61、晩餐会
緊急避難用に設計された裏口に潜み、晩餐会をサボろうと画策していた私。
しかしサイトの恨みつらみとかそんな感じの執念により発見され、今正に華やかで醜い晩餐会会場に引きずり出されようとしています。
もはや声による抵抗はしません。いや、出来ません。扉に近すぎるので大声を出したら気付かれてしまうからです。
とは言え、まだ諦めません。諦めて綺麗に死ぬより、ぎりぎりまで抵抗して意地汚く生きるのです……!
「サイト、もう二人で逃げ出しませんか? サイトだって晩餐会に参加したくないんでしょう? これだけ広い会場なんです。私達の姿を見掛けなくても疑われませんよ」
私はサイトも晩餐会に参加したくないと表情や雰囲気から分かるので、甘い蜜のような言葉でサボり組に引き入れてしまおうとしてみます。
サイト〜、私に乗ればこんな馬鹿馬鹿しい場所から逃れられますよー。
「そうだな……」
おぉ、交渉成立?
心なしかサイトの言葉にも刺がない気がします。
その言葉に一縷の希望を持ち、サイトの顔を横目で伺います。というのは、私の頭は、何故かサイトのアイアンクローにより動かせないからです。
そこには見惚れるような笑顔のサイトの顔がありました。
「それだけ嫌なら、オレも満足だ」
あ……そう、そうでしたね。サイトの目下の趣味は私を弄る事でしたね……。何で期待してしまったのでしょうか。この外道め。いんちき。嘘つき。馬鹿。……今口に出したらまずいので、心の中に留めて置きます。
何故なら…………
華麗なる晩餐会へ踏み入れてしまったからです。
緊急用なので扉は何かの大理石像の裏に繋がっていました。
まだ…………まだ逃げれます! 会場に連れ込んだと安心したサイトの隙を付けば
「逃がさないに決まってんだろ?」
残念ながら扉にサイトが寄り掛かり、どうにもなりません。
逃げちゃ駄目だ逃げ……? この台詞は使い込まれている?
まあ、言い方はどうでもいいです。それはともかく、この事態が意味するのは退路を絶たれた、という事です。
ならば、せめて被害を最小限に抑える事を再優先事項に決定。とすればどう動くべきでしょう。
……下手に動揺なんかしてるとかえって目立ちます。堂々と。見た限り、私より小さい人はいないです。が、子供という枠に括っても問題ない人も多少はいます。そして数少ない子供達は一箇所に集められています。あれに紛れ込む事に出来ればあるいは……。
距離……目測四十メートル誤差プラスマイナス五メートル。
私の歩測……予想速度毎分五十メートル誤差プラスマイナス二十メートル。
障害物……千人収容可能な会場に対し、二百人。ほぼ問題無し。
服装……私一人だと違和感を抱きますが、二百人がドレスを着ていると少しは大丈夫な気がして来ます。いや……やっぱり無理。
と、とにかく、やるだけやろうではないですか。肝心の耳も私の長い髪の中に隠しているので、人種の区別は不可能。大丈夫。大丈夫な筈です。
カウントダウン、三秒から開始。
三……二……一。「木を隠すなら森の中」作戦始動。
大理石像の裏からさりげない動作で子供集団の元へと移動します。
く……思惑が外れたか? かなりの注目を集めています。
もしかしたらこの会議後の晩餐会はわりと頻繁に開催され、さらに参加者が決まっていたりするのかも知れません。私は新顔、故に奇異の目線を受けているのではないでしょうか。
ん? だとすれば立場が同じであるサイトはどうなっているのでしょう。
着実に目的地へと足を進めたがらも辺りを見渡し、サイトを探し……いました。
あ、サイトも何か周りの人からチラチラと目線を向けられているようです。
しかし度胸がありますね。あれだけ注目されて顔色一つ変えずお皿に料理を盛っていますよ。
私なんか表面は何とか平静を保っていられていますが、心の中はビクビクしっぱなしです。早く帰りたい。
だ……駄目です。これだけ注目されては場所なんて関係ありません。作戦中断。不自然に思われない程度に素早く離脱すべきです。
出口はあそこですか……よし、一応晩餐会には数十秒参加しました。目標達成。帰りましょう。
私は一路出口へと向かいます。
「イブキ。楽しんでいるかね」
むー……イーザル様につかまってしまいました。
「た、楽しいのではないでしょうか」
本音としてはさっさと帰りたいです。
「あれぇ、イーザルが言ってた人間の女の子ってこの娘だったの?」
「……ほほ、綺麗ではないか」
そんな折り、会話に割り込んで来た彼らは誰でしょうか?
「あぁ、ぼくは西領のウルースマだよ」
「儂は南領のアッリウスじゃ」
私が誰なのか訝しがっていたのを機敏に察知したようで、自己紹介してくれました。
ウルースマ様(?)は私よりは成長していますが、到底大人には見えません。やんちゃな男の子な印象です。さっきの子供集団のリーダーだった気がします。
アッイウス様は老人口調ですがとても綺麗です。エルフは歳を二十歳辺りから取らない反則的な種族ですから年齢は老人並なのかも知れませんが。
「よろしくお願いします。もしかしてあなたがたが会議の代表者ですか?」
「その通りじゃよ」
「ふふ、君のおかげで会議は随分白熱したよ」
「はあ……」
そう言われてもどう反応したらいいのか……。
「何のようなのだ。さっさといなくなると我は嬉しいのだが」
刺々しい口調でイーザル様が退去希望をきっぱり告げます。
しかし為政者たる者、この程度の毒舌は堪えないらしく平然と私を観察して来ます。見ないで……見ないで下さい!
「へぇ……………イーザルには勿体ないよ。ぼくに相応しいんじゃないかな?」
「は。貴様に女は分かるまい」
「そう? 以外に分かるかもよ?」
「な、何ですか!?」
「き、貴様!!」
「大胆じゃなあ……」
ふぇえ、いきなり抱きしめられ……!?
「……うっわぁ、カワイ過ぎる」
……!!!!??
「な、なななな何を…………」
わわわ私は、ウルースマを弾き飛ばし……あぁ!
「………っ! イーザル?」
「何だ? 遺言が決まったか?」
「ぼくもイブキを狙うから♪ じゃーね♪」
「おのれ……ん? イブキ、おいイブキ!」
はっ!? い、一体何が?
「大丈夫か、イブキ」
「大丈夫……じゃないですね」
混乱している頭に無理矢理鞭打ち、この好機を掴む事にします。
体調不良で退場しましょう。
「そ、それは真か!?」
「少し、頭痛が……」
「そうか! ならば休んだ方が良い!」
フフフフフ、ハハハハハ! サイト! 最後に勝つのはこの私だったみたいですね!
ハハハ…………は……?
「我の腕で存分に休むが良い」
は、はい? 何がどうしたらお姫様抱っこになるんですか?
ほらほらほら、すっっごく注目されてますよぉ!!
「お、降ろして下さい……」
「遠慮などするな」
うあ……あ、頭が沸騰しちゃいます……。きゅう…………。
「イーーザルぅぅ!!」
「む。イエラウか。何の用だ?」
「何の用ではない! 私にイブキを寄越せ!!」
「何を言うか。渡す訳がなかろう………ふっふっふっふ」
「ぐぬぬぬぬ……い、イブキはそれで良いのか!!」
「? イブキ? おいイーザル!」
「ど、どうしたのだ!?」
「あんたら馬鹿? イブキは恥ずかしいんだよ」
「何をだ!?」
「だーかーらー。周りの注目を集めて恥ずかしがってるの」
「な、ならば部屋へ戻さねば!」
「えーっ!? もーちょっと恥ずかしがる顔が見ていたーい」
「「………………」」
あれ……私はベッドにいます。
何があっ…………!!
ふう、服装もいつもの出で立ちに戻り、心に平穏が訪れて来ました。
寝室から出ると、イーザル様にイエラウ様にウルースマ様にアッイウス様、そしてサイトがソファーでお茶しています。
何故かウルースマ様は号泣しており、アッイウス様は布で鼻をかんでいます。
「イブキぃ…………グス……」
「事情は聞いた……儂らも協力するぞい」
サイトが話したんですか……。
「助かります」
「とゆーわけだから明日からよろしくな」
「? は……はあ」
「待て。明日も我の元に滞在する気か?」
「だってしょーがないじゃん」
「無理矢理追い出すぞ」
「イブキー。イーザルがいじめるー」
何か、忙しくなるような気がします。