59、晩餐会前
「……そ、そうか。それは辛いだろう」
「我は、協力しよう。見返りなどいらん。だが、イブキへの愛の想い故にという事は理解して欲しい」
「わ、私も協力しよう! ただし、私の邸宅へ来る事が条件だ」
「小さいぞイエラウ。その程度の事に見返りを求めるなど……」
「私は構いません」
「そうか!」
「ぐぬ……」
策を巡らしていた私が馬鹿みたいです。あの後サイトとどう知り合ったのか、旅の目的とかを聞かれたので素直に記憶喪失ですよと話し、出来たら……と希望的観測で協力を求めてたら無償で張り紙や聞き込みをしてくれる事に。いやー、いい人ですねー。例え事情を話した後サイトが、もし手掛かりを見つけたら好感度があがるな、と明らかに聞こえるように呟いたら提案したのだとしても。
しかし……私なんかが何で告白されているんでしょうか。あの二人の容姿はエルフの中でも最上級に当たるのですし、地位と権力もありますし、性格だって少々強引ですがカリスマ性を言動の端々からかいま見せていますから、女性を求める側というよりは求められる側という反則的な優良物件の筈です。
まさか、よ……幼女しゅケホコホ。
あー、目的を達したら早めに移動すべきかも知れませんね。そうか……確かに子供の数少ないっぽいですからね。だからと言って容認していいという訳じゃないですが。親切心として、一緒にいる間は趣向の改善にも取り組んであげましょう。その方が将来の為です。と、それはともかく
「そうなると……晩餐会はどうなるんですかね? 私は出なくていいですか?」
私としては出たくないですね。パーティーとか面倒です。何か出前とかルームサービスを希望。
「何を言っておるのだ。我が集めたドレスを無駄にするつもりか?」
「安心しろ。小規模なパーティーだ」
ぬ…………あ、そうですよ。
「寸法を調べてないですよね? だから集めたドレスは着れない筈ですよ」
フフフ。私は嫌な事を回避するのなら、少しばかし頭が切れるようになるのですよ。もはや協力を得られた以上、晩餐会なんて水面下の抗争に出席する必要性などないのです。
むー、それなのに何で未だに勝ち誇った表情を浮かべているのでしょうか。
「心配しなくてもいい。我のメイドには見ただけで体の寸法が分かる者がおる」
何その超能力者。
そんな訳でさっきの部屋へと帰された私。
サイトは何かライバル認定され、晩餐会に出席しなくてはならない事になりました。何だか最近損な役回りが多いですね。……頑張って!
部屋の扉を案内してくれたメイドさんが開けると、目を輝かせた他のメイドさん集団。
この目は……ロウダスで見た事があります! まずい! 着せ替え人形扱いされてしまう!
直ちに反転。全速力にてこの地域を離だ……なあっ! 腕……引きずり込まれ……!!
「ちょっと! 出来ますから! 自分で脱げま……あふぅ、そこは触れな、ひぃん……くぅん……あ、はぁ……」
「う……肢体が、食べちゃいた……」
「じ、自省しなさい! 私達は誇り高いアブ・オリエの…………」
「みんなでヤレば怖くない……」
「ダメ! 食べるのではなく、愛でるべきよ!」
「邪魔するというのかぁ!! 総員、合戦用意!」
「「「「「うおおぉお!!!!!」」」」」
「ここで欲情した反逆者をくい止めるのです! 第一種戦闘配置! 地対地迎撃戦!」
「「「「「でぃりゃああぁあ!!!!!」」」」」
「……はぁ、ん。ど、どうします?」
乱れた服、呼吸を整えた私は謎の抗争を始めたメイドさん達から距離を置き、ディーウァに一応聞いてみます。
『逃げるべきです』
激しく同意します。晩餐会は格式あるパーティーらしいので、あまり場違いな格好だと笑い者になりかねません。なので安全に回収に成功した数着のドレスを持ってこの危険区域から離脱したいと思います。
……エルフらしく強力な魔法をばんばん放ってますね。やはりエルフは魔力が高い魔法特化なイメージがあります。イメージ通りなのはいいんですが……動くに動けません。一応私の存在には配慮しているらしく、こちらには魔法が飛んで来ないのですがその範囲が私のだいたい半径一メートル。狭いです。その境界線の内と外では危険度が格段に違います。例えるならトカゲとドラゴン。平日のスーパーと大特価祭の時のスーパー。日本とアフガン。マサラタウンとチャンピオンロード。……ん? 何か今、違和感が? 何でしょうか、無駄な記憶が一部、一瞬だけ帰って来たような気がします。ま、気のせいですかね。
「ふ……野蛮な雌め」
あ……私が考え事をしている間に抗争は終結し、十六人いたメイドさんは六人にまで減少。殲滅されたメイドさんの内九人は外部へ放り出され、一人は介抱されています。味方でしょうかね。
「では、アレシア様。御召し物を選んでいきましょう」
う……まあ、こうなりますよね。
「私としては何でもいいんですけど……」
「なりません!」
「アレシア様なら何でもお似合いでしょうがしっかりと選ぶべきです!」
「これだけのドレスを用意なされたイーザル様をお考えになさって下さい!」
かなり真剣に反対されてしまいました。あー……確かに数十着もの子供用のドレスを集めるのは、子供の少ないであろうここでは大変な事でしょうね。
仕方ないです。覚悟しましょうか。
「では、選んでくれませんか? 私には良し悪しが分からないので」
私の言葉にメイドさん達は満面の笑みを顔に浮かべます。ふむ、子供好きはエルフ共通でしょうか。だとしたらエルフの男性ってかなり危ない?
そんなどうでもいい思考は後回しにします。
「アレシア様。これなんかどうでしょうか」
「いえ、こちらがいいのではないでしょうか」
「こっちの方がお似合いですよ。アレシア様」
「何をおっしゃいますやら。こちらの方が断然優れています」
何か競争になってます。ま、まずい。また抗争が始まりそうです。
「左側から順番に着てみます!」
という訳で一番目。深い青のドレス。体のラインがよく分かるようなの。
どこで着替えましょう。あ、寝室が別室でしたね。
「どこへ行かれるのですか?」
「寝室で着替えてきます」
「なりません!」
「ダメ!」
「せっかく勝ったのに!」「どうして別室に行く必要があるのでしょうか」
「は、恥ずかしいからに決まっているでしょう……」
こんな事言わせないで欲しいです……。
「では……」
何故だか硬化しています。その隙をつき、寝室へと入ります。
さて着替えま…………理由は分かりません、ですが……着たらいけない。着たら矜持的なものにひびが入るような気がします。
「うーん……」
着るべきか、着ざるべきか。悩みます。
「ディーウァはどう思いますか?」
『ディーウァはご主人様なら似合うと思うです』
似合うかどうか以前に、着るか否かを悩んでいるんですがね。
どうしましょう?
とりあえず下着だけになり、ドレスに袖を通そうとするも体が拒否反応を起こします。
何で……でしょうか?
何か嫌な思い出が青いドレスにあったりするんですかね?
「……うーーー。どうしますかねー」
あーもう、埒があきません。違うドレスを見繕って貰いましょう。
「……!?」
寝室の扉がいきなり開きました。そしてメイドさん達が入って来ます。
「み、見ないで下さい……」
私は咄嗟にベッドのシーツを纏い、体を隠します。別に見られても減る訳でもありませんが、恥ずかしいのです。
「……く。耐えろ……耐えるのよ」
「私……達は、愛でる側に立っ、たは、筈。ここで、理念をま、曲げる訳には……」
「私、無理です! 一度離脱します!」
「わ、私も!」
「同上!」
……? 何か出て行きました。何がしたかったんでしょうか。
面倒なのでシーツを纏ったまま、居間に戻ります。
「あ、アレシア様!? どうされたのです?」
「あう! まだ興奮が冷めてな……」
「五感を遮断するのよ!」
何だか取り乱していたので、平静を取り戻すのを待ちます。
「違うドレスを……。これは駄目みたいです」
あ、選んでくれたメイドさんが暗い表情に……。
「では次はこれを……」
代わりに隣のメイドさんが、期待を込めて私を見つめてきます。
その後もメイドさんがドレスを選んでくれるのですが着用拒否が相次ぎ、中々進展がありません。
「アレシア様……もう、自信がありません」
「う……すみません」
メイドさんも着用すらしてくれないので、声が沈んでいます。
「アレシア様……何が問題なのでしょうか?」
「分かりません。ただ着ようとしたら体が動かなくなって、結局着れないんです」
「! で、ではまだ一着も着ていらっしゃらないのですか?」
「……まあそうなりますね」
…………? 何だか秘密会議を始めてしまいました。
それにしても、弱りました。もう欠席でいいのではないのでしょうか。だってもう目的は達成しているんですよね。どうにか欠席可能な理由を……何でしょうか、メイドさん達に囲まれているのですが。
「あの……?」
「アレシア様、申し訳ありませんが強行手段を取らせて戴きます」
「は……? あの、何を? 何でにじり寄るんですかね?」
「全員かかれ!」
「な、駄目! じ、自分で……ふあぁ……ひん……やめ……」
「抵抗なさらないで……ハァハァ」
「理性が……」
「も、もう私は欲に忠実になる!」
「く! 内通者め! 我々は愛で、るだけ……愛でるという言葉の解釈は様々だ!」
「ぜぇ……ぜぇ……」
「はぁ……はぁ……」
り、両者共々満身創痍です。
私は理由不明ながらもドレスに嫌悪感を抱いている為、激しく抵抗。メイドさん達は主からの命令を何としてでも達成すべく無理矢理着せようとします。
結局、私は敗北。数の暴力に押し流されてしまいました。うぅ……。
しかしながらこれ以上の暴虐を許す訳にはいかないのです。
【絶対零度】を壁状に展開し、空気中の水分を瞬間凝固させ、氷の防壁を形成し身の安全を図ります。メイドさん達の中には火力を保有する人もいるみたいですが、私は膨大な魔力に物を言わせているので、氷が融解するよりも空気中の水分が凝固する方が圧倒的に速く、着実に氷の壁は分厚くなっていきます。
さて、それでは逃走しますか。私の側には出入口がありますからね、堂々と退出出来ます。まあ、反対側だったら窓硝子破って脱出しますけどね。
私は扉を僅かに開き、廊下を偵察。誰もいないようです。よし、出ましょう。
「……ドコ行く気だよ」
「!!」
何て運がない……部屋から出た途端、曲がり角からサイトが飛び出て来ました。
「おい……オレを牢屋にぶち込んで、さらにパーティーに無理矢理出席させておいてオマエだけ逃げる気か?」
「う……し、しかしですね……」
「さっさと着替えろ」
「そういうサイトはどうなんですか? サイトだって着替えてないじゃないですか。あれ、もしかして逃げ出したのはサイトもなんじゃ……」
「着替えろ」
「…………はい……」
やばいです。あれは相当怒ってますよ。逃げるにしてもサイトをごまかしてからでないと確実に捕縛されてしまいます。
渋々部屋へ戻ります。
そしたら拘束されました。
「客人に対してこれはないんじゃないんですか?」
一応、抗議します。
「アレシア様。これはやむを得ないのですよ?」
「アレシア様が逃走なされるから……」
「け、決して我々の欲望ではないですよ?」
「さあ、覚悟して下さいね?」
ひぃ……やり過ぎました。
う、だ、駄目、駄目です。駄目ですってば! ひゃあうぅん! これ着替えさせる手つきじゃな……はぅん!
助け…………。