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幼馴染は体格差を乗り越える

作者: farmfarm

とある世界、とある大陸のお話。

 四季のある国マッカロック王国で、二つの伯爵家が政略結婚を考えた。

 養蚕が盛んなナインターク家の長男ブルーノと、その生糸を使った絹など織物を産するベンディッツ家の長女ルチアの婚約だ。


 初めて会ったのは、ブルーノが八歳、ルチアが六歳の春。

 ピンクのチューリップが飾られたベンディッツ邸の応接室で、互いの両親に見守られながらの顔合わせ。


「ブルーノ、この子がルチアさんよ。可愛らしい子でしょう?」

「ルチア、彼がお前の婚約者になるブルーノ君だよ」


 親からの紹介の後、お互いに挨拶をして、最初に声をかけたのはブルーノ。

 目の前の女の子は腰まである栗色の髪を束ねず流しており、青い瞳の上にある眉は心なし下がっていて、ちょっと不安そうに見える。


(ゲルダやベルタと違って、この子は走り回る感じじゃなさそうだな)


 活発な妹達と比べて大人しそうな子が何を好きなのか、まずは聞こうと思った。


「ルチアさんは少し体が弱いと伺っていますが、普段はどのように過ごすのがお好きですか?」


 笑って話しかけてきた、赤茶の髪に焦げ茶の目の男の子はどんな人なのか。


(やさしそうだけど、でもお兄様と同じなら本は読まないかしら)


 ためらいながら正直に答える。


「私は……本を読むのが好きです。ブルーノ様は?」

「僕も好きです。最近どんな本を読んだか教えていただけませんか?」


(この人は私と同じなのね)


 ぱっと笑顔になるルチア。


「はい、ええと、では私のお部屋にご案内してもよろしいですか?」


 おずおずと差し出された手を両手で取って、答える。


「お許しがいただければ喜んで。」


 親の方を振り返り、頷かれるのを見て手を繋いで行く子供達。

 どうやら仲良くなれそうな様子に、大人は安堵する。


「娘に合わせてくれているわね。いい婿殿になりそうだわ」

「あの子は長男ですし、下は妹ばかりですから。年下の子の扱いには慣れているのですよ」


 こうして初顔合わせは成功し、両家の間で婚約が決まった。

 以降、彼と彼女はゆっくりと親しくなっていく。


* * *


――ある年の冬、雪化粧をしたベンディッツ邸にて、ルチアの部屋で。


「『こんな題名だけど女の子が読んでも面白い本だと思う』って言われた意味、分かりました。お手柄のご褒美で結婚するとかじゃなくて、日々のお務めの中で少しずつ姫様と仲良くなっていくのがすごく良いです。終章も盛り上がったし最後の挿絵が最高でした!」

「ルチアさんちょっと落ち着いて。深呼吸して。夕べ熱を出したんでしょ。興奮し過ぎてまた具合が悪くなったらいけないから。でも、すごく楽しんでもらえたみたいでうれしいです」


 会って早々、白い顔を赤くして『放浪騎士の末路』の賞賛をベッドの上からまくしたてるのを落ち着かせつつ、本を勧めたブルーノも笑顔になる。


(不愛想な主人公がつまんないって言われなくて本当に良かった!)


 開いているページは、鎧に身を包んだ偉丈夫が右手に悪漢を討った剣を握り、左腕で麗しい姫君を抱き上げている挿絵。


「こうして見つめ合うのって本当に素敵ですよね。姫様が羨ましい」


 うっとりと眺めるルチアにブルーノは格好をつける。


「我が家の男はみんな体が大きく育つそうです。頑張って鍛えますから大人になったら僕に片腕抱っこをさせていただけますか?」

「本当ですか!約束ですよ!」


 女の子に期待に満ちた目で見つめられて、まかせて、と胸を叩く男の子。

 同好の友で嗜好も近しいとくれば、月に一度の顔合わせのたびに互いのお勧め本で盛り上がった。


――そしてある年の夏、ナインターク邸の庭にて暑い日差しを避けて木陰に寄り添って。


「サラが可哀そうだ……。勘違いで家族にも友達にも恋人にも嫌われて、悲しくて神様にお願いするのが何も考えないで済む蚕になりたいって、なんでそうなるんだよ……。皆に本当の事を分かってもらえばいいじゃないか……」


『糸つむぎのサラ』のクライマックス。サラが無数の蚕になるシーンを読んで、ぼろぼろ泣くブルーノと、その涙をハンカチで拭うルチア。すっかり気の置けない仲になっている。


(こんなに泣くほどのめりこむなんて、本当にやさしいんだから)


 涙を拭い終わり、隣に座り直す。


「でも、少し分かる気がします。私も読んだ後、もしブルーノ様に嫌われたらって考えたらすごく悲しくなって、それ以上考えるのは無理でした」

「うわあ、よく分かった。勘違いなんて絶対したくないし、僕達は何かあってもちゃんと話し合おう。だから最初にはっきり言うね」


 一度言葉を切って、ハンカチを握ったままの婚約者の右手に、自分の左手を重ねる。


「ルチア、好きだよ」初めて呼び捨てた。

「私もです。ブルーノ様」重ねられた左手に、自分の左手をさらに重ねて、返す。


 僕も呼び捨てでいいのに、と言われて、こう呼ぶのが好きなのです、と返されて、じゃあそれで、となった。


 微笑ましいやり取りを庭師やお付きのメイドが見守っている。

 二月に一度、若様とお嬢様の睦まじい姿を眺めるのは両家に仕える使用人達の楽しみだった。


* * *


 そうして八年が過ぎて。


 秋、紅葉に染まったベンディッツ邸の広い庭園を一組の男女が散策している。


 一九〇(センチ)余りの長身と、それが目立たない厚い体躯の精悍な若者がブルーノだ。

文学少年一辺倒を改め、領地にある養蚕工房の警備隊で鍛えられた姿である。


 手を繋いで隣を歩むのは、背丈が彼の胸元ぐらいのたおやかな少女。

ルチアもすっかり淑女らしくなり、未来の伯爵夫人に相応しい気品と教養を備えつつあった。


「今日はゴードンが居なかったね。珍しく気を利かせてくれたのかな」

「お兄様はフランツを連れて泊りがけの遠乗りに行かれました。今の我が家にはエリーゼ叔母様が滞在されているので、なるべく目を付けられたくないとか」

「あからさまに敬遠したら、かえって睨まれそうな気がするけど。まあ水入らずでこうしていられるのはありがたいかな」


 とりとめのない話をしながら暫く落ち葉を踏みしめた後、足を止めるルチア。

 長く歩いたからか少し紅潮している頬を見て、いつもの問い掛けをする。


「そろそろ疲れた?」

「はい、疲れましたのでお願いします」


 笑顔の返事とどちらが早かったか、さっと横抱きにするブルーノ。

 屋敷の玄関へ向かいながら、腕の中で微睡み始めた婚約者に頬を緩める。


 そんな様子を邸内から見つめる年かさの女性は、クルーサ侯爵夫人エリーゼ。

 クルーサ家は王都を中心に服飾店や宝飾店、書店などを所有する商家でもあり、ナインターク家とベンディッツ家にとっては寄親のような存在。その商売の采配を振るっているのがこの夫人だ。


「白昼堂々お姫様抱っこだなんて。見ているこちらが恥ずかしくなるわね。あの子達は何を考えているの?」


 問いに答えるのはベンディッツの執事。


「今後のために体力をつける、と言う名目でルチアお嬢様が散歩の時間を増やしておられまして、お疲れになられたらブルーノ様があのように屋敷に連れ帰られる手筈になっております」

「顔合わせの時しか会わないのに?どうせベタベタしたいだけでしょう。何時もこうなのかしら」


 取って付けたような言い訳を切り捨てる。


「ええ、まあ、敷地内では。皆があの二人はそっとしておきましょう、と思うくらいには」


 もう少し人目を憚るようお諫めすべきだったか、と後悔する執事をそのままに夫人は考えを改める。


(まあいいわ。宣伝役とするならあのくらい図太い方が適役かも知れないわね)


* * *


 その日の夜、ブルーノとルチアを呼び出したクルーサ夫人は構想を語る。


「貴方達に私から一つ依頼があるのだけど。ルチアのデビュタントで私の店の衣装とアクセサリを身に着けてほしいの。のっぽのブルーノと小さなルチアの組み合わせは居るだけで人目を引くはずだから、商品の宣伝にはうってつけというわけよ。


 後はダンスの一つも踊って会場の耳目を集めてちょうだい。体格差が大きいと優雅に踊るのは難しくなるものだけど、貴方達くらい睦まじいなら慣れているでしょう?」


 得意げな笑みを浮かべる夫人に対して、対面の二人は浮かない顔になる。

 数舜の逡巡の後、意を決した表情で話すのはルチア。


「すみません。エリーゼ叔母様、私はこの通りの体であまりダンスを嗜まないのです。少々踊るくらいはできるかもしれませんが、人の目を引けるほど上手にできる自信はございません。ブルーノ様もあまりお得意ではないと伺っています。宣伝のお役目はどなたか他の方にお願いできないでしょうか」


 依頼を断る回答に不快になるかと思えば、以外にも心配そうに眉をひそめ、気遣う調子になる夫人。


「ちょっと待ちなさい。今の話はまた別として、二人ともダンスが上手くないの?それはかなり危ういわよ」

「いえ、私は一通り習ってはいるのですが、ルチアを無理に誘うのは申し訳ないし、他に踊りたい相手もいないので、二人で踊った経験が少ない、という所です」

「ブルーノ、そういうのはいいから。それよりも見てあげるから試しに踊ってごらんなさい。さあ、早く!」


 有無を言わせぬ口調に押され、ともかくワルツを踊って見せる二人。しかし約四十(センチ)もの身長差は半端ではない。今の体格になってから初めて踊るという事情もあり、結果はボロボロだった。


 ルチアとブルーノが視線を合わせようとすると、合った時の角度が急で見栄えが良くない。ルチアの左手からブルーノの右の二の腕が遠くて、何とか掴まらせると腕が伸び切ってまともに動けなくなるが、掴まらないと体を傾ける姿勢の時にバランスが取れなくて危ない。おまけにルチアは何度も足を踏んでしまうし、ブルーノは間違っても踏まないように気を遣うあまり動きがぎくしゃくしている。本当に散々である。


「ごめんなさい……。痛いですよね」

「いや、気にしないで。こちらこそ不甲斐なくて申し訳ない……」


 心底情けなさそうに謝りあう二人に雷が落ちる。


「酷い、の一言です。もし現状のまま人前で披露した日には笑い物になるだけでは済みませんよ。ブルーノは婚約者の晴れ舞台で恥をかかせた無体な男と軽蔑され、噂の尾ひれの付きようでは他所から干渉されて婚約解消に追い込まれる恐れだってあるのです。


 ルチアはそんな婚約者と今まで縁を切れなかった、夫が好き勝手しても逆らえない娘として目を付けられ、ろくでもない連中からお飾りの妻とするため求婚されるかもしれません。


 言っておくけど、踊らないという選択肢はなしよ。もっと悪い噂に繋がるわ」


「婚約解消など冗談ではありません!」

「そんな事があり得るのですか!?」


 二人を冷ややかな視線で再度沈黙させ、話を続ける夫人。


「我が身の恥を晒しますが、私のデビュタントの時には近い出来事がありました。私もそれほど背は高くないし、旦那様は大柄な方だったので、ダンス中にバランスを崩して思い切り足を踏まれたのです。立てなくなるほどの痛みで医者を呼んだら、骨にヒビが入っていて。


 それが知れ渡ってから旦那様が私の婚約者に相応しくないと騒ぐ者が居て、それが尊き方々の耳にも入って、危うく別れさせられるところだったの。彼らを黙らせるまで苦労したわ。


 さらに、そのような悪評が流れると個人の話だけでは済みません。貴方達がしくじった場合、我ら三家も影響を受けるでしょう。品質とは別方面の問題から商品の評価が落ち、売り上げが落ち、お家の没落に繋がるかもしれません。分かったら婚約者を失わないために、お家の安寧のために、今から必死に練習しなさい」


 恐るべき過去の実例が示され、息をのむ。自分達が同じような失態を晒したとして、うまく立ち回って挽回する自信はない。なら失態を晒さなければ良いが……。


「エリーゼ様が懸念されている事は理解しました。私もそんな最悪の未来を回避するため全力を尽くします。しかし私達が会えるのは月に一度です。個々に練習はできても二人で合わせる機会が少ないため、速やかな上達は難しい所があります」


 途方に暮れた声で言うブルーノに、助け舟が出る。


「……そうね。では貴方達、先ほどの依頼は引き受けてちょうだい。そうしたら報酬の先渡しとして、デビュタントまで王都のクルーサ邸に貴方達を滞在させて、ダンスに限らずみっちり指導してあげるわ。


 手加減はしないし、窮屈な思いをするかもしれないけれど、貴方達の実家に話を通した上で、婚約者と毎日でも会える暮らしができるわよ。ただし節度は保ってね。どう?悪くはない話だと思うけど?」


 思わぬ提案に、顔を見合わせる二人。


(格上貴族の邸宅に住まうのは気詰まりするし、苦手な事を厳しく指導されるのも憂鬱。他にも苦労するかもしれない。でも色々と学べるのは確かだし、何よりこの人と毎日一緒に過ごせるなら……。)


「お世話になろうか」

「なりましょう」


 頷き合ってから、提案者の方に向き直り、揃って頭を下げる。


「承知しました。未熟者ですが、ご指導のほど、よろしくお願いいたします」

「体調を整え、誠心誠意、ご希望に添える結果を出せるよう努力いたします」


 かくしてクルーサ邸に招かれたものの、呼び出されたマナー講師やダンス講師と共に、彼らの身長差でも少しでも美しい、見苦しくない所作の練習と、衣装と演出の検討に忙殺されるのだった。


 ある日の休憩時間、疲れ萎びれた二人がソファにもたれて愚痴を吐き出し合う。


「目を合わせないで相手を見ずに息を合わせて踊るって、歩幅も全然違うのに難しすぎる」

「ハイヒールで少しでも背伸びするよう言われましても、足は痛いしグラグラするし辛いです」

「「はあ……」」溜息がこぼれた。


 話が違う。いちゃつく暇などありゃしない。嘆き節は年が明けるまで続いた。


* * *


 そして新年の最初の月、デビュタント当日。ベンディッツ伯にエスコートされ、他の令嬢達と共に国王夫妻との謁見を終えたルチア。


 結い上げた髪は銀の髪飾りで留められ、白いドレスは二の腕の半ばまで袖があるデザインで、袖口からはシルクの長手袋が腕を覆っている。デコルテラインも首元までレースで覆われて、目の色と同じサファイアのネックレスが白一色の中に青い彩りを添えている。顔以外の肌を晒さぬ姿は既に貞節を誓う者がいる娘の装いだ。


 父とのファーストダンスを終えた手を、次に取ったのはもちろんブルーノ。髪は後ろに撫でつけて、こちらも燕尾服の胸元にサファイアのブローチを着けている。この国で夫婦や婚約者が同じ色の宝飾品を身に着けるのは、仲睦まじさの証でありお邪魔虫お断りの印でもある。


 あの体格差でどのように踊るつもりなのか?物見高い人々が様子を伺う中で、二人は動き始めた。


 他のペアよりスローテンポで、視線を無理に合わせず、ルチアは正面にある彼の胸元を僅かに見上げ、ブルーノは若干視線を下げて彼女の頭頂部を見つめることで、顔の向く角度を緩め、見栄え悪くなく踊れている。ルチアは二の腕を取らず前腕に掴まり、その代わりブルーノは大きな右手を広げて背中を支えるやり方で互いに無理な姿勢になることなく動けている。練習の成果は明らかで、足は一度も踏まなかった。


 それでも、体格差によるアンバランスさは否定できない。しかし、だからこそ二人の息の合った動きが目にも明らかで、何よりも苦労が報われて、上手に踊れることを楽しむ笑顔が眩しかった。踊り終えた時、笑う者などいなかった。


一仕事終えて、飲み物を片手に壁に寄って休む二人。そこを訪れ賞賛するクルーサ侯爵夫妻。


「貴方達、見事だったわよ。誰も文句のつけられない呼吸だったわ。」

「体格差をものともしない素敵なダンスだったよ。」


 周囲に集まってきた人々と歓談するうちに、ルチアが少し眉をひそめているのに気付いたブルーノが気遣う。


「どうしたの?具合が悪い?」

「足首が少し痛くて……。ハイヒールも履き慣れたはずですが、今日は緊張していたのでいつも通りに動けなかったのかもしれません」

「すまない、もう少し早く気付くべきだった」


 周囲に目礼し、クルーサ夫妻に辞去の挨拶をする。

「クルーサ侯爵夫人、申し訳ございません。婚約者が足を痛めたようですので恐縮ですがお先に失礼いたします。」

「分かったわ。お気をつけてお帰りなさい。」


 言われるが早いか、ルチアの前に跪き横に曲げた左腕を差し出すブルーノ。

 当然のようにそれに横掛け、少し前傾して縋るように上体を預けるルチア。

 左腕一本で横抱きにした姿勢のまま、ブルーノはそのまま右腕をルチアの背中に回し、押し包むようにそっと抱えて立ち上がる。


 その後、『(真の)お姫様抱っこ』と呼ばれる抱き方だ。それまでのものは普通に横抱きと呼ばれるようになった。


 女性の視線が男性より高い位置に来る抱き方だが、二人の場合は身長差と姿勢もあって顔の高さは大体同じ。周りに聞こえないよう小声で話す。


「これでいつぞやの約束は守れたかな?姫様。」

「満点ですよ。右腕でぎゅっとされているのが守られている感じで素敵です。」

「ご満足いただけて良かった。じゃあ帰ろうか。」

「ふふふ、今夜のことは一生忘れられませんね。」


 微笑み合いながら会場を去る二人を、周囲は羨望の眼差しで見送った。


* * *


 後日、招きに応じて再びクルーサ侯爵邸を訪れた二人。

 応接室に現れた夫人が意気揚々として言う。


「デビュタントの成果は大成功だったわよ。服とアクセサリだけじゃないわ。貴方達への指導内容を落とし込んだ【体格差ペアのためのダンス教本】も出版したのだけど、予想以上に売れているの。貴族の相手探しは家格やら利害の調整だけでも十分面倒なのに、体格差によるダンスの見栄えくらい気にしないで相手を探したい、という方々が案外多かったみたいね。」


「ご依頼を成功させることができて何よりでした。」と微笑むルチア。


「それと、一過性のものか見極めないといけないけど、乳製品の消費が急増しているそうよ。貴方達が帰る時の抱き合う姿が評判になってね。憧れた女性から求められた男達が背を伸ばそうと必死らしいわ。」


「身長よりも筋力だと思うのですけどね。」と腕を組むブルーノ。


「本当に貴方達のおかげだわ。心から感謝します。それでね、これから夫婦になる貴方達に見て欲しい物があるの。遠慮なく意見を述べてもらえると嬉しいわ。」


 夫人の合図とともに、使用人が運んできたのは色とりどりの大きなサイズのクッションがいくつか。形は丸形あり、箱型あり。


「縫製がかなりしっかりしていますね。生地はリネンで無地。手荒に扱っても壊れず汚しても洗いやすいように作ったのでしょうか。」

「色は鮮やかですけれども、このままですと華やかさに欠けますね。模様を入れるなりレースを飾るなりすればもっと魅力的になると思います。」


 糸屋の息子と絹屋の娘の感想に目を細めるエリーゼ。


「二人とも、お家の生業をよく学んだ子らしい意見ね。上出来だわ。ちょっと早いけれど、結婚祝いの一部先渡しという体でこれを受け取ってちょうだい。夫婦の寝室できっと活躍してくれるはずよ。」


 首をかしげるルチアと、なるほど、そういう用途かと赤面するブルーノを見て、さらに続ける。


「やっぱりこういう話題には殿方の方がいい反応をするわね」

「私も男です。結婚後の生活を想像することぐらいありますから」

「ブルーノ様?それはどういう」


 まだ分かっていない姪を、軽くたしなめる。


「ルチア、ちょっとねんねが過ぎるわ。来年には結婚するのでしょうに。身内だけの席だしはっきり言うとね、睦み合う時に活用して欲しいということよ。腰の高さを合わせたり、疲れる姿勢の時に体を預けたり、クッションがあると本当に楽なのよ?間違いなく、か弱い貴女がブルーノを受け入れる助けになってくれるわ」

「あっ、はい」


 直截に言われてようやく理解が及び、真っ赤な顔を手で覆って俯くルチア。

 その震えている肩を抱き寄せながら、礼を述べるブルーノ。


「エリーゼ様、私達へのお気遣い、誠にありがとうございます」

「いいえ、お気になさらず。それより、結婚したらクッションの使い心地を含めて、貴方達の夫婦生活で感じた不便さや、あったら良いと思ったものなど聞かせて欲しいわ」


 つまりは新商品開発のためのモニターになれという訳だが、プライバシーを赤裸々には語れない。今度は二人とも返事ができなかったため、無茶な要求をしてしまったかと詫び始める。


「ごめんなさい。都合のいいことばかり言い過ぎたわね。貴方達を利用しようとしか考えていないように聞こえたでしょう。でも、貴方達に幸せになって欲しい、そのために何か助けになりたい、と思っているのも本当なのよ。」

「いえ、分かっております。貴女のご助力が無かったらデビュタントはどうなっていたことか。今こうして一緒にいられたかも分かりません。ただ、私たちの暮らしを何もかもお話しするのは流石に難しい所があります。どうかご容赦ください」


 感謝を述べつつも、これ以上は勘弁してほしいと示して凌ごうとするブルーノだったが、エリーゼもまだ切り札があった。


「ねえブルーノ。うちの店で作った、王女様も着た事が無いような素敵なウェディングドレス姿のルチアが見たくない?」

「くっ、それは見たい!すごく見たいです」屈した。

「じゃあ、なるべく、でいいから協力してくれる?」


(承知しましたと言いたいところだが、私一人で決める事じゃない)


 思案顔になって隣を見る。まだ俯いたままの婚約者。その頭を撫でながら猫撫で声を出す。


「ルチア、私は最高に美しい花嫁姿の君を見たいのだけど、この誘惑に乗ったら駄目かな?」


(あなたにそんな風に言われて、断れるわけがないじゃないですか!)


 猫撫で声の主を見上げて、恨みがましい目で睨んだつもりだが、その険を紅潮した頬がすっかり覆っていた。また俯いて、かすれ声で返事をする。


「もう……分かりました。エリーゼ叔母様、よろしくお願いします」


* * *


 翌年の春。冬の残滓が去った快晴の日、ナインタークとベンディッツの領境にある教会にて、挙式が執り行われた。


 両家の家族と親戚友人が見守る中、銀糸を流した新雪のごとく清楚な花嫁衣裳に身を包み、ベールで顔を覆った美しい花嫁が、父にエスコートされて礼拝堂の白いバージンロードをゆっくりと進む。


 向かう聖壇の前では、白一色の正装をした花婿が呆けた顔で花嫁を見つめていた。


「一片の憂いもなく娘を託せる婿殿に出会えた事を、改めて女神様に感謝するよ」

「はいっお任せください。ルチアには生涯幸せでいてもらいますから」


 我に返って義父から花嫁を受け取り、誓いを述べ、指輪を交換する。そして誓いのキスのため、ベールを捲り上げたところで、声が掛かる。


「義兄さん!『お姫様抱っこ』でやってくださいよ!」

「お兄様、私からもお願い。噂だけじゃなくて本物を見たいの」


 ルチアの弟フランツと、ブルーノの下の妹ベルタだ。彼らが口火となって周りも囃し立てる。


「ようし、可愛い兄弟姉妹のお願いだ、愛情表現のお手本を示そうじゃないか」

「あなたがしたいだけでしょうに。まったく、仕方がないですね」


 期待に応え、照れながら口付ける若夫婦に喝采が沸き起こった。


 証明書へのサインを終え、閉式の後、もう一度花嫁を抱き上げて、参列者の祝福を受けながらバージンロードを退場する花婿。


(あなたに出会えてよかった、これまでの10年間ありがとう、これからも末永くよろしく)


 次々と湧き出てくる、万感の想いを一言に込めて、交わす。


「ルチア、愛しているよ」

「私も愛しています。ブルーノ様」


 幼かった二人は成人し、障害を乗り越えてついに夫婦となった。


 尚、数年後に王都で出版された【体格差夫婦のための閨事教本】は、大いに売れたとの事である。


 おしまい。


拙文をここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございます。

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