35、破らるる平穏
……かはあっ。はあっ、はあっ、はあっ。
い……一体何が?
私は目を覚まし周囲を見回します。壁には大穴が開き、タリアさんが大穴に向かって青白い何かを展開しています。
私はベッドの傍に多分タリアさんが畳んでくれた灰色ローブを羽織りながら五連装リボルバーを取り出し撃鉄を起こします。
ティア姉………ノビリア姉は無事。
「一体何が起きたの!?」
ティア姉が怯えた表情で誰かに向かい尋ねます。
「…襲撃です。カシウス!」
「駄目だ!入口は敵がいる、私が交戦中です!数は十三!!」
カシウスさんは入口にいる多数の敵と戦い、タリアさんは壁を一撃で破壊出来る程の魔法が使える者と位置情報なしで戦っています。
「タリアさん、他に出口はありますか!?」
「…防犯の為、入口は一つだけだそうです」
皮肉ですね。ならばカシウスさんはどうでしょう。
ベッドルームのドアを抜けるとカシウスさんが入口にて交戦中。
入口で戦う事で数的不利を補っています。同時には二人までとしか戦っていません。
敵は全員黒装束に身を包み、ナイフで武装しています。腰には剣がありますが室内では振り回せないですからね。
対してカシウスさんは長さ約一メートル程の剣を使用。壁に引っ掛かるどころか壁ごと敵を斬ってます。化け物? 既に四人倒れています。
避難するにしろ、殲滅するにしろ入口を奪取しなくてはなりません。しかしカシウスさんが戦っている場所こそが入口です。
どうにかして殺さないように殲滅しないと。
私は銃を構え、隙を伺います。
カシウスさんが剣を振り下ろし、前にでている黒装束二人をナイフもろとも切り裂きます。
振り下ろした隙を付かんとすかさず一人が飛び掛かります。
しかし超速の切り返しが一閃。カシウスさんの切り上げにまた一人地に伏します。
捉えた。カシウスさんの右肩から二センチ、左肩から六センチと八ミリ。
放たれた銃弾は思い描いた通り、黒装束二人のそれぞれ片膝を撃ち抜きます。
それを逃さずカシウスが……分かっています、殺さないといけない事は。でも、怖いです。
命を奪うのが怖いんです。
『駄目だな……干渉する』
私は…目眩? こんな時に………自分は、カシウスさんと入口の幅の僅かな隙間から援護射撃。
タタタタタタタァン!!!
「助かります!!」
音が重なる速度での援護射撃は黒装束達を大きく減らし、そこをカシウスさんが斬り伏せていく。
「…中々やるね」
「…………」
黒装束にはボスがいたようだ。
手下では敵わないと見たらしく残り三人となった手下を下がらせ、前に進み出たボスは剣を高速で抜刀。
カシウスさんは受けきれないと判断、剣を僅かに当てその勢いを利用し後退。
ボスはすかさず追撃に入り、抜刀の隙を塞ぐ為片手を懐に入れ、投げナイフ三本を投擲。
ナイフは頭、胴体、足を狙い放たれる。
カシウスさんは頭への一撃は首をずらし、胴体、足へのナイフはボスに刺突を繰り出すモーションの途中で弾く。
そして…突貫!
刺突の一撃をボスは右に跳び避けるが、カシウスさんが空中に浮いた隙を逃すはずもなく、刺突を強引に軌道修正、追尾する。
刺突の軌道修正という出鱈目な動きにボスは対応出来ず、咄嗟に剣を軌道上に置く。
ボスはがら空きになったカシウスさんの胴体にナイフを投擲し、カシウスさんはボスの剣を砕きボスの左肩を斬り割く。
カシウスさんは軽鎧にナイフが当たる事を見越してわざとくらったが、ボスは左肩を負傷し剣を失う。
ちっ、カシウスさんが対処仕切れなくなりボスと一対一となった為、手下三人が進入して来た。あくまで彼らの目的は皇女暗殺。カシウスさんを殺す必要はない。
タリアさんは魔法狙撃で手一杯、自分が止めないとならない。
彼らは自分が危険だという事を先程の射撃で知ったので自分に一人を差し向け、残り二人はベッドルームへ向かおうとしている。
甘いな。見かけで判断していたら死ぬぞ?
自分を狙う黒装束へ向け、十連射。眉け……両手、両足砕かせて貰う。
お前達も終わりだ。ベッドルームに入ろうと背中を向けた二人には二十連射。
一人は倒れたが、もう一人は何らかの防御魔法を使っていたらしく弾かれる。
黒装束が自分へ火属性の魔法を放とうとするが、カシウスさんが首を飛ばす。
「アレシアさん、怪我はないですか?」
「あ、あぁ」
「…? ま、いいです。タリアさん、こっちは片付きました!」
「…私は魔法師と交戦中。先に行って下さい」
「了解!さあ、皇女殿下行きますよ!!」
二人は怯えきった表情でカシウスさんの後を着いていく………来ます。
あれ? 私、何をしたんですか?
いや、それより避難しないと。
カシウスさんが最初で私が殿です。
螺旋階段を慎重に降りて行きます。ここは五階なのでそれなりに時間がかかります。
他のお客さんも逃げ出しているので、無差別攻撃されない限り少しは安全になりました。
「お客様! 走らずゆっくりと避難して下さい! 走ると危険です!」
ホテルの従業員が必死に避難誘導していますが従っているのは私達くらいでしょう。
上からはズガアン! だとかゴオオ! とかすさまじい音がします。タリアさんは無事でしょうか。少なくとも戦っているのは分かるんですが。
数分かけて階段を降り、一階に辿り着きます。
「カシウスさん、これからどうしますか?」
「そうですね。どうやら敵はこれ以上はいないようですから、ここの騎士が来るのを待ちましょう」
「ねぇ、タリアは無事かな?」
「…何言ってるんですか。あのタリアさんがやられる訳ないでしょう」
しかしカシウスさんの顔色はあまり良くないです。
……あまり芳しい状況ではないみたいですね。
位置情報がない以上索敵をしなくてはならない訳ですが、上から定期的に聞こえる轟音から考えるにそれ系統の魔法を使う暇はないでしょう。
恐らく防戦一方。
カシウスさんは護衛任務があります。ならば動ける戦力は私だけ。
タリアさんにはお世話になりました。
ここで借りを返しましょう。
「カシウスさん、後は頼みます」
「タリアさんをお願いします」
私は軽くうなづき、ホテルを出ます。
ティア姉やノビリア姉の制止の声も聞こえましたが、今の最優先事項はこちらで……だ。
イブキの意識をハッキングし、自分を表に出さして貰う。
残念ながらイブキには殺人は出来ない。
まだ覚悟がない。
自分は前世からの存在だが、今世はアレシアが中心だ。つまり存在が猥小。
しかし猥小だからこそ一時的ではあるが意識の表層に出られる。
さらにこの回転式拳銃…S&W M36チーフスペシャルに似ているな…を使っていたのが引き金になったのかも知れない。自分の戦闘スタイルでも拳銃を使う事から記憶に何らかの刺激でもあったのだろう。
そうは言っても精々五分。急がせて貰う。
以前とは比べ物にならない膨大な魔力。
これを有効活用させて貰おう。
ホテルの正面五階にある直径三メートル程の穴。
そこには青白い……魔法障壁が展開している。
そこへ一秒間隔で撃ち込まれる黒火球。
射線を辿ると………あそこか。
ホテルから約四百メートル離れた時計塔。
魔力を気に変換し全身に纏わせ跳躍。
反作用にて大地を砕き、加速された肉体は四百メートルを一秒内に移動する。
時計塔には三人、魔法発射担当一人、位置情報隠匿担当一人、観測手一人……か。
一種にして空中に現れた自分を目にして動揺を隠せていない。
うろたえる暇があれば魔法障壁でも展開すればいいものを……眉間を撃ち抜く。
…………自分とて人殺しはしたくはないのだが、イブキでは躊躇する間に殺される。
ならばせめて自分が手を汚そう。
……? これは……
私の前には事切れた黒装束が三人。
一体…………何が?




