54、種族の隔たりは関係無し
……少しのんびりし過ぎたようです。
「サイト……何か策はありますかね?」
「ディーウァに乗れば脱出出来るけどな……何処いった?」
あ。すっかり忘れてましたねー。
「……ど、どっかに忘れてしまいましたーあははは……」
「……おい」
まさかサイトにツッコミを受けるとは……。
という訳で、前にも増して完璧な包囲網が形成されてしまいました。
地理的に観察してみると私達のいる建設現場を中央として、先ずここらは住宅地で四方には民家があり、10時の方向に時計塔、7時の方向に時計塔へと向かう大通り、2時と4時方向も民家と民家の隙間を縫って向こうのそれなりに広い道へと向かう事が出来ました。
過去形なのはもちろん封鎖されているからです。7時方向に見えるだけで六人に後方に最低十人、2時方向に二人、こちらも後方には倍以上はいますし、4時方向もたくさんいます。それだけではなくこの建設現場周辺を取り巻くように二十人以上はいます。建設現場と言っても民家のですからね。簡単に包囲されてしまいました。
とんでもなく不利な条件です。
とは言え、こちらにも有利な点も僅かではありますがある事はあります。
一つは人質。さっきのエルフを着ていた白いローブでぐるぐる巻きにして確保しています。これを交渉の手札にしたいですね。
……二つ目は捕まるのはサイトだけという事です。サイトには今、税務関連施設破壊と幼女誘拐の容疑がかけられ、私はただただ憐れな被害者なのです。サイト……もし捕まっても、情状酌量の弁護演説はしますからね。
「……いらいれふ。なにふううれふか?」
「不吉なコト考えてる気がしたから何となく?」
「おんないゆうれうえなあいれうらあい」
頬っぺたが痛いです……引っ張らないで下さい、離して。
「う……鼻血が」
「見てて和みますねー。私も頬っぺたツンツンしたいなー」
「ぐ……あの小僧何てうらやましい……」
「隊長!! 精霊に魔力無意識に渡してますって!! 吹き飛ばすつもりですか!? 副隊長止めて下さい!!」
「あいつ殺す……」
「あんたもかぁあ!!」
…………! 外野がうるさいなーって思ってましたがこれ見られてたんですか!
「やめれうらはい!! みあえれまふ!! みあえれまふよぅ!!」
ひい……周りの見世物になってますよ。やめて! 見ないで下さい!!
「…………何か楽しいな、コレ」
「わあいえあおわあいれうらはい!!」
「……あの小僧めえぇええ!」
「……コロスコロスコロスコロスウウウ!」
「ぐおあ…………や……八つ当たりしな……いで」
「……やばいぜ、隊長と副隊長の周りにいた奴全員倒れてやがる」
「あぁ……だが、あの娘を救出するまでは……」
「そうだな……隊長によると彼女は人間界で最も高貴なる存在で、あの男に操られているらしい。あの男は人間界のお尋ね者で逃走用の人質に彼女を選んだそうだ。だから人間達は手も足も出せなかった……」
「そ、そんな過去が……」
「……はらひれうらはいよ」
く……痛みで涙が出て来ました。うにー。
「泣かせただと!? 許せん!! 総員突撃!!」
「「「「「うおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
「……ちっ」
何がきっかけか分かりませんが突撃して来ます。
フフフ、ちょうどいいですね。
サイト♪ 反省しなさい♪
私は涙を袖で拭い、彼らの方へ走り寄ります。
「サイト。独房で頭冷やしてなさい」
と、言い捨てながら。
その後、サイトは逃走しようとしましたが私が【絶対零度】で足元を固定させていただきました。
ふーんだ。これで少しは懲りるでしょう。
サイトは何処かへ連れ去られ、私は無事に保護されました。
現在は馬車に乗っています。中には女性しかいません。どうやら私が男性にたいして恐怖感を抱いている可能性を考えたみたいです。まあ抱いている訳ないですけど、そういう配慮が出来るあたり、中々いい仕事をしていると言ってもいいのではないのでしょうか。という訳で私を除いて乗員三名です。
「……怖かったよね。でも大丈夫だよ、ワタシ達がもう犯人は逮捕したからね」
「そうそう、安心しなさい! あの変態は死刑にしてあげるから!」
「…………何で私が?」
私を抱きしめているのは警察の特殊部隊の副隊長らしいです。人質を解放後のマニュアルなのか私を安心させるかのように背中を撫でています。少し罪悪感がわきあがってきますが……しかしサイトには最低数時間は牢屋に入って貰わないとなりません。公衆の面前で恥をかかされましたからね、反省させて二度あんな真似はしないようにしなくてはなりません。まあ、あと二、三時間は演技してましょう。
「ありがとう……ございました……」
うーん、凶悪犯に人質にされて無事救出された時の演技ってどうやればいいんですかね?
とりあえずしおらしくしておきましょう。
「お礼はいいのよ、仕事なんだから……まあ好きでやってるんだけどね」
「いえ……感謝はしてもしたりないです……本当に、嬉しかったですから」
「そ、そう?」
「はい」
感謝されれば、普通はいい気分になるものです。とにかく時間を稼ぎましょう。そして私の気が晴れたら、サイトの居場所を聞き出し救出しておいとまさせて貰いましょう。
「だから何度でも言いますよ。助けて頂き、ありがとうございました」
「くはあっ……限界」
フフフ……感謝の言葉を噛み締めているようですね。なるべくながーく浸っていて貰えるとありがたいのですが。
ん? 何だか手つきがおかしいような……?
「あっ……あの、背中ぁ、くすぐっあんんっ、ですけどぉ……」
「あれぇ? そんなつもりはなかったのだけど……」
「ふあ……や、やめて、あふぅ、くれま……くぅ……せんか?」
「でもまだ震えてるわ」
「それはぁ……くすぐったい、からぁ……です……はぁんっ……」
「ごめんなさい、無理」
「な、何でぇ?」
「もっとその声が聞きたいからよ……」
そ、そんな……私は紅潮した顔をぐるりと後ろへと回転させ、二人の同乗者に眼差しで救援を要請します。
シキュウキュウエンモトム。ワレ、コノママデハカンラクス。
そんな私の想いが届いたらしく、二人は私へと寄って来ます。
「副隊長だけずるいです。混ぜて下さいよー」
「……禁断の一線」
そして副隊長の手を引きはがす……どころか、足を撫で回し始めました。
「……な、駄目ぇ。ソコ、駄目、ああっ……くぅ!」
あ、終わった。このまま私は禁断の道に堕ちてしまうんだ。サイトを牢屋にぶち込んだツケでしょうか…………さらば、普通な私。ってやっぱり嫌!!
暴れてみますががっちり固定されており、脱出はかなり厳しいです。
「抵抗しても無駄よ♪」
「すごい、肌気持ちいいー」
「……背徳感がやばいです」
「……くぁぁ……ふぅぅん、はぁっ……」
な、何か……負けちゃいそう。
まずい……もはや魔法しか対抗手段は残されていません。
しかし、殺傷力があり過ぎてこの集中力を欠く状況では……。
もうだめ…………。
「ご主人様!!」
私が堕ちる前にディーウァらしき声と共に閃光が走ります。
キイイイン……耳がイカレて……これはスタングレネード、音響閃光手榴弾です。
視覚と聴覚を突然奪われ、皆さんの体が硬直している隙に魔手から脱します。
助かりました……。ディーウァには、しっかりと感謝と謝罪をしましょう。