34、艶やかなる湯浴み
騒乱のお昼ご飯を終えた私達は馬車を一路ハレッポへ向けて進めます。
御者役は午前・午後交代らしくカシウスさんが務め、中にタリアさんです。
それはどうでもいいんです。
問題は、秘密を暴露されたタリアさんを止めるものはなく、タリアさんが可愛いと感じる対象に私は入っているという事です。
「離して下さい、タリアさん」
つまり、私はぬいぐるみが如く抱きしめられています。
他には頭を撫でられたり、お菓子を口に突っ込まれたり……タリアさん、恥ずかしいです。
そこにストッパーであるカシウスさんはおらず、皇族姉妹まで同じ事をしてきます。
今、カシウスさんの重要性を初めて知りました。
……戻って来て!
中でも、一番私の精神防御層を削るのがこの会話。
「イブキちゃん可愛いわ〜」
「あら、髪もさらさらですね」
「…萌え」
………現在二十三層の内第八層までが破られています。
もし全て破られたら……恥ずかしさのあまり何をしでかすか怖くて想像も出来ません。
しかし、私は旅の間中感じていた記憶喪失の不安や孤独感が和らぐのを感じます。
ティオキアまでは、これらの感情に悩まされなくてすみそうです。
私を弄り続け、かれこれ数時間。
いい加減飽きて欲しい。
ノビリア姉は「野菜で健康〜これからは野菜で長生きしよう! 〜」を読み、ティア姉は寝ています。
野菜……そういえばあまり食べた記憶ないですね。
……と、話が逸れました。何が言いたいかというとタリアさん、いつまで抱き合っていなくてはならないのですか?
「あの、ずっとこんな事して飽きませんか?」
「…全く飽きないですね。むしろ徐々に深い味わいが……」
ひぃ。何言ってるのこの人。
助けて、誰か。
「………ふにょ?あれ、寝ちゃったんですか」
タリアさんの体温や馬車の適度な揺れが私を眠らせてしまったようです。おかげで精神防御層は第五層まで修繕されました。
「「…じゅるり」」
ゾクリ。寒気がしますね、冬だからですよね!
いくらこの馬車に暖房魔法具で暖かくても気をつけないと。
「今、どの辺りですか?」
思考対象を変える為、ノビリア姉に話をふります。
それ以外は……無理。
「あと少しでハレッポに着くそうですよ」
結局、雪道や刺馬が疲れてあまり速度を出さない影響でハレッポに到着したのはあれから一時間程過ぎた午後8時を僅かに過ぎた頃でした。
刺馬というのは唯の馬より持久力が強い馬の事で、野生の魔物ロカハと馬の交尾により生まれる繁殖力のない個体の為貴重なんだそうです。
何でも一頭金貨一枚するとか。
それを二頭立てにしているのは流石ですね。しかも刺馬の特徴である首に生える刺は怒った時しか出さないので今日みたいな隠れて大距離を移動したい時に便利なんだそうです。
身分を隠しているはずですが軽々と門番は私達を通してくれました。
そして着いたのがハレッポ一の高級ホテル「クイエース」。
本当に身分隠してるんですかね。
カシウスさんにそこを尋ねたら何でも国が懇意にしている大商人の令嬢という設定なので問題ないそうです。
という訳で一番良い部屋に泊まります。
ベッドルームが二つ、レストランにあるような十人掛けの円卓が中央に置かれたリビング、そしてバスルームにトイレ。
バスルームにはホースの先端からお湯が出るシャワーと凹構造の中にお湯を貯め、そのお湯に浸かるバスがあります。
トイレは汲み取り式ではなく何と水洗式です。
「すごいお部屋ですねぇ……」
「うん、地方にしては良い部屋だね」
私はその豪華さに驚かされますが、皇族にとってはまあまあなお部屋みたいです。
その後、円卓に座って食事になりました。私はタリアさんとティア姉に挟まれてしまいました。私としてはノビリア姉とカシウスさんに挟まれれば安全だと思い、行動に移しましたが先手を取られてこの有様です。
食事には様々な種類のパン、飲み物、鳥肉の香草焼き、ポッグの丸焼き、オヴクのシチュー、蜂蜜ケイク、各種焼き菓子など沢山の料理が運ばれて来ます。
それらを運んで来た従業員を下がらせ、カシウスさんが毒味。
それから皆で食べ始めます。
……あれ? 私の食器がないですよ。
全員それぞれスプーン一、フォーク二、ナイフ二が渡されたはずだったんですが。
仕方ないですね、スプーンは諦めますが他は分けて貰いましょう。
「ティア姉、食器分けてくれませんか?」
「あ、イブキちゃんはなくていいんだよ。私が食べさせてあげるから」
何を言っているんでしょう。
とにかく貸してくれそうにありません。
ならばタリアさんから……右側を向きます。
フォークにポッグの丸焼きを刺してこちらに差し出しています。
「…食べて」
…………両隣からの支援は期待出来ません。それどころか食器を隠匿した犯人の可能性もあります。
しかしまだ万人に優しいノビリア姉と常識人のカシウスさんがいるのです。
ティア姉の隣のノビリア姉は……
「あ〜ん♪」
駄目みたいです。
最後の砦は……あぁ!毒味でもう満腹になったみたいでいないです。
「私、幼児じゃないので自分で食べたいんです…」
「私が食べさせる物なんて食べたくないですか?」
うっ……その不安げに首を傾げながらは、反則ですよノビリア姉。
だ……だが、一度許せば常習化してしまいかねないです。ここは拒否です。
「そう……ですか…」
……あぁもう!分かりました、やってやろうじゃないですか!!
あれからの事は思い出したくないです。
封印。
しかしながらまだ試練は残ってたり。
「次はお風呂入ろう!」
「そうですね、体も暖まります」
「…では、お湯を貯めておきましょう」
「じゃあ誰から入りますか?」
さりげなく別々に入るように誘導してみます。
「イ・ブ・キ・ちゃん♪みーんなで入るんだよ♪」
しかしティア姉が堂々と宣言してくれちゃいました。
ですがね、今回は以前の被害者ノビリア姉がいます。ノビリア姉に反対と言わせれば今までの経験上、ティア姉は封じ込められるでしょう。
「ノビリア姉は反対ですよね?」
「私は賛成ですよ?」
何故!? ……しまった! そういえば夕ご飯の時もティア姉の行動を止めなかったじゃないですか。
つまり……あぁ、自分に被害がなければいいんですか。
意外に強かなノビリア姉により後戻り出来ない状況になりつつあります。でも反対してみます。
「私、お風呂は一人で入る主義なので…」
「入らないなら騎士がこの部屋に来るかもね♪」
「お風呂は皆で入るものですよね」
……私は犯罪者だったりするのです。
弱みを握られた私はやむを得ないですが、一緒に入るしかないようです。
脱衣所にて灰色ローブを脱ぎ、背中に隠したナイフを取り、ブーツに隠した投げナイフを取り、ブーツを脱ぎ……あぁ、来てしまいましたか。
私は一緒になる時間を減らそうとカシウスさんを囮に(ティア姉やノビリア姉、タリアさんが脱衣中に脱衣所へ投げた)さっさと入ってしまおうと考えていたのですが……
「イブキちゃん、流石に可哀相じゃない?」
あらら、ティア姉までカシウスさんに同情しちゃいました。
あれは尊い犠牲なんですよ。
と、ティア姉と話していたら
ガシリ
後ろからタリアさんに捕まってしまいました。
「残念でした♪」
く、ティア姉とタリアさんが手を組んでしまいました!?
今までは敵対していたのでその隙を付き逃げて来たのですがもう駄目みたいです。
「…脱ぎ脱ぎ♪…」
「え?で、出来ますから!止めて下さい!!」
「遠慮しないで♪」
「遠慮じゃなくて拒絶です!!」
ちぃ、足をティア姉に取られてしまいました。
あ、うぅ…………ワ、ワンピースは、その、あ、タリアさんが取ってしまぃました……
「…………う、鼻血が…」
「……………………至高」
二人が呆然としている間に急いでタオルを体に巻き下着を脱ぎ捨てお風呂場へ逃走。
あ、ノビリア姉もうお湯に浸かってるんですね……助けて欲しかったです。
先ずは体を洗いますか。二つあるシャワーの内の一つを取り、お湯を浴びます。
あー、暖かい。
「水に濡れたイブキちゃん………」
「…妖艶」
……来ましたか。もはやここからは戦いです。
じりじりと近寄る二人の変態。
お風呂場の構造は中央に十人は入れそうな湯舟があり、入って右側にシャワーがあります。
……貞操の危機。ふと、そんな言葉が浮かびます。
その危機よりは湯舟に汚れたまま入った方がまだマシです。
という訳で私は湯舟に逃げ去らせて貰いましょう。
さらば!
「駄目ですよ。体を洗ってから入らないと」
湯舟に飛び込みましたがノビリア姉にキャッチされ、出されてしまいます。
そしてそこには二人の変態が……
「やっと捕まえたね!さあ、体洗わないとね♪…はあはあ」
体洗うだけなのに何で息が荒いんですか?
「…洗髪♪」
「…くぅ……はあっ……な、何で頭でぇ?」
「お体洗いましょうね〜♪」
「はぅ……んん……ひぅん…あ、洗うトコぉ…お、おかしくないですかぁ…?」
「全然♪あぁん、肌だけでこうなるんだ♪感度は最高♪」
「くひぃ……うぅん!…あ、ああん!…だ、駄目!そこは駄目!!…あぁあぁぁぁ!!!…ひぅう…」
「あっれぇ?まだお肌なでなでしてるだけなのになぁ〜♪…ここからがほ・ん・ば・ん」
〜〜〜!〜〜〜…!!!〜〜…〜!!!!!…〜…〜〜…ここからは描写出来ないレベルになります。
……わ、私はもう生きる気力がありません。
ただ、貞操の危機だけは回避しました。だけ、ですがね。
まさか、私はあんな風になるなんて……これも封印。あ、ちなみに着替えはいつもの質素な黒ワンピースです。これは見かけは質素ですが防刃性能がある優れ物なのです。
「いやあ、お風呂でイブキちゃん可愛かったなあ♪」
グサリ。せっかく忘れようとしていたのに……第二十三層に亀裂。
「…鳴き声がよかった……」
第二十三層、持ちません!!
精神防御層崩壊!!!
「うわあああぁぁあん!!てぃあねぇとたりあなんかだいっっきらいだあ!!」
「「!!!」」
「のびりあねぇ、てぃあねぇとたりあがいじわるするの……」
わたしはべっどるうむにいるのびりあねぇのとこへいったの。
「あら……こんなになるまでするなんてお仕置きが必要ですね」
ばたん!!
あうぅ……ふたりがきたよ。
でも……なんだかかなしそう。
「イブキちゃんごめん!!悪かったと思ってる!!」
「…私もやり過ぎましたね。謝ります」
「イブキ……どうしますか?二人共反省してるみたいですよ?」
「う〜ん。つぎからもうしない?」
「はぅっ!し…しないさ!!………多分…」
「…私もです」
しょうじきにあやまったからゆるすことにします。
「じゃあ……ゆるす。いっしょにねよう」
「イブキちゃん……何て優しいんだ…」
「…慈悲深い」
「あ、私は後でお仕置きしますよ?」
のびりあねぇがふたりだけになにかいったら、ふたりのかおはまっさおになりました。
「なんていったの?」
「何でもないです。さあ、寝ましょう」
「うん!おやすみなさい!!」