56、擦れ違い
私が地味に落ち込んでいると、何か執事服を着こなした男性が近付いて来ました。
「お名前を伺ってもよろしいですかな?」
「あ、はい。私はイブキ‐アレシアと言います」
「アレシア様ですね。ではアレシア様、イーザル様がお待ちです。私に付いて来て頂きます」
執事さんを先導に宮殿内へと足を進めます。内部は当たり前のように壮麗です。あまり装飾品をごてごて置いてないのが、建物自体の芸術性を損なわせずイーザルと呼ばれる人の趣味が悪くない事が推察出来ます。
室内なのに十分は歩き、大きな両開きの扉の前で止まります。どうやらここが目的地のようです。
執事さんに扉を開けて貰い中へと入ります。ちゃんとお礼も言いましたよ。
そこにはまあ、エルフが立っていました。やはり美しいですな。
「か……彼女が?」
「その通りでございます」
イーザルと呼称された人は私を通り越して執事さんと会話。これは失礼なのでは?
あ、私に向き直り何かを告げるようです。さて、彼は私の脅威か否か……。
そして彼は言葉を発します。
「我はイーザルと言う。さあ、結婚しよう」
ん? 聞き間違いでしょうか?
「……何と言いましたか? よく聞こえなかったのですが」
「ふふ。照れなくてもいいぞ、我は結婚しようと言ったのだ」
「何で私?」
「一目惚れ……としか言えんな。ただ容姿は人間でありながら我々の上を行く。種族の違いこそあれ反対はされんだろう。我々エルフは美しければたいてい許されるのでな」
「…………」
唖然…………何を何やら、何で何が何になんとか……ストップ、ストップ!
「……それで今日の晩餐会で正式に発表したいと思うのだがどうだろうか?」
落ち着きましょう。落ち着きましょう。落ち着きましょう。
「それは素晴らしいですな! では早速手配をしなくてはなりませんな」
「うむ。イブキのドレスは特に種類も豊富にしてくれ」
整理整理整理整理。
「勿論ですとも。それにしても人間とはかも美しい種族なのですな」
つまり、あーと、彼は、うーと、私と、夫婦になりたい?
は? え? え! ま、まさか……そんな馬鹿な、あ、きっとエルフ特有の冗談なんでしょう!
「あぁ、エルフにもこれだけの逸材はいまい」
「おっしゃる通りでございます。ではこれから準備を始めますので、お二人でごゆっくりなされて下さい」
「気遣い助かる」
「いえいえ、滅相もない」
はっ! な、何とか思考が再稼動を始めました。……あれれー? 何だか私が平静を取り戻すまでにかなりまずい話が行われていた気がするのですが……?
とりあえず私は冗談だと考えます。だって、ね。
「冗談は置いといて……二人きりになったんです。本題と行きましょうじゃないですか?」
恐らくそのために下がらせたのでしょう。つまり、執事さんには聞かれたくない重要案件。
「それは後の方がいいのではないかね?」
何言ってんですかね? 人間である私に何か目的があったからこそそちらから接触して来たんでしょう。
「焦らさないで下さい。私はその為に来たんですよ?」
人間が数百年以上振りにエルフの生活区域へ入ってしまった。これを為政者が憂慮するのは当たり前の事です。私としてもエルフとどう対応すればいいのか今一掴み切れていない面がありますからね。この辺りでどうにかしたいとは思っていたのです。
「な……では我に呼ばれるのを待っていたのか?」
まあ、タルクィニウス、さんの愚行に巻き込まれた身としては何らかの形でこうなるのではないかと予期していましたしね。
「そうかも知れないですね」
「そうか……」
イーザル……さん、いや様? それとも君?
「あ、仕事は何をしているんですか?」
「我か? 我はこのアブ・オリエの領主をしている」
……中々大物じゃないですか。ちょ、ちょうどいいじゃないですか。一気に問題が片付きます。
「そこまで疼くようなら仕方あるまい。我に付いて来い」
疼く? 何の事でしょうか。何かの隠語なのでしょうか。それとも暗号?
ま、付いてってみましょう。万が一の時は潜入したディーウァが突入してくれるでしょうし。
私はこの大部屋の続き部屋に案内されます。そこにはこの宮殿に相応しい特大の天蓋付きベッド。
何があるんでしょうか? ベッドの下に隠し通路? それとも隠し部屋? いや、あの天蓋が下に下りて押し潰す拷問器具の可能性もありますよね。
「服を脱げ」
は?
「……な、何で?」
「何だ、着たままが好みなのか? 我は構わんぞ」
え、何でしょうか? 何か勘違いされているような気がします。
「さあ、早くベッドに横になれ」
……嫌な予感。
「無理矢理がいいのか。……はっ、服も脱がされたかったのか!」
「は、いや、ちょっ……」
あう、体格差によりあっさりとベッドに押し倒されてしまいます。
これって…………やばいやばいやばい!!
「やめて! やめて下さい!」
「ふふふ。中々迫真の演技だな」
「違っ! 駄目です!」
そうしてイーザル、は私の服に手をかけ…………
凍り漬けにしてやりました。
「はぁ……はぁ……」
あ、危なかった……。あのまま進んでいたら…………想像したくもありません。……何かこういう展開ついさっきもあったような……?
「何だ? 変わった行為を望んでいるのか?」
「ひゃぅ!!」
ば、馬鹿な……0ケルビンにまで下げて冷凍した筈。それを何の前触れなく元に戻るなんて……。
「我は普通にヤリたいのだが……うむ、そうだな、妻の要望に応えるのも夫のあるべき姿だな【精霊よ 我の望む炎を】」
そうして私に手をかざし……! 何だか分からないですが留まっていてはいけない!
私が瞬間的に後方へ飛びのくと、私のいた場所には炎の十字架。
はっ、これはもしかして……私を油断させて殺害しようとしていたのではないのでしょうか?
ちっ、やはり種族間の交遊はこんなに早く可能になるとは思ってはいませんでしたが……領主であるイーザルを傷物にしてしまうと関係は絶望的になりかねません。
イーザルをどうにかして説得しなくては。
「ふむ、避けては意味がないではないか」
私に対してもう一度炎の十字架を構築して来ますが、同じ手はくらいません。
「イーザル様! 人間もエルフも差ほど違いがあるとは思えません! だから考え直してくれないでしょうか!?」
「我はそうは思わんな」
「差別はいけません。第一エルフは私を人間代表として見ていますが、私以外にも人間はたくさんいます。私だけを見て人間を判断しないで下さい」
「確かに……そうかも知れん。だが、今は関係ないだろう?」
「な……むしろ中核でしょう」
「何? ふむ…………イブキは何について論じている?」
え……まさか、ボタンの掛け違いだったとでも言うんですか?
「……私は人間とエルフ間の相互の隔たりについて論じていましたが……イーザル様は?」
「……ふむ、我は性こ『そこまでです!』……何だ貴様は?」
ディーウァが窓硝子を破壊して侵入しましたから、かなり警戒されていますね。
『ディーウァはご主人様のディーウァなのです』
「つまり私の仲間という事です」
ディーウァの話し方は、他人には理解しにくいので補足説明。
「おぉ。不思議な仲間だな。種族は何という?」
「実は……私が死にかけたら突然私が召喚してしまった謎の生命体なのです」
これは私の知る全て。本当にディーウァは何者なんですかね?
ディーウァ自身に聞いてみても
『ディーウァも分かんないです』
と言われるんですよね。私はもう聞いた事が何度かあったのです。
「興味深い……」
しかし、むしろそれはイーザルにとって好奇心が刺激されただけみたいです。ですがそう言ってディーウァに近付き触れようとしましたが、ディーウァは嫌がり私の頭へ退避しました。あ、少し傷ついてます。
その微妙な空気を読んだのか執事さんが登場します。
「イーザル様、お時間でございます」
「そうか。ではイブキをしっかりもてなしておけ」
「勿論でございます」
「イブキ。残念だが我は忙しいのだ。ここで寛いでくれ」
「はあ……」
「ではまたな」
そう言って去ってしまいました。執事さんも付き添いで同じく。
ふう……サイト向かえに行かないといけないなー。大丈夫かなー。心配はしてないですが、気にはなる。まあ仲間……ですからね。
この後どうなるかなぁ…………。




