60、晩餐会直前
「綺麗です、アレシア様……」
「くう〜!」
「イイ。すごく……すごく、イイ」
「…………り、理性が飛びかねない……」
「……分かる。めちゃくちゃにしたい」
……あぁ。何か、負けた気分。
服装が最悪です。何でこんなのあるんですか。フリルやらレースやら……首から下を見る勇気はありません。見ない。絶っ対、見ないです。そして私自身を見ないように視線をずらしたので、サイトと目線が合います。
「ん。似合ってるぜ」
着替えてから入って来たサイトから、全く嬉しくないお言葉を頂きました。皮肉だと分かって言ったんでしょうね、私が不機嫌なのを見ているからか、傍目に見ては分からないでしょうがかなり上機嫌そうです。
この服装で人前に……考えるな、考えるな! 考えたらくじけちゃいます!
「晩餐会はあとどのくらいしたら始まりますか?」
「日暮れに始める予定ですから……あと少しですね」
立食パーティーですから、なるべく遅く入場してなるべく早く退場したいものです。それにダンスなんて踊れません。いや、身長的にダンスはしないで大丈夫ですね。ま、まあ何とか目立たず無難にやり過ごしましょうか。
ついに、晩餐会本番。エルフの領主五人が集まるかなり大規模な晩餐会です。金持ちは違いますよ、立食に舞踏有り、参加人数二百人のパーティーを小規模だとのたまうのですから。何でも政治的な会談後の息抜きだそうですが、むしろ息が詰まるような気がしますね。
その晩餐会開始直前、メイドさんに案内され、私とサイトはイーザル様とイエラウ様の元に来ました。
「………………イブキ、美しいぞ」
「あぁ……この世のものとは思えない」
「……ありがとうございます」
褒めないで……寒気がします。まるで似合ってるみたいじゃないですか。
それから打ち合わせです。何しろ私とサイトは、パーティー歴なんてないですからね。
「イブキは我と入場する手筈となっている」
え?
「ならん! それでは婚約が決まったと間違えられるではないか!」
イエラウ様が猛烈に反対します。それ以前に領主と一緒に入場したら注目されてしまいます。
「私も反対、かな」
「……そうか。まあ後からいくらでも出来るからな」
案外簡単に引き下がってくれました。助かりましたね、イーザル様が自信家で。
「ふ、自惚れるな。私が、だろう」
「は。我の方が貴様より遥かに上だわ」
「何を言う。私は中央領主だぞ!」
……どちらも自尊心は相当なものです。この口論で時間は潰れ、私とサイトは別々に入場する。それからは自由に行動していい。という曖昧な予定しか決まりませんでした。
会場はこの宮殿の広間にと執り行われています。
私は、使用人用の裏口から入ります。イーザル様達は表から入場します。まあ、主賓なのですから当たり前なんですがね。私も当初は普通に入る筈だったのです。
しかし……この格好、恥ずかしすぎです。私が会場に入ろうとしたらジロジロ眺められたんです。まあ、子供少ないからそれは仕方ないと我慢出来ます。で、でもそれがこの……この、ファンシーな服装の時に…………うあぁ! 無理です!
という訳で先程のドレス選考で顔見知りになったメイドさんに無理矢理頼み込み、裏口へと潜入したのです。この裏口は緊急用の避難路でもある為、料理などを運び入れる裏口と違い使用頻度は少なく限られた使用人しか知らない、とメイドさんは言ってました。
つまりそのメイドさんは立場がそれなりに上のメイドさんだった訳で、何が言いたいかというとそのメイドさんは忙しいという事です。なので、ここには私しかいないです。
晩餐会も未だ始まったばかり、ですが賓客はだいたい揃っています。だからこそ入る勇気がありません。こんな格好見られたくないです。そもそもこの千人入る事を想定された会場で、私が参加しているのか判別出来るのでしょうか。いや、不可能。ならばここで晩餐会を眺めていても大丈夫ではないでしょうか。後はディーウァを買収すれば……フフフフフ。
「ディーウァ。私やっぱり無理です。入れないです。という訳でサイトには私がしっかり参加したという事にしておいて貰えませんかね?」
頭の上は目立つので、腰辺りにあるポケットに潜り込んでいるディーウァに話し掛けます。
『ご、ご主人様……後ろ見るです』
「え?」
…………何と、サイトがいます。ポケットにいるディーウァが気付いたという事は、私が思考に集中し過ぎてしまったという訳ですか。でもこの格好をしている事から逃避するのには、やはり考え事は有効な手段なのです。あれ? サイトはどうやってここを知ったのでしょうか。この裏口は会場からは分からないようになっていると教えられたのですが。となるとサイトには索敵能力でもあるのでしょうかね? しかし前エルフと交戦した時は何か小太刀的な物を
「おい」
……現実逃避してたのですが……。これ以上は無理みたいです。
「何で、こんなトコに隠れてんの、か・な?」
笑顔が恐ろしい……。なまじこちらが悪いだけに威力は倍増です。く……い、痛いです。
「……む、無理です。こんな恥さらしな格好で人前を歩ける訳ありません……」
恥ずかしさのあまり死ねます。むしろそういう意図で作られたのではないでしょうか。羞恥心により着用者を殺害する……完全犯罪です。
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
だから、頼みます。見逃して下さい。
「く…………!」
お、サイトがひるみました。ここです! 一気に畳み掛けるのです! 同情に付け込むのです!
「お願いします……見逃してはくれませんか?」
私は精一杯の懇願をします。
「………………そうか」
ガシリ。頭を掴まれます。? 何でしょう。もしかして、サイトに良心が芽生えたのでしょうか。作戦成功?
「なら尚更出してやらないとな」
それはそれは憎たらしい程のまばゆい笑みで、私に死刑を言い渡しました。
「な……お、鬼! ずるいです! 反則です! 私、てっきり……あぁ! 引きずらないで! 嫌! お願いします!」
現実は残酷でした。
ついに、安全な薄暗い通路から危険たっぷりな華やかな晩餐会会場に……。
終わった…………………………。シニタイヨー。キエタイヨー。