 人ごとだと思って~っ!!

「不安なときは、あの空に燦然と輝く星を見るのです。涙も許します、女の子ですからね。でも泣きたくなったらコートで泣くのですよ、雪乃!」

 ははは…… 私は一体どこで演奏するんですか……

 マリアから始まり、ことごとく人選ミスをしていると痛感する雪乃であった。

「なあ、ところで俺達、何の曲やるんだ?」

 とリッパーが智哉に聞いた。

「さ、さあ? そ、そ、そもそも、ジ、ジャンルも、き、き、き決まって、な、ないですね」

 と智哉が答えた。

「確かにジャンル決めないと、何コピーするか決められませんよね」

 サモンがスティックをクルクル回しながらそう言った。そこにマリアが割って入ってきた。

「コピー? 何言ってるのみんな。オリジナルで行くに決まってるじゃない。ジャンルはもちろんロックよ」

 相変わらず自分勝手なマリアがそう宣言した。他人の了解など端から取る気は皆無。世界は自分のためにあり、自分の周りを世界が回る。マリアはいつだってそうなのだった。

「流石にオリジナルは無理だろ! 作詞、作曲、編集に練習期間もあるんだぜ? どう考えても時間が足りないって。第一誰が作るんだよ?」

 リッパーがマリアに抗議した。智哉もその横で首を縦に振っている。だが、マリアは一端そうと決めたらよほどのことがない限り撤回しない。どんな手を使っても、自分のやりたいようにする。というか、最終的に周りがそうせざるを得なくなってしまうのだ。天性の『女王様』キャラである。

「やってみなくちゃわからないじゃない。いい、リッパー、私が出来ると思ったことに『無理』って言葉は付かないようになってるの。それにね、時間なんてもんは作る物なのよ。カゲチカ!」

 そうリッパーに言い放ち、マリアは続いて智哉を呼んだ。智哉は嫌そうな顔でマリアを見る。こういう時のマリアは、確実に難題を振ってくることを、彼は経験で知っていたからだ。

「今からあんた作曲担当ね。明日までに2曲作ってMDに録音して来なさい!」

 カラン…… 

 智哉の右手からピックが滑り落ち、床に当たって乾いた音を立てた。

「む、む無茶、い、い、言うな! ぼ、ぼ、僕は、さ、さ、作曲なんて、や、やったこと、な、なな、ないんだぞっ!」

「あたしも無いわ。でもあんたギター出来るんだからそれ使って作ればいいじゃない。エリック・プランクトンもギター弾きながら作ってたわよ。あたしTVで見たことあるモン!」

「ララ、『クラプトン』だ。ミジンコやゾウリムシじゃギター弾けねぇ……」

 とリッパーがマリアの微妙だが大きな間違いを指摘する。世界屈指の有名ミュージシャンも、マリアに掛かれば顕微鏡の中の住人になる。恐るべし、『ビジュアル系悪魔』

「ア、ア、アホか! あ、アッチは、そ、そ、それで、め、め、飯、く、食ってるんだ! ぼ、ぼぼ、僕と、く、く、比べる、い、い、以前の、もも、問題だろ!」

 リッパーの指摘をスルーし、マリアの言葉にそう反論する智哉だったが、マリアは意に介さないで言い放つ。

「そんなもん、気合いと根性よ。世の中ねぇ、その二つで大抵のことはクリアー出来るようになってるのっ!」

 無茶苦茶な論法だが、リアルの智哉がマリアに逆らえるはずもなく、がっくりと肩を落として智哉は降参した。

(とりあえず適当なの作って誤魔化そう……)

 そう心の中で呟いた智哉だったが、それを見抜いた様にマリアが追い打ちを掛ける。

「あんた、適当なの作ったらぶっ飛ばすわよ。半殺し…… いや、5分の4殺しの刑よ!」

 マリアさん、それほとんど死んでます……

 マリアの言葉に心の中でそうツッコミを入れる雪乃だった。

「ま、まあ、とりあえず作曲はシャドウがやるとして、作詞もシャドウがやるのか?」

 そのリッパーの問いにマリアは智哉を見る。その視線に、智哉は激しく首を振った。

「う~ん、言葉もまともに喋れないカゲチカに作詞は無理そうね……」

 そう言ってマリアは考え込む。智哉は『それは関係ないだろっ!』とつっこみたかったが、それを言った結果は火を見るより明らかなので黙っていた。これ以上めんどう事を1グラムも背負い込みたくない智哉なのであった。

「しょうがないわね…… カゲチカの曲を聴いて、あたしと雪乃がそのフィーリングで詞を作るわ」

 ―――――はぁ!? マリアさん、何言ってるのっ!?

「マ、マリアさん、ち、ちょっと……」

「いえ、待つのです雪乃!」

反論しようとした雪乃を、傍らに立つ小豆ジャージ姿の美由紀が制した。そして雪乃に耳打ちする。

(これはチャンスです。自分の想いを歌詞に綴ることが出来るのです。ここは引き受けて損はありません)

(で、でも、マリアさんと一緒なんですよ? そんな自分の都合の良い歌詞なんて絶対出来ませんよ!)

 その雪乃の答えに美由紀は目を閉じて呆れたような表情を作った。

(これではダメね…… やる前からそれでは、到底想いは届きません。諦めた方が良さそうですね…… 悪いことは言いません。カゲチカ様のことはお忘れなさい。殿方は別に彼だけではありませんから…… もっと相応しい殿方がきっと現れます)

 顔は見えないが、その声には明らかに失望が含まれていた。だが、雪乃は美由紀を失望させたことより、最後の言葉が聞き捨てならなかった。

(……『もっと相応しい』ってどういう事ですか?)

 その美由紀の言葉に、雪乃は自分の思い人である智哉への侮辱が含まれているように感じたのだった。一方美由紀は心の中で『しめた!』と思った。しかしその想いは一切表面には出さずに続けた。

(言葉通りの意味です。私は常々、あの方はあなたに相応しくないと思っておりました。朋夜様亡き今、世界で5本の指に入る大企業、セラフ・マゴイットグループの後継者である方の想い人としては、あまりにも不釣り合い…… 一時の迷いと思っておりましたが、あなたがそのようなお考えなら……)

「お黙りなさい!!」

 突然雪乃は大声を上げた。周りに居たマリアや智哉達もビックリして雪乃を見た。

「それ以上の侮辱は…… 許さない。喩えあなたでも……っ!」

 雪乃は静かにそう言って見えない目で美由紀を見た。その姿は、セラフィンゲインでの彼女の異名、戦慄の『絶対零度の魔女』を彷彿とさせた。

 雪乃は自分より、智哉を侮辱された事に怒りを感じたのだ。そう思った瞬間、雪乃は考えるより早く言葉に出していた。一方美由紀はその姿にしびれにも似た感情を味わいつつ、自分の主を見る。

「いいでしょう。引き受けます。私とマリアさんで最高の詞を書いて見せますっ!!」

 マリアに向き直り、雪乃はそう言った。そこに美由紀がまた耳打ちした。

(それでこそです。お見事でした…… 無礼をお許し下さい)

 美由紀の言葉に、雪乃は急に我に返った。

 えっ? あれ? あれ――――っ!?

 私、まんまと乗せられてるじゃな――――――いっ!?

「な、何だかよくわからないけど、これで決まりね。オッケー雪乃、最高の詞を2人で作ろうよ! カゲチカ、あんた責任重大だよっ!」

 そのマリアの声を聞きながら、雪乃はその場にへたり込みそうになった。

 私、こんなキャラだったっけ……

 そう何度も自分に問いかけ続ける雪乃だった……


初めて読んでくださった方、ありがとうございます。

毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。

第2話更新いたしました。

またまた受難続きの雪乃です。そして美由紀の変人ぶりもいかがだったでしょうか?

世羅浜家の関係者は皆どこか変な人が多いです。この物語はセラゲンで出てきたキャラのほとんどを出す予定ですが、なるべく読み手が意外に思えるキャスティングを考えようと思ってます。(いや、どうだかな……)

しかし今回は智哉がめんどいですw 前回はゲーム内に行けばまともに喋れるのでそれほど大変ではありませんでしたが、今回はほとんどリアルなので、台詞喋らすのがもう大変!

普通に喋れば1行の半分で済むのに、普通に倍の文字が必要なんですもん。やっかいなキャラ作っちゃったなぁ……

あと、私の乏しい音楽知識が泣けてくる。こりゃあ本格的に試料そろえないと後々大変なことになる悪寒がしますw

鋏屋でした。


次回予告

マリアのとんでもない意見と、変身した美由紀にまんまと乗せられて、マリアと共同で作詞を担当することになった雪乃。早速智哉が作ってきた曲を聴き、そのイメージから詞を付けていく作業に入るのだがどうも上手くいかない。果たして、雪乃が想いを伝えられるような曲は完成するのだろうか?


次回 『雪乃さんのバレンタイン?』 第3話 『曇天! 作詞の心得!?』こうご期待!

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