68、事後の間
フヨフヨ浮かぶ私とディーウァ。
馬車から顔を出したり、降りたりして私達を見上げる兵士達。
うー、どーすればいーんでしょー?
お、何か何人か私達へ近付く人々が……。
あー……なンか疲れまシたね。帰りますか。
「皆さん、犯人は捕まえましたし人質になってた妹さんも無事です。それでは私には急用がありますので失礼しま……放して、下さい」
「逃げちゃ駄目♪」
うぅ……険しい表情で近付くイーザル様達の中にウルースマ様の姿がないのを見落としてました。
背後からギュってされてます。おかしい……私は数メートル浮かんでいて、さらに飛行ユニットが六枚背中側にはあったのに、どうしてギュッて出来たんでしょう。
「一体どうやって回り込んだんですか? 気付きませんでしたけど……」
「イブキ、羽があるから警戒してなかったんじゃない?」
あ……確かに飛行ユニットがある事で背中側の防御は…………いやいや、最大の弊害は勝手に展開する障壁でしょう。先の戦闘で持久戦的状況になった時も経験しましたが、アレがあると警戒の必要性がないんですよね。だから接近してくる敵に気付かないようになってしまいかねない……考えてみると、不都合が多々あります。今からしっかりとしていかなくてはなりません。
それにしても、重い……【身体強化】してなければ私は歳相応の力しかないのです。
やむなく着地。
むぐ、すかさず囲まれてしまいました。背中にはウルースマ様、前にはイーザル様、左右にはイエラウ様と目にアザがあるアッイウス様と多分奥さん。
「ウルースマ、早く離れるのだ」
イーザル様が険しい表情を見せます。いや、イエラウ様もです。
「や」
イーザル様とイエラウ様の真剣な言葉をたったの一言、いや一文字にて却下したウルースマ様。
当たり前ですが、イーザル様とイエラウ様の形相は恐ろしいものへと変貌していきます。
怖い……ウルースマ様に対しての威嚇だと思いますが、立ち位置的に私も睨まれているのです。
「まあ、可愛らしい女の子」
「?」
この雰囲気を全く読まず、私の正面から覆い被さってきたのはアッイウス様の奥様です。
サンドイッチ状態……前は奥様、後ろはウルースマ様。冬ですから、暖かくてちょうどいいかも……。
「……ごく。食べてもいいかしら」
ん? 何か、寒気がしました。
気が付くと、髪の毛に顔を埋めていた奥様の顔が私の目の前に。あ、まずい唇に当たっ……。
「「させるものかあああぁ!!!!!」」
「やめるです!!!」
「ずるーい!!!」
何だか必死なディーウァが私と奥様の間に浮かび、何だか必死なイーザル様とイエラウ様が奥様とついでにウルースマ様を引きはがします。
「あん。あとちょっとだったのに……」
「肩、痛い……」
名残惜しそうな表情の奥様と、肩をさすっているウルースマ様。離れたから少し寒いかも。ま、いいや。何か脱線しまくってます。兵士達は仕事始めてますよ。私達もやる事やらないと。
「コホン。真面目にやりましょうか」
「うむ。そうだな」
イーザル様が合いの手を打ち、空気が変わります。
「私達はあやつに……」
「ええ、彼が重要参考人です」
私達の目線は、今兵士達に様々な拘束具を取り付けられているエルフへと向けられます。
「契約者、か」
アッイウス様の一言にイエラウ様が反応します。
「だが、既に拘束をしている。心配はいらんよ」
「人質となったマリアはどうなったの?」
「首を僅かに切られていたので、治療中です。命の危険自体はもうないですが、傷跡を消すのに時間がかかってます」
「成る程。ならば無事解決だろう」
イエラウ様の言葉に反論させて貰います。
「いえ。匿っていたと見られるこの屋敷の主が刃物で殺害されています。何で殺したのか。どうして精霊魔法ではなく刃物を使用したのか。分からない事はまだ残っていますよ」
「よし。我の部下に調べさせておこう」
「お願いします」
イーザル様はそうして指示を出す為、部下の元へ歩き出していきました。意外ですね、イーザル様の事だから呼び付けるのかと思ってましたけど……あれ? いきなりグルンと方向転換。こっちに戻ってきます。
「イーザル、何か問題か?」
「……」
イエラウ様の呼びかけを無視。
そして……がっしりと私の両肩を掴んで、私を動けないよう固定。
イーザル様? 肩なんか掴んで何がしたいんですか。
「あやうく忘れるところだったが……何故、一人で飛び出したのだ?」
「あ、そーいえばそーだね」
ちっ。忘れて下さいよ。せっかく真面目な話で流してしまおうと考えていたのに……。
イーザル様が私の独断専行に言及したせいで、何だか私が逮捕されたような雰囲気になってきました。
むぅ……ここは非道な犯人に怒りをぶつけたり、可哀相な人質のマリアさんに同情する場面なのではないのでしょうか。
何で私を責めるのでしょう。うぅ……視線が鋭い刃物みたいです。痛いです。
そこまでこの件が大事な事なんですかね? ただ私が先を急いだだけじゃないですか。そうして足並みを乱したのは悪いとは思いますが、結果としては私が先行した事により逃がしてしまっていたであろう犯人を捕らえる事に成功したのです。差し引き零で、チャラにしてくれてもいいのではないのでしょうか。よし、こんな具合に話を進めてしまいましょう。
「確かに先を急いだのは、弁解の余地もございません。しかしですね、結果論といたしましては私が逃走し、危うく取り逃がすところであった被疑者を逮捕する事に成功したのですからそれほどの問題ではないのではないかと思う所存です」
領主の威圧感に思わず普段使わないような言葉を連発しましたが、筋を通っています。
ふふふ、この正論が論破出来ますか?
「だから何だ。我はイブキの身体を案じておるのだ」
「そうだよ。犯人捕まえてイブキに怪我されても、全然嬉しくないよ」
「私達はイブキの事が心配なのだ」
……私の構築していたエセ論理の城は「だから何だ」と易々と崩壊してしまいました。さらに何か心配されてしまいました。何か気恥ずかしい歯の浮く言葉も、美形の彼らが使うと何とも様に聞こえます。理不尽。
しかも、「心配してる」と言われたら私が謝るしかないじゃないですか。
ずるい言葉です。後で使い返してやりたいものです。あ、ディーウァに同じような手を使ったような……。く……、天罰か。
「すみません……」
でも、言われた事に耳を貸す気はありません。記憶を取り戻し、私に平静が戻るなら怪我が何だというのでしょう。
ま、表層だけ取り繕います。何れ、そうですね……数週間程でこの地を去らないといけないのですから、問題はないでしょう。
「……まあ、反省したなら構わん」
私の謝罪で、イーザル様を始めとして皆さん許してくれました。私は相手に害が及ぶようなそういう類いの嘘はつけないですが、こういうのは上手いんです。
「む……忘れていたが、イブキが飛び出した直後にサイトが倒れたな」
イーザル様がふとつぶやいた一言。本当なんでしょうか。あの……生意気で意地悪なサイトが?
「それは本当、ですか? 無事なんですか?」
「分からん。イブキを追い掛けたからな。一応治癒師は呼んだが……ん? イブキ?」
「先行きます」
「な……そうか。急いでやれ」
私は即座に急上昇。音速を超える場合、地上にソニックブームによる被害が及ぶ可能性があります。ふふ、こんなトコには気が回るんですね。さて、ここからは気を引き締めないと。高度二万……行きます。
重力加速度を味方に付け、放物線を描きICBM(大陸間弾道弾)の如くマッハ20超にて地上へと墜ちる。
無事ですかサイト…………サイトが死んだら、以前の私を知る人はいなくなるんですよ?
はぐらかされ続けていますが……サイトは何で教えてくれないのでしょう。私はサイトに何かしてしまったのでしょうか。いや……今は【魔法障壁】維持に集中しないと。
死なないで下さい。