63、イブキ‐アレシア暗殺未遂事件
サイトから強だ……貸して貰った腕時計が正午を報せます。
よし。
「えーでは、これから第一回イブキ‐アレシア暗殺未遂事件の捜査会議を始めます。現場の状況は?」
実況検分をしていた兵士へ視線を向け、話すよう促します。
「はっ。現場は宮殿東端の一階客室の寝室で、加害者は被害者であるイブキ‐アレシアの正当防衛により死亡、現在身元を割り出しており、死因は魔法砲撃により体に二十四ヶ所穴を開けられた事が原因だと推察されます」
その発言を受けて、隣の兵士が立ち上がり発言を始めます。
「証拠物品の内、覆面及び黒服など衣類は全て我が東領において広く流通している布を犯人が縫って作った品でありこれらによる犯人の特定は困難だと思われます。ただ、所持していたナイフは北領の生産品である事から犯人は北領出身者若しくは最近北領に滞在していた事がある可能性があります」
さらに別の兵士が発言を求め、私は許可します。
「現場に残っていた靴跡から、身長を割り出す事に成功しました。一人は一ロメル十四ロセル。もう一人は一ロメル二十ロセルです」
えーと……私の中の基準単位に換算すると、百七十一センチに、百八十センチです。
「えー、近辺の精霊に証言を求めた所、確かに三人の不審者を見たそうです。そしてその内一人は契約者だったそうです」
私が暗算をしている内に何だか重要な話をしていたみたいです。
その発言に周りがざわめき出します。
契約者が何とかかんとからしいですが……聞き逃してしまったのでしょうか。
「静かにせんか!」
ざわめきをイーザル様の威厳的な何かで抑え、話を続けます。聞き逃した私が悪いですが、頼みますから詳細説明を……。
「えー、ではルヅキさんとアレシアさん……アレシア様の為、契約者について説明させていただきます。先ず、我々エルフの魔法は、人間とは違い精霊に魔力を対価にその力を発揮して貰うという形で発動します。その為、人間とエルフが同じ魔力で同じ効果の魔法を使用した場合、エルフの方が強力な魔法が発動します。
しかし、契約者は精霊に魔力以外を対価に与える事でさらに強力な魔法が使えるのです」
なるほど。精霊に魔力を渡した方が魔法が強力になる理由は分かりませんが、大体は理解出来ました。ふう、私は聞き逃してなかったみたいです。
「しかし……それだと契約者と呼ばれる理由が分かりませんね」
あ……これが聞き逃した内容だったらまずいです。
「あ、そうですね。失礼しました。エルフの精霊魔法は普通、近くにいる精霊に魔力を払う事で発動しますが、例外があります。それが契約者です。契約者は特定の精霊から特に強力な力を得る事が可能になり、その精霊は契約者に付いて回るようになります。契約は精霊から持ち掛けてくるので、契約者は大変少ない存在です。
次に、契約者と何故呼ばれるのかですが……契約者は魔力以外の対価として普通信頼、友情をあげます。つまり、仲良しなら契約成立、嫌いになったら契約破棄ですね。
しかしそれ以外を対価にする者もいました。使用魔法回数や時間制限……そして、命です。命を対価に精霊を多数使役し、力で我々を抑圧していたエルフの大逆者……ディルディスファー。彼が自身を契約者と呼んだ事が由来となっています」
「そ……そうですか」
何か重い雰囲気になりました。エルフの寿命は半世紀はあるそうですから覚えているのでしょうか。それにしても聞き逃しはなかったようです。もしあったらそれをネタに弄られてしまいます。でもないならもういいや。
「イーザル様、お願いします」
この事態は想定していませんでしたが、激励の意味も込めてある事をイーザル様に頼んでおいたのです。
「うむ、今から我の専属料理長達が作った特製昼食で英気を養い…………必ず見つけ出せ!!」
その言葉に周囲が歓喜に湧きます。私は食べた事がないので何とも言えないですが、イーザル様の専属料理長の料理は東領では絶品だと評判なんだそうです。私は何か喜ばして欲しいとしか言いませんでしたから、イーザル様の判断に感謝しなくてはなりませんね。
直ぐさまメイドさんが料理を運んで来ます。この部屋は会議室みたいな構造で、私にサイト、イーザル様、イエラウ様、ウルースマ様、アッイウス様、後兵士の偉そうな人が三人。
この九人で、残りの兵士数十人と対面しています。
つまり、私達にはすぐに食事が回って来るのです。さて、どんな料理なんですかね?
私はどうやら料理に興味があるみたいです。
何ででしょうかね?
ともかく運ばれて来ました。ふーむ、この匂いは鹿でしょうか?
鹿を何か煮込んだ料理が出て来ました。中央に円柱状に肉が、放射状に何かの野菜が並べられています。
「ど……どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
むう……せっかく綺麗に並べられた料理が雑に置かれたせいで崩れちゃってます。ま、まあ……味は変わらないですし我慢しましょう。
美味しそうです。美味しそうなんです。しかし肉…………。
私、慣れて来たとは言え死体を数時間前見たばかりなんですよね……。慣れたくなかった……。
夢で何度も見ました。凄惨な死体も多い夢。五感で感じ取れる……視界に広がる肉片。嗅覚からは肉の焦げる匂い、鮮血の匂い。聴覚には断末魔やうめきご……。やめましょう。やめましょう。今日見た死体もその夢に劣らず酷い有様でした。やめましょう、こんなの。
「イブキ、大丈夫?」
「はい。元気ですよ」
まずいまずい、ウルースマ様に気遣われてしまいましたね。
私は大丈夫な姿を見せるべく、鹿肉を口へと運びます。
あ、美味し…………? 何でしょう。何だか目眩が……!! カハッ……ア…………アアアア……。
「イブキ!? イブキ!!!」
「何事だ!?」
「まさか…………毒!?」
「その女だ!! 捕らえろ!!!」
「【精霊よ 彼の者に 安らぎを】!!」
「!!? 魔法が弾かれた!?」
Emargency! Emargency!
Code yellow! Code yellow! Neutralize immediately! Neutralize immdiately! Into medical capsule and PDWS in operation until neutralize completely.(緊急事態発生! 緊急事態発生! コード・イエロー! コード・イエロー! 即座に解毒せよ! 即座に解毒せよ! 医療用カプセルへ搬入及び解毒完了まで個人防衛兵器システム作動)
イブキを中心に半径十メートル程が魔法障壁に押し出され、その中でイブキは赤い十字架の描かれた四角い白い近未来的な箱へ収容される。
さらに魔法障壁内にはイブキを囲むようにAI搭載光学照準型5.56ミリミニミ機関銃が十八基創造される。
「何なのだこれは!!」
その場にいた全員が突然発生した異常事態に混乱している中で、多少取り乱しながらも正確な質問をするイーザル。これが為政者にあるべき胆力か。
『皆さん落ち着くです!! 落ち着いて下さいです〜〜!!』
唯一事情を知っているであろうディーウァ。彼女も魔法障壁の外へ跳ね飛ばされていた。
「これが落ち着いていられるか!! あれは何だ!?」
『あれはご主人様が自分の能力で解毒をしてるです!!』
周囲の混乱による喧騒で自然と声が大きくなる。しかもその喧騒の中、意思を通そうとさらに大声を出さざるを得ない悪循環。
ズガァアァン!!!
突然の破砕音に、先程までの喧騒が嘘かのように静まる。
「……で、アレシアのあれは何だ?」
その音を出したのはサイトだった。彼の手には黒い大鎌が握られ、その大鎌の一振りにより床が無くなり下の岩盤が露出していた。その表情には鬼気迫るものがある。
『ご主人様は強力な毒や病気にかかるとカプセルをご主人様の能力で創造して、自分で治してるのです』
「それで、その能力やらで治るのか?」
『分からないです。ご主人様はてーウイルスなら三分で完治可能と言ってたです……』
「そうか……」
『ディーウァは、信じるです』
その瞳に不安は浮かんでいたが、懸命に信じようとしているディーウァの姿はサイトに冷静さを取り戻させる事は出来た。
「……そうか」
『あ! ディーウァは中に入れるです』
「何?」
ディーウァはフヨフヨと飛行し半透明の魔法障壁を通過し、医療用カプセルへと向かう。
『AIもついてるから聞いてみるです。ご主人様は大丈夫です?』
『返答シマス。解毒作業ハ順調ニ進行中。30分以内ニ完了シマス』
その無機質で機械的な言葉を魔法障壁が音を遮断する為ディーウァが伝えると、室内の全員に安堵を与えた。