【37】ファントム
春休み最初の日に、啓子は我が家にやってきた。大きな木を彫りこんで作った、西欧おとぎ話のような家だ。前にも来ているが、その時は魔界の自宅に居ることが多く、あまりここには来ていなかった。いくつかのルールをみんなで決め新住民を迎えた。
「また来ちゃった、よろしくね」
四人で出迎えたが、前よりも荷物が多く本格的だった。
一度仲たがいしたが、近接戦闘仲間の有希とまた同室にした。遙には恐れを抱いているし、妹とはあまり絡みがなかったからだ。
「増築する計画があるから、そうしたら個室あげられるよ」
啓子にそう伝えたら、本気で喜んでくれた。
実際にいろいろな意味で手狭なので、魔界民たちに増築してもらうのだ。遙は彼らとは話せないが、意思疎通は上手だった。春香もだいぶ魔界語を覚えていたので、二人共同で魔界工務店と話し合っていた。社長はレッド・ペガススのロゴが入ったTシャツを着ていたのでファンらしい。
「夜、明義さんの部屋に遊びに行くからね。他の子と遊んでちゃダメだよ」
言われた通り、勉強の合間に来る有希以外は来ない様に言って置いた。
啓子の想いを知ってはいるが、その後いろいろ有り過ぎてどう対応したらいいか迷っていた。一番ダメなのは本能に任せて啓子を襲ってしまうことなので、会う時間までに性欲を減衰させることだった。三人の画像フォルダや盗んだ下着でなんとかなるはずだ。
春香の部屋を訪ねると、青い短パンと水色のタンクトップを着た彼女がいた。良い眺めなのでベッドに座って勉強をする妹を見ていた。
「今夜、啓子が来るんでしょう?こんなところで浮気してていいの?」
約束は午後九時以降なのでまったく問題ないと春香に伝えた。
「勉強見てあげようか?隣に座るよ」
「じゃあ、この英文なんだけど、主語と動詞が離れすぎてて訳しずらいの」
俺には楽な問題だったが、春香のタンクトップの隙間を見たかったたので、わざと長考してから教えた。すぐに春香にはバレたが。
「色気ばかりに走ってたらT大落ちちゃうよお兄ちゃん」
まさにその通りだったので、持参したサングラスを掛けた。
「啓子にどういう態度取っていいのかわからないんだ。何度もアプローチされたのに断ったり、誠二との仲を喜んだフリしたりしてたから」
「ねっとりじっくりシャワー浴びる彼女を眺めてたんだから好き過ぎるでしょう。いい加減にそのことを受け入れた上で、彼女と話し合えばいいと思うよ」
「性欲と愛情が同じだとは思えなくて、でもたぶんかなり好きです」
それでいいじゃないと春香に言われた。
五人になるとキッチンにあるテーブルが流石に小さく感じた。でも時間差にするのは嫌だったので、小さい遙と有希を並べ、春香、啓子と俺と言う順番で座った。
「最初は有希しか家事できなかったんだけど、最近は春香と遙もするよ」
俺は洗い物担当と言ったところ、啓子はそれを手伝いたいと言った。
「いいけど五人分だと多いぞ?」
「二人で分ければすぐでしょ?だから洗い物担当2になるね」
啓子との溝を埋めるにはいいかもしれないので、それを採用した。
有希カレーをみんなでいただいてから、啓子と俺は二人で食器の洗い物をした。一人で買い物したり家庭的な面も見せていた啓子は手際よく洗っていた。
「洗い物終わったら二人でペットを見に行こう。うちのマスコットなんだ」
寄せて来る身体、当たる胸のことは無視して俺はそう言った。
カトラは人が来ると噴火をして明かりを灯す。トマトは木の棒やぬいぐるみを持って来て、遊んで欲しいとアピールする。
「魔物とはいえ夜は仕舞った方がいいんじゃないかな。魔の木とかいるし」
確かに檻に入れたりするのでは足りない、その日から春香の部屋に二匹を泊めることにした。遙にすると遊び過ぎて勉強に支障が出るからだ。
「こいつ可愛いなほんと。噴火するとかポイント高いよ」
カトラを抱っこする姿が艶やかだった。
赤のワンピースがとても良く似合っていて、髪をかき上げる仕草が可愛かった。
「じゃあお風呂上げって少ししたら来て。濡れ髪だと理性壊れるから」
本音を言って、ペット二匹をそれぞれ抱っこして家に入った。
春香の部屋にペット置いた後、風呂は使われてるはずなのですぐに勉強をした。それでも頭の中は後で来る啓子のことで一杯だった。女慣れしてるのに、どう彼女をエスコートしていいのか本気で悩んでいた。そもそも啓子との関係を上手く行かせていいのかも疑問だった。
(結局嫉妬で誠二から啓子を奪い取った)
本音は既に決まっていた。
ただ、うちの家族にもう一人加える予定はなく、その度に啓子を振っていた。広い風呂に浸かって色々と考えていた。混浴をしばらく禁止した。彼女たちはどうか知らないが、性欲に振り回され過ぎていろいろと支障が出ていたからだ。
俺が最後のはずなので床を洗い湯船の水を抜いた。
「啓子の気持ち次第ですよ。ここに馴染めるかどうかは」
そう言うと有希は白紙の魔界婚姻届けを俺に渡した。
これを手渡せというのか。あまりにも展開が早い気がしたが、二人の馴れ初めを考えたらそうでもなかった。これを渡して引くようならここでは暮らせない。
「有希ありがとう。これを渡して来る」
そう言って彼女の部屋から自室に戻った。
「この部屋は遙の部屋と通路を潰して繋げたんだ。だから話もわりと聞こえる」
啓子にまずルールらしきものを伝えた。ここでは基本隠し事はないのだ。
「正妻が遙ってことで合ってる?」
「合ってるけど合ってない。平等です」
実は順位はある。だが敢えてそこに踏み込まないと言うルールも伝えた。
啓子が予定より早く来たので、一階に降り飲み物を取りに行った。緊張で喉が渇きそうだったので、コーラを三本と、啓子用にオレンジジュースを持って来た。啓子にはいつも有希がべた座りしている丸い絨毯の上に椅子を持って来た。
「もの凄く緊張してる。コーラ一気飲みしたのそのせいだから」
「私もしてるよ。だからオレンジジュース一気飲みするね」
真似されて少し気持ちが落ち着いた。
椅子から降りて絨毯に横座りした啓子が可憐だった。わざとなのか小さなノースリーブを着ていて、両手を組んで上に伸ばすストレッチをすると、とても胸が強調されて色っぽかった。そうした仕草の後で見せる愁いた表情は今の彼女たちには無かった。
少し会話の間が空いてしまうと、また緊張が襲って来た。自分から告白した方がいいのか、啓子からのそれを待つか、それともなし崩しにしてしまうか。
「ここでの生活に不安はある?あれば改善するけど」
自分から告白の選択肢を除外した。
「ちょっと変わってるけど、明義さんは魔界で暮らすって決めたんでしょ?私も慣れて行くよう努力するよ、だから好きって言って」
その言葉を言わない代わりに、有希から渡された魔界婚姻届けを渡した。
その場で記入してくれ、啓子の本気が伝わって来た。
「ごめん。好きですって言っていい立場か分からないんだ。仮にその言葉を啓子に言っても、今居る三人は絶対に捨てないから」
「分かるよ。だからさっきの発言は意地悪だからね」
意地悪だったことに心底安堵した。
啓子はベッドに横になり、覚悟を決めていたみたいだった。だけどまだそれには応えられない、ここでの生活に馴染んで来たらいつか必ずと言ってキスだけをした。
彼女が望む幸せはここにはないかも知れない。だから他の三人とは特別に違う扱いをしようと思った。啓子は不満そうだったが両手を合わせてごめんと言った。
春になり家の周りの雑草が増えてきた。一人加わった五人で除草作業に取り掛かった。魔法を使うと土壌をダメにしそうなのでそれは禁止した。魔界の雑草は人間界のそれより手ごわく、抜こうとしたら噛まれたりしたが気にせず引っこ抜いた。
「魔界樹の毒の影響はもうないようだから、夏野菜を植えようと思う」
ちょっと早いかなとも思ったが、人間界より暖かいので丁度いいだろう。
振られることを覚悟していた、啓子にここは馴染まないだろうと。でも彼女は来てくれ、婚姻届けにもサインしてくれた。彼女は本来なら100%受け取れるものが25%になってしまう。その分きっと俺は浮気を許さないといけないのだろう(そうならない様に努力はするが...)
「大将、今日から家の裏に増築作業をさせていただきやす」
見た目はキノコなのだが、威厳のある棟梁がそう言った。
彼は初めて人間界の言葉を流暢に操る魔物だった。
「前に池の傍に店を建てたんですわ。その時に覚えちまった」
そう言えばあの店には一度きりしか行ってない。店主は元気だろうか。
「あんたたち、来たわよ」
真琴が俊を連れてやって来た。
この人数だとキッチンのテーブルには収まらないので、急遽バーベキューパーティーを開催することにした。女子が買い出しに、男は準備に回った。
「啓子は結局ここで暮すことにしたか。誠二には悪いが仕方がない。二番目が一番に勝つための度量がなかった」
俊は自分と誠二を比較したのだろうか。そして買い出しから戻った真琴をじっと見つめていると、俊からボディに強烈なパンチを喰らった。彼の打撃は珍しかった。
「結局、俊が一番上手く行ったんだよ。俺はダメだ」
遙だけ見ていた自分を思い出し愚痴を吐いた。これ彼にしか言えない。
肉と野菜と謎キノコをたらふく食べて、みんなには家の中で休んでもらった。
焼くのと後片付けは男二人で行った。
「真琴はツンデレと言う病気持ちだが、相当可愛いけどまだ何もないのか」
「少なくとも高校に上がってからだ。お前みたく手を出すのも有りだとは思うが、真琴はピュアな関係を望んでいるからな」
やはりこういう普通の関係が羨ましかった。
「遙、魔界樹ホテルに行かないか。最近あまり話していない気がする」
「いいけど啓子ちゃんを放って置いていいの?まだ慣れてないでしょ」
相変わらず遙は他の子のことを心配する。だけど俺が本当に心配してるのはお前なんだよ。我慢し過ぎる彼女を見ているのは辛い。
階段を下り、地下の部屋に二人で向かった。地下はかなり深く何部屋用意しているのか想像が付かなかった。遙と泊まりに来たのは何度目だろうか。そんなに多くないのは確かだった。
いつものように部屋で素早く全裸になり風呂に彼女は向かった。そんなエロ可愛らしい姿が好きだった。それだけじゃなく笑顔を絶やさない人柄にも惹かれていた。
「五人の生活になったが、リーダーとして頼む。もちろん、俺が一番頑張らないといけないが、一人だけ男の歪な家族だから」
「いいよ別に。遙に責任があるのは分かってるから」
責任は感じなくていい。人非人としての報いを受けるのは俺だから。
「今夜も何もしないの?明義、いつも我慢し過ぎなんじゃない?」
「今すぐに君を抱きたいです。でも啓子が慣れるまではそういうことは無しで行こうと思ってる。我慢できるものなのか疑問ではあるけど」
遙は頬を膨らませちょっと俺を睨んだ。自分のルールを押し付け過ぎだろうか。
「責任を感じ過ぎは良くないよ。春香ちゃんも有希ちゃんも自分の意志でやってきた。啓子ちゃんもそうだし私も勿論そうだよ」
「それは分かってるけど、結果的に常識を遙に超えた状況になってしまっている。どうやって良い家族にしたらいいか模索してるんだ」
遙は難しい顔をしたが一応納得してくれた。
「それは分かったけどね、お泊りに誘われた以上、遙はもう期待してるんだよ。それにはちゃんと応えて欲しいかな」
その言葉で走って風呂場に向かった。もう我慢できるはずがなかった。
浴槽に浸かりながら、ようやく答えを見つけた気がした。彼女たちの要望にはなるべく応える、それが正解な気がしたからだ。
遙はベッドに先に入っていて、衣服は何も付けていなかった。
優しく愛撫しながら、遙が高まって来るのを待って一つになった。
「いっぱい頑張ってね」
彼女の要望に応えて、強く抱きしめてアレを遙の一番奥まで何度も突き刺した。遙も快楽に一生懸命耐えてくれ、今までで一番長いSEXをした。
彼女はとても頑張ったせいか終わってもなかなか息が整わなかった。なので優しく身体を弄りながら恋人らしいキスをした。たぶん随分の間待たせてことを心の中で謝り、禁欲方針を少し変えることにした。
翌日先に起きた遙は魔界樹の木の枝に座っていた。必死で登りなんとか隣に座ることができた。二人きりで居られることの幸せを感じた。二人は何も喋らなかったが、仲の良い恋人にきっと見えたはずだ。
昼頃家に帰るとみんなが揃っていた。もちろん二人の間で何があったか誰も聞かない。昨夜は遙と恋人同士だったが、家に帰ったらそうではないからだ。
「この間一人で神殿に行って来たのですが、雰囲気が不気味でした。一応中を探索したのですが特に何もなかったのですが」
非常に危ないので、有希には単独行動をやめる様に伝えた。
しかし、放って置ける訳も無いので、遙、真琴も連れて探索には行くことは許可した。あのエリアが魔物に占領される事態は避けたいので、近日中に決行することにした。
「取り敢えず今日は無しね。敵に警戒されてるかも知れない」
そう言っても遙は落ち着いていた。自身の力に自信があるのだろう。
「魔物ドラゴンに住みつかれたら厄介だね。でも敵かどうかはちゃんと判断してから攻撃に移ろう」
遙は冷静だった。
「遊びに行っただけなんですが大袈裟になってしまいすいません」
有希の謝罪にも遙は笑って許していた。
「私の様な使い捨ての小物が偵察に行った方がいいんじゃない?」
啓子の自虐は初めてではないが、これには許せなかった。
「そんなことは言うな。誰か一人でも欠けたら俺は自死する」
俺の迫力に押されて啓子は謝罪した。
一番弱いのは確かに啓子だが、大剣を使いこなせるようになり、随分力を付けていた。二人の打撃担当が武器を使えるようになったのは大きな戦力アップだった。
「性格だから変えずらいだろうが、もっと自信を持っていいぞ」
「ごめんね。なるべく弱音吐かないようにするよ」
啓子がまた謝罪をしている時に空が暗くなった。
魔界の都市を襲ったコウモリたちが魔界、人間界両方の空を埋め尽くしていた。前回とはレベルが違った。見ただけで強敵の出現が予想された。
「私が人間界、春香と真琴は魔界のコウモリを殲滅して」
レッド・ペガスス、パープル・スター、ポルックス・イエローの長距離ビーム隊がまず空に出撃し、ピンク・プレアデスとブルー・オリオンはボスを探した。
レッドはボスさえ探せば勝てる自信があった。地上のコウモリを焼き払いながらブルーとピンクの報告を待っていた。
「神殿で大物らしき敵を発見したよ。ファントムみたいな容姿で、人型の身体を持ってる。一応牽制の攻撃入れとく?」
啓子からの報告にポルックス・イエローは即座に却下した。
「もうすぐコウモリを殲滅できるから、少し休んだらレッドとパープルと向かうわ。無理は絶対にダメよ」
基地から見ているだけの俊と俺は何も言うことがなかった。魔法少女たちは成長し、最適解を常に見つけ出そうとしていた。
「行くわよ『レールガン!』」
イエローの攻撃は距離も取っていたし完璧なはずだった。しかしそれを上回る電撃をファントムは放ち、それをモロに喰らったイエローは傷つき落下していった。
地上で待機していたピンクが彼女をキャッチして、安全な場所に移動させた。有希が剣を相手に突きつけたので、遙の指示通り待機するように命じた。
「レッドの到着を待ってイエローにヒールを施す。その間はパープルが指揮を取って戦うよ。勝手な行動はダメよ」
わりと問題児だったピンクが的確な指示を出していた。精神的な成長が感じられ、頼もしい戦士に生まれ変わっていた。
「イエローのヒールに30分掛かるよ。それまでは逃げるか隠れて。とにかく私がファントムの前まで行くまでは戦っちゃダメ。パープルにも言ってるんだよ」
特攻を一人で行おうとしていたパープルは引くしかなかった。
その時魔界の首都を守るゴーレムがゆっくりと近づいてきた。ファントムと戦うつもりのようだ。こちらもその力はまったく不明だが、遙には嫌な予感がした。
「ピンク、ゴーレムにもまだ行かないよう伝えて。たぶんファントムは相当強い。とにかく私が行くまで待ってて」
啓子がしっかりと指示を聞いていると、見慣れた存在が到着した。
「お前らではまだ無理かも知れんね。まあわしでも負けるかもなんじゃが、長生きしてる者が封じてあげよう」
婆さんの喋り方をした、30代の魔女が異様な構えを見せた。
「お母さん、娘の命令を無視しちゃだめだよ。もうずっと強いんだから」
イエローのヒールを終えたレッドが戦列に参加した。
「はあああ!『レッド・ウィング!』」
レッドの攻撃で敵は動きを封じられた。彼女の攻撃は真似出来ないようだ。
「行くよ『リアルラヴ!』」
待ちかねたパープルが更に攻撃を加えた。
「これじゃ足止めだけじゃ。一旦引くぞ」
魔女の言葉通り、ファントムは動き出し電撃と光線を放ってきた。
レッドにとっては未知の敵だった。攻撃が効かない相手に驚き、次の手を考えられなくなった。パープルがレッドを促し基地に向かった。




